▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『Mamie Taylor 』
一条・里子7142)&矢鏡・小太郎(6615)&ナイトホーク(NPC3829)

 ……これは五月の母の日の少し前に遡る話。
 蒼月亭では夕方の営業のために、ナイトホークが準備をしていた。と言っても、昼のカフェエプロンとネクタイが、黒のベストと蝶ネクタイに替わるだけである。
 そして今日は、矢鏡 小太郎(やきょう・こたろう)がバイトに入っている日で、そのぶん煙草を吸う余裕もある。
「ナイトホークさん、夕飯食べないんですか?」
 小太郎がバイトの時は、お勧めメニューにもなる夕食が出される。だがナイトホークは大抵少し味見したぐらいでさほど食べることもない。
「ああ、俺小食だから。そんな事はいいからちゃんと飯食えよ。忙しくなったら持たないからな」
 本日のお勧めはスペアリブのトマト煮だ。それを食べていた小太郎が、不意に何か思い出したように顔を上げた。
「あ、そういえば今日、僕の叔母が来たいって言ってるんですけど、構いませんか?」
「構うも構わないも、客を拒む理由がないな」
 小太郎の叔母と聞き、ナイトホークは煙草を吸う手を止めた。よく見ると小太郎は何だか妙に嬉しそうな顔をしている。
「それは冗談として、どうした、急に」
「何だか、ナイトホークさんに挨拶がしたいって言ってるんです」
 小太郎の父から、妹夫婦が東京に来たという話は聞いている。だから多分その関係なのだろう。基本誰が来ても拒むことはないので、ナイトホークはまた煙草を口にくわえた。
「じゃあ、小太郎が頑張って接客しなきゃな」
「えっ?」
 夜はバーになる店だが、小太郎はアルコールメニュー以外を割と任されるようになった。それでもコーヒーなどはナイトホークが入れることも多いが、ちょっとしたメニューやノンアルコールカクテルなどは小太郎が作ったりしている。
「小太郎が接客しないで、誰が接客するんだよ」
 小太郎の叔母とは一体どんな人物なのだろうか。
 まあ、小太郎の嬉しそうな様子を見ると、悪い人ではないと思うのだが……。

「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
 小太郎の叔母……一条 里子(いちじょう・りこ)がやって来たのは、夜の営業が始まってそんなに経っていない早い時間だった。そのせいかまだ客足は鈍く、店自体が貸しきりのようになっている。
 里子は店に入ると真っ直ぐナイトホークの前にやってきて、有名菓子店の包みを出しながら深々と頭を下げた。
「一条 里子と申します。小太郎君や兄がいつもお世話になってるようでして」
 里子は小太郎からナイトホークの話は聞いていた。確かにどこの国の人なのか、名前も本名なのか分からないが、人懐っこい笑みが好印象だ。
 そして、アンティークの内装で統一されながらも清潔な店内。
 高校生の小太郎がバーでバイトをしているというのを、里子は少し心配していたのだが、ここなら変な客が来ることもなさそうだ。
 ナイトホークはにこっと笑うと包みを受け取り、里子の目の前にレモンムースの入ったカクテルグラスをすっと置く。
「ここのマスターのナイトホークです。小太郎にはいつも世話になってて」
「ナイトホークさん……」
 小太郎が、恥ずかしそうにナイトホークを見た。実は里子にナイトホークの話をしたときに、頼りになって憧れていると言っていたので、そう言われると恥ずかしい。
「アルコールメニュー以外は小太郎が作るから、里子さん好きなもの頼んでよ」
「ノンアルコールの飲み物があれば、それを」
 別に酒が飲めない訳ではないのだが、一人で飲むのもちょっと寂しい。するとナイトホークがメニューブックの後ろの方を指さした。
「コーヒーとかもやってるけど、ノンアルコールカクテルとかどうかな。お勧めなのは『シンデレラ』かな。小太郎がシェーカー振るの見られるよ」
「そうね……じゃあ、それにしようかしら」
「かしこまりました。小太郎、よろしく」
「はい」
 カクテルは色々な方法で作るが、やはりシェーカーを振るのが様になる。そのあたりを気遣ってくれたのだろう。てきぱきと用意する小太郎を見ながら、里子が嬉しそうに頬笑んだ。
「しばらく会わないうちに、大人っぽくなったって感じがするわ」
「男の子ってのはそういうもんだよ」
 所々ナイトホークが見ればおぼつかない所もあるが、ここは手出しをしないのが粋だ。里子は何だか眩しそうに小太郎を見守っている。
 オレンジジュース、レモンジュース、パイナップルジュースを三分の一ずつれてシェーク。先にカウンターにコースターを出して、その上に冷えたカクテルグラス。
 客の前で、一気にシェーカーからグラスにカクテルを注けば……。
「お待たせいたしました、『シンデレラ』です」
 出したカクテルグラスは少し大きめだった。それはシェーカーで振っているうちに、氷が溶けてグラスから溢れないようにするためだ。極めると氷はカクテルを冷やすためだけになって、溶けないうちに上手くグラスに注げるようになるのだが、流石にそのあたりは年期が違う。
「本当は、ナイトホークさんが作った方が美味しいけど」
 そんな小太郎の頭をナイトホークが突いた。去年からシェーカーを振り始めた小太郎と、大戦前から振っていた自分と味が同じだったらへこむ。小太郎が里子に作ることに意義があるのだ。
「いただきます」
 一口飲むと爽やかな甘酸っぱさが口に広がった。嬉しそうに頬笑む里子。
「美味しいわ。そっか……小さかった小太郎君が、カクテルを作るようになったのね」
「いや、まだノンアルコールカクテルだけだから」
 感慨深そうにオレンジのカクテルを見つめると、里子は頬笑んでナイトホークを見た。
「子供の頃から小太郎君は、動物が大好きだったんです。それによく泣いて……」
 里子が知っている思い出の中の小太郎は、まだ子供の頃の姿だ。
 捨てられていた動物を拾ってきたり、自分の家で飼えないことに泣いたり。優しい所があったから、気の強い子に苛められたりもしていたのに、その頃のか弱い面影はない。
「小太郎がここにバイトに来たきっかけも、動物だったな」
「そうですね」
 最初、河川敷で飼っていた動物の治療費の為に一日バイトで来たのだが、結局その動物たちは皆里親に引き取ってもらった。今は盲導犬のトレーナーの学校に行くために、少しでも学費を稼ぎたくてバイトをしている。
 そのきっかけを話すと、里子は嬉しそうに笑う。
「動物好きなのは変わってないのね。安心したわ」
 話を聞いていると、里子は小太郎の事を本当に心配しているようだった。バイトと学校の両立の話や、この店の雰囲気の話。それらが全て小太郎へと繋がっている。
 そして現に里子は小太郎が心配だ。
 でも、今は自分でアルバイトをして、将来を考える程成長している……。
「男ってのは、あっという間に成長する奴と、いつまで経ってもガキなのと両タイプしかないんだよな」
「わかるわ。小太郎君は前者でしょ?」
 そして後者は里子の兄だ。いつまで経ってもふらふらしていて、一度説教するつもり予定なのだが、どこで油を売っているのかまだ捕まらず、のらりくらりとかわされている。
「いや、僕はそんな……」
 何となく共通認識は一致しているようだ。ナイトホークはくつくつと笑いながらポケットからシガレットケースを出す。
「いやいや、小太郎は俺よりしっかりしてるよ。この店、年長者の俺が一番しっかりしてない店だから」
 それはある意味謙遜なのだろう。仕事をしている所を見ていると、さりげなくフォローを入れていたり、あえて手を出さずに見守っていたりする。こういう大人が近くにいれば安心だ。
 そんな様子を見ながら、カクテルとデザートを楽しんでいたときだった。
「あ、里子さんちょっと待って」
 突然、里子の目の前に赤いカーネーションの花束が差し出された。驚いて顔を上げると、小太郎は少し照れくさそうに笑っている。
「お客さんが増えたら渡せなくなるから」
「えっ?」
 そう言えば、母の日が近かったような気がする。ナイトホークはその会話を邪魔しないように少し離れて様子を見ていた。
「ちっちゃい頃は、死んだ母さんに悪いかなーとか思ってずっと渡せなかったんだけど……」
 言葉を失っている里子に、小太郎がにこっと笑う。
「里子さんも僕のお母さんだから」
 僕のお母さん。
 その言葉に里子は驚いて固まった。続く小太郎の言葉に、里子の記憶が次々とフラッシュバックする。
「僕、ちっちゃい頃、里子さんが授業参観とかに来てくれるの、嬉かったんだ」
 そう。
 母親がいない小太郎を寂しがらせないように、里子は小学校の行事があるときは出来るだけ参加した。参観日、運動会、親子レク……兄は多忙だし、男親というのは照れくさがるものだ。
 だから、そのぶん里子は亡くなった義姉のぶんまで小太郎の面倒を見た。
「あれって、お仕事休んで来てくれてたんでしょ?ありがとう」
 穏やかな微笑み。
 だが、里子は別のことを思っていた。

「私は、何もしてあげられなかったのに……」

 思い出すのは、小さい頃の小太郎の寂しそうな顔。
 そして優しかった義姉。
 ぽろ……と、涙が里子の目からこぼれた。後は湧き出る泉のように涙が溢れ続ける。
 とても嬉しくて、そして、悲しくて。
「………」
 何も出来なかった。
 義姉が他界した後、兄は自暴自棄になって酒やドラッグに溺れていた時期があった。その頃里子は、真剣に小太郎を養子にして自分が育てようかと思っていた。
 このままでは兄も小太郎もダメになってしまう。
 そう思っていたのに、あの日の思い出が里子を止めた。
 それは、義姉の葬儀の日。
 泣き疲れて眠っている小太郎を抱きしめ、ずっと義姉の名を呼びながら泣いている兄の背中……。
 それを思い出すと、息子を取り上げるような事は出来なかった。
「お義姉さん……」
 義姉が亡くなる前に、里子は小太郎の事を頼まれていた。だからせめて母親代わりに、参観日に出るぐらいで……なのに、小太郎はこんな自分を「僕のお母さん」と言ってくれて……。
「え……いや、あの……里子さん、えっと……」
 突然泣き出した理由が分からず、小太郎は動揺した。うれし泣きとも違うような、溢れる涙。おろおろしながら捨てられた子犬のような目でナイトホークに助けを求めると、ナイトホークはすっと里子の前に白いハンカチを出す。
「それだけ、大事だって事だよ。里子さん、お酒は大丈夫?」
 言葉にならずに、里子は何度も頷く。
「小太郎、タンブラー出して」
 ナイトホークはそれだけ言うと、小太郎が出したタンブラーに氷を入れカクテルを作り始めた。スコッチウイスキーとレモンジュースを入れ、そこにジンジャーエールを満たして軽くかき混ぜる。
「ナイトホークさん、それはなんてカクテルですか?」
「ああ、『マミー・テイラー』ってカクテル。『母親の味』とか言う感じかな。里子さん、小太郎は幸せだったんだよ」
 ハンカチで涙を拭い、ぐすっと鼻をすする。
 本当に幸せだったのだろうか。その疑問はカーネーションの赤に遮られて……。
 小太郎が何か言いあぐねていると、ナイトホークがポンと背を叩く。
「里子さん、泣かないで。僕、里子さんがお母さんで本当に良かったと思ってるんだ。死んだお母さんと、里子さんって僕には二人もお母さんがいるから……」
「うん、小太郎君……ありがとう」
「小太郎も一杯ぐらい飲んでみるか?ロングカクテルだからそんなに強くないし、どんな味か覚えといてもいいだろう。里子さん、いいよな?」
 こくっと一つ頷くと、ナイトホークは素早くもう一杯カクテルを作り小太郎に渡す。
「里子さん、乾杯しよう」
「そうね。お義姉さんのぶんまで、いただきます」
 チン、と微かにグラスが触れる。
 レモンジュースの酸味がきいたカクテルは、少しほろ苦く里子の喉に滑り落ちていった。

 家に帰り、カーネーションを飾り棚の一角にある義姉の写真の前に飾った里子は、その日夢を見た。
「お義姉さん……?」
 蒼月亭のカウンターに義姉が座っている。そしてその目の前にはカーネーションの花束。そして、マミー・テイラーが二つ。
 そっと近づくと義姉は穏やかな微笑みで里子を見ていた。
 何も言わなくても分かる。
 ……ありがとう。これからも小太郎をよろしくね。
 小太郎の母親が義姉であるというのは、これからもずっと変わらない。だけど、生きていく時間、今度は里子が見守っていく。知らないうちにずっとずっと大人になって、里子を泣かせるようなことをするようになっても、小太郎は自分の息子も同じ。
「乾杯しましょう。母の日に」
 にっこりと義姉が頷く。
 里子の目に浮かんだ涙は、今度は優しく暖かく頬を滑り落ちていった。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
7142/一条・里子/女性/34歳/霊感主婦
6615/矢鏡・小太郎/男性/17歳/神聖都学園 高等部生徒

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
「母の日」をテーマに、小太郎君と里子さんの絆を書かせていただきました。
蒼月亭にまでご挨拶に来て頂いて恐縮です。里子さんは充分ではなかったという後悔を持っていても、小太郎君はとても感謝していて、それが嬉しくて悲しくて…という雰囲気が出ていたらと思います。
タイトルはカクテルの名前から取らせて頂きました。
リテイク、ご意見は遠慮なく言ってください。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。 
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年08月31日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.