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『Fragment of meteor 〜Birthday, September 3〜 』
梧・北斗5698)&遠逆・欠月(NPC1850)



 梧北斗はぼんやりと部屋の中のカレンダーを見遣った。
(……もう9月か)
 何もできなかった自分を思い返すたびに激しい自己嫌悪に陥る。
 本当に唐突に消えてしまった。誰かが死んでいなくなるというのはこういうものなのか。
 辛い、と思った。
 それ以外の感情はない。
 最初は「悔しい」とか「悲しい」とか思ったが、それ以上に心を占め、今は大部分を占拠しているのが「辛い」という気持ちだった。
 自分に対しての同情なんだろうか。だって、そう。
(その予想は……してたんだよな)
 本人はその予想をしていた。そう言っていたじゃないか。何もかもうまくいくと心のどこかで気軽に考えていた自分の落ち度だ。
「あ……」
 カレンダーの「3」をぐるぐると円で囲んでいるのが目に入った。印をつけたのは自分だ。
 最近ぼんやりと過ごしていたせいで、気づかなかった。
 3を赤いペンで囲んだ下には元気な字で「欠月の誕生日!」と書かれている。
 北斗は虚ろな瞳を床に向けた。
(……そういえば、あれだけ知りたい! って教えてもらったのに何もしてない……。駄目じゃん)
 3日はとうに過ぎている。
(少し遅れちゃったけど、大丈夫かな……?)
 いつもなら強気で「大丈夫だろ!」と言うところだが、そうはいかなかった。精神的に弱くなっているのだ。
 ベッドの上で膝を抱えて顔を伏せる。溜息が唇から洩れた。
 落ち込んでいても彼女は戻ってこないというのに。
「……うん。こうしてボーっとしてたってなんの解決にもならないし……。久々に欠月と話したいし、誕生日のお祝いでも持っていってやるか!」
 自身を奮い起こさせるように顔をあげて声に力を入れる。



「そういやこの病院……」
 欠月のいる総合病院を前にして、北斗はまた暗くなる。この病院には死んだと思われたあの少女が居るのだ。
(……やべ、また泣きそうだ)
 ぐっと目元に力を入れて堪える。病院の出入り口の前で泣いていたらかなり注目されてしまう。
 ここに来る途中で購入したおはぎの入った紙袋を片手に、北斗は自動ドアをくぐった。

 プレゼントは何にしようかと考えていると気分が紛れたし、気持ちが持ち直して楽しくなった。頑張ろう、と思い直した。
 エレベーターを降りて、欠月のいる、階の端にある個室に向かう。
 ドアの前でこほんと咳を一つ。
 ノックをすると室内から声がきこえた。引き戸を開けるといつものように文庫を読んでいる欠月の姿が目に入る。
「またキミか。暇だなぁ。もう学校始まってるだろ? しっかり家で勉強したら? 進学するなら頑張らないとね」
「お、おまえはそうやってすぐプレッシャーをかける……」
 むか、と心の中で苛立ちながら北斗は引き戸を閉めた。
 欠月は文庫から目を離し、すぐに細める。
「元気ないね。夏休みが終わってガックリなの?」
「いや、そうじゃないって。
 あ、そうだこれ。おはぎ」
「これはこれはご丁寧に。じゃ、一緒に食べようか。まさかと思うけどコンビニで買った?」
「ちゃんと店で買ったよ!」
「よろしい」
 欠月は満足そうに微笑む。なんだかそれが懐かしくて北斗は胸の奥が痺れた。
 誰かが死んでも、いなくなっても、日常はこんなにいつも通りだ。
 紙袋を受け取った欠月はそれをテーブルの上に置き、再び目を細めて北斗を見た。
「なんで突っ立ってるの?」
「へ?」
「座れば?」
 促されて北斗はベッド脇のイスに腰掛ける。
 落ち着かない北斗に欠月は呆れた。
「で、今日はなんの用事?」
「なんだよその迷惑そうな言い方は!」
「そんな暗い顔してたらなんかあるなって思うでしょうが」
「おまえの誕生日プレゼント持ってきただけだ!」
 ほら! と隠していた小さな袋を差し出す。それを見ると欠月が目を丸くした。
「タンジョービ……。あ、そうか。もう9月か」
「おいおい! おまえ忘れてたのか!?」
 ショックを受ける北斗など気にせず、欠月はテーブルの上にある卓上カレンダーに目を遣る。
「あれー……。そういやそっか。もうそんな時期なんだ」
「なんで自分の誕生日を忘れるんだよ……」
「たいした意味がないからじゃないかな……。ま、でもありがと」
 欠月は北斗からプレゼントを受け取ると、遠慮なくさっさと袋を開けた。その様子を北斗は緊張しながら眺める。
 袋から入っていたものを取り出して、目の前に掲げる。
「ブックマーカー……」
 小さく呟いた欠月は感心しているようだった。
 ムーンストーンの小さな飾りのついたブックマーカーは、北斗なりに欠月の喜ぶものを考えて購入した結果だ。
 読書家の彼にとっては、こういうアイテムのほうが喜ばれるだろう。そう考えたのだが……。
(ど、どうなんだ……? なんでそんな微妙な反応なんだよ……?)
 どきどきする北斗の心情など知らないようで、欠月は「ふむふむ」とか言っている。ふむふむじゃねーだろ! と北斗は心の中で突っ込んだ。
「へぇー。キミにしては趣味のいいもの選んだじゃない」
「俺にしてはってのは余計だ! ほら、おまえって本ばっかり読んでるし、こういうのは増えても困るもんじゃねーだろ?」
「…………」
「なんだその奇妙な顔は」
「いや、なんかマトモなこと言ってるなぁと思って。意外と繊細なんだね」
「意外と、ってのは本気で余計だ……」
 欠月との会話は、テンポが良くていい。ムカつくことも言われるが、それでも心地いいのだ。
「繊細なプレゼントを選んだのは、北斗が元気ないのと関係あるのかな、もしかして」
 ズバリ言い当てられて、しかもさらりと言われて、北斗は完全に硬直してしまう。
 そうだった。この勘のいい親友にわからないほうがおかしい。
「何があったか知らないけど、そんな辛気臭い顔しないほうがいいよ。ま、顔に出る北斗には難しいだろうけどさ」
「…………」
「ボクに言いたくないなら話さなくてもいいけど……。ヤなことでもあった?」
「……あった」
 北斗は率直に述べる。欠月は慰めてくれないだろう。けれど、はっきり言うこの友人の存在がとても頼もしい。
 膝の上の拳を見下ろす。震えているのが見えた。
「すごく辛いっていうか、息苦しいっていうか、なんか、うまく説明できねーんだけど。幸せの絶頂から叩き落された感じ」
「へぇ。それで、そんなにしょんぼりしてるわけか」
「俺、なんにもできなかったから……」
「あのさ、咄嗟に何かできる人間ってそんなに多くないと思うんだけど」
「でも」
「何があったか詳しくは聞かないよ。北斗自身がきちんと整理をつけてからでいいし、話せると思ってからでいいよ。そもそもボク、相談されるのに向いてないと思うしね。
 だけどさ」
 欠月は北斗の額を指差した。うかがうように顔をあげた北斗は怪訝な表情だ。
「そうやって落ち込んだら次は行動すれば? そもそも考えるほど立派な脳みそ持ってないんだし。
 やりたいようにしてみたら? それで気分が晴れるかは別の問題だけど、めそめそしてたって事態が良くなるわけでもないでしょ?」
「欠月……」
「そんなショボくれた顔で見舞いにこられたら、ボクも陰鬱とするしね。鬱陶しい」
 ひどいことを言っているくせに、声に棘がない。ほんとに……いいヤツなんだか最悪なヤツなんだかわからない。欠月なりの慰めなのだろう。
 早く元気になれ。
 ということだろう。まったく、素直じゃない。
「……おまえさぁ、もちっとマシな慰め方ないのかよぉ」
「キミを甘やかす義理はないね。さてと、じゃあおはぎでも食べようか。不味かったら首締めるよ」
「だから怖いこと言うなって!」
 怒鳴りながら自分が笑っていることに気づく。
 美味しいおはぎを食べながら北斗は思う。ここに来て良かった。一人で落ち込んでいるのは、やはり性に合わない。自分にできることを、やるだけだ。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年09月07日

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