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『あの頃の僕等 』
赤羽根・円7013)&赤羽根・灯(5251)&篁雅隆(NPC4349)

 時は1980年代の終わり頃。
 都内にある高校に、一人の男子生徒が編入してきた。
「どうもー、篁 雅隆(たかむら・まさたか)です。ずっとアメリカに留学してたんだけど、一年だけこっちに戻ってきて高校生なので、卒業までよろしくー」
 飛び級の末に海外ではいくつもの博士号すら取っている雅隆が、突然日本に戻ってきて普通の高校生になったのには訳がある。
 それはさほど深い理由ではなく、単に「そういえば、日本の学校って小学校一年の半分も行ってない」という気まぐれからだった。あと、日本の大学に行く気はないので、このままでは日本の最終学歴が「小学校中退」になるのも嫌だ。
「じゃあ……席は、赤羽根 円(あかばね・まどか)の隣だな」
 教師がそう言った途端、教室がザワッと揺れた。
 東京を護る四神の一角……「朱雀」の宿命を背負った円は、人を寄せ付けない雰囲気を漂わせていてクラスでも浮いた存在だ。話しかけても必要以上の返事はしないし、美人ではあるが近づきがたい。席が後ろの方にあるのも、学校を休みがちだったりするからだ。
 だがそんな不穏な空気を気にしていないのは、雅隆と円だけだ。
「あーい」
 てれてれと歩いていき、チラと自分を見る円に、にぱっと無邪気に笑う雅隆。
「今日からよろしくね、円ちゃん」
 明らかに動揺する辺りの空気。だが、円は教科書をぱらりとめくり、小さく溜息をついただけでこう返してきたのだ。
「まだ教科書が揃ってないだろうから、貸してやろう。あと、『ちゃん』づけはやめてほしい」
「おけ。分かった、円ちゃん」
「分かってないだろう」
 それが、円と雅隆の東京での出会いだった。

「よく赤羽根に向かって『円ちゃん』って呼べるよな」
 学校の勉強に関しては既に復習の域を越えているほど退屈なものだが、それでも学生服や集団行動というものは新鮮で、元々社交的な雅隆は、すぐクラスに溶け込んでいった。
 そんな事を言われたのは、編入してきてからしばらく立ち、雅隆が昼休みに学食でカレーを食べていたときだったように思う。
「何で?そんなの普通だよぅ」
 本当に何故そんな事を言われるのか分からず、雅隆がきょとんとしていると、周りのクラスメートなどが円についての噂を教えてくれる。
 曰く。
 円は成績などがいい割によく学校を休んでいて、そのうえ凶悪な不良と付き合っているという噂があるらしい。その上あまり人を近づけないようにしているのか、話しかけても素っ気なく返事が返ってくるだけで、最初は興味や好意を持って話しかけていてもその態度で、皆一線を引いてしまうのだ。
「凶悪な不良って、そんなにすごいの?」
「うん、ずっと赤羽根の後ろを着いて歩いてるのを見たんだ。結構夜遅くで、赤羽根は制服姿だったのに、そいつ革ジャンとか着てて」
 実際円が学校を休みがちだったのは事実だが、それは退魔の仕事をやっていたせいで、つきまとっていたのは、後に娘の灯(あかり)の父親になる男性だ。
 思えばそれは、遠回しに「円にあまり関わらない方がいい」という、クラスメートからのアドバイスだったのかも知れない。だが、雅隆にとってそれは全くの逆効果だった。
 それを聞いた雅隆は、突然売店でドーナツを二個買って、そのまま円の所に突貫していったのだ。
「円ちゃん、凶悪な不良と付き合ってるって本当?」
「は……?」
 確かにそんな噂が立っていることは、円自身も知っていた。
 だがそれをいちいち否定するのも馬鹿らしいし、人が寄ってこなくてもそれはそれで好都合と思っている部分もあった。なのにこの脳天気な転校生は、皆が避けて通っている部分を、よりによって真っ直ぐ突っ切ってきたのだ。
「だったらどうする?」
 否定しても仕方ないし、こう言っておけばもう首を突っ込んでくることもないだろう。
 円が口元だけで笑いながら言うと、雅隆は椅子をぐいと寄せてドーナツを一個円に渡す。
「いや、何もしない」
「は?」
「だって、僕その人のこと全然知らないし、皆言ってるから本当なのかなって思って、聞いてみただけなの。自分で聞かないで勝手に話してるのって失礼でしょ」
 変な奴だ。
 そう思っていると、雅隆はドーナツをむぐむぐと食べ始める。
「……変な奴だな」
「そっかな。でも、話さないと分からないからねぇ」
 円もドーナツを開け、ちぎって一口ずつ食べる。一見和やかな風景だが、当の本人達以外は冷や冷やして仕方がない。
「私が、学校を休みがちというのも聞いているんだろう?」
 この様子なら、自分の噂とやらは雅隆の耳に入っているんだろう。自分が朱雀の巫女で、退魔のために学校を休んでいるというのは、言ったとしても信じてもらえるかどうか怪しいところだ。
 砂糖を口の端につけた雅隆は、それを聞きうーんと考える。
「でも、円ちゃん成績はいいんでしょ?僕が来る前にやってたテストの結果、廊下に張ってあったけど順番かなり上だったもんねぇ」
 それに気付いていたのか。
 学校を休みがちになるのはどうしても仕方がないので、せめて学校の成績だけは落とさないようにコツコツやっていた。円が黙ったままでいると、雅隆はのほほんと言葉を続ける。
「それに出席してたって、勉強しない人はしないもんねぇ。僕も授業中は落書きしてたりするし」
 やっぱり変な奴だ。
 だが、それが何だか可笑しくて円はドーナツを食べた後、自分の学生カバンを持ってすっと立ち上がる。
「あれ?円ちゃん早退?」
「ああ。ドーナツありがとう、美味しかった。あと、円ちゃんはそろそろやめないか?」
「だって呼びやすいんだもん」
 ……ちゃん付けで呼ばれるなんて初めてだ。それでも円は少し溜息をつくだけで、追訴の無邪気な笑顔につられてしまう。
「良かったら、ノート取っとく?」
「ああ、明日来れたら見せてもらおうか」
 結局そのノートは、雅隆の字があまりに悪筆というか、既に暗号の域に達していたので、次から円は英語のノート以外は丁重に断ることにした。

「……というのが、円ちゃんと僕の出会いだったわけですよ」
「へー」
 ライヴハウス『DEAD SPACE』そばにあるカフェで、雅隆は赤羽根 灯(あかばね・あかり)に、円との出会いを一生懸命話していた。
 灯と雅隆が出会ったのは、洋楽バンドのライブ会場だったのだが、そこで炎使いに襲われかけた雅隆を助けたのが縁で、たまに一緒にライブを見に行ったり、自分のお薦めCDを貸し借りしたりという仲になっている。
 見た目二十代前半ぐらいに見える雅隆が、自分の母と同級生だと言うことにも驚いたが、自分と同じぐらいの頃の母の話というのもなかなか興味深い。
「その『凶悪な不良』って誰だったのかな?」
「んー、そこまでは知らにゃいけど、円ちゃん自体は真面目だったよ。僕、あの学校に決めたの、制服が学ランとセーラー服だったんだけど、円ちゃんすっげー似合っててねぇ」
 楽しげにアイスココアをかき混ぜている雅隆に、灯はつい思っていた疑問をぶつけてみた。
「ドクターは、お母さんのこと好きだったんですか?」
 そうだったら、結構面白いかも知れない。しかしそれを聞いた雅隆は、ココアを飲んだ後困ったように頬杖をつく。
「そういうのじゃないなー。何かね、円ちゃんと友達になりたかったの」
 でも、そんな男女の友情もいいかも知れない。それに……よくよく考えたら、雅隆と母が付き合っている姿は想像できない。
 レモンスカッシュを飲んだ灯は、にこっと笑い雅隆に話の続きを促した。
「で、他にも話があったら聞かせてもらえますか?」
「うん、いいよー。そだねー、ある日地下鉄に乗ってたときにね……」

 あの日、雅隆はクラスメートと一緒に地下鉄に乗っていた。
 学校の文化祭が近くて、クラスでやる模擬店と仮装用の布を買いに行くためだったように思う。
「東京って、車だと不便だよねー」
 しかしJRや地下鉄なら便利かというとそうでもなく、同じ駅内でも乗り換えなどが離れていたりするとそれはそれでめっぽう不便だ。
「篁、本当に服とか作れんの?」
 衣装制作に真っ先に手を上げた雅隆をクラスメートがからかう。
「えー、僕、音楽はちょっとアレだけど、服は自分で直したりするよ。被服の授業あったら、絶対いい点取ってるって」
 そんな事を言って笑っていたときだった。
 走っていた地下鉄の電気がいきなり消え、突然のブレーキに悲鳴が走る。雅隆は咄嗟に頭を庇い床にしゃがみ込んだ。
 テロや強盗の類ではない。だが、姿勢を低くしておくに越したことはない。するとあたりに静電気のようなものが走る。
「なに……あれ?」
 震える声のクラスメートが向いた声の方向に、何かがいる。それは狐のような細身の獣で、青白い火花を持った輪郭と共に自分達をじっと見ていた。
 唸る声。低い姿勢。
 明らかに人間に敵意を持ったその声に、雅隆は小さな声で告げる。
「……別の車両にそっと移って。絶対に背中を見せちゃダメだよ」
 野生の獣ならそれでいいかも知れないが、果たしてこの謎の獣に通用するのか。そして……他の車両からこっちに人がやってきた場合、どうしたらいいのか。
「目を閉じて!」
 闇の中に、突然凛とした声が響いた。だが、雅隆は目を開けたまま、それを見てしまった。
 赤い……火の鳥を纏って闇を飛んでいく円の姿。そして宙で弓を引く動作をすると、指の先に炎の矢が現れる。
「人を狙うために放たれし雷獣……あなたに恨みはないけれど、東京に仇なす者は、私が討つ!」
 ぐわあぁ……と獣が吠えた。
 段々目が慣れてくると、車両にはいつの間にか円と雷獣、そして雅隆しかいなかった。その雅隆を庇うように円が立つ。
「どうして逃げなかった」
「皆が逃げたら逃げようかなーって思ったら、逃げそびれちった」
「……そこから動くなよ」
 狭い車両の中、円は雷獣に向かって走った。本人が気付いているかどうかは謎だが、雷獣のターゲットは雅隆だ。だからある意味、他の車両に逃げられていたら、被害は拡大していたかも知れない。
 雅隆は、自分が篁の血であることを学校には隠しているようだが、円には分かっている。
 「篁」という名。それは、東京に代々伝わっている名前なのだから……。
 ぐるるる……。低い唸り声と共に、円に鋭い爪が襲いかかろうとする。それをすっと避け、円は笑う。
「これで終わりだ」
 火の鳥が駆ける。
 そして手に聖なる炎を宿しながら、雷獣が振り上げた前足を受け止めそのままひっくり返す。合気道の応用で、振り下ろした力をそのまま使って投げたのだ。
「力に溺れる者は、その力を利用される。後は封印だ」
 ポケットに入れていた札を出し貼ると、雷獣は札に吸い込まれるように消えていった。非常灯がつき、地下鉄のアナウンスが入り始める。
「ただいま、停電のため停車しておりましたが……」
 これで終わった。そう思い、円が去ろうとしたときだった。
「かぁっこいいー」
 がしっと手を掴まれ、じっと雅隆に見つめられる円。
「な、何だ」
「円ちゃん、今めっちゃ格好良かった。今度の学校祭で、巫女服作るから着てよぅ」
「礼はありがたいが、それは断る。あと、円ちゃんはやめろ」
 狙われていたのは自分なのに、度胸があるのか。それとも自分が狙われていることに気付いて、ここに留まっていたのか。
 円は小さく溜息をつくと、戻ってきたクラスメートに少しだけ笑って見せた。

「……でもねー、僕折角服作ったのに、円ちゃんお仕事で休んじゃってねー。返す返すもあれは悔しい思い出だったなぁ」
「私もお母さんの仮装見たかったなー」
 自分と同じぐらいの歳だった、母の思い出。
 それはバイトやライブを楽しみつつも、東京を守護している自分とは違うかも知れないけれど、同じように学校生活があって青春を送っていて。
「今度、お母さんにも東京の頃の話とか聞いてみようかな」
「そだね。きっと色々話してくれると思うよ。卒業写真とかあったかなぁ、今度探そうかな」
 もしかしたら、恋や友情に悩んでいたりもしたのだろうか。
 自分が知らない母の話を聞きながら、灯はニコニコとその頃に思いを馳せ、レモンスカッシュを飲み干した。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
7013/赤羽根・円/女性/36歳/ 赤羽根一族当主
5251/赤羽根・灯/女性/16歳/ 女子高生&朱雀の巫女

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
円さんと雅隆の出会いの話を灯ちゃんに話すと言うことで、こんな話を書かせていただきました。興味があると地雷原でも突っ切って行くので、クラスで色々な噂があっても雅隆は平気で話しかけたりしていると思いました。
そして「円ちゃん」と言っては、「円ちゃんはやめろ」が続いたまま今に至る感じです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年08月20日

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