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『『花火』 』
御柳・狂華2213)&御影・蓮也(2276)&(登場しない)


 狂華の彼は年上。
 6歳年上。
 18歳。
 大学生。
 狂華は12歳。
 中学生。
 6歳、年下。
 愛に歳の差は関係無いわ。
 ―――そう言えるほどの自信は、蓮也と同じ歳の女性を見ていると正直………揺らぐ。
 彼女たちの履いているヒールの高い靴は、大人の女性の証。
 前にそれが悔しくってヒールの高い靴を履いてみた。
 頑張ってそれを履いた結末は無残にも血豆が出来た足と、ヒールが折れてしまった買いたて新品のその靴。
 頑張って化粧してみても、唇に引いた口紅が精一杯。
 鏡の中の狂華は化粧をするに連れて、ただ見っとも無い顔になっていくだけ。
 化粧の仕方も知らない。
 化粧を施す事も出来ない幼い貌。
 それが蓮也の周りに居る6歳年上の女性たちと狂華との違い。
 決定的な差。



 6歳の歳の差を埋めるものが欲しかった。
 月の無い夜を星が埋め尽くして星月夜を成すように。
 月の無い夜空を飾る星々が、月のある空に勝るとも劣らない美しい夜空を織り成すように。
 そんな魔法を狂華もかけられたかった。
 醜い灰被りの女の子が、硝子の靴の似合うお姫様になったように。



 商店街のショーウインドウに映るふたりの姿が嫌いだった。
 そこに映るのは大人と子ども。
 よくて兄妹。
 とても恋人同士には見えないふたり。
 まるで意地悪な魔女の瞳。
 魔女の瞳に映るのは意地悪な光景ばかりだから。
 灰被りの女の子に綺麗なドレスと硝子の靴を届けたのは、彼女がお母さんのお墓の前に撒いた豆を食べに来ていた鳩たち。近年語り継がれる彼女の物語の様に優しい魔女は本当の彼女の物語には登場しない。
 魔女は何時だって意地悪な存在。
 けど、それでも魔女は、意地悪ながら物語の主人公にチャンスをくれる。
 たとえば人魚姫。
 意地悪な魔女の瞳かのような商店街のショーウインドウには、花火大会のポスター。
 狂華に魔女の魔法がかかった瞬間。
「これ、行こうよ」



「これ、行こうよ」
 ショーウインドウ嫌いの狂華が指差したポスターは商店街主催の花火大会のポスターだった。
 近所の川原で催される花火大会。
 別に断る理由は無かった。
 寧ろ、先日、大学の基礎ゼミで一緒の女の子と並んで歩いているところを見られてから、様子のおかしかった狂華の機嫌が直るのなら、何でもしたい。
 空に虹をかける魔法も、
 死んでしまったメンバーを蘇らせて、再びバンド演奏をしてもらう魔法も、
 できないけど、
 それでも違う魔法なら、
 狂華が見せ始めた笑顔を守るための最大限の努力をするという魔法なら使えるから。
「ああ、じゃあ、一緒に行こう」
 揺れた赤い髪の下で咲いた笑みはあどけない花のようだった。



 買ったのは襦袢を着れば着物としても着られる浴衣。
 帯びも新調したので、12歳には痛すぎる出費。
 それでも背伸びしたかったの。
 女を一番美しく、そして艶やかに見せる黒に紅い蝶をあしらった浴衣。
 それを着て、そうして化粧。
 三面鏡に映る狂華の顔に化粧をしていく。
 黒の浴衣が狂華にかけた魔法が、いつもは躊躇うような大人びた化粧をさせてくれる。
 そこに居る狂華は、狂華がまだ見たことの無かった未来の狂華。6年後の狂華。



 高いヒールは履けないけど、浴衣に合わせて買った右近(歯の無い下駄)がアスファルトを叩く音を奏でている。
 それは蓮也に会うまでは嬉しい音色だったのに。
 蓮也と会ってからは訳のわからない音色。
 ただただ訳がわからなくって、怯えた音色。
 蓮也と会うまでは自分のこの姿が嬉しかった。
 大人びた格好。
 綺麗に化粧をした狂華。
 背伸びした女の子の精一杯の愛情表現。
 綺麗になりたいのは蓮也のため。
 一生懸命背伸びして、頑張って綺麗に成長するから、狂華よりも年上の女なんかになびかないで。
 狂華だけを見ていて。
 狂華だけの蓮也でいて。
 誰にも奪わせない。
 触れさせない。
 狂華だけの蓮也。
 女を艶やかに見せる黒や、浴衣を選んだのは、蓮也の隣に立っても子どもなのが気にならないようにするためだったの。
 狂華はそういう風が良かったの。
 この恋が苦しかったんじゃない。
 6歳の差が苦しかったんじゃない。
 ただ苦しいのはこの胸の痛みだけ。
 肺を掴まれた様な息苦しさは、狂華がまだ12歳の子どもなのが、蓮也には物足りないような感じがして、あまりにも6歳差が遠くに感じられるような事が苦しかったの。怖かったの。
 だから黒。
 だから浴衣。
 だから化粧。
 背伸びして、蓮也と何の気兼ねも無く並んで歩きたかったの。
 この今の狂華なら、蓮也とだって並んでショウウインドウに映れると思ったから。
 蓮也と会う前は、そんな気持ちが右近がアスファルトを叩く音にたくさん出ていた。
 軽やかにしずしずと歩く狂華の奏でる音色がたくさんの幸せな音色に聴こえた。
 だけど狂華の事も見ないで、先を歩いていく蓮也の背中を追いかける狂華の履いている右近が奏でる音色はただ必死に置いていかれないように蓮也を追いかけるだけの音色だった。
 哀しい音色。
 嬉しい色なんて少しも無くて、ただ蓮也に置いていかれる事を怖がって、怯えているだけの音色。
 想像していたのと、
 希望に胸を膨らませていた音色と、
 全然違う音色。
 こんなの、狂華が聴きたかった音色じゃない。
 どんどん先を行ってしまう蓮也の背中は遠くって、
 その背中を追う右近が奏でる音色をもう聴きたくなかった狂華は、追いかけるのをやめてしまった。
 遠かった蓮也の背中が、人込みの中に消えた。



 狂華が遠くに感じた。
 知らない娘のように感じた。
 恥ずかしかった。
 怖かった。
 置いていかれるような気になった。
 これまで見てきた狂華のどの表情とも違うその表情を見せられて。
 だから守りたかったはずのその表情を、自分が守れていなかった事に気づかされた時には、頭を鈍器で殴られたようだった。
 魔法を使えなかった。
 狂華は居なくなっていた。
 一体何時どこではぐれた?
 それすらわからない自分が許せなかった。
 自分の事だけで一杯になって、6歳も年下の娘を気遣ってあげられない自分が嫌になった。
 人込みを掻き分けて、
 花火会場の見物人の中を走り回っても、
 狂華の事を見つけられなかった。
 帰ってしまったのだろうか?
 狂華の家に行きかけて、途中で携帯電話で話している人を見て、初めてそれの存在に気付く。
 俺は携帯電話を取り出して、呼び出した狂華の電話番号に電話をかけた。
 ワンコールで繋がる。
 ほっとしたのも束の間、聴こえてきた声は合成音に近い女性の声で、狂華が電話に出られない事を報せてくる。
 つまり、着信拒否設定に俺の電話番号が登録された、って事。
 どうしたらいいかわからなくって、額を覆う前髪を掻きあげた。痛む頭の上で、花火が一つあがる。
 夜空に咲いた大輪の火の花は、だけどどうしようもなく寂しげに見えた。
 


 着信拒否設定に登録してても携帯電話には蓮也から電話がかかってきた事が表示される。
 頭上で咲いた花火が、哀しい。
 狂華は、蓮也にメールをした。
 ―――見つけて。
 そう短く、一文。
 火の花が咲く、夜空の下で、狂華は口笛で歌を歌った。



 見つけて―――
 そう届けられた一文。
 居場所の書かれていない声。
 でも、声ならずっと聴こえていた。
 だからその声を追って行った。
 風が運ぶ火薬の匂いと一緒に狂華の声も届けられていた。
 川原で、
 草の上で、
 下駄をそれぞれ手で持って、裸足で立つ狂華は、俺を見つけると、微笑んだ。
 傾げられた顔が、
 揺れた前髪の下の顔が、
 さっきまで泣いていた事が丸わかりの顔が、
 微笑んでくれたんだ。
 泣かせたのは俺なのに。
 置いていったのは、
 酷い事をしたのは俺なのに、
 魔法を忘れてしまっていた俺に、狂華は笑ってくれたんだ。
 ――――――。
 狂華を両腕に抱いた。
 ぎゅっと強く、彼女の細い身体が折れてしまいそうになるぐらいに強く、抱きしめた。
 そうしないとこの華奢でか弱い彼女の身体が、狂華の存在が、この世界から消えてしまいそうに思えたから。
 腕の中で狂華が言った。「もっと強く抱きしめて」
 抱きしめ続ける狂華の身体から彼女の体温が伝わってくる。俺の体温も狂華に届けば良いと思う。
 だから、体温と想いが伝わるように、狂華の唇に、唇を重ね合わせた。



 右近が奏でる音色は望んでいた音色だった。
 凄く嬉しくって、
 そしてちょっぴりと恥ずかしげ。
 今夜一番の魔法は、蓮也をたじろがせるぐらいに大人びた狂華になった事じゃなくて、狂華が普通のひとりの女の子に、幸せなただの女の子になれたように思えたこと。
 ううん。今夜だけは、そのままその魔法にかかっていたい。
 ただの普通の女の子として、狂華は蓮也の隣で、幸せに笑っていたい。
 そう祈る様に願う事を、狂華は許してもらいたかった。
 軽やかな音色は嬉しい音色。
 だけど足が痛かった。
 蓮也と手を繋ぎながら歩いているから、だからそれが伝わってしまわないように歩いていたのだけど、ふいに蓮也の手が優しく狂華の手を引いて、体重が右足から一歩前に出た左足に乗る瞬間に、狂華の身体は蓮也にお姫様抱っこをされた。
 直ぐ近い場所にある蓮也の顔が笑って、
 狂華は恥ずかしくなって、両手で顔を隠してしまう。
 くすくすと笑う蓮也の身体の振動は、蓮也の心臓の音色のように狂華に心地良かった。



 蓮也の家に帰っていく途中のコンビニで買った花火。
 最後に取っておいた線香花火。
 小さく咲く火の華が落ちてしまう瞬間に狂華にかけられた魔法が解けてしまうようで、それが哀しくって思わず泣きそうになってしまったのだけど、
 その落ちそうになった火の華が横から添えられた線香花火によって持ち直して、幸せの歌を歌う様が、すごく幸せだった。
 ねえ、蓮也。そうやって、狂華から魔法が解けそうになったら、蓮也は狂華を、助けてくれますか?
 蓮也を見て、心の中だけでその質問を口にした。
 小首を傾げた狂華に蓮也は唇を重ねる事で答えてくれた。
 線香花火の小さな音色が、唇を重ねあう大切で幸せな時間を飾ってくれた。



 END
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2007年07月20日

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