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『それは美しく光り 』
ロキ・アース3555)&(登場しない)


 風がそよそよと銀の髪を揺らす。草原を駆け抜けてきたであろう風は肌に心地よく触れ、ロキ・アースは思わず目を閉じる。
(風が気持ちいい)
 ほう、と思わず息が漏れる。木の枝に寝転んでいるため、風が吹くたびに木陰が瞼の裏に動いた。まるでさわさわと撫でられているようで、どうにもくすぐったい。
 ロキはそっと目を開く。木の葉が揺れ、間から木漏れ日が目に染みこむ。
「いい天気だ」
 心地よい風に、きらきらと光る木漏れ日。寄りかかっている幹からは、木独特の自然を感じさせる匂いがする。
 ロキは目を細めて暫く揺らぐ木漏れ日を楽しんだ後、ふとミストルテインの矢を取り出す。やじりに、虹色の羽根がついている。
 先代ロキの、親友の翼の羽根。本来ならば。
 今、実際にロキが持っているのは、先代のものを模したものだ。ミストルテインの矢もそうだし、やじりについている翼の羽根も然り。
 勿論、だからと言って自分の持つミストルテインを恥じているわけではない。ただ、自分が持っているものが先代のミストルテインを模しているものというだけだ。そして、虹色の羽根も、先代の親友のものではないというだけ。
「……親友か」
 木漏れ日にきらきらと反射する羽根を見つめ、ロキは呟く。
 先代のある記念日に、親友自らが翼から羽根を抜いて、やじりにつけてくれたのだという。別に先代が強要した訳でも、強請った訳でもない。
 親友が、自分から羽根をミストルテインのやじりにつけたのだ。自発的に。
(自らの翼から、羽根を抜くなんて)
 痛そうだ、と思う。人の為に、自らの翼から羽根を抜き取るなんて、痛いに決まっている。
 だがそれは、逆に見ればそれだけの事をする価値が、先代にはあったのだ。先代の持つミストルテインのやじりに付けてやりたいと思ったから、羽根を抜いたのだろうから。
 そうして出来たミストルテインは、二人のパワーを得た。元々強かったのに、更に強くなった。親友によってつけられた、虹色の羽根のお陰で。
 ロキはじっと自らの持つミストルテインを見つめる。
「慕い合っていたんだろうな」
 そうでなければ、羽根を抜き取らない。先代のロキだからこそ、親友は自らの羽根を抜いた。先代ロキの持つミストルテインを強くしてやりたいと思って。
 そういった思いを受けて、ミストルテインは強くなった。親友から託された思いを、ミストルテインはしっかりと受け取ったのだ。
「親友……」
 再びロキは呟いた。羨ましい、というのが素直な感情だ。
 アース族と呼ばれる、神族。昔いた、ロキという名の素晴らしい神。それにあやかってつけられた、自らの名。
 しかし、先代ロキに力が追いつかぬと、神族全体から追放を受けてしまった。名を穢す、と言われて。
 追放されて、堕ちたのがこの聖獣界ソーンだった。自分に残っていたのは、先代ロキの持っていたミストルテインを模した矢と、自らの身一つだけ。
 先代ロキには親友がいた。それは知っている。そしてその親友が、ミストルテインのやじりに羽根を付けた事も。
「だが、それは俺ではない」
 ロキはじっとミストルテインを見つめる。あくまでも、先代の話だ。親友がいたことも、素晴らしい神だという事も。全てが先代の話であり、今のロキではない。
 今のロキに親友と呼べる存在はまだいない。ロキの為に、自らの羽根を抜いてやじりにつけてやろう、という者はまだいないのだ。
(いつしか、できるだろうか)
 先代ロキのように。
 ロキの為に、自らの羽根を抜いてミストルテインのやじりに付けてくれるような親友が。
 心を許し、互いに慕い合える程の存在が。
 ロキはゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。さわさわと吹く風に変わりはなく、今も優しくロキの頬を撫でる。さらりと風になびく銀の髪も、先程と何ら変わっていない。
 きらきらと揺らぐ木漏れ日の光は優しく包んでくれるし、鼻をくすぐる木の匂いも変わらない。
 だが、確かに何かが違っていた。寝転がる前に見た風景と、今こうして体を起こしてみる風景は、どこかが違うように見えた。
「この世界のどこかに、俺の親友がいるかもしれない」
 先代ロキと、その親友のように。心から慕い合い、美しいものを与えてくれる存在が。
 例えば、このミストルテインにつけるための、本物の虹の羽根を与えてくれるような存在だとか。
「俺に親友が、できるだろうか」
 それが曖昧な問である事は、百も承知だ。「できるかもしれない」は、裏を返せば「できないかもしれない」になる。それでも、敢えてロキは前者をとる。
 自分にも、本当の親友ができるかもしれない。否、できてほしい。
 答えは分からない。誰にも答えることが出来ないし、自分だって分からない。分からないからこそ、望んでしまう。
 美しい羽根を自分の為に与えてくれる、心底慕い合える親友を。
「先代は……誤って殺してしまったけれど」
 ロキは呟き、ぐっとミストルテインを握り締める。その拍子に虹色の羽根に反射した光が目元に来て、思わず眉間に皺を寄せて目を細める。
 そこまで慕いあっていた筈の親友を殺してしまった事は、先代ロキがやってしまった愚かな過ちだと、ロキは思う。虹色の羽根をくれる程の存在だったはずなのに、誤って殺してしまうなど、愚行以外の何ものでもない。
 さぞかし後悔しただろう、とロキは思う。深い悲しみも襲っただろう、とも。しかし、どれだけ先代ロキが己の愚行を後悔しても、親友は還って来ない。
 悲哀も、悔恨も、全てが遅い。殺してしまった親友は、素晴らしい神だと謳われた先代ロキであっても、生き返らせることなどできはしない。
 偉大なる先代ロキの、愚かなる行為なのだから。
「俺は、そんな事はしない」
 ロキはそう言うと、木から飛び降りた。かさ、と柔らかな草がロキの足を優しく包む。
「俺に親友ができたら、殺すなんてしない」
 美しいものを与える存在を殺すなど、絶対にしない。先代ロキが犯した愚かな行為を、繰り返す事などしない。
 ロキはゆっくりと歩き、川のほとりまで行く。さらさらと、澄んだ水が流れていた。きらきらと光が水面に反射している。
(虹色の羽根のようだ)
 先代ロキの親友が渡した羽根の色は、このようだったかもしれない。いや、もっと美しいかもしれない。
 親友の思いを託された羽根だから。
 ロキは川から水をすくって口に含んだ後、ごろん、と横になった。水の冷たさが喉を通っていくのが分かる。
 木陰とは違い、直接日の光が体中を包む。さらさらと流れる川の音は耳に心地よく、照りつける太陽は何処となく気持ちいい。それでいて、さわさわと頬を撫でる風は相変わらずだ。
 何処にいても変わらない、爽やかな風。場所によって変わる、日の光。耳に届く心地よい音。どれもがロキを優しく包み込む。
「親友ができたら、此処に連れて来るか」
 ロキは呟き、小さく笑った。いつになるだろうか、と。長い時間がかかるかもしれないし、近しい未来なのかもしれない。いずれにしても、思うことはただ一つだけ。
 親友というものができたらいい。
 心底慕い合え、美しい羽根を与えてくれるような存在が現れたらいい。
「できるかどうかは、分からないがな」
 ロキはそういうと、ゆっくりと目を閉じた。
 瞼の裏に映る光を見つめているうち、ゆるりと眠りへと誘われてしまった。
 まるで虹色の羽根のようだ、と眠る直前そっと頭で呟いて。


<美しく光りし羽根の如く・了>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
霜月玲守 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2007年07月23日

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