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『『いつもと同じ帰り道』 』
欠梛・壮7183)&八唄・佳以(7184)&(登場しない)


 出会ったのはまだ幼かった頃。
 それから、ずっとずっと彼女は隣で優しく笑ってくれていた。
 何の見返りも求めずに今日も隣をゆっくりと歩いていてくれている。


「佳以ちゃん」

 夏休みも終わり、帰るその静かな道は横手の草むらより涼しげな秋虫の音が響いていた。
 空が淡く夕暮れる中ゆっくりと歩く。ふと欠梛壮は横の少女の名を呼ぶ。八唄佳以、壮の幼馴染。
 すぐに茶色の髪が揺れて、同じ色の瞳がそっと下から見上げてくる。そんないつもと変わらぬ光景が、壮には堪らなく幸せで嬉しい。視線と視線が合されば、壮は広がるように微笑んだ。

「佳以ちゃん俺ね、佳以ちゃんの事大好きだよ」

 微笑みを絶やさずに壮は言っている。告げた言葉に嘘や他意は無い、純粋に心から沸き出たその言葉は壮の想いが詰まっていた。

「また、そんな事。そのような言葉は、いつかのために大事に取って置くものですよ」

 しかし、言葉を貰った佳以は少し困った様子を作ってから小さく笑ってそんな返事を返していた。
 普段どおりだ。壮はいつもいつも、こうした言葉を佳以へと向けては彼女からこんな返事を貰う。
 困ったように笑った佳以が視線を戻すと、壮もその視線を前へと戻す。
 道沿いにはまだ夏の色が残っていて、草むらから顔を覗かせる背の高い向日葵達がまるで此方の様子を見ているかの様だ。道の反対側は小さな神社で茂る木々の中からヒグラシの声が聞こえてきて、どこか不思議な気持ちが沸きあがる。
 いつもと変わらぬやり取りなのだ。壮が軽い口調で好きだと告げて、佳以はそれに困ったように笑って返してくる。普段と変わらぬそれに、壮はほっとしながらも何処か残念だと小さな寂しさを覚えてしまう。それは普段と変わらないというのに、静かに鳴く蝉や秋風に揺れる向日葵のおかげなのか、いつも以上に残念だと思う気持ちが大きかったと壮は感じていて、知らず知らずに小さく溜息を落としていた。

 そういえば、こんな風に寂しかったり残念だったりと言う気持ちを覚えたのは佳以と出会ってからだ。
 壮はほんの少しだけの特異体質である。感情の起伏がフラットである以上に、壮には哀や怒と呼ばれるものを感じない節を幼少より持っていた。それと共に金色の瞳は見得ざるモノまでを映してしまう。そんな自分に、佳以は出会った頃から心よりの優しさで接してきてくれている。だからなのか、真っ直ぐに接してくれる佳以の事となれば壮の感情の線も素直に震えて波紋の様になって壮の心を動かしていくのだ。それが、最初は不思議でたまらなかった。しかし今はそれが当たり前だ。
 壮はそんな佳以の隣に居場所を感じ、そしていつしか彼女への愛しさも抱いていた。
 やはり、自分は佳以が好きなのだ。

「うん、でも…やっぱり」
「そんな事ばかり言っていますと、他の女の子達が誤解をしますよ?」

 でも、と言葉を続けようとした壮だったが先に佳以が喋っている。
 既に困った様子もなく、柔らかい言葉には弟を優しくたしなめる姉の様な雰囲気があって、壮はそのまま口を閉じて小さく笑った。
 本心、なんだけどね。小さく笑う壮は心の中でふと呟く。
 壮は知っていて“大好きだよ”とふわりと軽い口調で佳以に告げているのだ。彼女が親愛として自分を大事に想い優しさを向けていてくれる事を。そして自分が告げる“大好きだ”と言う言葉もまた、恋愛ではなく親愛としての言葉だと受け止められている事を、壮は知っている。
 こんな軽口ばかりではこの先ずっと佳以にこの気持ちを気付いてもらえる事は無いだろう。それすらも分かっているのに、壮は毎日ふわりと微笑んで、大好きだと彼女に繰り返す。
 親愛ではない愛という想いを抱いている。と告白してしまえば、佳以と共に歩いて築いて来たこの関係に罅が走ってしまうのでは無いのだろうか。伝えてしまえば、佳以の隣に自分の居場所がなくなってしまうのではないだろうか。そう思ってしまえば、壮にはいつもと同じ様に軽い口振りに本心を秘めて好きだとしか言えないのだ。
 今までの佳以との時間が消えてしまうのが怖かった。

「佳以ちゃんの側に居る事が出来るのなら、なんだっていいよ」

 また笑って壮は言う。
 この言葉だって全部が本心だ。佳以だけが居てくれればいいと、自分は思ってしまっているのだから。
 しかし、やはりその言葉もふわりと軽く浮き上がってどこかに行ってしまいそうなもので。横で佳以がまた困ったように笑ったのが分かった。

「もう、…本当に誤解されても知りませんよ」

 小さな溜息にも似た吐息と共に、佳以が言う。
 やはりどこか困った様なその声を聞いても、壮は佳以の隣で笑って見せるだけ。
 一歩を踏み出して、柔らかい笑いと言葉で覆い隠している本当の気持ちを告げる事がまだ壮には出来ない。
 ただ、優しく微笑む幼馴染がずっと隣に居てくれればそれだけでいいはずなのに、それ以上を望んでしまう。
 望むくせに、それに手を伸ばしたら今の関係が崩れてしまうかもしれないと自分は臆病になっている。
 こうやってちゃんと喋れる口と、ちゃんと聞いてくれる人がいるのだから…伝えてしまえばと思うのに言えない。

「…はぁ」
「壮? どうかしましたか?」

 ふと、心の色が溜息になってしまった様だ。
 ポツンと落としてしまった溜息に、佳以が一度立ち止まって驚いたように此方を見てくる。
 まさか思わず言葉が零れてしまうとは…。壮も自分で驚いて思わず手を口元へと運んでから軽く首を振ってまた一つ笑って見せた。

「うんん、なんでもないよ。ちょっと、考え事」
「考え事?」
「うん。佳以ちゃんの事、好きだなぁーって」
「またそんな事」

 少し心配をするような佳以に向かい、普段と同じ言葉を向ける。満面の笑みを足して言えば、心配していた佳以の表情も直ぐに困った物になっている。
 こんな顔ばかりさせていたら駄目だ、と思っているのにどうしてもやはり言えない。親愛とは別の気持ちを彼女へ抱いてしまっている事を。

「壮、早く戻らないと日が暮れますよ」

 歩き出した佳以が立ち止まっている壮に声をかけてくる。
 結局何一ついつもと変わらず、普段どおりの帰り道。

「うん。帰ろっか」

 返事を返しながら情け無いな、と小さく思う。
 いつか告白を出来る時がやってくるのだろうかと考えながら、佳以を追いかけ再びいつもと同じ帰り道へと壮は歩き出したのだった。

 END.


■ライターより

 はじめまして。この度はご依頼を有難う御座いました。
 シュチュ指定等、大変丁寧で其方も重ねて有難う御座いました。

 好きだと本当の意味で言い出す事が出来ず、それに対して考えたり悩んでみたりと。
 そんな壮くんの心と、学生らしい恋模様な雰囲気が出ていたらいいなと思いながら書かせて頂きました。
 お楽しみいただけましたら幸いです。
 それでは、またご縁が御座いましたらどうぞ宜しくお願いいたします。
  
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
神楽月アイラ クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年09月11日

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