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『木漏れ日の先 』
来生・十四郎0883)&碧摩・蓮(NPCA009)



 くすんだレンガが敷き詰められた歩道を歩きながら、来生・十四郎は無意識に、ジーンズのポケットに入れた煙草の箱に触れた。
 夏独特のむせ返るような空気の中、何処からか煙草の香りが漂ってきたような気がしたのだが、見渡す限り十四郎以外に歩いている者はいない。 
 汗が首筋を滑り落ち、乱暴にシャツの袖で拭う。
 どこかで涼もうかと右手に建ち並ぶ店に目を向けてみれば、お洒落な喫茶店ばかり‥‥
(ぜってー浮くよな‥‥)
 お店の中では、可愛らしい制服に袖を通した女の子が、笑顔でお客に応対している。
 オレンジ色のチェックのスカート、きちんと結ばれた髪、弾ける笑顔。お客の方も、すっきりとしたスーツ姿の青年だった。
 青年の隣の席に腰を下ろす自分の姿を想像し、苦笑する。あまりにも、周囲に馴染めていない。
 十四郎は潔く入店を諦めると、再び歩き出した。
 目にかかりそうなほどに伸びてしまった前髪を掻きあげ、襟元を引っ張って扇ぐ。顔に申し訳程度の微風を感じるが、それも生暖かい。
(とっとと社に帰って、書類を―――)
 チリンと軽快な鈴の音が鳴り、右手から冷気が這い出してくる。それに乗って、甘い香りが灼熱の空気を溶かす。
「有難う御座いました、またお越しくださいませ」
 澄んだ上品な声に、顔を上げる。
 ピンクと白を基調とした店内から出てきた若い女性が、胸に抱えた袋に幸せそうな笑顔を向ける。そんな女性の後ろでは、綺麗な角度のお辞儀をしたまま固まった、淡いピンク色の制服を着た女性が立っていた。
 ガラスの扉がゆっくりと閉まり、香りも冷気も店内に仕舞い込む。
 女性が十四郎の隣を通り過ぎ、店員も顔を上げて店の奥へと引っ込んでいく。
 十四郎はゆっくりとショーウィンドウに近付くと、ふわふわの綿の上に乗せられている小さな鳥のぬいぐるみに息を呑んだ。
(あのぬいぐるみだ‥‥‥‥‥‥‥)
 偶然とは、コレほどまでに悪戯なものなのか―――
 十四郎は危うく落としそうになった書類を抱えると、目を伏せ、何事も無かったかのようにその場を後にした。
 ‥‥‥一つの決意を、胸に抱いて。



* * * * * * *



 都会の喧騒の中、1本道を逸れれば閑静な住宅街へと入る。静まり返った空気は、遠くから聞こえてくるクラクションすらも優しく包み込み、異質の音へと変えてしまう。
 アパートのベランダに並んだ洗濯物が風に揺れ、心なしか甘い洗剤の香りが漂ってくる。
 細く頼りない道の先には、木々が茂る広い公園が口を開いており、一歩足を踏み入れれば上空から零れ落ちてくる蝉時雨。
 地面を斑に染める木漏れ日に目を薄めながら、巨木の下にポツリと置かれていた古びた木のベンチに腰を下ろす。
 太い幹にしがみ付く空蝉。その背からは白い糸が、空へと飛び立ってしまった自身を想ってか、悲しそうに手を伸ばして揺れている。
 十四郎は胸ポケットから携帯電話を取り出すと、アドレスを呼び出し、通話ボタンを押し込んだ。
 耳元で聞こえる、篭ったような呼び出し音。
 おそらく向こうでは、落ち着いた雰囲気の店内に異質な音が響き渡っている事だろう。
 それなりに計算されたベルの音質、押さえられた音量。けれどやはり、あの店の静寂には、電話の呼び出し音はいささか無粋だ。
『はい、こちら、アンティークショップ・レン』
 ぶっきらぼうな口調は、やや機嫌が悪そうだ。
「俺だけど」
『‥‥あー、はいはい、あんたかい。ここにかけてくるなんて、珍しいねえ。で、何の用だい?』
「今から、ちょっと出てこられないか?」
『今からったってねぇ‥‥。何の用なのか言ってくれないことには、返事のしようがないね。こっちだって、暇じゃぁないんだからねぇ』
「来たら教える」
 きっぱりとした十四郎の言い方に何かを感じ取ったのか、電話の向こうで蓮が沈黙する。
 蓮の後ろ、電話口からかすかに聞こえてくる重厚な柱時計の音。腕時計を見れば、時刻は丁度3時だった。
『‥‥まさか、妙な事に巻き込もうってんじゃぁないかい』
「いや、違う。それは安心してくれ」
『なら、もう少し待ってくれれば出られるよ。半から客が来る予定でねぇ、4時前には出られるとは思うけれど』
「それで良い。今から言う公園に来てくれるか?待ち合わせ場所は、公園の入り口で、公園の名前は‥‥」
 レンからの道順を細かく説明した後で、十四郎は終話ボタンを押し、携帯電話を胸ポケットに滑り込ませた。
 蓮が来るまでには、まだ時間がある。この場所でボンヤリしていても良いが、いくら日陰とは言え、熱風は直接顔を撫ぜてくる。
 何か飲み物でもと思い立ち上がれば、公園を仕切る低い柵の向こうにこじんまりとした駄菓子屋が、引き戸を大きく開けているのが目に入った。
 ところどころ朽ちて読み辛くなった看板に引き寄せられるように歩き出す。
 斑の木漏れ日、明、暗、明、暗 ―――――
 アスファルトの道に出れば、光の洪水に目が眩む。
 右手を目の上に翳し、暫し目を細めてやり過ごすと、駄菓子屋の開いた引き戸の中に身体を滑り込ませた。
 光から闇へ、全てが白くぼやける店内。照明が落とされたそこは薄暗く、十四郎は目を強く瞑るとゆっくりと開いた。
 狭い店内には商品が所狭しと並べられており、懐かしい匂いにほっと溜息をつく。
 ダンボールに書かれた値段は、十四郎が子供の頃よりも少しだけ上がっている気がする。
 数百円を片手に握り締め、駄菓子屋まで走ったあの頃から、既に何十年と言う月日が流れてしまったため、そう感じるだけなのかも知れない。
「いらっしゃいませ」
 落ち着いた声に顔を上げれば、店の奥から和服姿の老婦人が柔らかい笑顔を浮かべて出てきた。白く染まった髪の毛を綺麗に後ろで纏め、純白の割烹着に袖を通した老婦人は上品な動作で丸椅子に腰を下ろすと、優しい眼差しを十四郎に向けた。
「あの、何か冷たい飲み物ってありますか?」
 その問いかけに、老婦人は皺だらけの手をゆっくりと上げると、右手の壁を指差した。
 黄ばんだ紙には、色あせたイラストと共に並べられた太い文字。ラムネ、麦茶、リンゴジュース‥‥
「じゃぁ、ラムネで」
 老婦人が店の奥へと取って返す。小さく聞こえるのは、冷蔵庫を開閉する乾いた音。
 十四郎は、左手に置かれたラックの上から新聞紙を一枚抜き取ると、戻ってきた老婦人に差し出した。
 ジーンズのポケットから財布を取り出し、数百円を手渡す。白いビニール袋を取り出す老婦人に、そのままで良いと伝え、新聞を小脇に挟み、水滴が浮かんだラムネのビンを受け取る。
 手のひらから伝わってくる、ひんやりとした温度。思わず、喉が鳴る。
「有難う御座いました」
 深々と頭を下げて十四郎を見送る老婦人に笑顔を返し、再び公園へと戻る。
 斑の木漏れ日、明、暗、明、暗 ―――――
 ベンチに腰を下ろし、新聞を脇に置き、ラムネのビー玉を下へと落とす。炭酸が弾ける音が一瞬だけ、涼を運んでくる。
 ビンを口元まで運べば、冷えた液体が火照った身体を滑り落ちていく。十四郎はビンの半分くらいまで一気に飲むと、新聞を取り上げた。
 一面に並ぶ文字を目で追う。最近世間をにぎわせている事件の詳細が、現場写真と大きな見出しの下に細かく書かれている。
 それを読み込もうと姿勢を正した時、ふと右下に並んだ天気予報欄に目が行った。
 札幌、仙台、新潟、東京、名古屋‥‥
 晴れのち雨のマークに、十四郎は上空を見上げた。雲ひとつ無い青く澄んだ空に、目を細める。
(雨なんか降るのか‥‥?)
 きっと、予想は外れるだろう。十四郎はそう思うと、気を取り直して細かい文字に目を走らせた。



* * * * * * *



 公園の入り口に場所を移してから数分、道の向こうにチャイナドレスを纏った赤髪の女性が見えると、十四郎は軽く手を振った。
 蓮がさしていた黒い日傘を畳み、ヒールを鳴らしながら十四郎の前に立つと流し目を向ける。
「久しぶりだねぇ、あんた、少しやつれたんじゃないのかい?」
「そんなことはねぇよ。ちょっと、ついて来てくれるか?」
 蓮の返事は聞かずに、踵を返す。幾分和らいだとは言え、まだ高い太陽に汗を拭きながら、十四郎は公園の中を真っ直ぐに進んだ。
 十四郎の体重を柔らかく包み込んでくれる土の感触を靴の裏で感じながら、先ほど座っていたベンチの前を通り過ぎる。
 子供の歓声が高く聞こえ、視線を移せば公園の真ん中、白いタイルの張られた場所で噴水が高く空へ手を伸ばし、周囲を囲む子供達の上に細かい雨を降らせている。
 その近くを通り越し、立ち入り禁止と書かれたプレートがかかったロープの前へと来た。
「で、何のつもりだい?この先には何があるって言うんだい?」
 その問いかけには答えずに、ロープを乗り越えて先へと急ぐ。
 獣道のような細い道はすぐに青々とした芝生に飲み込まれ、蝉時雨のみが全ての音を支配する、そんな場所へと入り込んだ。
 まるで森の中にいるような、そんな錯覚。しかしそれはすぐに、光り溢れる道の終わりにかき消される。
「用ってのはこいつだ」
 弾んだ声。まるで宝物を見つけたかのような、無邪気な少年の声。背後から蓮が顔を覗かせ、十四郎の指差す先に目を丸くする。
 アプリコットピンクの可憐な花からは、柑橘系の甘い香りがふわりと漂ってくる。
 地面に置かれた綺麗な石を取り囲むようにして咲き乱れる花―――アンブリッジ・ローズ―――
「これは‥‥」
「昨日、出かけでふと思い出してさ、今朝見たら咲いてたから、お前にも見せようと思ってよ」
「随分と綺麗に咲いたねぇ‥‥」
 蓮がそう呟いた時、上空に影が差した。見上げれば黒い雲が空を覆いつくしており、パラリと細かな雨粒が十四郎の鼻に、頬に、落ちてくる。
「雨が‥‥」
「ほら、入りな」
 花開いた黒い日傘の下に身を隠す。大粒の雨が地面を激しく叩き、水しぶきが周囲の景色を一変させる。
「天気予報が当たったってことか?」
「いや、これは白雨だろう、すぐに止むさ」
 ノイズのような雨の音以外、何も聞こえない世界。蝉時雨もない、白い遮音のカーテン。
 十四郎が薔薇に向かって手を差し出した時、ふっと雨脚が弱まった。大粒の雨が小粒になり、水しぶきが弱まっていく。ついには、雨粒が1つ2人の前に落ちたきり、雲は沈黙した。
 黒い日傘が畳まれる。どうやら晴れ雨兼用らしい傘に簡単にお礼を述べた時、蓮の細長い指が十四郎の背後へと向けられた。
 重たい雲の割れ目から、一筋の光が地面に突き刺さる。1本の光は2本へと増え、薄暗い世界に明かりを取り戻していく。
「‥‥天使の梯子‥‥」
「よく知ってるねぇ」
 蓮が感心したような声を上げ、十四郎はふっと意識を遠い過去へと引き戻した。
 ちょうど今日みたいに急に雨が降ってきた、あの暑い夏。慌てて雨宿りをした、古びた小屋の前。隣に立っていた誰かがポツリと呟いた、甘く響く綺麗な言葉。
 誰が言ったのか、十四郎には思い出せなかった。年上の女性だったのか、それとも今は亡き妹だったのか‥‥。けれど、それは確かに女性の声だったのは覚えている。高くも澄んだ声に乗せられた言葉は、未だに十四郎の音の記憶に鮮明に焼き付けられていた。
「なぁ、これから少し、時間あるか?これだけってのも何だから‥‥ついでに夕食でもどうだ?俺が持つからよ」
「‥‥そうだねぇ、店ももう閉めちまったし、する事もないしねぇ」
 雲間から地上へと続く梯子を伝って、天使が舞い降りてくる。次第に明るくなっていく世界は、オレンジ色に変わっていく。
 今度は蓮を先頭にして、再び道なき道を戻る。思い出したように鳴きはじめる蝉の声、湿った土の匂い、遠くで聞こえる人々の声。
(これで嬢ちゃんも淋しくないだろう‥‥)
 足を止め、振り返る。アプリコットピンクの薔薇が、光の中で小さく見える。ここまでは、薔薇の匂いは届かない。
(‥‥妹が死んだのも、あのくらいの年頃だったか‥‥‥‥‥)
 蓮の姿が、光の中に溶け込む。十四郎もその後に続き、オレンジ色の光が全身に絡み付いてくる。
 空を見上げる。染まり始めた空は、白い雲を幾つか浮かべただけで、先ほどの雨が嘘のように綺麗な色をしていた。
「さぁて、それじゃぁ何を食べようかねぇ」
 弾んだ蓮の声が先を急ぐ。立ち入り禁止のロープを乗り越え、噴水を通り越し、ベンチの前を通り過ぎる。
 斑の木漏れ日、明、暗、明、暗、明 ―――――――



END
PCシチュエーションノベル(シングル) -
雨音響希 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年08月23日

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