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『真空Kiss 』
ファム・ファム2791)&立花香里亜(NPC3919)

 夏の夜は、日が落ちるのが遅くてあまり星が見られない。
 特に東京では、夜も煌々と光が絶えないせいでなおさらだ。
「うーん、窓開けても暑い。やっぱりエアコンいるかな」
 梅雨の少し湿った夜空を見て、立花 香里亜(たちばな・かりあ)は、キャミソールにホットパンツ姿でパタパタと手で自分を扇いでいた。
 北海道から来た香里亜は、まだ東京の気温や梅雨に慣れない。
 特に夏の真っ直ぐな日差しと、カラッとした空気は北海道独特だ。紫外線が弱くなったのはいいが、湿気で気分も沈んでしまうし、洗濯物も乾かない。
 エアコンを買ってしまうと、それなしでいられなくなりそうなので、今のところ扇風機で頑張っているが、今年もそれで乗り切ってしまおうか。そんな事を考えていると、不意に目の前に緑髪の少女が現れた。
「こんばんはなのですぅ」
「こんばんは、ファムちゃん。今日は暑いですね」
 それは、天使のような羽を持つ少女、ファム・ファムだ。地球人の運命を守るために、ここに来ていて、香里亜もよく手伝いをしている。
 今日は一体何の用だろうか。
 事によっては筋肉痛になりそうな重労働をしたりするので、出来れば簡単な仕事がいいなと香里亜は思う。何故なら明日も仕事があるからだ。
「今日は何の御用ですか?明日はお仕事なので、肉体労働はちょっと……」
 座布団に正座をし直して香里亜が質問すると、ファムはにこっと笑いながら空を指さす。
「いえいえ、今日は別のお話なのです。香里亜さんはお星様とか好きですか?」
「ええ、そんなに詳しくありませんけど。でも、東京だとあまり見えませんよね」
「じゃあ、一緒に彗星を見に行きましょう」
 すいせい。
 唐突にそんな事を言われ、香里亜は色々な文字を頭に思い浮かべた。水性……いや、これは見に行くものじゃない。心の中で自己ツッコミをする。
「どちらの『すいせい』でしょうか?」
「ほうき星の方ですぅ。実はこれも香里亜さんにお願いがあって来たのです」
 どうやら地球の運命に関わることらしい。それなら断る必要がないし、協力したいのだが、彗星を見に行くって一体どこに。
「えーっと、これも地球の運命に関わる事なんですか?」
「はいなのですぅ。香里亜さんに協力していただかないと、未来が大変なことになるのですぅ」
 それは、ハリウッド映画のごとく壮大な話だった。
 巨大彗星の軌道がずれ、このまま行くといずれ地球と衝突する為、軌道修正の必要があるのだという。そういえば、そんな感じの映画をテレビでやっていたけっけと思いつつも、何だかすごすぎて現実感がない。まさか核弾頭を持って、彗星を爆破とかというわけではないだろうが。
「すごくスペクタクルですけど、運命を変えちゃっていいんですか?」
 それで地球が滅びるというのなら、それも運命の一つとしてありだろう。だが、ファムは笑顔で香里亜の前にちょこんと立った。
「大丈夫です。今回はイレギュラーな事象ですから」
 そう言うと、ファムは一生懸命地球科学レベルに合わせ、香里亜に説明してくれる。
「今回の事象はですね、地球で言えばカオス理論で……(理解不能)、故に原子運動の確率がですね……」
「はうぅ、何が分からないのかが分かりません……」
 多分ファムなりに、分かりやすく説明してくれるいるのだろうが、香里亜にはさっぱりだ。カオス理論とか言われてもそれが何を示すのかも謎だし、星が好きと言っても見れば綺麗だなとか、占いが気になるとかぐらいで、天文ファンの端くれですらない。
「ええっと、要するにファムちゃんと一緒に行けばいいんですよね?」
「そうなのですぅ」
 よし、それなら大丈夫だ。では早速……と立ち上がると、ファムは涼しげな格好の香里亜を見て、困ったことを聞く。
「では、香里亜さんの体重を教えて下さい」
「ちょっと待って下さい。心の準備が!」
 背が低く、胸も大きくない香里亜は無論体重は軽い方だと思う。だが、年頃の女の子としてほんのり体重には恥じらいもある。ファムにするとそんな悩みや恥ずかしさなど理解出来ないかも知れないが、友達でもなかなか聞きにくい質問だ。
「ファムちゃん、ちょっとこっちに来てください」
「はい?」
 口で言うより見た方がいいだろう。香里亜はファムの手を引っ張って脱衣所に連れて行き、体重計のスイッチを入れた。
「グラム単位で出ますから、見てください。内緒ですよ」
「はい。誰にも言わないのですぅ」
 機械が出した正確で残酷な数値を見て、ファムはむーうと、口元に手を当てて考える。
「うーん、1.5リットルのペットボトルが丁度二本あればいいんですけど、香里亜さん持ってますか?」
「ミネラルウォーターのペットボトルでもいいならありますけど」
「何でもいいのですぅ」
 毎朝ジョギングをしたりするので、ミネラルウォーターは常に箱で買ってある。それを二本抱えて、香里亜はまだ質問をする。今日は何だか聞きたいことがたくさんだ。
「あと、着替えとかしなくていいんですか?私何だか今日は涼しげなんですけど、宇宙服も着てませんし、この格好だと凍えちゃうとかないですよね」
「大丈夫ですぅ。ちゃんと力を貸すのです」
 キャミソールにホットパンツは、見た目にもかなり涼しい。だがやはり、ファムの力で宇宙服などは必要ないようだ。
「では、ひとまず一度亜空間に入って、空間を閉じてから彗星の上に乗りますね。直接宇宙に出ると、吸い込まれちゃいますから」
「うーん、彗星の上って人類未到の地ですね。ちょっと緊張かも」
「あ、その前に……」
 香里亜の目線までファムがふわっと浮き上がる。そして飴玉ぐらいの蒼い球を口に含んで割り、中の成分をキスと共に香里亜に流し込んだ。
「………!」
「これで真空・温度・宇宙線からの障害も防げるのですぅ」
 ファムの能力は、キスで一時的に能力を上昇させることだ。今回もそれだと分かっていて心の準備はしていたのに、流し込まれたのは初めてでやっぱりびっくりしてしまう。
「では、出発なのです」
 香里亜達の足下の空間が歪み、不意に目の前が暗くなった。

「……ここは太陽から地球の単位で約9.5天文単位(約14億?q)の距離を飛ぶ彗星の上なのですぅ。下手に宇宙を眺めていると、吸い込まれるような感覚に酔わない様に注意してくださいね」
「うわぁ……」
 まだ無人の宇宙船か、天体望遠鏡でしか誰も見たことのない景色。
 吸い込まれるというのは、果てがなさ過ぎるからなのだろう。上も下もなく、端は見えない。
「ここで私は何をしたらいいのでしょう」
 ペットボトルを二本抱えたまま、彗星の上にぺたりと座ってそう聞くと、ファムはふわっと浮かんで地面を指さした。
「香里亜さんは、ここにいて下さるだけでいいのですぅ。香里亜さん+水の重量が、惑星重力による軌道の微修正に必要なのです。しばしの宇宙旅行を楽しんでください」
 彗星というと、香里亜は何となくイメージとして人一人が乗るぐらいを想像していたのだが、実際はかなり大きい。
 それもそのはず、ぶつかれば地球に被害を与えるのに充分な、直径百?q超の巨大さ。表面は塵や岩石に覆われ、岩と砂の大地のようだ。
「彗星には8262秒滞在します。歩いても良いですけれど、ペットボトルは手離さないでくださいね。あと、表面からガスや塵がジェット状に噴出してる所がありますが近寄ると危険なのです」
「いえ、ここで見てるだけで十分です」
 プラネタリウムや、自分が見たことのあるどんな星空よりも広く澄んだ空。手を伸ばせば本当に触れてしまいそうなぐらい、色々な物が近い。ファムの「天使のキス」は、能力を伸ばせる時間がある程度決まっているので、時間が切れる前にまた先ほどと同じようなキスを繰り返す。
 しばらく乗ったまま空を見ていると、段々見たことのある何かが近づいてきた。
「あ、土星です。あの輪は宇宙の中でも綺麗で有名なのですよ」
「きれーい。テレビとかでしか見られないのが、こんな近くに」
 しかも輪や色までくっきり見えている。その景色に、香里亜は大喜びして手を叩いた。こんな景色、ファムと知り合っていなければ、絶対見ることが出来なかっただろう。
「こんな大きいのに、土星ってガスなんですよね。ああ、こんな事なら天文部とか入っていれば良かったー」
「何でも聞いて下さい、お友達ですから」
 嬉しそうにそう言ったファムが、はっと何かに気付いて口をつぐむ。
「必要ないんですよね。エヘヘ」
「もーう、ファムちゃん可愛いなぁ」
 照れくさそうに笑うファムを、香里亜は思わず抱きしめてしまう。最初は地球のことなども知らなくて、友達という意味もよく分かっていなかったようだが、最近理解し始めたらしい。
 可愛いと言われたファムも何だか嬉しそうだ。
「実は土星は、水に浮かべられるぐらい密度が低いのですぅ。太陽系の惑星の中で、今のところ一番密度が高いのは、地球なんですよ」
「そうなんですか?」
 土星や木星がガスなどで出来ているというのは、テレビなどで見たことがあるが、地球が一番密度が高いとは。だからこそ人間などがいるのだろうか。
 彗星はゆっくりと土星の近くを通っていく。すると六角形に近い雲が見えた。
「あれは何ですか?」
「あそこは土星の北極にあたるところですぅ。今は地球から見えませんが、そのうち見えるようになりますよ」
「不思議ですねー。土星って言うと、どうしても私は占いとか思い浮かべちゃいます」
 他にも「ドラゴン・ストーム」と呼ばれる不思議な嵐の事や、土星の衛星が今のところ地球から62個見つかっていることなども、ファムは香里亜に話してくれる。
 本当は、ファムは土星の様々な謎の原因をを知っている。
 土星の惑星がいくつあるかとか、どうして北極で六角形の雲が出来るのかの理由も。でもそれは、今の地球人である香里亜が知ってはいけないことだ。
 知りたがったらどうしよう。
 ファムはそんな心配をしていたのだが、香里亜はそういう科学的なことよりも、とにかく土星や宇宙が綺麗だということに感動しているらしい。
「うーん、宇宙のロマンです。まだまだ宇宙には、私達が見たことのない綺麗なものがたくさんあるんでしょうね。土星を直接見たなんて、ちょっと自慢かも」
「でも皆さんには内緒なのですぅ」
「大丈夫ですよ。土星に行きました!って言ったら、暖かくして寝ろとか言われちゃいそうですし」
 信じてもらえるとは思わないが、念には念を入れた方がいいだろう。
 彗星の上を少しだけ歩きながら、香里亜は何か気付いたように立ち止まる。
「そういえば、これって彗星なんですよね」
「そうなのですぅ」
「でも、彗星の尾がありませんよ」
「もっと太陽に近づいてからです。ご存知ですか?彗星は尾が二本できるんですよ」
 二本の尾は、塵等が飛ぶダストの尾と太陽風によるイオンの尾だ。だから太陽の影響がまだ遠いここでは、尾が出ない。
「えっ、彗星って二本も尾があるんですか?始めて知りました」
「そうなんですか?」
「はい。まだまだ宇宙には謎がいっぱいですね」
 そう言うと、香里亜はファムと並んで土星を見た。冥王星が準惑星になったのが、ちょっと納得いかないとか、星占いの話とかの他愛ないことや、地球から土星を見ると輪の見え方が違うこと、土星の公転時間が地球時間で換算すると29年167日飛んで6.7時間という壮大な話まで、二人きりで色々なことを話す。
「私が今ここにいるのが、地球に届くのは何年後なんでしょうね……この彗星もいつか見つかって、ニュースになるのかな」
「それはまだ秘密なのですぅ」
 それぐらい、地球からずっとずっと遠くに自分たちがいる。
 ペットボトルを抱えたまま、香里亜は目を細めて土星を眺めづけていた。

「お疲れ様でしたー。地球に到着でーす」
 たっぷり宇宙観光を楽しんで、香里亜はファムと一緒に自分の部屋に戻ってきた。そういえば、彗星の上ではファムの力であまり暑さや湿度を感じてなかったのだが、帰ってくるとやっぱり蒸し暑い。
「うーん、でも地球が一番」
 ペットボトルをテーブルに置いて香里亜が伸びをすると、ファムもそれを真似して伸びをした。
「そうなのですぅ。なんてったって、私は地球人の運命を守る、大事な大事なお仕事をするためにここに来てますし、地球には香里亜さんもいるのです」
 にこ。
 ファムが満面の笑みを見せ、香里亜はその頭を撫でる。
「今日はありがとうございました。ゆっくりおやすみください」
「いえいえ、いい物を見させてもらっちゃいました。また何かあったら来てくださいね」
 自分があそこにいたことで、どれだけ地球に影響があるのかは分からないが、こんなお願いならまたやってみたいぐらいだ。
「では、また来ますねー」
 手を振り空へと消えていくファムを見上げると、星がいくつか見えている。
 その中に土星はあるのだろうか。香里亜はそんな事を思いながら、いつまでも空を見上げていた。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
彗星に乗って土星見物(実際は地球の運命を守るため)ということで、こんな話を書かせていただきました。
天体の話は香里亜共々さっぱりなので、自分の目で見ている感動などが前面に出た感じの話になっています。ファムちゃんは宇宙の果てとか、惑星の数とかは全て知っているのでしょうが、それをかわしつつ頑張って香里亜に話してもらいました。
今回はタイトルを「運命の…」ではなく、別の物に変えてみました。香里亜が乗っかったことで地球の危機は去ったのでしょうか?
リテイク、ご意見がありましたら遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年07月20日

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