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『Special holiday 』
アドニス・キャロル4480)&モーリス・ラジアル(2318)&(登場しない)


 7月も半ばに入ると、梅雨と相俟ってじっとりとした暑さを醸し出す。
 それは予兆、間もなく訪れる『真夏』と言う日々の。
 地球規模での温暖化が懸念される昨今、これから訪れる季節は東の端の国であっても、それなりに厳しい――否、過度の湿度を内包している分、不快度指数は高い方かもしれない。
「やはり水辺は違いますね。水の上を渡ってきた風は、アスファルトの上で淀んでいる風よりもずっと気持ちがいい」
 日本の首都を脱出すること暫し。急ぐ旅路ではないのを良いことに、偶然出くわした清流にかかる小さな橋の上で車はエンジンを停止させていた。
「ほら、キャロルも」
 不意に背後から両手を捕まれ、思考の波間を漂っていたアドニス・キャロルは我に返る。
 そのまま何事か? と理解する前に囚われたアドニスの両腕は、さながら船上のヒロインのごとく大きく左右に広げられた。
「右手の指先に感じる温度と、それ以外の温度、確かに違うでしょう?」
 水辺と言っても海から遠いこの場所は、ほんのせせらぎ程度。流れる水は忘れられた時代を彷彿させるほど澄んではいるが、川幅はさほど広くない。必然的にその恩恵は、体の端――つまりこの場合は右手の突端――までへは行き渡らないようだ。
「確かにな。結構な効果があるもんだ」
 振り返り、若干見下ろす視線で緑の双眸を捉える。
 アドニスの反応にすこぶる満足したようにクツクツと喉の奥を鳴らして笑うのは、モーリス・ラジアル。
 日頃あまりパっとしない行動が目につくアドニスが、彼にしては意外とも思える一泊旅行に誘った相手。


 事の起こりは数日前。
 天を渡る銀の月が半分以上欠けてしまった頃。
 休みの日の夜はほぼ共に過ごしているモーリスに、アドニスはちょっとした提案を持ちかけた。
「別荘があるんだ」
「別荘?」
 そんなの持ってましたっけ? と無防備に小首を傾げられ、アドニスは駆け出す鼓動を必死に押さえ込む。
 己の血に潜む習慣、物事をスマートに運べる期間は限られているのは、悲しいかなそれなりに自覚があるところで。それでもこれから先に続けようとしている言葉を発するには、気恥ずかしさを捩じ伏せる努力も必要だった。
「まぁ、なんとなく思い立って購入したんでな。手入れとかしてないから、今どんな状況かは分からないんだが。それでもこっちに来た頃に買ったやつだから、けっこう古くていい雰囲気だぞ」
「……って、キャロルがこっちに来た頃って言ったら――いったいどれだけ放置してるんです?」
 モーリスの気を惹こうとして付け加えた注釈部分を容赦なくつっこまれ、奮い立たせた意識が萎えかける。そんなアドニスの様子を見越してか、モーリスの医療をこなす大胆で繊細な指先が、ついっと隣に座る男の銀色の髪を一房引っ張った。
「で、その別荘がどうしたんです?」
「あ……あぁ。よかったら今度、一緒に泊まりに行かないか、と思ってな――っつ」
 言い切った!
 そう思った瞬間、思わぬ痛みを頭皮に感じて、アドニスの目が驚きに丸くなる。その銀の瞳に映ったのは、勢いあまってアドニスの髪を思わず引っ張ってしまったらしいモーリスの姿。
 自分の所業に驚いたのか、彼の緑の瞳もアドニス同様にまぁるいお月様のように見開かれていた。
「……モーリス?」
 何か不興でも買っただろうかと、下から顔を覗き込めば、髪をつかんだままのモーリスの手がふるふると小刻みに震えている。
「あ、いや。お前が忙しいのは重々承知だし、別に無理にってわけじゃないから。それに今すぐって話でもないし、いつか都合のついた時にでもってことで――」
「行きます」
 たまらず、言い繕うように言葉を繋げたアドニスに一閃。
 きっぱりとした口調のモーリスの表情には、普段の色鮮やかな微笑。
「……は?」
「だ、か、ら。行きますって言ったんです。そうですね、1週間後くらいでどうです? その辺でなら私も休みがとれそうですし」
 自ら誘っておきながら、あまりにもあっさりと快諾されて、再びアドニスの目が点になる。そんなアドニスを置き去りにして、モーリスは指折り旅行の確認体勢に入った。
「待ち合わせは――そうですね、お昼過ぎくらいにしましょうか。詳しい時間と日にちはまた改めて連絡することにして。一応、私のほうで掃除道具は準備しますけど、キャロルもちゃんと用意してくださいね。あなたが買った別荘なんですから、私には詳しいことは分かりませんし」
「って、いいのか? 本当に」
 ふって沸いた幸運のような急転直下ぶりに、どこか現実を捉えられないアドニスは、てきぱきと頭の中で算段を始めたモーリスの顔を、少し視線を彷徨わせながら見つめる。
「行くと言ったら行くんです。それとも何ですか、キャロル。あなた自分で誘っておきながら、反故にするとでも?」
「いや、そんなことは全然ないが。ちょっとな――びっくりして……嬉しくてな」
 じんわりと沸き起こる喜びに、これは真実なのだと――少しオーバーかもしれないが――アドニスは相好を崩す。
 その蕩けるような笑顔が、モーリスにとっていかなる効果を生み出すか、なんてことを毛の先ほども想像しないままに。


「まぁね、おおよそこんなことなんじゃないかと思ってはいましたけど」
 明らかな呆れを含んだ口調でそう言い放ったモーリスは、盛大なため息をこぼしながら肩を竦めてみせた。
 都心から車で3時間ほど、日本でもっとも有名な山を間近に見ることのできる温泉地の界隈は、海辺から少し離れると閑静な別荘地が広がっている。
 古くから時代を左右するような名士に愛されてきた土地柄からか、年代を経た建物でも現代に通用するようなモダンな造りをしたものもあった。
 アドニスが購入したのも、そういった物件だったようなのだが。
「庭に関しては――もう諦めるとして」
 二人が目的地に辿り着いたのは、西の空の端がはんなりと朱色に色づき始めた頃。重厚な雰囲気を醸し出しつつも、先鋭的なラインを持つ洋館の壁が薄いオレンジに染まり始めて、それはそれで見事ではあったのだが。
 それよりも何よりも。
 そこそこの敷地面積があるだろう、建物以外の部分――とどのつまりが庭に相当する場所の荒れ放題具合には、さすがのアドニスも驚いた。
 もちろん、購入した時はこんな風じゃなかったんだが、なんて呟きは、モーリスの鋭い視線で一蹴されたのは言うまでもない。
 手入れもされず自由気ままに伸びた草木は、半ば小ぶりの森を形成しており、閑静な別荘地の中でも格別の静寂を湛えていた――否、湛えざるを得ない状況に陥っていた。
 それでもまぁ、それなりの風情があるんじゃないかと強引に気持ちを納得させて入った室内は、というと。元から配されていただろうアンティーク調の家具の間に、無造作に放られた西洋の刀剣、甲冑がごろごろと転がる有様。
「そうか……どこにやったかと思っていたら、ここに持ち込んでいたのか」
「そこ、懐かしの再会に感動してないで、窓開けて下さい。空気が黴臭いったらないですよ。せっかく都会から逃げてきたっていうのに、これじゃ排ガスまみれの方がまだマシかもしれませんっ!」
 そう言いながら、モーリスは近場の窓に手を伸ばす。
 長い間、使われも手入れもされていなかった窓は、白い埃を山のように被ってはいるが、錆ついてはいないようですんなりと室内に清涼な空気の流れをもたらした。
「おい、モーリス。そんなにちゃきちゃき動くと――」
「――っ!」
「ほらな、言ってる傍から」
 ぐらりとモーリスの視界が傾いだのは、足元に冷たい痛みを感じた瞬間。何かに躓いたのだと気づいた時には、彼の体はアドニスの腕の中に囚われの身。
 月が存在を誇張する間のアドニスでは決してみれない、その颯爽とした動きに、嬉しいような悔しいような、不可思議な感情がモーリスの胸をつく。
「ほらなって……諸悪の根源はキャロルでしょう」
 自分の愛する男が高い評価に値する動きを見せることを喜ばない人間がどこにいるだろう? しかしモーリスの口をついて出たのは、なんだか負けたような気分にさせられた悔しさの方に軍配があがった言葉。
 実際にモーリスの足を煩わせたのは、アドニスが放ったままにしていたらしい刀剣類。そもそも彼がこんなところに置いておかなければ、自分が転ぶなんてことはなかった筈だ。
「キャロル、勝負です!」
「は?」
 猫が身を翻すような機敏さで、モーリスはアドニスの腕の中を飛び出すと、流れるような動きで足元の剣を一振り拾い上げる。
 そのまま身を起こす勢いを利用して、スイっと鞘から刃を抜き放つ。
 いっそ芸術品と言えそうな流麗な動きに見惚れていたアドニスは、自分の喉下に白刃の切っ先が突きつけられたことで我に返る。
「ぉい、モーリス。あ――っ」
 危ない――そう続くはずの言葉は、風を切り裂きアドニスの前髪を宙に舞わせた軌跡によって遮られた。
「危ないようにやってるんだから当然ですよ」
 反射的に大きく身を仰け反らせたアドニスのアクションに、モーリスは極上の笑みを返す。
「……仕掛けてきたのはそっちだからな?」
 ゆらり、と陽炎が立ち昇るようにアドニスも手近な剣を拾い上げ構える。
 モーリスが手にしているのは、細身で華奢な剣。斬ることより、突くことに重きを置いて作り上げられたような。だからこそ手首の細かい動き一つで、鋭利な先端は自由自在な弧を描く事もできる。
 反してアドニスが取ったのは、刃の幅が広く見るからに重量のありそうな剣。無造作に投げた鞘が、鈍い音と微かな振動を伴って床に転がった。
「たまにはこういう勝負も面白いでしょう?」
 くすくすと笑いながらも余裕の態度を崩さないモーリスに、アドニスが放った最初の一撃が見舞われる。
 典型的な重量によって相手を叩き斬る剣の勢いは、ヴンっと獣の唸りのような音をたてて大気を震わす。
「まともに受けたら、こっちの剣がもちませんよ?」
「そこはそれ、モーリスの腕の見せ所だろう?」
 古い西洋建築ならではの天井の高さを味方につけた大剣の戟を、花の合間を舞う蝶のようにかわしながらモーリスが嘯けば、負けじと舌戦を返すアドニス。
 実際、アドニスの剣をモーリスの剣で真正面から受ければ、おそらくその刀身は一瞬とてもたずに木っ端微塵に砕け散ることだろう。もちろん、そうなる前に寸止めするだけの余裕と器量がアドニスにはあるし――何よりこれは本気の勝負ではない。際どい一撃をしかけあっているように見えるが、これも二人にとってはレクリエーションの一環。本気を出そうものなら、互いが剣を抜いた時点で、室内には修復不可能な痕跡が刻まれるはずだ。
「そう期待されては、張り切るより仕方ないですね」
 重さのある得物ゆえ、放った後の隙も大きくなる。ウェイトで差がある場合、その合間をつくことが戦いのセオリーではあるが、実践するとなるとそれなりの腕が必要になる。下手に踏み込めば、勢いの増した返す刃を至近距離から喰らってしまう――が、モーリスは、その反撃さえも許さない尖鋭な閃きをアドニスに突き放つ。
 微かに前傾したアドニスの体勢を利用して、最も手近でダメージの大きくなる眉間目指して剣を繰り出す。
「そう来るかっ」
 即座に一歩半の距離を飛び退り、殺しきれなかった勢いを、床に膝をついて剣を強引に前に出す事で相殺しようと試みるアドニス。
「遅いです」
 だがそれを許さぬ素早さでモーリスが踏み込み、勢いに乗った切っ先が高い音を立てて空を薙ぐ。
 しまった――自身の敗北を確信し、脊髄反射で瞳を伏せたアドニス。けれど、予想した剣戟はいつまでたっても訪れず、代わりに柔らかく温かな感触が彼の唇に触れた。
「な……?」
「キャロルを止めるには――これが一番有効でしょう?」
 もたらされたのは、モーリスの唇。
 幾度か軽く啄ばまれるように口付けられる合間に問うと、嫣然とした微笑が頭上から降り注ぐ。
「確かに、これが一番だ」
 してやられてばかりなのが悔しくて、浅いキスを繰り返す唇を強引に捕らえて深く重ねる。
 そのまま全てを貪りつくさんばかりにモーリスの体を抱きこみ、四肢の自由を奪って床へと引き倒す。
 開け放たれた窓からは、赤味を増した太陽の光が室内に差し込む。
 二人の間に訪れるのはただそれだけ。
 自由気ままに伸びた草木が、外界の全てを遮断する。
 不意に訪れる、別世界に迷い込んだような酩酊感。確かなのは、互いの体温と狭間で生まれる口付けの音。
「……なんだ?」
 深いキスに没頭していたアドニスは、背中に回されたモーリスの手に、幾度かノックされるように肩甲骨の辺りを叩かれ、不満げな様子を隠さず唇を解いた。
「とりあえず、今はここまでにしませんか?」
 自分が艶を与えた紅の唇に、すげなくそんな事を言われては、眉間に刻む皺も深くなる。
 しかしそんなアドニスの様子などお構い無しに、モーリスは『ここまで』とばかりに、するりと腕の中から抜け出した。
「いいんですか? そんな顔をしてて。もたもたしてると、ろくな寝床も確保できないままに、とーっぷりと日が暮れてしまいますよ?」
 それとも私を固い床の上で眠らせる気ですか?
 にっこりと、けれど反論を許さぬモーリスの笑顔に、アドニスは思い出したように両手を打った。
 見れば質の良い生地で出来たモーリスの上着の背には、白い埃が所狭しと張り付いてしまっている。
「――分かった、掃除しよう」
 名残惜しい気持ちを振り切り、まずは転がしたままの剣を拾い上げて部屋の隅に移動させると、そのまま持ってきていた掃除道具を取りに車へ足を伸ばす。
「まったく、月があるのとないのとじゃ、困ったくらいに人が違うんですから」
 広い背中が視界から消えるのを見送りながら、モーリスはそっと唇を指でなぞった。


「そういえば、なぜキャロルは泊りがけで旅行に行こうと思ったんですか?」
 淡いキャンドルの光がすっかり綺麗になった室内を、幻想的な雰囲気に浮かび上がらせる中、二人はゆったりと少し遅くなった夕飯を楽しんでいた。
 ちなみに食事を準備するために、キッチンは利用していない。
 長らく放置され、管理人を置くどころか企業に管理を依頼していなかった――それは完全にアドニス個人の所有物であるという証拠ではあるが――別荘では、ガスはおろか電気を使うことさえ出来なかったのだ。
 水の確保に関しては、井戸式だった為に事なきを得たのだが、どうやらその程度は見越していたらしいモーリスの準備の良さに救われ、キャンプ道具一式がフル回転で優雅な食卓は整った。
 無論それはそれでと、どこか懐かしさを覚える不自由な生活も、二人にとっては楽しい時間になっている。
 何もかもが整った現代社会から少しだけ距離を置いてみれば、誰かと共に何かを成し遂げる喜びが見えてくるのかもしれない。
「あ、いや。別に、特別な理由があったというわけではない、かな」
 ローストチキンを切り分けていたアドニスのナイフが、ひょんな方向にざっくり曲がる。しかし表情には内心の動揺など億尾も出さず、モーリスの問いをかわそうと試みた。
 特別な理由なら――ある。
 それは彼らの左手薬指に輝くプロミスリング。
 互いにその指輪がもたらす意味を知っている。
 でも、だからといって。それを記念して一緒に旅行したかったなんて、初心な青二才でもあるまいし、声に出して言うには憚られて仕方ない。
「そう……ですか?」
 自分の食事の手を休め、何かを見透かすように見つめてくるモーリスのまっすぐな瞳が、アドニスの心臓によくない。それこそ恋を知ったばかりの子供のように早鐘を打ち出す鼓動を、薄暗いのを隠れ蓑にした深呼吸でやり過ごす。
「でも、本当に珍しいですよね?」
「モ、モーリスはなんでこんなにすんなり休みがとれたんだ?」
 ひるまぬモーリスの追求の魔の手に、アドニスは苦し紛れに質問で切り返した。
 半ば条件反射に近い問い。
 だから隠し果せない動揺の色が言葉の端々に滲んでいたのだが――今度はぐぐっとモーリスが押し黙る。
 月の魔力の何と恐ろしいことか。
 ぼんやりしている時のアドニスなら、どれだけ追い詰められてもこんな反撃に出ることなど、まずありえない。あり得ないからこそ、モーリスも心置きなく自分ペースの会話を楽しむことが出来ると言うのに。
「偶然ですよ、偶然」
「本当か?」
 アドニスはアドニスで、話を元に戻さないよう内心必死。
 けれどそれはモーリスにとっては、謂わば想定外の出来事に等しく。
 そう、アドニスが言い出せない事があるのと同じように。モーリスにも、言って聞かせることは避けたい事情があった。
 偶然なんて言葉で濁そうとしているけれど、それは真実ではない。そんな簡単に休みが転がってくるほど、彼の仕事は暇じゃない――むしろその逆。
 だからこっそりと。アドニスはおろか職場の関係者にさえ気付かれないように、ずっと前から少しずつ少しずつ地道に仕事を前倒しにしてきていたのだ。
 いつか来るかもしれない、こんな日に備えて。
 それこそ形にさえなっていないどころか、自分の中で膨らませた約束に、胸躍らせる一途な少女のようではないか――それがいかに日頃の自分からかけ離れているか分かるだけに、言い出せるはずなどない。いや、絶対死守で墓場まで持っていく覚悟満載の重要機密事項に値する。
「モーリス?」
 突然、テーブル越しにアドニスの手が伸びた。
 それはごく自然な流れで、モーリスの頬に触れてしっとりと馴染む。
「なっ」
「顔、少し赤いかなって。埃の中で無理させたから、風邪でも引いたかと思ったんだ」
「それなら額に触れるのが筋でしょう――っていうか、赤いのはキャンドルの光のせいです」
 言いながらも、腕を振り払うことはせずに。
 そしておそらく、自分でも信じられないけれど、仄かな紅に染まっているであろう頬を、ゆらゆらと優しく揺らめく炎のせいにして。
「まったく……キャロルは性質が悪いです」
 思わぬところで思わぬ顔を見せてみたり、此方が予想しない大胆な行動に出てみたり。かと思えば、さらさらと風に浚われる柳のようにぼんやりしていることもある。
 そのギャップにどれほどモーリスが心を動かされているかなんて、知りもしないで。
「は? そうか? もし気に食わないんだったら言ってくれれば直すが?」
「だからそういう問題じゃないんです」
 けれどモーリスと同じくらい、アドニスも彼の片翼の動向全てに心臓を握られているのだが。
 知らぬは己のみ――否、互いのみ。
「何を怒ってるんだ?」
「別に怒ってませんって」
 頬に添えられた手に、くいっと優しい力が込められる。
 そのまま近づいてくるアドニスの唇に、モーリスは静かに目を閉じた。

 二人にとって貴重な休暇と旅行の時間は、もうしばらく続く。
 互いに気恥ずかしい気持ちをずっと秘めたまま。
 そして格別の幸福に満たされながら。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
観空ハツキ クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年07月23日

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