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『火の鳥 』
赤羽根・灯5251)&赤羽根・円(7013)&篁雅隆(NPC4349)

「ライヴ始まるの楽しみだね」
 東京都内にあるライヴハウス『DEAD SPACE』の入り口に続く列に並びながら、赤羽根 灯(あかばね・あかり)は、学校の友人と一緒に開場を待っていた。
 今日はイギリスのブリティッシュロックバンドが来日するということで、ずっと前から楽しみにしていたライヴだ。オールスタンディングで箱が小さいので、チケットを取るのも結構大変だったが、そのぶん期待も大きい。
 今日は気合いを入れて足下は黒い革のブーツに、ニーソックス。それに黒いミニスカートに赤のキャミで首にはチョーカーやシルバーのネックレスだ。オールスタンディングの時はヒップバッグで、荷物に気を使わなくてもいいようにしている。
「やっぱり前の方に行きたいよね」
 ワクワクと灯がそう言うと、一緒に来た友人は少し困ったように考えた。
「うーん、前の方って最初とか結構潰されそう。私は音が聞ければいいかな」
「えっ、そう?」
「だからライヴが終わったら入り口で待ち合わせってことにして、灯は遠慮しないで前行っといでよ。楽しみにしてたんでしょ?」
 そのバンドのファンな灯は、予習と称したアルバムの聞き込みなど、ライヴが決まったときからずっと楽しみにしていたのだが、友人はライヴ慣れしていないこともあって、前の方に行くのは躊躇いがあるらしい。確かにオールスタンディングで先頭にいると、人に押されたりもするのだが、それもまた醍醐味だ。
「うーん、確かにライヴ慣れしてないと、無茶なダイブとかする人もいるから怖いよね」
「ごめんね、へたれなファンで」
 すまなそうにする友人に、灯は首を横に振る。
 楽しみ方は人それぞれだ。音だけ聞ければいいって人もいれば、ライヴは全て追っかけてスタッフの打ち上げまで参加したいという人だっている。だが、ファンであると言うことには変わりない。そこを強制してお互い遠慮し合って楽しめないよりは、好きなように楽しんだ方が絶対いいに決まっている。
「気にしないでいいよ。じゃあ、ライヴが終わったら外で待ち合わせしよっ。グッズとかは後で買ったりした方が、持ち物気にしないで済むし」
 そんな事を話しているうちに列が動いた。どうやら開場したようだ。
「じゃあ、ライヴ終わった後にね」
「灯も頑張ってね」
 チケットを切ってもらうと、灯は真っ直ぐステージの前の方へ移動する。普段は方向音痴な灯も、ライヴハウスでは全く迷わない。
 最初の場所取りは重要だ。背が高い人の後ろについてしまうとなかなか前が見られないし、ノリが悪い人が近くにいると微妙に気になって集中出来ない。
「うん、この辺かなー」
 最前列の真ん中より少し右より。この辺りなら押されてもど真ん中ほど辛くないし、ダイブした人とぶつかって痛い思いもしにくい。
 セットされているステージを、期待と共に眺めていると、灯の隣に一人の青年が並んだ。
「ねえねえ、この隣誰か来る?」
 茶色の髪に黒のテンガロンハット。コウモリのシルエットのようなジャケットの中はカットワークしたボロボロの白と黒のTシャツの重ね着。足下もカットワークされた細身のパンツだ。人懐っこそうににぱっと笑うので、灯もつられて笑顔になってしまう。
「いえ、来ませんけど」
「だったらお隣いいかな。誰か友達とか来るんだったら、悪いかにゃーと思って」
 ライヴ会場で見知らぬ人と話をしたりすることはあるが、こんなに人懐っこい人も珍しい。でも同じバンドが好きならそれだけで友達も同じだ。
「どうぞ。友達と一緒だったけど、前の方は怖いからって後で待ち合わせしてるんです」
「そっかー。僕は一人なんだけど、来日久しぶりだから楽しみで」
「私も!ずっとアルバム聴いて、発売前の新譜もビデオに撮ったのでばっちり」
「あ、あれいいよね『Fire Bird』。僕も好きー」
 ライブの前に、何だかすっかり打ち解けて盛り上がってしまった。人が入り始めているので、連絡先のメモをやりとりするのは難しそうだが、終わった後に会えたらメアドを聞いたりしたい。そうやって出来た友人と、後からネットなどで盛り上がるのも楽しいものだ。
「名前だけ聞いてもいい?僕は篁 雅隆(たかむら・まさたか)って言うの。みんなには『ドクター』って呼んでもらってるー」
「私は赤羽根 灯。名前でも何でも好きに呼んでもいいよ」
 灯が名前を言ったときだった。雅隆が一瞬何かを考える仕草をする。
 いったい何だろうか……そう思ったが、ステージでチューニングが始まったので意識はそっちに集中してしまう。これが始まったら開演もすぐだ。
「楽しもうね、灯ちゃん」
「うん!」
 人が満員になった開場。熱気と期待感でざわざわと揺れる。
 そしてライトが灯ると同時に、熱狂のライヴが始まった。

 最初から二曲はCMなどでも流れたりしているポピュラーな曲で開場を暖め、日本に来たライブの挨拶。そしてまたアルバムの曲や発売前の新譜と、始まってからずっと乗りっぱなしでライヴは進んでいった。
「やっぱライヴ最高!」
 最初はやはり後ろから人が詰めて来たりもしたが、隣にいる雅隆がさりげなく押さえてくれたりしてポジションを移動することもなく、いい場所でライヴを楽しめている。
 ノリのいい音楽。
 ステージと観客の一体感。
 耳の奥に籠もるような大音量でも、ライヴの時は関係ない。
 大声を出して飛び跳ねて。曲に合わせて拳を振り上げたりするのが楽しくて。
 それに合わせたステージ上の演出もまた楽しかった。照明も凝っているが、シャウトに合わせてキラキラした紙吹雪が散ったり、炎が吹き上がったりしている。今回のツアータイトルは『Fire Bird』……それは新曲のタイトルでもあり、朱雀の力を持つ灯としては親近感があった。
「うわー、もう終わり……?」
 二時間ほどのライブは本当にあっという間だった。全ての曲が最高で、すごすぎて、生でギターの早弾きやドラムセッション、アカペラのバラード披露など、ライヴじゃなきゃ味わえないものを見たり聞いたりできた。その余韻に浸りながらも、メンバーが去ったステージに向かい、今度はアンコールを開始する。
「アンコール!アンコール!」
 手拍子と共に、楽しげに声を上げていたときだった。
「……ダイブするのかな?」
 客席から一人の男がステージに上がる。スタンディングのライヴでは、別に珍しいことでもないのだが、その男は何か様子が違う。
 客席に落ちてくるわけでもなく、何かを探すように開場を眺め……そして灯の方を見て視線が止まった。
 刹那……。
「………!」
 雅隆のテンガロンハットの端に火がつくのを灯ははっきりと見た。
 自然発火じゃない。その火を灯が朱雀の力で消し止める。
「うわっ、危ないなぁ」
 テンガロンハットを取り、被害を確かめる雅隆に、ステージ上の男がにぃっと口の端を上げる。赤い瞳に浮かんでいるのは、狂気の光。
「ツアー名のように、貴様を火の鳥にしてやる……」
 男の指先に火が起こる。それで灯は相手の能力を察した。
 炎使い。ファイヤースターター。今ここで男を止めなければ、狭い開場がパニックになる。それに男は、雅隆を狙っているようだ。どちらにしても雅隆や皆を守るために戦わなければならない。
「灯ちゃん?」
 男が放った力を相殺し、灯は紅蓮の翼を生やして飛び上がった。
 朱雀の聖なる炎なら何者も傷つけずに飛べる。ここで飛び上がらなければ、男の目は惹けない。
「私が相手よ!」
 男と自分を囲むように炎の結界を展開し、自分に向けられた火の玉を止める。辺りがざわざわとし始め、何が起こっているのだろうかという流れになったときだった。
「頑張れ、Fire Bird!」
 その凛とした雅隆の声に、客達はこれがツアーの演出と認識したらしい。新譜の『Fire Bird』の歌詞も、日本語にするとこんな感じだったはずだ。
 聖なる火の鳥よ、邪なる炎を飲み込み浄化せよ。
 魔を打ち払うその羽根で。
「小娘が、俺の炎に勝てると思っているのか?」
 乱舞する火の玉。だがそれは灯の結界で外に出ることが出来ない。
 それを何とかしようと、男は今度は炎の矢で灯を射抜こうとする。
「私は負けない!」
 開場から聞こえる皆の歌声。
 『Fire Bird』は負けない……邪なる炎を飲み込み、魔を打ち払う。炎の翼を翻し、灯は自分の手に火で出来た薙刀を生み出した。
 火の鳥が、裁きの炎を振りかざすために急降下する。
「貴様あっ!」
「私に炎はきかないわ……」
 真っ直ぐ飛んで来る矢は、灯の体を傷つけることすら出来ない。朱雀を炎で傷つけることなど出来やしない。
 真っ直ぐと飛び込んだ灯は、薙刀で男の足下をすくい上げた。そしてすぐさま今度は合気道でその身体をステージに叩きつける。
「I'm Fire Bird!」
 曲の最後のように大きくシャウトして右手を振り上げると、割れんばかりの歓声がライヴハウスに響き渡った。

「助けてくれてありがとね。灯ちゃんがいなかったら、大惨事になってたかも」
 灯が倒した男は、やって来た者達に連行されていった。
 あれが演出ではないというのはバンド側でも分かっていたが、気を利かせて日本公演での演出……と言うことにしたらしい。その辺りは雅隆が英語で相手に伝えてくれた。
「いえ、ドクターがあの時叫んでくれたから、会場もパニックにならなかったし、演出だってごまかせました。それにサインとかまでもらっちゃって……」
 楽屋まで連れて行ってくれて、通訳をしてくれたのは雅隆だ。本当はこの後の打ち上げにも誘われたのだが、流石にそれは辞退した。サイングッズや生握手だけでも充分だし、ライヴを壊そうとした相手を撃退するのは当然のことだ。
 何故なら、自分は東京を守護する朱雀の巫女なのだから。
 それを思い、灯がきゅっと口を結んだときだった。
「ねえ、灯ちゃんってお母さんいる……って、そうじゃなくてー」
 唐突にトンチンカンなことを言い出す雅隆。
 最初「赤羽根 灯」と名乗られたときから、何処かで会ったことがあるような気がしていたのだが、今やっと確信した。唖然としている灯を前に、雅隆は深呼吸をしてこう聞いた。
「灯ちゃんて、もしかしたら円(まどか)ちゃんの娘さん?」
「えっ、お母さんの名前、どうして知ってるんですか?」
 すると、雅隆が嬉しそうに手をじたばたさせる。
 やはりそうだ。ずっと海外に留学していた雅隆だが、高校の頃一年だけ東京の学校に編入していたことがあったのだ。母の円とはその時に知り合っていたのだが、灯もその面影を残している。
「あのね、あのね、僕、円ちゃんと一年だけ同級生だったの。懐かしー、円ちゃん元気?」
「は、はい。今は京都で料亭の女将をやってます……って、同級生?」
 てっきり二十代前半ぐらいだと思っていたのに、まさか母親と同じ歳だとは思わなかった。知り合いだというのにも驚いたが、雅隆の年齢にも灯は驚く。
「そかそかー。円ちゃんがお母さんか……僕結婚のけの字も出てないのに、何か立派にやってるんだなー」
 何だか不思議な縁だ。灯も思わず雅隆に質問する。
「でも、どうして分かったんですか?名字が珍しいから?」
「んー、それもあるけど、面影がね、円ちゃんに似てるなーって。僕、今の円ちゃん知らないんだけど」
 何故だろう。
 面影が似ていると言われ、灯は妙に嬉しくなった。あまり似てないというのはよく言われるが、こうやって言ってもらえるのが嬉しくて仕方がない。
 すると雅隆がにこっと笑って握手するように右手を指しだした。
「これも何かの縁だから、これからもよろしくね。あと、円ちゃんにもよろしくー」
「私こそ、よろしくお願いします」
 ぎゅっと灯も握手をする。
 母が自分の歳ぐらいの頃を灯は全く知らない。「円ちゃん」と、ちゃん付けで呼ばれているのも始めて聞いた。家に帰ったら、今日はもう遅いから明日にでも母の所に電話をして、雅隆のことを聞いてみよう。その時に「円ちゃんって言ってたよ」っていうのも教えてあげよう。
 そうしたら、一体どんな言葉が返ってくるのだろうか……。
 ライヴハウスの外に出ると、友人がグッズを買って待っていてくれた。それに小さく手を振ると、友人はほっとしたように小走りでやって来た。
「灯ー、演出やるなら言ってくれれば前で見たのにー」
 ちら、と雅隆を見ると、『内緒だよ』と言うようにウインクをしている。
「皆には内緒だったの。ごめんね」
「ううん、ちょっと自慢かも。あ、灯の友達?」
 友人がずっと隣にいた雅隆に気付きそう言うと、端が焦げたテンガロンハットを取って雅隆はにこっと笑う。
「そだよー、演出で知り合ったの。ライヴよかったね」
 それも楽しかったけれど、何だか今日は色々なことがあった。
 まだ耳の奥にライヴの余韻が残っている。そしてその片隅には母の顔も。この不思議な縁がまた何処かに続いていけば、それはとても幸せで。
「今日は楽しかったな」
 小さくそう呟くと、灯はライヴの感想で盛り上がっている友人と雅隆の会話に加わろうと、顔を上げた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5251/赤羽根・灯/女性/16歳/ 女子高生&朱雀の巫女
7013/赤羽根・円/女性/36歳/ 赤羽根一族当主

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
ライヴハウスを舞台に雅隆や皆を守るために灯さんが炎使いと戦い、その後で雅隆が実は円さんとも知り合いだったと言うプレイングから、こんな話を書かせて頂きました。
朱雀の力を借りて戦うので、その辺をバンドの曲やツアータイトルと重ねるという演出にしましたが、如何でしたでしょう。知り合っていたのは、一年だけ東京の学校にいてその時に知り合ったということにしました。何だか「円ちゃん」と言っては「ちゃん付けはやめろ」とか言われていそうです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年07月30日

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