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『 おとり捜査〜漆黒の花嫁〜 』
神宮寺・夕日3586




 》Opening《

 教会の鐘が鳴る。
 賛美歌に祝福され、純白のドレスを着た花嫁はバージンロードのその先で最愛の人と結ばれる。
 だがその幸福の絶頂で、花嫁は自らの悲鳴でそれを遮った。
 泣き崩れる花嫁に、参列者は何事かと腰を浮かせ、その光景に目を見開く。
「…………」
 花嫁の純白のドレスが、見る見る内に黒く染まっていったのだった。



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



 ドレスが黒く染まってしまうタイミングは、まちまちだった。
 誓いの言葉の途中、誓いのキスの途中、フラワーシャワーを歩いている途中。ただ、その少し前にカラスの鳴き声を聞いたという。
 悪魔の仕業か、魔女のいたずらか。どういった具合でそうなるのか。白いドレスは、その胸元から黒い花が花開くように黒く染まっていくのだった。
 教会のブライダル・プランナーたちは皆頭を抱えた。このままでは商売あがったり、いやそれ以上にせっかくのジューンブライドも台無しだ。
 何としても原因を突き止め、犯人を捕まえなくては。
 かくて、おとり捜査が始まった。


 急募―――おとり捜査に協力してくれる新郎新婦、求む。






 》Episode《

「私と結婚式を挙げて欲しいんだけど」
 と、声をかけたら、普段クールで滅多に表情を崩すことのない男が、鳩が豆鉄砲でも食らったような、猫だましを食らった猫みたいな、きょとんとした顔で自分を見返していた。
 夕日は内心で、勝った、と思った。拳を握って勝利の美酒に酔う。ささやかな復讐であった。
「…………」
 長い沈黙の中、事情説明を求めるように彼はじっと夕日を見つめていた。
 何か事情あっての事だと確信しているのだろう。YesともNoとも答えず、話を待っているところが何だか子憎たらしい。
 勿論夕日とて、何か理由がなければ結婚なんて口にする事も憚られるのだが。
 久々の快勝が嬉しくて、その数秒後にはそれを海よりも深く後悔する事になるのだが、つい夕日は事情説明を省略した。
「急にごめんなさい。ダメかしら? もう教会も決まってるの。明日なんだけど」
 そう言うと彼は気遣うような顔でこう言った。
「相手に逃げられたのか?」
 夕日の平手がマッハで飛んだ。


 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



「初めまして。よろしくね」
 そう言って握手を求めるように、神宮寺夕日と名乗った女性手を伸ばした。それを上から下まで眺めやって、彼女は差し出された手を取る。
「私はエリシャ・スターロード。よろしく」
 二人は握手を交わした。
 式の途中、ウェディングドレスが黒くそまってしまうという忌まわしい事件の捜査のために、夕日は花嫁として、エリシャはその友人として協力する事になったのだ。
「じゃぁ、後で」
 夕日の肩を叩いて無愛想な男が踵を返した。背を向けるとさっさとドアの向こうに消える。ドアに貼られた紙には『新郎 控え室』と書かれてあった。
「彼が?」
 エリシャが夕日に肩を並べて尋ねる。
 エリシャとしては夕日の彼氏か、という意味で尋ねたのだが、夕日は新郎役という意味で受け取った。
「ええ。仁枝冬也。……ちょっと選択を誤ったかも」
「あら、とりあえず見た目はいいんじゃない?」
 肩を竦める夕日にエリシャが笑みを返した。
「まぁね」
 夕日は複雑そうな顔で答えて歩き出す。確かに見た目は悪くない。性格だって悪くはない。もう少しデリカシーがあれば、という注釈つきでなら。
 エリシャと夕日は、冬也の入っていった部屋の斜向かいにある『新婦 控え室』と貼り紙されたドアを開け、並んで中へ入った。
 広い部屋の片隅に白いウェディングドレスが用意されている。
 夕日はなんとはなしにそちらに向かって歩き出していた。
「あなたたち、ただ者じゃないわよね」
 エリシャが閉めたドアの前に立って言った。
「どうして?」
 夕日が怪訝に振り返る。
「歩き方とか、仕草とか……後、一番は目かな」
「鋭いわね。実は私、警視庁捜査一課の刑事なの。あいつは……」
「捜査一課の刑事ですって? そういう事件じゃないわよね?」
 エリシャが目を丸くして夕日の言葉を遮った。
 そもそも、今回の事件に警察は消極的どころかバカバカしいと門前払いを喰らわした、と聞いている。白いドレスが衆人監視の見守る中黒く染まるなど、確かに普通では考えられない。
 なのに警視庁の、しかも殺人などの凶悪犯罪専門の捜査一課の刑事が何故、と問わずにはいられない。
「だって、結婚式を台無しにするなんて、絶対許せないじゃない!」
 きっぱり夕日は言い切った。
 たとえ眉唾と言われようとも、事の真相を確かめないと気になって仕方がない。それに現実としてこれからその教会で結婚式を挙げる花嫁たちにとっても不安だろう。刑事などという肩書きは問題ではなく、絶対このままでは追いとけないと思ったのである。
「そうよね!」
 エリシャは夕日に駆け寄るとその手を取った。
 眉唾などではない。エリシャはその場を目撃したのだ。
 エリシャ自身、ここへはFBI捜査官として来たわけではなかった。ただ単純に許せないから、この事件の捜査協力を願い出たのである。
 ならば、夕日の気持ちは誰よりもわかるのであった。
「絶対許せない」
 意気込むエリシャに夕日はもちろんと力強く応えた。
「必ずこれで終わりにしましょう」
 かくて意気投合二人は結束を深めると、ずっと以前からの友達だったかのように仲良く準備を始めたのだった。
 夕日がエリシャに手伝ってもらいながら、ウェディングドレスを纏う。教会が用意してくれたドレスは何とも派手で可愛らしいものだった。
 立ち鏡の前で夕日は、なんだかそわそわしてしまう。まるで自分が別人になったみたいだった。おとり捜査だとわかっていても、ドレスを着ると何だか気持ちが浮ついてしまっていけない。
 いつか、本当にこれを着る時が……。などと脳内では父親にエスコートされバージンロードを歩く自分がいた。その先に待っているのは―――振り返った男の顔を見た瞬間、夕日は我に返る。何、乙女みたいに浸っているんだ、と内心でぐったりしていると、傍らから立ち鏡を覗いていたエリシャがぼんやり呟いた。
「綺麗……」
 やっぱり、ウェディングドレスは乙女の憧れなのだ。
「着てみる?」
 夕日が尋ねると、エリシャは両手の平を夕日に向けて振った。
「いいです。それにもうすぐ式ですよ」
「終わってからでもいいじゃない」
 そこで控え室のドアがノックされる。
「もうすぐ式が始まります」
 その声にエリシャがブーケを取り上げて夕日に差し出した。
「絶対、2人の結婚式の邪魔はさせないからね」
「え?」



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



 父親役の教会関係者にエスコートされながら、夕日は教えてもらったステップを踏み、バージンロードを歩き出した。
 新婦側の参列席に陣取り、エリシャも教会内にくまなく視線を馳せている。
 何かあればすぐに動けるように。その表情は最早、とても友人の結婚を祝うそれではなかった。しかし、それも仕方ないだろう。
 バージンロードを3分の2ほど歩いて夕日が足を止めた。新郎が花嫁を迎えにきて、父親から花嫁を受け取ると、残りの道を二人で歩く。そのベールの向こうの夕日の顔に広がる緊張も、花嫁の初々しさとはかけ離れた仕事人の顔であった。
 それを見つけてエリシャは舌を出す。
「職業病かしらね」
 とは自嘲も含まれているだろうか。自分もきっと変わりない。
 とはいえ、犯人にこれがおとりだとバレるわけにはいかないのだ。
 賛美歌斉唱が始まった。
 歌は得意である。エリシャは友人の顔を取り繕いながら綺麗なソプラノで歌い上げた。
 今のところドレスはまだ白い。

「そういえば、黒くなる前に、鴉の鳴き声がしたんだっけ……」

 夕日は賛美歌を終えて静まり返った周囲に耳を済ませた。
 ベールで視界が悪い分、怪しい物音に気を配る。
 神父が聖書を朗読していたが全く耳に入らなかった。
 教会内での怪しい動きはエリシャが監視してくれているはずだ。
「―――ことを誓いますか?」
 神父の問いかけにも殆ど上の空で夕日は「誓います」と答えていた。何ともおざなりな棒読みである。台本どおりなのだ。
 仲人役の女が夕日の傍らに立った。それで夕日は指輪の交換かと、事前に説明された式次第を思い出した。だが、どこか心ここにあらず。意識はまだ捜査の方にあったのだ。
 促されるままにブーケを預けて、機械的に指輪を交換する。急ごしらえの指輪は少しだけぶかぶかで気を抜くと落としそうだった。
「誓いのキスを」
 神父の声が耳に届く。
 ベールをあげる冬也に、夕日は目を見開いた。
 一瞬にして現実に引き戻された。そんな感じだった。今の今まで捜査のことで頭がいっぱいだったのだ。それが。

 ―――この男にファーストキス!?

 勿論、過言。
 おざなりの誓いの言葉にも薬指にはめられるマリッジリングにも大して感慨をもたなかったけれど、これはダメだ。
 ちょっと待って、と内心で絶叫する。
 なんで捜査でキスまでしなくちゃならないのだ。
 これはおとり捜査。つまりはお芝居なのだ。それをなんでよりにもよって、相手がこれか。悪いとは思わないが、好きでもない男と誓いのキスなんてしたくない。
 しかし、ここで結婚式を中断したら犯人を掴まえる以前の問題になってしまう。
 かといって、このまま犯人が現れなければキス損だ。
 脳裏に葛藤が走る。
 わからないように全身で抵抗のオーラを出してみた。

 ―――気づけ! 気づけ! 気づけ! 振りだけで終わらすんだ!

 彼の顔がゆっくりと近づいてくる。
 夕日はぎゅっと目を瞑った。涙が出そうになる。

 ―――犯人、さっさと出てきなさいよ!!

 誰でもいい、この状況を誰かが止めてくれれば。



 しかし夕日の様子がおかしいのに先に気付いたのは、冬也ではなくエリシャの方だった。
 夕日が顔を白黒させている。ドレスはまだ黒くなっている様子はないが。
 何かあったのだろうか。エリシャは腰を浮かせて周囲に注意を払った。足の親指に体重を預ける。臨戦態勢。
 かすかに、鳥の羽音が聞こえただろうか。
 エリシャは立ちあがると同時に駆け出していた。
 参列客も、夕日も冬也も、神父らもそれを振り返る。
 まだドレスは白い。
「そのまま、続けて!!」
 エリシャが言った。
「つ…続けてって……」
 夕日はすんでのところで誓いのキスを回避して膝が抜けそうになっていた。

 その時、鴉が鳴いた。

「!?」
 ポタリと黒いインクが落ちたように夕日の胸元に黒い染みが浮き上がる。それが瞬く間に広がっていった。
 夕日がドレスの裾を持ってエリシャを追いかける。
 教会を飛び出したエリシャの後に続く銃声が一つ。
 それと同時に胸元の黒い大輪はそれ以上大きく花咲くのをやめた。
 夕日が走り出る。
 エリシャの足下には黒いかたまり。
 それは鴉だった。
「死んでるの?」
「まさか。鴉を傷つけると禍を招くのよ」
 ペロリと舌を出してエリシャが笑った。
「気絶してるだけ。でも、これが犯人だったみたいね」
 夕日のドレスに気付いてエリシャが続けた。
 白いドレスは完全に黒く染まってはいない。
「でも、よくわかったわね。あの時点で鴉が来てるって……まだ、ドレスは白かったのに」
「え?」
 夕日の様子がおかしかったのを、鴉がやって来た事を知らせようとしてたから、だとエリシャは思っているらしい。
「あ…いや、あれは……」
 夕日はしどろもどろ視線を彷徨わせた。キスを拒んでいただけであるが、そこは結果オーライか。
「あ、ドレス……」
「え?」
 いつの間にか、白いドレスの黒い大輪がゆっくりと消え始めていた。



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



「日本神話だと鴉は吉兆を示しているのよね」
 教会の椅子に腰かけて、気を失っている鴉を膝の上にのせ夕日が言った。
「へぇ、そうなんだ?」
 隣に座っていたエリシャが鴉の顔を覗き込む。黒い羽が不吉の象徴を思わせるのだろうか。だがエリシャの脳裏に浮かぶのは、昔何かで見た映画のイメージが強かった。ジャングルジムに舞い降りた鴉の大群は思い出しただけでも背筋が寒い。
 しかし、夕日にはそうでもないらしい。
「黒って重厚なイメージもあるし、だから高級品なんかには黒い箱がよく使われるし」
 そう言って夕日は鴉の濡羽色の翼をそっと撫でた。よく見れば、黒、というよりは、濃紫色のつややかな羽である。
「もしかしたら、お祝いのつもりだったのかもね……鴉さんの」
 そう言って夕日はエリシャに笑みを向けた。
「そうだとしたら、人騒がせな話しだけどね」
 エリシャが肩を竦めてみせる。
「全くだな。ちゃんと厳重注意しとけよ」
 二人の頭上から突然別の不機嫌な声が降ってくる。
 夕日はそれを嫌そうに振り返った。未遂だったとはいえ、脳内に悪夢が蘇るからだ。
 そこに冬也が立っていた。
「何よ。大体あなたね、もっと他に言う事ないわけ?!」
 夕日が怒鳴りつける。
 冬也は一瞬考えるみたいに夕日を見返してそれから口を開いた。
「いい! 言わなくていい!!」
 冬也の言葉を力いっぱい遮って夕日は頬を膨らませながら背を向ける。
 冬也は口を開けたままその背を見下ろしていた。
「どうせ馬子にも衣装よ」
「自分で言ってどうするのよ」
 エリシャが苦笑して夕日の肩を叩く。夕日は視線を明後日の方へと向けた。
 エリシャは後ろを振り返る。
「綺麗よね」
 同意を求められて、冬也は困惑げに頷いた。
「……ああ、まぁ綺麗だな」
 ぶっきらぼうな相槌である。だが褒められると満更でもないか。お世辞かと思うと喜んだ自分が空しいが、お世辞を言うような奴でもない、と思うと、ここは素直に喜んでいいところかもしれないと思えてくる。とはいえ口にはしていないだけで語尾に、ドレスが、と実は続くオチも考えられる。
 そんな深読みをしている夕日にエリシャが言った。
「ドレスも元に戻ったし、最後までやっちゃえば?」
「まさか!?」
 思わず夕日が大声をあげる。せっかく未遂で終えたのに。
「……それもそうよね」
 せっかくの結婚式を途中で中断されられて、また続きとはいくまい。やっぱり仕切りなおしたいか、とエリシャが一人納得げに頷いた。
「それより、あなたもドレス着てみたら?」
 夕日が勧める。
「え? 私はいいわよ」
 エリシャは手を振って断った。
「どうして? いいじゃない。遠慮する事ないわよ」
「でも、ウェディングドレスって本当の結婚の時以外で着ると、行き遅れるって言うじゃない?」
「え? マジ!?」
「あ、でも、夕日は大丈夫でしょ。だって相手もちゃんと決まってるし、今回のだって予行演習みたいなもんなんだし。何だかんだいってもお似合いなんじゃない?」
 どうやらエリシャは完全に夕日と冬也の関係を誤解しているらしい。
 しかし夕日はエリシャの言葉を全然聞いてはいなかった。ただ脳裏に、行き遅れる、という言葉が無限リピートを始めていた。
「ご愁傷さま」
 冬也が言った。
「本番にはちゃんと呼びなさいよ!」
 エリシャが夕日の背を叩く。

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!??」



 ・:.:*.:.☆:・:..★.:・*.:*・



 教会の鐘が鳴る。
 純白のドレスを着た花嫁はそして最愛の人と結ばれる。
 時折、教会では祝福の白い鳩たちに混じって一羽の黒い大カラスが飛び立つ事があるという。
 カラスが混じると、そのカップルは必ず幸せになるそうだ。





 》The END《





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業・クラス 】

【PM0207/エリシャ・スターロード/女/23/オールサイバー】
【TK3586/神宮寺・夕日/女/23/警視庁所属・警部補】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございました、斎藤晃です。
 楽しんでいただけていれば幸いです。
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PCゲームノベル・6月の花嫁 -
斎藤晃 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年08月03日

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