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『社長と私・4 』
龍宮寺・桜乃7088)&篁雅輝(NPC4309)

 まずい、ドキがムネムネ……じゃない、胸がドキドキする。
 ホテルのビアガーデンの待ち合わせ。雅輝さんは私より先に来てて、しかも普通に笑ってたりして……。
「これは任務、上司と部下との飲み会……」
 心の中でそんな呪文を唱えつつ、私は雅輝さんより一歩先に歩く。だって、隣を歩いてると何だか心を見透かされちゃいそうだし、雅輝さんを先に歩かせて何かあったら大変。
 レディファーストってあるけど、あれだって本当は部屋の中に暗殺者が入るかどうかを確かめるために、先に女の人を入れていたってのが最初だし。そんな事雅輝さんにさせらんない。
 だけど。
「やっぱ疑われてるか……」
 うん覚悟してた。偽造は完璧でも疑わしげな受付の目。
 デパートのビアガーデンだとすぐ席に着けるけど、流石ホテルのビアガーデン。中庭に入る前に受付がある。一応二十歳以上に見えるよう偽装はしてきたけど……小っこくて悪いか!結構気にしてんのよ。
 身分証明書出してやるわよ、こんちきしょーって感じで噛みつきそうになった瞬間、私の方に暖かい感触。
「僕の連れに、なにか問題でもおありですか?」
 ちちちち、ちょっと雅輝さん?
 私の肩に回される手。ひゃー何コレ?やっぱドッキリ?!何処かでカメラとか回ってない?
 何かどうしていいか分からないまま、あわあわして舞い上がってると、雅輝さんは顔パスなのか受付の人や、ホテルの支配人の人と挨拶なんかしちゃって。でも、そんな様子がドラマのシーンでも見てるかのように現実感がない。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
 どこをどうやって歩いたのか、ドギマギしている間にテーブルに到着していた。ウオー、今からこんな調子でどうするのよ私。飲む前から酔ってるみたいじゃない。冷静に!の筈が初っ端から……恐るべしまさきち。
「何を飲もうか?まずそれを決めなきゃね」
「ま、雅輝さんは、何処かお好きなビールとかあるんですか」
「ドイツビールなら『レーベンブロイ』が最近割とどこででも飲めるけど、お勧めなら『エルディンガー・ヴァイス』とかが飲みやすいかな」
 ワインとかには詳しいだろうと思ってたけど、雅輝さんってばビールにも詳しいみたい。
 色々な国の人と飲む機会があるから、詳しくなっちゃうんだって。うーん、発泡酒とかその他の雑種には縁がないんだろうな……というか、雅輝さんが「最近ビール高いから、第三のビールでいいやー」とか言ってたら、ちょっと嫌だわ。
「僕は最初は『エルディンガー・ヴァイス』にするけれど、桜はどうする?」
「じ、じゃ、私もそれで」
 うーん、もう今日は全面的に雅輝さんにお任せしちゃおうかしら。メニューにある色んな国のビールとか見ても全然分からない。あ、バドワイザーは流石に分かるけど。
「桜、何か食べたい物は?」
 ひゃあ、そうだ、つまみもあるのね。
 と、取り合えす枝豆と、ドイツ産のソーセージがあったらそんなにいらないかも。そしたら雅輝さんが手慣れた感じに、ローストチキンやアウフラウフ(ドイツ風グラタン)とかの料理を頼んでいく。
「食べたい物があったら遠慮しなくてもいいんだよ」
「いえ、私、枝豆とホッケがあればもう何でもいいです」
 そんな事言ったら、雅輝さんはクスクスと楽しそうに笑って。
 枝豆はどのビールにも合うと思うのよ。それにホッケがあれば、もうビールのつまみはそれで充分って感じなんだけど、今日は雅輝さんにお任せ。というか、多分喋るとボロが出るー。
 そんな事してるうちに、ビールが目の前に。
「と、兎も角飲みましょ」
「そうだね。乾杯しようか」
 ジョッキを持って乾杯……ゴクゴクぷはー。何か軽くて飲みやすいから、思い切り飲んでると、雅輝さんがこの『エルディンガー・ヴァイス』は軽くて飲みやすいってのを教えてくれた。でも、緊張して頭に入ってないー後で思い出そ。
「桜の飲みっぷりは聞いてたけど、気持ちのいい飲み方をするね」
 い、いや、そんな事言われたら、どんどん飲みたくなるじゃない……ぷはー、おかわり。
 次のビールは何にしようか考えてたら、雅輝さんがメニューから『ベルビュークリーク』ってビールを指さした。これはジョッキじゃなくて、グラスで出すんだけど、チェリーが入ったフルーツビールなんだって。何かちょっと美味しそう。
「これは僕も好きだから、後で飲もうかな」
 ベルギーにはすごく多くの醸造所があって、それぞれで個性的なビールを造ってるとかそんな話を聞きつつ、私はごくごくとビールを飲む。
「そいえば、私が成人したら三人で飲みたいってじーちゃん言ってたな……」
 そう言いつつもおかわり。雅輝さんは飲んでないかと言えば、自分のペースでちゃんと飲んだり食べたりしてる。私も枝豆とかつつかなきゃ……ただ飲んでばかりだってのも変だし。
「そうだね。生きていたら三人で飲みたかったかな」
 あっ、雅輝さんちょっと寂しそう。
 じーちゃんと仲良かったからな、雅輝さん。じーちゃんが亡くなったときも真っ先に駆けつけてくれたし……そんなしんみり感を吹き飛ばすように、飲む私。もう銘柄とかも色々気になったりするんだけど、飲まなきゃ落着かないし、奢りは美味いのよ。
「私だったら、いつでも飲んだのに」
「子供の時にちょっと飲ませるのと、成人した後にしみじみ飲むお酒はやっぱりちょっと違うんじゃないかな。それにお祖父様は桜のことを心配していたしね、『泣き虫で困る』って……」
 嫌ー、そんな昔のこと思い出さないで。
 そんな事を思っていると、雅輝さんがポケットから包装された小さな包みを出した。巻かれたリボンには、普段使いでも嫌味じゃないブランドの名前。
「泣き虫と言えば、桜にハンカチをあげるって約束していたね」
 ドキン。
 メールでもそんな話はしていたし、くれるって言ったからには雅輝さんからもらえるって知ってたけど、何か……やっぱり嬉しい。包みを大事に両手で持って、胸に包み込んで。
「ありがとうございます。これもずっと宝物にします!」
 そんな事言ったら、雅輝さんがまた笑って……。
「使ってもらうためにあげたんだから、使ってくれると嬉しいんだけど」
「い、いえ、その……」
 ダメだ、間が持たない。貰ったハンカチをバッグに大事に入れて、私は恐縮しながらジョッキを持つ。
「すみません、二人でって久しぶりで、はしゃいじゃって……」
 そう。じーちゃんが生きてた頃はよく二人で話もしたけど、Nightingaleに入ってからはそんな事って全然なくて。でも、それを覚悟して入った訳だから、こんな風に二人っきりで飲んだり食事とかって考えてなくて。
「そんなに喜んで貰えるなら、僕も嬉しいかな。何だか昔を思い出すね」
 そういって見せた笑顔が、昔と同じで。
 ああー、やっぱ無理。平常心無理。それを誤魔化すように、飲まないと間が持たない。
 ペースが速いってのも分かってるけど……とか思ってたら、雅輝さんってば私を見て突然くすっと笑った。
「そういえば、昔二人でいる時『私、将来まさきちと結婚するー』と言ったの覚えてるかい」
 ぶはっ突然何を!超忘れたい記憶!忘れてー!
 何かもう、吹き出しそうなほど恥ずかしい記憶。言葉も出せずにおろおろしてると、雅輝さんは続けて私の子供の頃の話を続ける。
「何か懐かしいね……給食のパンとかをストーブで温めて食べたり、桜が行きたいって言うから、一緒にハンバーガーを食べに行ったこともあったね」
 あああ、そんな事もあったわ。給食のコッペパン、私あんまり好きじゃなかったんだけど、冬に雅輝さんに「このパン美味しくない」って見せたら、ストーブで暖めてくれて、それにジャムつけて半分こして食べたのよね。
 給食で食べるパンは全然美味しくなかったのに、そうやって二人で食べたパンは暖かくて美味しくて。
 あと、ハンバーガー屋にも行ったわ。じーちゃんはそういう所に連れてってくれなかったけど、CMで見て行ってみたくて。それをちょっと言ったら「じゃあ、一緒に行こうか」って、手繋いで一緒にハンバーガー食べて、バニラシェイク飲んで。
 シェイクが初めてだった私は、その不思議な甘さと冷たさに吃驚して……って、雅輝さん、私をつまみに飲んでない?
「あ、あ……何です、もしかして、嫌な事あったとか憂さ晴らしとか?!」
「そんな事ないよ。何だか懐かしいなって」
 うう、何か私ばっかり言われるのも恥ずかしいから、紛らわしに飲みまくりつつ、私も何か反撃……あれ?そうよ、雅輝さんってあの頃からそつないから、私の前で失敗とかしなかったのよ。記憶をほっくり返すと、雅輝さんの失敗の前に出てくるのは、大抵私の失敗ばかり。
 頭を抱えるように次の注文をすると、雅輝さんは目を細めて何処か遠くを見た。
「桜の家に行って、お祖父様から折り紙の話を聞いたりしてると、桜が学校から帰ってきて……ってのが、何だか嬉しかったんだ。家に帰ってくると誰かが待っていて、そして誰かが帰ってくるってのが新鮮で」
 そうなんだ。
 若いのに骨董屋になんか来て、珍しいなって最初は思ってた。物好きだなとも。
 でも時々帰ったら雅輝さんがいて、まとわりつく私にじーちゃんが大人しく見てろとか言って。三人で一緒に大福食べてお茶飲んで。
 雅輝さんって、家が複雑なんだっけ。
 今はお兄さんとかもいるけど、あの頃の雅輝さんがどんな暮らしをしていたかを、私は人づてに聞くしか知らない。雅輝さんがずっと襟付きの服を着ている理由が、首元にお母さんに刺された傷があるからってのも、最近まで知らなかった。
 雅輝さんが家で待っているのが嬉しかったように、雅輝さんも私が帰ってくれるが嬉しかったのかな……なんて、何自惚れてんのよ。もう。
 何だか懐かしそうな雅輝さんに、私はビールを勧めた。
「飲みましょう、雅輝さん。思い出に乾杯」
 何言ってるんだ、私。
 でも、そうでも言わないと、私がしんみりして泣いちゃいそうだった。
 戻れない思い出。遠い記憶。
 Nightingaleになったことに後悔はない。自分の力を雅輝さんのために使えるなら、利用されてても道具でも全然構わない。
 だから、もう飲み干しちゃいましょ。だから私の恥ずかしい記憶も忘れてー。子供の頃でもプロポーズしたことがあるなんて知れたら、私各方面から怖い目に遭っちゃう……って、何かくらくらしてきたー。眠い。
「桜、こんな所で寝たら風邪ひくよ」
 うーん、でも目が開かなーい。ふわふわして気持ちいい。
 平常心でいようと思ってたのに、やっぱダメだな……流石に酔い潰れるまでは飲めませんよ、とか言ったのどこのどいつよ。って、私か。

 酔い潰れた桜乃を背負い、雅輝は寮への道を歩いていた。
 秘書が「自分が背負って連れて帰ります」と言ったのを「久しぶりだから」と断ったのだ。桜乃は軽いし、雅輝でも楽に背負える。
「………」
 緊張していたのか、今日の桜乃は饒舌だった。
 そう思っていると、背中から寝言のようにふにゃっとした声が聞こえる。
「まさきち、しゅき〜」
 その言葉に、ぴた、と雅輝の足が止まる。
 知っている。
 桜乃が自分に好意を持っていることを。
 桜乃が子供の頃からの憧れと、自分への恩を持ってNightingaleに入ってきていることを。
 そして、その感情を利用していることを。
「………」
 おそらくNightingaleのメンバーでも、桜乃は忠誠心の高い方に入るだろう。まかり間違って自分が「死ね」と言ったら、本当に死ぬかも知れない。それほどの忠誠心がNightingaleが一枚岩の組織である理由とも言える。
 ある意味、自分は残酷な支配者なのだ。
 だからここで安易に誰かの好意に応えることは、別の者を裏切ることになる。だから雅輝はNightingaleに入る前に、皆に聞くことにしているのだ。
「僕の下に就くということは、それだけの覚悟が必要だよ。『友人』ではなくて『部下』……いや、場合によっては『道具』になることだってある。その覚悟があるのかい?」と。
 じゃあ、ただの友人であればその想いに応えられたのかというと、そうでもない。
 自分には目的がある。その為に止まってはいられない。そして……雅輝はそれを思い出そうとして、眉間に皺を寄せる。
「……いまだに引きずってる恩讐、か」
 そう小さく呟くと、雅輝はまた桜乃を背負って歩き出した。

 次の日。
「うーん、頭が痛い」
 何か記憶がないんだけど、私やらかしてないわよね?
 気が付いたら、部屋のベッドにいたんだけど……誰が送ってくれたのかしら。つか、服散らかしたままだったわよ。
「おはようございまーす……」
 ガンガンする頭に頭痛薬を叩き込んで会社に行くと、何故か雅輝さんの秘書が私を待って、そこで私は昨日の顛末を聞いた。
「う、嘘……」
 酔い潰れて、雅輝さんに背負わせたって。それを話す目つきが既にブリザードだわ。
「他の奴らには黙っておくが、二度目はないと思え」
 ないないない、二度目は無理!
 って事は、あの部屋も雅輝さんに見られた?つか、私寝てただけよね?暴れたり、吐いたりしてないわよね?
「……吐いてたら、二度と吐けなくしてやる気だったが」
 はい、ごめんなさい。反省してます。
 せめて玄関先で下ろしてくれたら良かったのになぁ。
 私、変な事言ってないわよね?って、雅輝さんに聞けないし……うぅ色々最悪。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
ビアガーデン話後半をお届けします。緊張や沈黙を紛らわすために、がんがん飲む桜さんの切ない気持ちと共に、寝言を聞いた雅輝の冷たい一面などを書かせていただきました。
多分それでも、Nightingaleである桜さんはついていくのだと思います。
そのうち雅輝の目的なども明かされるので、お先愛いただけると幸いです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
またよろしくお願いいたします。 
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年09月05日

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