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『まほろば島への招待! 〜三日目〜 』
初瀬・日和3524



「明日で帰るのか、勿体ないね」
 オリヒメがぽつりと呟く。
 ステラはそんな彼に笑顔を向けた。
「今日は最終日っぽく、パーっといきましょう! 花火が見れますよ!」
「へぇー!」
 嬉しそうなヒコボシ。
「旅館のここからも良く見えます。それとも、外で見ます?」

***

 初瀬日和は部屋の中で溜息をついた。
 一日目、二日目と、思い返せば和彦にろくなところを見せていない。
(なんで和彦さんの前だと、うまくいかないのかしら……)
 元々ドジなところはあるし、失敗してしまうことだってある。とはいえ、和彦の前だといつもの倍はそれをやらかしているような気がするのだ。
 少々後ろ向きなところを除けば和彦は顔よし、頭よし、しかも強いとくるなかなかの少年だ。そんな人物の前に出て緊張しないということは、日和にはできない。悪いことに、日和は彼と知り合いで、彼の内部事情にも多少詳しい。それもあって、和彦の前だと余計に緊張してしまう。
 時々怪奇事件に巻き込まれる日和のような一般人とは違い、彼は常に夜側の人間で、日和が計り知れないような生活を送っていた。
 人間というものは、自分にないものを他人が持っていると羨望を持ったり、嫉妬を持ったりする。ただ単に感心する者もいるだろう。日和の場合、彼に同情してしまったことも災いした。感情移入してしまったから、和彦にのめり込んでしまったのだ。
(浮気……っていうわけじゃなくて)
 素直に「かっこいい」「素敵」と感じてしまう自分がいる。彼は穏やかな声で、優しく話してくれるから心地いい。しかも、日和に合わせてくれるのだ。日和の数段上に立っていても、そこから降りてきてくれる。
 だからだ。
 苦しさがない。
(なんというか……うぅ)
 日和は畳の上に転がって、天井を見上げた。天井の木目を見てから、ごろりと横に体を向ける。
(いっそ、私が二人いればいいのに)
 悩んでしまう己に、日和はうめいた。



 午前中はそんな風にもやもやと過ごしていたが、今日で滞在はおしまい。明日の朝にはバスに乗って家に帰ることになる。
 今日の夜は花火が盛大にあがるという。旅館からもよく見えるということで、日和はうきうきしていた。
 一階建てと、二階建ての部分に分かれているこの旅館の敷地は広く、花火見物に庭に出てくる者も少なくないらしい。
 確かに立派な庭だ。その庭に面した広い縁側があり、そこに座って花火を見上げるというのもいいだろう。
 旅館からのサービスでスイカも配られるそうだ。勿論、部屋で花火を見てもいいらしい。スイカも部屋まで持ってきてくれるだろう。サービスのいいことだ。
 一人寂しく部屋で花火を見るのも嫌だなと思い、日和は二階の、よく見える場所に行こうと考える。
 廊下沿いには窓もあるし、そこから眺めてもいいはずだ。ちなみに日和が泊まっているのは一階の部屋である。
 花火が空に打ち上げられ、日和は音に反応して窓の外を見る。もうこんな時間だ。
 部屋から出て、二階へと続く階段まで歩いた。外では花火の派手な音が鳴り響いていた。
 階段をあがりきろうとした時、ちょうど自分の部屋から歩いて来たらしい和彦と鉢合わせをしてしまう。あまりのことに驚き、日和は息を呑んだ。そしてすぐさま、ばつの悪そうな顔をする。
 和彦も「あ」と思ったようで、苦笑する。あぁ、困らせた。そう思った瞬間、二階の廊下にあげかけの足が滑った。何も思う暇がない。落ちる、とも思わなかった。体が反射的に二つ下の段に足を置き、落下は免れた。一段下ではなく、二段下というのは、なんとか落ちるのを防いだせいなので自分を褒めたいところだが、そのせいで足を挫いたらしい。じんとした痛みが足の先から響き、日和は「くぅ」と声を洩らす。
「だ、大丈夫か、日和さん」
 和彦は慌ててこちらをうかがい、すぐさま腕を掴んで二階に引き上げてくれる。
「い、痛い……」
 顔をしかめる日和を見て、和彦は眉をひそめた。どうしょうか考えているらしい。
 彼は「ごめん」と言うや、日和を横抱きにして自分の部屋まで運んだ。和彦の泊まっている部屋は間取りも何もかも、日和の部屋と同じだ。
 日和を畳の上に降ろすと、彼は自分のカバンから何か取り出して戻ってくる。包帯と、塗り薬だった。貝殻に入っている塗り薬には見覚えがある。遠逆家のものだ。
「よく効くんだが、しばらくは安静にしていたほうがいい」
 日和の足首に塗り、その上から包帯を巻く。手早い。
「できた」
「ありがとうございます」
 日和はぺこりと頭をさげた。もう本当に、この三日間、彼にろくなところを見せていない。
 肩を落とし、日和は目を伏せた。
「あの……ごめんなさい、和彦さん」
「? なんで謝るんだ? ケガをした人の手当てをするのは当然だろ?」
「……私……この3日間の間、お行儀の悪いところばっかり見られているような気がします……恥ずかしいです」
 部屋の窓の外では花火があがっていた。日和はそちらに目を向ける。恥ずかしくて頬が赤くなっているのはわかった。
 和彦の反応がないため、続けて言う。
「久しぶりにお会いできて……浮かれちゃってたのかもしれません。でも、この3日間、本当に楽しかったです」
「…………」
「……こんなこと訊いていいのかわかりませんけど……」
 日和はなるべく和彦のほうを見ないようにしていた。顔が真っ赤になっているはずだ、今は。
 言い出した自分を信じられないと思う。なにを言うつもりなんだろうとも思う。けれど口は止まらなかった。
「またいつか……どこかでお会いできますか? もしそれがかなわなくても……和彦さんが元気で幸福でいてくださることを、祈っていいですか?」
 ドーンと花火の音が響いた。ぱちぱちと爆ぜる音も聞こえる。
 しーんと静まり返った室内で、日和は時間を長く感じた。
 やっと、和彦が声を出すまでに十秒以上かかる。日和はそれを三分以上の長さに感じていた。
「俺も、楽しかった。この三日間」
 ぼそりと洩らした和彦の声は、沈んでいた。
「久しぶりに会えて、本当に」
「…………」
「どこかで会えるさ」
 彼は何かを振り切るように明るく言う。日和は思わず彼のほうへ顔を向けた。彼は苦々しいものを噛んでいるような、堪えているような表情を微かに浮かべていた。
「日和さんが望めば。俺とここで会えたのは偶然だが、日和さんが望めば、会いに来る。あぁでも、またお邪魔虫って思われるのも嫌だけど」
「そんなこと……!」
「今は、遠逆家の仮の当主として実家に拠点を置いているから、実家に連絡してくれればいい。連絡先は後で教える」
「ありがとうございます」
 微笑む日和とは対照的に、彼の表情は冴えない。
「だから、いつでも会える。俺から会おうとは言えないから、ぜひ、連絡してくれ」
「え? どうしてですか? 用事がないから?」
「………………」
 彼は「しまった」という言葉を呑み込み、曖昧に笑ってみせる。
「それから、別に祈らなくていいから。日和さんの悪いところだと、俺は思う。
 優しいから、どうしても他人のことに一生懸命になったり、考えたりして、辛い思いをしてしまうはずだ」
 その通りだった。散々指摘されたことだったので、日和の胸の奥が痛む。自分はそう思っていなくても、周囲の人間にはそう見えているのだ。
「他人の幸せを祈るよりも、俺としては日和さん自身の幸せを祈って欲しいかな。
 チェロ奏者になるんだろう? だったら、他人にかまけている暇はない。真っ直ぐそこに向かって進めばいいんだ」
「でも、それを言ったら和彦さんだって、和彦さん自身のこと……考えてないように思います」
「それはきっと、俺が、俺以外の為に生きるように育てられたせいもあるんだろうな」
 自分のために、という考えがまずなかった。夢がない。希望がない。目標がない。だから彼は家のために生きていた。
「私くらい、祈っていてもいいと……思うんですけど。ご迷惑ですか……?」
「迷惑なんてとんでもない! 嬉しいよ。……嬉しいから、誤解してしまいそうになって……辛いとも思う」
 はっきりと和彦が苦痛の色を出した。日和はきょとんとしてしまう。
 誤解とはなんだ? なぜそんなに辛そうにするの?
 不思議そうな顔をしている日和に気づき、和彦は迷ったように目を泳がせてからこほんと空咳をする。
「俺にその気があるのかと、思ってしまうってことだよ日和さん」
 それを聞いた日和がみるみる顔を赤く染めていく。彼が部屋に入らせなかったり、色々とこちらに配慮してくれていたのは、距離を保つためだったのだ。
 日和は両頬に手を遣り、「あの」「その」と短く繰り返す。うまく言葉にならない。
「あなたは優しいし、少々危なっかしいところはあるが聡明な人だと思う。
 だから軽率な行動をしてはいけないし、口にしてもいけない」
 静かに、けれども明確な意志を持って言う和彦の言葉はとても真っ直ぐで、日和の心に届く。
「俺はそれを知っているから誤解しないようにと自身に言い聞かせるけれど、日和さんのことをよく知らないヤツはやはり、誤解してしまうと思う。想われていると、勘違いしてしまう」
「そ、そうですか」
「……だから、もしも誤解されるのが嫌ならば、あまりそういうことは言わないほうがいい」
 和彦が日和の手を掴んだ。自分より大きな手に日和は驚く。思わず見下ろした先の手は、擦り傷などが幾つも見えた。
 そのまま彼は手を引っ張る。前のめりになる日和の顔が、和彦の顔の近くで停止した。
「ほら」
 彼の囁きに日和はドキドキしてしまう。
「こんなに簡単だ。もっと自覚しないと」
「か、和彦さん……」
「簡単に、キスできる」
 唇が近づいてくる。日和は硬直して動けない。動けない。無理だ。身を引くべきだ。でも、でも。
 ぴたりと彼はほんの数ミリ先で停止して言う。
「ここでは拒まないと。いいのか? しても」
「えっ、うあ、えっと」
 彼は姿勢を正し、それから日和の額に軽くキスをして離れた。
「日和さんの幸せが一番だと思うが、俺がいいなら乗り換えてくれて構わない。
 諦めたけど……日和さんのことは少なからず想ってるから」
「…………」
 なにも応えられない。日和は、自分の額が熱いと感じた。
 彼は何事もなかったように窓の外を見ていた。夜空に舞う大きな花火に感心したような目をしている。だが日和は――。
(はっ、花火を見るどころじゃなくなってます……!)
 心臓が、壊れそうだった。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】

NPC
【ヒコボシ(ひこぼし)/女/外見年齢10/星の導き手】
【オリヒメ(おりひめ)/男/外見年齢10/星の導き手】

【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/退魔士】
【ステラ=エルフ(すてら=えるふ)/女/16/サンタクロース】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、初瀬様。ライターのともやいずみです。
 島での最終日、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
PCゲームノベル・星の彼方 -
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東京怪談
2007年08月13日

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