▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『トウリアメ 』
守崎・啓斗0554)&守崎・北斗(0568)&(登場しない)


 夕暮れ時、誰が呼んだか逢魔が時。緩やかな夜の訪れを待つ、橙色の光。空はもうすぐ太陽が落ちきる事を宣言するかのように、赤い。
 守崎・啓斗(もりさき けいと)は、窓越しにぼんやりと空を見つめていた。正座をして見つめると、妙に厳粛な気持ちがする。
(赤い光)
 部屋は徐々に暗くなる。窓から差し込む赤い光が、闇を呼び込むかのようだ。
(俺は、どうして)
 ぐっと拳を握る。赤い光が、緑の目に差し込む。
(どうして、貫けないのか)
 為すべき事がある。だが、それが貫けない。理由は一つ、双子の弟である守崎・北斗(もりさき ほくと)の存在だ。
「俺は北斗のお陰で、今こうやって立っていられる」
 それは事実。
「俺は北斗の所為で、為すべき事を貫けない」
 それもまた事実。
 その二つは同時に存在してはならぬ事実。だが、現にこうして存在してしまっている。啓斗の心を、ゆっくりと締め付けるかのように。
(俺は北斗のお陰で、今こうして立っている。だけど、北斗の所為で為すべき事を貫けない)
 相反する二つの事項は、北斗という存在がいるから。それは分かっていても、どうすればいいのかまでは分からない。
「兄貴」
 突如した声にはっとして顔を上げると、そこには北斗が居た。北斗はコンコンと戸をノックしながら笑う。
「何度かノックしたんだけどさ、気付かなかった?」
 ノック音など、啓斗の耳には届いていなかった。目の前にいる北斗をきょとんとした目のまま、啓斗は頷く。
 北斗は「そか」と言いながら、啓斗の隣にちょこんと座った。
「余程、考え込んでたんだ?」
 北斗の問に、啓斗は頷く。北斗は「そか」と再びいい、くすくすと笑う。
「俺、ちゃんとノックしたんだぜ?」
「悪かった」
「うんにゃ、別にいいって。ノック音が聞こえているのに、気付かないふりをしてたんじゃねーんだしさ」
 啓斗は「ああ」と頷く。北斗は「ならいいって」と再び言った。
「流石の俺もさ、意識的に無視されたら悲しいけどさ」
「うん」
「そういうんじゃないんだもんなー」
「ああ」
 何を言っても生返事をする啓斗に、北斗は苦笑し、ゆっくりと視線を窓に動かす。赤い光が、部屋の中にまで差し込んでくる。
 目を細め、北斗は赤い光を見ていた。啓斗は何も言わず、ただぼんやりと同じ光を見ていた。
 啓斗の緑の目と、北斗の青い目が。
(北斗も、俺と同じ光を見ている)
 ぼんやりと、啓斗は思う。
(だけど、目が違う。存在が違う。だから、違う)
 同じだけれど、同じではない。最初は同じだったはずの光でさえ、今や違うものに成り下がっているだろう。
 差し込む光ですら、違う印象を与えているのかもしれない。
「あのさ」
 ゆっくりと、北斗が口を開いた。先程までの明るい口調ではない。落ち着いた、低く響く声。静かに、だが意思の篭った声。
「涙帰界に行ったじゃん?」
「ああ」
「問いをされたじゃん?」
 覚えてる? と言うような言い方に、啓斗はこっくりと頷く。忘れる筈もない。その所為で、今までずっと悩んでいたのだ。
 本当は、ずっと抱えていた問題だったのかもしれない。だが、まだ露呈してはいなかった。いなかった、のに。
――生きている意味を、示せ。
 そのような問いをされたのがいけなかった。その所為で、問題が表に出てきた。望んでもいなかった、知りたくも無かった問題。
「あの時、兄貴はどう答えた?」
 啓斗ははっとし、北斗の方を見る。北斗は既に光を見ていなかった。まっすぐに啓斗を見つめていた。
 いつものような、おちゃらけた雰囲気は無い。腹が減っただとか、何か食わせろだとか、そういう事は一切言わないし、言う雰囲気は無い。
 真剣な青の目が、啓斗をじっと射抜いていた。
 啓斗は一つため息をつき、ゆっくりと口を開く。
「……生とは、何かを成す為に、成すべき事を見つけるためにある、と」
 北斗はそれを聞き、小さく「何だよ、それ」と呟いた。
「俺はただ、生かされているだけだ」
 啓斗はそう続け、再び視線を窓の外に移した。
 そう、啓斗は生かされているだけ。人に救ってもらった命を、人の為に散らす。すなわち、散らすまでの間は生かされているだけ。生きている、ではない。
 窓から差し込んでくる赤い光を見つめるこの緑の目も、光に照らされた四肢も、とめどない気持ちを生み出す心も、全てがただ生かされているだけなのだ。
――ぽたり。
 不意に水滴の落ちる音がして、啓斗は振り返った。そこには、俯いている北斗がいる。かすかに肩を震わせ、俯いた顔から水滴がぽたりぽたりと落ちている。
 泣いているのだ。
「北斗?」
「俺の……俺のこの気持ちは、置いてきぼり?」
 ぎゅっと握り締められた拳は、カタカタと震えている。抑えきれぬ気持ちが、あふれ出そうとしているかのように。
「俺はさ、俺はさ……! 待ってる人の為に、絶対に一人にさせないために、石に齧りついてでも生きるって決めてるんだよ」
「それが、お前の答えか?」
 こっくりと、北斗は頷く。心なしか、声が震えている。
「誰かが泣く事になったって、俺は生きる。そう決めた。一人にさせるつもりはないから」
 北斗の言葉に、啓斗は何も言えずにただじっと北斗を見つめていた。
 二人の答えは、明らかな矛盾だった。最初に啓斗が抱いていた矛盾を、更に惑わせる程の。
 散らす為に生かされている、という啓斗の答え。成すべき事の為に生きているのだという啓斗にとって、成すべき事とは北斗の盾になること。北斗の為に、命を落とす為に。
 それに対し、待ってる人の為に生きる、という北斗の答え。もし啓斗が命を散らせているのならば、北斗の居場所は消滅する。消滅させない為には、啓斗は生きていなければならない。そうすると、北斗の盾になるという生の意味を取り上げる事になる。
 一方を可能にすると、もう一方は消滅する。消滅しようとしないようにすれば、もう一方が消滅する。終わりのない、堂々巡りのようだ。
「俺は、帰ってくる場所に兄貴がいないと、意味がない」
「それでは、俺の生きる意味は、失せる」
 繰り返される、問と答え。両方が合致する事はない。
 共に平行線のまま、行く当てもなく彷徨っている感覚がした。交わらない線、近づかない線。どこまでも平行に、逆方向に、近づけず、遠ざかれず。
 巨大な迷路にでも迷い込んでしまったかのようだった。
「そんなに、人が憎い?」
「憎い」
 北斗の問に、啓斗はすぐに答える。迷いはない。考える暇も要らない。
「世間が憎い?」
「憎い」
 噛み締める、唇。握り締める、拳。
「俺の事も……憎い?」
 暫しの間があった。啓斗は俯き、肩をかすかに震わせる。
「……嫌い」
 北斗は顔を上げ、じっと啓斗を見つめる。啓斗は俯いて、顔をあげようともしない。啓斗の後ろにある窓から差し込む赤い光が妙に目に染みる。
「……そか」
 北斗はようやくそれだけを答える。
 予想はしていた事だ。だから、喉の奥が熱いのは、胸が締め付けられるのは、呼吸が上手くできないのは……あの赤い光の所為。
 赤い、赤い光。差し込む赤に、容赦と言う文字はなくて。
 容赦がないから、苦しい。きっとそれだけ。
 赤い光は啓斗を照らし、北斗は目を細めた。目頭が熱い。赤いから。景色が赤いから……!
 北斗がぐっと唇を噛みしめる。
――ぽたり。
 正座した膝の上にある啓斗の拳は、とっくの昔に強く握り締められている。そこに、水滴が落ちた。
「このままずっと」
 啓斗は口を開く。
「……生きていたいって思わせるお前が」
 ぎりぎりと、拳を握り締める。涙と共に搾り出しているような声は、震えている。
「だいっきらいだ……!」
 肩を震わせながら、啓斗は泣き始める。うう、と嗚咽を漏らす。泣いてはならない、と自分に戒めているように。それでも止まらない涙を、止めようとするかのように。
 北斗は「……ん」と答える。他に何を答えようか。
 何も要らない。
 返事なんて必要じゃない。
 ぽん、と啓斗の肩におでこを乗せる。震えている。小刻みに震えながら、泣いている。握り締められた拳が緩む事はなく、泣き伏している。
(変わってきている)
 北斗は思う。
 僅かかもしれない。ほんの少しなのかもしれない。それでも、確かに啓斗は変わってきている。それも、良い方向に。
 本音を言えば、そう思いたいだけだ。確かにいい方向へと、僅かずつ変わってきているのだと。
 だが、啓斗は言ったではないか。生きたいと思わせる、と。……生きたい、と。
 北斗の為に命を散らすのだと言っていたはずの、啓斗が。
 生への欲を、渇望を、断片的にでも口にしたではないか。
(いいよ)
 人が、世間が、憎いとしても。
(別に、いい)
 北斗の事が、大嫌いだとしても。
 いい方向に変わっている兆候ならば、それでいい。生きたいという意志を見せるのならば、それでいい。
 北斗はそっと、啓斗を抱き締めた。最初は優しく、後にぎゅっと強く抱き締めた。
 啓斗は泣いている。肩を震わせ、ただ泣いている。何も言わない。北斗に抱き締められても、強く強く抱き締められているとしても。
 北斗は抱き締めながら、ふと顔を上げる。
 気付けば、窓から差し込む赤い光は消えていた。代わりに、ぱたりぱたりと窓を雨が打ち付けていた。
 通り雨だ。
 今は強く雨が降っても、それは一時の事だけ。すぐに止み、空は晴れる。その時には、もう赤い光は差し込まない。優しい月の光が差し込むはずだ。
 啓斗は気付いていない。北斗だけが気付いている。今この瞬間、赤い光ではなく雨が降っているのだと知っているのは、北斗だけだ。
――だから、今だけは。
 北斗は啓斗を抱き締め続けた。啓斗も北斗の腕の中で泣き続けた。
 今はそれでいい。それだけで、別にいい。
 いつしか、容赦のない赤い光ではなく、優しい月の光が窓から差し込んでくるはずだから。


<雨音が室内に響き渡り・了>
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年08月01日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.