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『社長と私・3 』
龍宮寺・桜乃7088)&篁雅輝(NPC4309)

 初めて彼と会ったのは十年程前。最初はじーちゃんの店の客って認識だけ。
 ただ高校生なのに、骨董屋に通うなんて渋い趣味だなとは思ってた。
 私に異能が覚醒したのは十歳の誕生日。突然瞳が赤くなった私を、周りは皆気味悪がった。
 ある日苛められて泣いて帰ると彼がいて、目の赤い私を全然気味悪がらなくて。
「目が赤いのは、今みたいに泣いてばかりだからなのかな?」
 なんて言ってくれて、じーちゃんが折ったばかりの真っ白なウサギに、赤いペンで目を書いて差し出してくれたんだっけ。
 そう考えると、随分長い付き合いなのよね……雅輝さんと、私。

「うわお、本気でビアガーデン行く気だわ、雅輝さん」
 ある日の午後、篁コーポレーションの社員食堂。
 私に来た雅輝さんからのメールを見て、箸を置いて思わず携帯を両手で握りしめる私。
 えっと、これって小粋なドッキリとかじゃないわよね。何処かにカメラとか仕掛けられてないわよね?後から嘘でしたって言われたら、ものすごくダメージでかいわ。
 携帯に踊るのは、こんな短いメール文。
『明日の夕方、ホテル中庭のビアガーデンで。待ち合わせは一階ロビーで18:00時間厳守。名目は次の会議の下調べにつき、任務は二時間を予定』
 そのホテルの住所と名前は知っている。会社でも会議やパーティーによく使うし……って、ビアガーデンって別にデパートの屋上とかでも良かったのに、ホテルって……いや、ホテルの方が何か起こっても対処しやすいし、雅輝さんがその辺のデパートを指定する訳ないって、気づけ、私。
「……って、明日?」
 確かに明日は私も休み。
 多分そこにスケジュールを合わせてくれたんだろうけど、雅輝さんっていつ休んでるのかしら。まさか私と前々からメールで話してた「ビアガーデンに行きたい」って約束のために、無理矢理スケジュール開けてたりして……。
 何か、今から緊張してきたわ。
「勘違いしちゃダメ。これは任務なんだから」
 そう、任務。雅輝さんだってそうやってメールに書いてるじゃない。
 でもそうでもしないと、たとえ知り合いでも雅輝さんと二人で出かけるなんて事は許されない。私は社長室のフリーパスをもらえる身分じゃないから、雅輝さんに呼ばれなければあの部屋には行けない。
 Nightingaleのメンバーなら誰もが欲しいと思っている、あの社長室直通のカードキーを渡す権利は雅輝さんにある。そこに個人感情を挟むことは許されない。
 それがNightingale……雅輝さんが持つ、鳥の名を持つ組織のルール。
「二時間かぁ」
 短いな。たった二時間、百二十分。
 それでも、その時間が与えられるだけ、私はまだ恵まれてるのよね……。

 子供の頃は、いつも「雅輝兄ちゃん」って呼んでた。
 だけど当時友達の間では渾名付けが流行ってて……私は仲間外れで。でも自分も誰かに渾名をつけてみたくて、勇気を出して「まさきち」って呼んでみた。
 当然じーちゃんにすごく叱られたけど、雅輝さんはクスクス笑ってこう言ってくれた。
「じゃあ、僕がここにいるときだけは『まさきち』って呼んでもいいよ。だけど他の所で呼ぶと、怒られるかも知れないから気をつけるんだよ」
 私にも渾名で呼べる友達がいるんだって事は、独りぼっちだった自分に自信を付けさせた。だから、仲間はずれでも悔しくも悲しくもなかった。
 自分の記憶が消えないって事に気付いたのは、小五の夏。
 記憶が消えないことで頭が破裂するんじゃないかって狂いかけてた私は、雅輝さんの言葉で助かって。
 それで子供だった私は、感謝を勘違いして、ついあんなことを口走って……。

「うっ、恥ずかしいこと思い出したわ」
 次の日。
 私はいつもより早く起きて風呂に入った後、予約していた美容院で髪を綺麗にカットした。
 だ、だって最近忙しくて、髪の毛ちゃんと揃える暇もなかったんだもの。前髪は自分でカット出来ても後ろ髪は自分じゃ限界あるし、雅輝さんと一緒に何処か行くなら変な格好出来ない。
「あ、すみません。エステもお願いしまーす」
 ……って、私はどこに行こうとしてるのよ。
 結局カットだけじゃなくて、エステもしてもらって肌はつるつる。流石にまつげパーマとネイルは食い止めたわ。そこまで見えるところに気合い入れたら、絶対引かれる。
 それじゃなくても、雅輝さんは優しく見えて、何処か一線越えられない壁があるように見えることがあるのに。
「………」
 思えば、私は雅輝さんのことをあまり知らない。
 じーちゃんの家に来ていたときは、大抵折り紙を折っていたか、もしくは私が一生懸命話すのを聞いてるばかりで、雅輝さんは自分のことをほとんど話さなかったのよね。だからNightingaleに入った今でも、雅輝さん個人に関することはほとんど知らない。
 雅輝さんにお兄さんがいた事だって、ずいぶん後になってから知ったのよね。もしタイムマシンが目の前にあったら、あの頃の私に「ちょっと大人しくしとけ」って言いたいわ。
「えっ、もうこんな時間?」
 私は腕時計を見て、慌ててまた自宅の寮に戻る。
 自分の家から待ち合わせ場所までの時間を逆算、それに自分の支度とか、出来れば待ち合わせ時間の十分前には着いていたいから、それに合わせるために最適な交通機関と時刻表を頭から引っ張り出す。
 うっかり感傷とか思い出に浸ってる場合じゃないのよ。これから家帰って服選んだり、着替えたりメイクしたりしたら、時間なんかいくらあっても足りない。
 つか、一体何を着ていけばいいんだろ。
 雅輝さんのことだから「桜の好きな格好で」とか言うんだろうけど、それが一番困るのよね。

 ……その後、記憶が消えないって事で何度も不安に陥る度に雅輝さんは私を助けてくれた。
 優しいだけじゃなくて、厳しい言葉を言うこともあったけど、そう言うときは大抵私が甘えようとか逃げようとしてるときで。
 異能もないのに、どうして雅輝さんにはそれが分かるのか、当時の私は不思議でしょうがなかった。じーちゃんに聞いてみても、笑ってるだけで理由は教えてもらえなかった。
 そして……じーちゃんが死んだ時は、一番に駆けつけてくれて。
 二人だけの家族で、親戚もいない私にに代わって、雅輝さんはお葬式とかを全て手配してくれた。
「ちゃんとお別れしないと、後で後悔するよ」
 あまりに突然で、その事実とか悲しみとかが大きすぎて、上手く理解しようとしなかった私を、雅輝さんは現実に引き戻した。
 だから、ちゃんと私はじーちゃんにお別れできた。
 もし雅輝さんがあの場にいなかったら、私はじーちゃんの死を受け入れられずに、ちゃんとお別れできなかったかもしれない。

 帰ってきた私は、クローゼットを開け放って自分の持っている服でいいと思う物を片っ端から着替えてみた。
「これじゃフォーマルじゃん!」
 ……って、何で私は同僚の結婚式の二次会で着た、グリーンのドレスなんか着てるのよ。ビアガーデンだって言ってるじゃん。
「落ち着いて、落ち着くのよ、私。そう、思考をクリーンに……」
 とか言ってる時点で、既に動揺は隠しきれてない。今この場に友達とかがいなくて良かったわ。こんな私見せらんない。無論雅輝さんがここにいたら……切腹以前に、いっそ楽にして欲しいぐらいの恥ずかしさだわ。
 ドレスを脱ぎ捨てた私は、紙にくるんである着物と袴に手を伸ばし、はっと気付いて頭を抱える。だからどこに行こうとしてるのよ、私。
「メイクも美容室でしてもらうべきだったわ」
 時間が惜しくて断っちゃったけど、さっき自分でやったら気合い入りすぎて「宝塚かよ?!」って感じになったのよね。ステージに上がるならともかく、つけまつげ重ねたり、マスカラ五回付けとか、絶対方向間違ってるから。宝塚ならともかく、やりすぎるとギャルっちくなるし、それで隣には……うん、絶対無理。想像できない。
「って、ビアガーデンに相応しい格好って何なのよぅ」
 あー、緊張する。そしてそんな自分に私は呆れる。
 任務だって言ってるじゃない。過剰にお洒落しても仕方ないし、飲んだり食べたりするんだから香水も少しだけでいいんだって。でもファッション雑誌とかに開いてある、小綺麗で合コン受けする服とかも、何だかそれはあざとい気がする。
「やっぱり、普段の私のお洒落がいいのかな」
 普通にシンプルなキャミとボレロの重ね着。冷房が効いていたり、少し寒かったときは着たままでいいし暑かったら脱げばいい。これで何も着て行かなくて、寒くて上着借りるだけならまだしも、それで雅輝さんに風邪ひかせたとかなったら、死ぬほど恐ろしい目に遭う気がする。
 ボトムは夏らしく明るい水色のカプリパンツに太めのベルト。アクセサリはあまり派手じゃない大振りの物で、バッグは涼しげな籐のかごバッグ。靴は……サンダルでもいいけど、いざというとき走れないのは嫌だからサブリナシューズ。
「こ、これでいいのよね?」
 何処かの冠婚葬祭マナー本に書いてある「葬儀に相応しいファッション」みたいに「ビアガーデンに相応しいファッション」とかってのを作ってくれないかしら。そうしたら、読んで覚えるから。
「げっ、もうこんな時間だわ」
 もう格好が正しいとか間違ってるとか言ってる場合じゃない。十分前には着いてたいし、遅れることだけは何としても避けたい。取りあえずバッグの中身をチェックして、私は玄関を飛び出す。
 部屋……帰ったら片付けないとな。
 今の服に決まるまで、一人ファッションショーだったとか、もう本気で人に見せらんない。
 ああーっ、もうどうしよう。本気で緊張してきたわ。

 高校を卒業して、その後の進路を雅輝さんに聞かれたとき、私は雅輝さんのために自分の力を使いたいと言った。
 その時、雅輝さんは私にこう切り替えした。
「異能を持っていても、普通に暮らす選択肢もあるんだよ」
 それはよく知っていたし、雅輝さんがそれを望んでいることも私はちゃんと分かってた。
 でも、今、私がここにいるのは必然。
 彼の役に立つなら、この忌わしい力も受け入れられる。
「僕の下に就くということは、それだけの覚悟が必要だよ。今までのように『友人』ではなくて『部下』……いや、場合によっては『道具』になることだってある。その覚悟が、桜にはあるのかい?」
 躊躇いがなかったと言ったら嘘になる。
 でも、私は自分の力を雅輝さんのために使いたかった。
 忘れられないまま溢れる記憶を、辞典のように索引別にしまう方法や、いくら覚えても脳は破裂することがないと教えてくれた雅輝さんのために。
 そうじゃなかったら、多分私はどこかで壊れていた。
 だから、その恩を自分の力で少しでも返したかった。
 多分、こんな生き方を理解してくれる人は少ないんだと思う。誰かの道具になって、その為なら命さえ投げ出すのも惜しくないなんて、そんなのおかしいって言う人もいると思う。
 でも、多分Nightingaleにいて雅輝さんのために力を使ってる人たちは、きっとそれだけの覚悟があってそこにいる。それだけの恩や思いがあるんだから。
 それを誰かに「間違ってる」なんて言わせない。
 私は……いや、私達は、自分の意思で夜を飛ぶ鳥になったのだから。

 大あわてで走って待ち合わせ場所に行くと、雅輝さんは既にホテルのロビーにある椅子に座って待っていた。
 私を見つけて頬笑むその姿。それに私の胸がドクンと高鳴る。
「お、お待たせしましたー」
「いや、近くに来る用事が早く済んだからね。それより、休みの日なのに時間を取らせたけれど大丈夫かい?」
「いえ。予定全然ないので」
 ああ、相変わらず優しいな。雅輝さんは。
 高鳴る鼓動に、やっぱり私この人が好きなんだって痛感する。でも告白なんてダメだし、早く男作って忘れたいのに。だから色々出会いを探してるのに、何故か男運も恋愛運もすさまじく悪くて、結局忘れることも出来なくて。
 こういうとき、雅輝さんの言った『覚悟』を痛感する。
「じゃあ少し早いけど行こうか。ここのホテルのビアガーデンは、日本のメーカーだけじゃなくてドイツやベルギーのビールも飲めるみたいだから」
「は、はい。今日はよろしくお願いしまーす」
 そう言うと、雅輝さんはくすっと笑って。
「そんなに緊張しなくてもいいよ。前々からメールで話はしていたし、任務にでもしないとなかなかこうして出かけられないから、名目はそうなってるだけだから」
 い、いや、一緒の仕事で緊張するのは、バレたくないってのもあるからなのよ。ああ、もう手に汗かいてきた。これは任務、そうじゃなきゃただの飲み会。
「桜の飲みっぷりは噂で聞いてるから、それを見ながら飲ませてもらおうかな」
「流石に酔い潰れるまでは飲めませんよ。本末転倒ですし」
 二人きりで耐えられるかな、私……。

To Be Continued?

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
交流メールでも話していた「ビアガーデンに行く話」の前哨戦として、日常や過去の話などを書かせていただきました。
好意を持っているけれど、それを伝えることも気付かせることも出来ないという、もどかしさが出ていたらと思います。雅輝の優しさは何処か残酷な部分がありますので、申し訳ないなと思いつつ。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年08月20日

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