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『私と彼女のエトセトラ・3 』
龍宮寺・桜乃7088)&葵(NPC4559)

「うぬー何か面倒なことになっちゃったな」
 Nightingale新人研修四日目。
 今日は少し早く午前の研修が終わったから、葵ちゃんお勧めのベーグルサンドが買えたわ〜。生ハムとチーズのサンドイッチと、チョコチップベーグルにオレンジクリームチーズがサンドされたやつ。
 午前中聞かされた面倒な話は、一時記憶の奥底にしまって上から重石乗せて、お昼休み楽しまなきゃね。折角お勧めパンも買えたのに、そんな事思い出しながら食べてたら不味くなるし。
 今日も天気が良いから、外でご飯。
 手には買ったばっかのパンとコーヒー牛乳、そして昨日借りちゃった葵ちゃんの上着。ご飯食べたら気持ちよくなって、すかーっと寝てたらかけてもらっちゃった。直接会って返したいんだけど、会えるかな。会えるといいな。
「おっ、葵ちゃん発見ー」
 昨日と同じ、芝生の上の大きな木の木陰。そこに葵ちゃんは立っていた。
 でも昨日みたいに油断してる感じじゃないなぁ……そんな事を思っていたら、葵ちゃんが私の方に振り返った。よし、今日は見つけてもらったわ。
「やっほー、葵ちゃん。昨日は上着ありがと……って、何で睨むのよぅ」
 私が手を振って近づくと、何だか怖い顔をして睨まれた。
 あれ?私何か悪い事したっけ?あ、もしかして、最後のチョコチップベーグルサンド買ったの見られてた?
「どしたの、葵ちゃん」
 取りあえず借りた上着を差し出すと、それを受け取って葵ちゃんは挨拶もしないでいきなりこんな事を聞いてきた。
「桜様。貴女、特殊諜報部の所属って、本当ですの?」
「え?うん、私特殊諜報部だけど……」
 そう言った途端、ますますとんがる葵ちゃんの視線。
 視線に乗せる能力とかないのに、何か睨み殺されそう。目で殺すって感じで、ちょっと怖い。
「………」
 うう、こう言う沈黙って苦手なのよ。私から何か言うのも変だし……ちょっと気まずい間の後、葵ちゃん、すごい剣幕で私にまくしてた。
「それってエリート中のエリートじゃありませんの!一緒に頑張ろうだなんて白々しい」
 はい?
 一瞬ぽかーんとして、私は葵ちゃんが何を言いたいか理解した。

 『特殊諜報部』
 Nightingale諜報部の中でも別格で独立して動く部署で、従うのは社長や一部トップだけでよく、会社も含め部隊内の内偵も担うため独立し、社長を介さず実働や諜報への命令権を有す最直属部隊の一つである。
 よって研修において研修を行う部屋や棟、機材、研修プログラムの一部が他の隊員とは異なる。

 ……昼ご飯前に聞いた、面倒な話をここで思い出すとは思わなかったわぁ。
 そう、私はちょっと葵ちゃんとは立場が違う。自分の能力のせいもあるんだろうけど、今年ここに入ったのって私だけらしい。だからおっさんばっかと顔つきあわせて、気分は島流し。
 はぁ……と溜息をついて、私は芝生に座ってパンを出す。
 今日も半分こして食べようと思って、ベーグルサンドは真ん中から切ってもらってる。
「取りあえず座ろ。立ったまま話すの疲れるし、まずご飯食べようよ」
「………」
 このまま言い逃げされたら、ちょっと泣きそう。
 でも葵ちゃんは憮然としつつも、私の隣に座った。差し出したベーグルサンドを受け取って、変わりにチョコデニッシュをくれる。
「ありがとうございます。こちらは昨日のお礼ですわ」
 ああん、葵ちゃん律儀だわ。こういうところが可愛いのよね。
 二人で木陰に座って、パンを食べる。おなかすいてるとイライラしちゃうし、ひとまず落ち着いて話さなきゃ。
「さっきの話だけどさ、秘密組織でエリートも何もなくない?」
「………」
 無言が返事。
 でも、そもそもここって、あること自体が秘密なわけだし、それに部隊に所属しないで単独で行動してる人たちもいるって聞いた。
 ある意味どこにも属さないでNightingaleと呼ばれながら、社長の命令だけ聞いて好きに行動出来る方が、エリートっちゃエリートだわ。
 そのあたりも教えてあげられたらいいんだけど、残念ながら同じ隊員にも言っちゃダメなのよね……ああ、ちょっと面倒。
「確かに同じ諜報でも私ん所は特別よ。本当は『事件は現場で起きてるんだ!』って一度言いたかったのに、残念ながら逆の立場なんだよねぇ」
 出来ればそうやって、現場でわいわい働いてたかったなーと言うのが私の本音。
 だって偉い人直属って、ある意味怖いわ。下っ端でわーわーやってた方が気楽だし、ヘタに大きな事に首突っ込んじゃったらもう戻れないわけだし。
 むぐむぐ。
 黙って静かに牛乳を飲んでた葵ちゃんは、やっぱりじっと私を睨む。
「でも、立場が全然別じゃありませんの」
「そうねー、偉くなったら葵ちゃんを顎で使えるのよ、ふふん。でも、それで何であんたが怒んの?」
 ふふん、とか言ってみたけど、別に本気じゃない。葵ちゃんの反応を……って、なんで目を逸らすのよ。ぷいって横を向いて知らん顔。
「ん?吐けコラ!何でそんなに怒ってんのよー」
「きゃっ」
 むーう、埒があかない。
 後ろから脇の下に手を滑り込ませて、ワキワキとくすぐる。
 ええい、吐け!吐かないとこのままくすぐる……ちょっ!ひじ鉄はやめて。髪の毛も!私ケンカは苦手なんだから。
「あ、葵ちゃん、私体弱いから本気はやめて。何でそんなに怒ってんのよ?」
 うおっ、手を髪の毛でホールドされた。食べかけのデニッシュ、手に持ったまま。
 でもそれがするすると解かれると、少し赤い顔をして、葵ちゃんは私にこう言った。
「特殊諜報部なんて、私達から見れば立場が上ですわよ!」
 ああ、なるほど。
 確かに立場の違いはあるかも。命令を直接言いつけられることが多そうだし。
 でもそれって、ある意味「便利に使います」宣言と同等で、私は出来ればそんな緊張する所にいなくても良かったんだけど。
 またぷいっと顔を逸らす葵ちゃんを見て、私は食べかけのデニッシュを口に入れる。
「……つまり何、嫉妬?」
「………」
「それとも、裏切られたとか感じたの?」
 相変わらず返事はない。
 でも、人って図星を指されると大抵無言になるのよね。
 でもそれって、少しは私を友達だと思ってくれてたって事?
「ねえねえ。葵ちゃん」
「……なんですの?」
「私、葵ちゃんのこと友達だと思ってるんだけど、葵ちゃんはどうよ」
「言う必要ありませんわ」
「照れなくてもいいって」
「別に照れてなんかいませんわっ!」
 むふ。顔が赤いぞ、うりうり。
 何か可愛いなぁ。人付き合い苦手なんだろうな、葵ちゃんって。同期の子とも一緒に行動してないみたいだし、一人でいること多そうだし。
 もしかしたら、立場の違いで疎外感感じちゃったのかも知れない。
 だけど言い訳するなら、私だってさっきこの話聞いたのよ。教えられたとき、思わず「普通の所に転入させて下さい」って言っちゃったわよ。自分から望んだわけじゃないもん。無論却下されたけど。
 でも、理由が分かったらちょっと気が抜けた。
 私は生ハムベーグルサンドを出して、半分葵ちゃんに渡す。
「はい、これあげる。ちゃんと食べるのも大事よ」
「……頂きますわ」
 少し落ち着いたかな。
 二人並んで黙々とベーグルを食べる。今日も良い天気で、木陰に吹く風が気持ちいい。
「部署のことだけど、あんま気にすんな、能力が特殊なだけで私はヘタレだし」
 記憶力とか絶対感覚に自信はあるけど、でも結局それがあっても後方なのよね。実働とかに関してはもう絶対級にヘタレだし、暴力沙汰とか考えただけでダメダメ。平和が一番よ。
「……それに部署は全然関係ないよ。私は情報漁れるけど戦えないもん。実際社長守んのはそっちだし」
 何か社長にあったとしても、情報で何とか出来る部分は察知出来たとしても、その場で出来そうな事って、せいぜい盾になれるかどうかぐらい。でもそれも、下手すると社長の足手纏いになったり、逆に庇われたりしたら意味ないし。
「役割分担は大事よ、田んぼが畑羨ましがっても仕方ないっしょ」
 そう言って、コーヒー牛乳を飲む私。
 でもね。
 そんな事言ってるけど、私は葵ちゃんが羨ましい。
 社長の側にいたら、葵ちゃんなら無傷で守ることが出来そうだもん。隣の芝生は青いって言うけど、そういうもんよね。
 でもそう思うことも大事な気がする。結局、自分一人で何でもやるのは無理だもん。
 私は葵ちゃんが羨ましいから、葵ちゃんに「私の代わりに戦って」って言うだろうし。葵ちゃんは私が羨ましいから、私に「情報を流して」って言うと思う。
 それで上手くはまれば芝生も繋がって青々するだろうし、私と葵ちゃんならそれが出来ると思うんだけどなー。
「役割分担ですの?」
「そそ、私は集める側。葵ちゃんは戦う側。皆で一辺に突っ込んだら、意味ないっしょ」
「確かにそうですわね」
 おっ、素直じゃん。
 あれかな……もしかしたら、こうやってじっくり話したこととか初めてなのかも。
 葵ちゃんって最初刺々しく感じるけど、まるきり人の話を聞かない訳じゃなくて、ちゃんと話せば分かってくれるのよ。最初の態度で離れちゃったら勿体ないわ。
「それに葵ちゃん、秘書になんでしょ」
 少し笑って私がそう言ったら、葵ちゃんもそれを思いだしたみたい。
 さっきまでの拗ねた感じじゃなくて、つんとすまして息をつく。
「当たり前ですわ。その為に来たんですもの」
 よしよし、その意気よ。
 このね、つんとすましてるんだけど、私に嫉妬してみたりするのが可愛いところなの。だから絶対仲良くなって、もっとその可愛いところが見たいな……って、彼氏でもないのに何言ってるんだ、私。
 ご飯も食べ終わって、うーんと一息。
 葵ちゃんも食べ終わったみたい。パンの入っていた袋とかまとめてる。
「秘書になったら、私らコキ使えるよ。諜報相手のスリーサイズから、趣味まで何でも調べたげる」
「そんな事のために使いませんわよ」
「昨日も言ったけど、私偉くなる気ないしさ。葵ちゃんが上司なら嬉しいな」
 別に上司じゃなくて、同僚でもいいんだけどね。
 それに指揮権あっても、今のところどこで使ったらいいか分からないし、これも結局Nightingaleの中だけだから、会社では全然関係ないし。これで、葵ちゃんにコピー取ってもらったり、お茶入れてもらったら、社長に呼び出されるわ。
「その時は、桜様にたくさん働いてもらいますわ」
「お手柔らかに頼むわ……ふぁー、おなかいっぱいになったら眠くなってきた」
「ちょっと桜様!また寝ないで下さります?」
 いや、昨日遅刻して戻ったら、一人だけの研修とはいえ大変視線が痛かったから、頑張って起きていたいんだけど、睡魔って強力よね……ううっ、頑張らなきゃ。
「うん、頑張って起きて……眠い」
「船漕いでますわよ。もう、仕方ありませんわね」
 ほえ。
 うつらうつらしてたら、葵ちゃんがいきなり私をおんぶしてくれた。
 うふー、暖かくて気持ちいい。でもこれって、寝るのに絶好のコンディション。
「どちらまで行けばいいんですの?」
「あー、別棟の玄関まででいいわ。寝てたらそこ置いていいから」
「良くありませんわ。それじゃ、上着をいつまでも返してもらえま……」
 葵ちゃんの声が遠いなぁ。
 何か面倒なこととか忘れて、寝ちゃおう。寝てる間はそういうこと思い出さないもんね……ぐぅ。

「……まーた上着貸してくれてるし」
 目が覚めたのは別棟の玄関。今回は座ってるお尻にハンカチまで敷いてあるし……葵ちゃんが男だったら惚れてるわよ。
 玄関はカードキーと暗証番号がいるから、ここに置いてくれたのよね。
「何か、葵ちゃんってやっぱり放っておけないな」
 上着とハンカチ、返さなきゃね。
 それにやっぱりもっと仲良くなりたいわ。葵ちゃんもそう思ってくれてるといいんだけど。
「あ、何か雨降りそうな感じ」
 さっきまでポカポカ陽気だったのに、遠くから雲がかかってきてる。
 面倒なこととか葵ちゃんのこととか色々考えつつ、私は貸してもらった上着を羽織ってカードキーとやたら長い暗証番号を打ち込んだ。
 もしかしたら、この天気も私の心を察してるかも知れない。

fin

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
研修時代第三弾とのことで、立場の違いに憤る葵や、実はあんまり偉くなりたくない桜乃さんなど二人の様子を書かせていただきました。
立場に関してですが単独で行動している人もいますので、そういう部隊もあるという感じです。次回に続くということですので、ラストは少し不安げにしてみました。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。 
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年07月23日

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