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『まほろば島への招待! 〜三日目〜 』
シュライン・エマ0086



「明日で帰るのか、勿体ないね」
 オリヒメがぽつりと呟く。
 ステラはそんな彼に笑顔を向けた。
「今日は最終日っぽく、パーっといきましょう! 花火が見れますよ!」
「へぇー!」
 嬉しそうなヒコボシ。
「旅館のここからも良く見えます。それとも、外で見ます?」

***

 とうとう滞在最終日。
 今日は夜、花火があがるという。楽しみだ。どんな花火だろう。夜空にパっと咲くのを想像して、シュライン・エマはうっとりする。
 菊のように弾けるように咲く花火もいいが、柳のように流れるものも見ていて楽しい。
 せっかくなのだし、存分に楽しみたい。昨日の蛍の美しさも影響して、シュラインはそわそわし始めた。花火開始は夕方以降だというのに、だ。
(仲居さんはスイカのサービスがあるんですよって言ってたけど、どうしようかしら?)
 部屋でスイカを頬張るも良し、中庭に出て他の宿泊客たちと共に花火を眺めるも良し……。
(……そうね。せっかくだし、外に行きたいかも)
 のんびりと武彦と歩きながら花火を眺めてもいいし、どこか落ち着ける場所で静かに観賞してもいいだろう。
 そうと決まれば、とシュラインは自分の荷物鞄の中を探る。とっておきの衣服――着るかどうしようか迷っていたそれを取り出した。



 武彦は部屋でごろりと寝返りをうった。
 準備をしてきたシュラインは、かなりめかし込んでいる。髪型も、いつもと違って結ばずにしているというのに。
 化粧もバッチリ気合いを入れて、さて武彦を誘おうとしたのが数分前。
「……花火はのんびり部屋で……って、日中もごろごろしてたじゃないーっ!」
 どっかーん! とシュラインの怒りが爆発した。けれどもその噴火もまるでそよ風のように「そうだな」と武彦は頷いて返すだけ。
 途中、タバコを買ってくると言ってシュラインが部屋に一人残されたくらいだ。その他の時間、ほとんど彼はここでゴロゴロ過ごしていただけである。
 昨日もその前の日も、旅館の部屋でごろごろごろごろ……。
 気持ちはわからなくはない。東京から、草間興信所から離れてのんびり過ごすことは悪くない。悪くないとも!
「何しに来たのかわからないじゃない。もう日差しも暑くないんだから外へ行きましょ」
 ね?
 シュラインは気持ちを一旦落ち着けて、なるべく柔らかく武彦に言う。それに、憤ったのは一瞬だけなのだ。
 横になっている武彦を片手で揺する。
「いい。ここに居る」
 全く起き上がる気配のない武彦はシュラインに背中を向けた。
「ねえ、行きましょうよ武彦さん」
 ゆさゆさと揺するが、武彦はただ揺らされるがままだ。シュラインは力を込めて押すと、彼は転がってしまう。だがすぐにまた、ゆっくりとこちらに背を向けた。
 どうしよう。始まってしまう……!
 シュラインはえいえいと彼を突付いたりしたのだが、まったくのムダだ。
 ひゅるるる、という打ち上げ花火独特の音が耳に入り、ハッとして窓のほうを振り向く。旅館の二階の一室であるこの部屋からは、夜空に咲いた花火がよく見えた。
 本当に、よく見えたのだ。
(ああーっ!)
 心の中で絶叫をあげるシュラインである。
 始まってしまった! いや、今からでも遅くはない。
「ねえ武彦さんったら!」
 しかし、彼はうんともすんとも言わない。
 肩を落とし、シュラインは声を低めて言う。
「……ね、武彦さん、実は意地になって寝ててやろうとか思ってないでしょうね?」
 その言葉に対しても彼は無反応だ。瞼を閉じて、ぼーっとした空気を出している。
 シュラインは「もうっ」と洩らし、窓の外を眺めた。夜空に打ち上げられる花火たちは美しい。そして背後の武彦を振り向いてから、ムッとする。
(昨日蛍狩りに付き合ったから、もう役目は果たしただろう、みたいな感じだわ……)
 昨日は昨日。今日は今日だ。せっかく旅行に来ているのに勿体ないことである。
 シュラインは武彦の背中を一瞥し、彼を肘起きにして窓の外を眺める。本当に綺麗だ。窓という四角くて狭いものからではなく、もっと広い場所から見たかった。そう思うのは決して贅沢なことではないだろう。
 しばらく肘置きにしたままシュラインは花火を眺めた。盛大にあがっている花火はかなりの大きさのもので、派手だ。
(まだ外に行けば間に合うと思うんだけど……)
 どうしても諦められないシュラインであった。
 ぼーっと花火を眺めていたシュラインはふと気づいた。
(あ。寝転んでても見えるのね)
 そうか。
 そう思うやシュラインは部屋の中を転がり出した。畳の上を、綺麗にごろごろと。
 どこがいいかなと思って転がったりしていたシュラインは動きを止め、上半身を起き上がらせる。
 ここだ、と思った。
 今度は視線をきょろきょろと動かす。座布団は二つあったはずだ。どこだろう。
 そう考えながら探していると、見つけた。武彦が部屋の隅に遣ったらしい座布団がある。寝転がるのに邪魔だからだろう。
 立ち上がって座布団を取ってくる。一つだけだ。
 座布団を畳の上にぽんと落とし、そして身を屈めてそれを二つに折って簡易枕にする。よし、これで準備はできた。
 シュラインは武彦に近づくと、今度は彼を転がして座布団の位置まで運ぶ。「なんだあ?」と武彦が怪訝そうにした。
「いいから」
 そう言うシュラインを不思議そうに見ていたが、彼は成すがままである。
 座布団のところで困惑している武彦の眼前に、灰皿とタバコを置く。彼は完全に疑問符を浮かべてシュラインをうかがっていた。
 見下ろした姿勢のまま、シュラインは座布団を指差す。
「ここから綺麗に見えたわよ」
「はあ?」
 なんじゃそら、と言いたそうな武彦を無視し、シュラインは窓に近づいていく。締め切っていた窓を開けると、花火の音が身体に響いてくるような印象を受けた。それと同時に外の暑いような、涼しいような、そんな微妙な空気が室内に流れ込んでくる。
 窓の近くに座ったシュラインは、外を見つつ思う。
 まあ確かに、シュラインの誘いに対して「よっしゃ! じゃあ外に行こうぜ! 二人で花火見物としゃれ込むか!」なんて言う武彦がいたら、それこそ偽者だ。素直に「そうだな」と従って外に出てくれるのも、ちょっと偽者っぽい。
 ごろりと横になって座布団に頭を置き、武彦は「おぉ」とわけのわからない声を洩らした。花火が綺麗に見えて感動した「おぉ」なのか、座布団を枕にすると気持ちいいの「おぉ」なのか判別がつかない。
(……まあね。らしいわよね、こういうほうが武彦さんは)
 だからこの状態も、不自然ではない。らしい一時、ということだ。
 シュラインは畳の上にあったうちわを手に取る。うちわには「旅館・まほろば」と筆で書かれていた。なかなかいい字を書く。
 うちわの反対側には狐の姿が、これも筆で描かれていた。
(これって持って帰っても大丈夫なのかしらね……)
 シンプルだし、丈夫そうだ。ちょっと欲しい。あとで仲居さんに訊いてみてもいいだろう。
 ぱたぱたと自身に向けて風を送っていると、また花火があがった。夜空で弾け、綺麗に花を咲かせる。見事なものだ。
「夏、って感じよねぇ」
 しみじみと言うシュラインの言葉に、「そうだなぁ」と武彦が応じた。
 窓からは外からの風も入ってくる。完全に涼しいとはいえないものだが、まあこれも夏らしい。
 しばらく二人は黙って花火を眺めていた。かなりの種類の花火があがっている。
 あまり離れた位置で花火をあげられると、花火があがっているのは見えるのに音が届かないということもある。多少遅れて届くが、それほど離れた場所であげているのではないらしい。
「もっと近くで見たらどうなのかしら?」
「どうせ海のほうであげてんだろう? ここから結構近いじゃないか」
「うーん。まぁそうよね」
 適当な場所はそのへんしかわからない。シュラインも武彦も、島を隈なく探索したというわけではない。そんな必要はないのだ。だって、旅行に来ているのであって、調査に来ているわけではないのだから。
 星が瞬く空にあがっていく花火を目で追う。弾けて、大輪の花を咲かせる。
 これはこれでいいけれど、なんだか「ちぇー」と思ってしまう。外で見たほうがもっといいはずだ。
 身を乗り出すと、庭のほうへと顔を向けた。ちょっとここからは見え難い。けれどもそこに何人かいるのが見えた。「おおー」とか「きれーい」「わぁー」という声があがっている。楽しそうだ。
(……青春だわ)
 意味不明なことを思い、頭を室内に引っ込める。
 こんこん、とノックの音がしたのでシュラインが「どうぞー」と声をかけた。
「遅くなってしまいました。スイカです。どうぞ召し上がってください」
 入ってきた狐はお盆に乗せられた皿をどこに置こうかと視線を迷わせた。シュラインは立ち上がって皿を受け取る。
「あ、すみません」
「いえいえ。美味しそうなスイカですね」
「はい。あ、お腹は下りませんからご安心を」
「?」
 なんのことかわからないが、まぁここは頷いておいたほうがいいだろう。
 そうだと気づいてシュラインは手に持つうちわに視線を遣る。
「このうちわ、あの、いただいてもいいものなんでしょうか?」
「ああ、それですか。勿論ですよ! そのために置いてますから。どうぞどうぞ、お土産にしてください」
 そういえばこの旅館には土産物屋がない。確かにこれくらいしか、持って帰るものはないだろう。
 仲居はぺこりと頭をさげて出て行ってしまった。
 シュラインはスイカの乗った皿を抱えて、先ほどの位置に戻る。それを目で追う武彦が「一つくれ」と言った。
「だーめ。ちゃんと取りにきたら? タバコと灰皿はそこにあるから満足でしょ?」
 花火見物に行こうとしなかった武彦に、ちょっとした意地悪である。彼は渋い顔をした。
「……一つ」
「あらこれ、美味しい」
 無視してスイカを頬張るシュラインを、武彦は悔しそうな複雑な目で見ている。
 寝転んだ姿勢のまま、器用に腕組みをする武彦。それを見て、シュラインは内心で吹き出した。
(ぶぶっ……! す、すごい格好……! スイカをどうやって手に入れようか考えてるわけね)
 バカねぇと思う。立ち上がってここまで来れば済むことなのに。
(変なところは意地っ張りなんだから)
 スイカの甘さに嬉しそうにして、シュラインは窓の外に咲く花火を眺めた。まだまだ花火は終わりそうにない――。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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PC
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

NPC
【ヒコボシ(ひこぼし)/女/外見年齢10/星の導き手】
【オリヒメ(おりひめ)/男/外見年齢10/星の導き手】
【草間・武彦(くさま・たけひこ)/男/30/草間興信所所長、探偵】

【ステラ=エルフ(すてら=えるふ)/女/16/サンタクロース】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、シュライン様。ライターのともやいずみです。
 草間氏と共に部屋で穏やかに花火見物、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
PCゲームノベル・星の彼方 -
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東京怪談
2007年08月14日

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