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『恋のおべんきょう 』
松浪・静四郎2377


 祭りの中、歩く人々――主にカップルを見上げながら嬉しそうにヒコボシは言った。
「ねえ、オリヒメ、捨てたもんじゃないわね」
 ヒコボシと同じように往来する人々を見上げるオリヒメ。だが、ヒコボシが何を見て嬉しそうな表情を浮かべているかさっぱりわからない。
「なにが?」
「決めた!」
 意気揚々と手を叩いたヒコボシによって、オリヒメの問いは完全に無視された。
「これも一つのべんきょうなんだから! よーし、がんばって探すわよ!」
「ど、どうしたの!?」
 戸惑うオリヒメを置いて、ヒコボシは厳しい目で人々――主に男性を見始めた。
 オリヒメの中でうっすらと答えが出始める。
「もしかして……それって……」
「恋のべんきょうに決まってるでしょ」
「や、やっぱり……」
 オリヒメにうなだれる暇などない。小さな体で人ごみを縫っていく姉を必死で追いかける。
 やがて、ヒコボシの足が止まった。視線が一人の髪の長い男性に定まっている。
 同じように足を止めたオリヒメは、一人佇むその人を見つめた。
「どうするの?」
 何かを思案している様子の姉に問いかける。
 にんまりと笑って、ヒコボシの手がポンとオリヒメの肩を叩いた。
「オリヒメ、わかってるでしょ?」
「えっ?」
「行ってくるの」
 だてに長く姉弟をやっていない。その一言だけで、ヒコボシが何を頼もうとしているのかオリヒメにはわかってしまった。
「わかったよ……」
 オリヒメはその人物に向かって歩いていく。
 姉の視線と期待を痛いほど背に感じながら、オリヒメは声をかけた。
「すみません」
「はい、何でしょうか?」
「あたしと一緒に祭りに行って」
 静かな声音で話す男性に答えたのは、オリヒメではなく、後ろから駆けつけたヒコボシである。
 名乗らないうえに、説明も足りないヒコボシの言葉に、慌ててオリヒメが付け加える。
「僕はオリヒメといいます。今、僕たちはこの星のことを勉強中で……ヒコボシは恋の勉強だって言って、あなたに一緒にお祭りに行ってほしいらしくて……ご、ごめんなさい」
 思わず頭を下げてしまったオリヒメだったが、男性の顔から笑みが崩れることはない。
「わたくしは松浪静四郎と申します。何事であれ、向学心を持つことは良いことです。わたくしでお役に立てますなら喜んで……」
「やったわね」
「ありがとうございます」
 静四郎からの快諾にぱちりと指を鳴らすヒコボシと、さらに深く頭を下げるオリヒメ。この反応の違いだけでも二人の強弱関係が垣間見える。
「ヒコボシ様は、優しい弟君をお持ちですね」
 恥ずかしそうにうつむくオリヒメを見て、ヒコボシは大きく頷いた。
「だって、あたしの弟よ」
「ええ、そうですね」
 心に何かが入り込もうとするのを感じ、微笑んだままの静四郎の目をヒコボシは覗き込む。
 背の高い静四郎は上体をかがめ、ヒコボシの突然の行動にわずかに首をかしげた。
「変わった目を持ってるみたいだけど、あたしには効かないわよ」
 離れているオリヒメには何のことだかわからなかったが、やがて、背を伸ばした静四郎は声音と同じようにゆっくりと静かに頷いた。
「このようなものでヒコボシ様のお心を動かせる、などとは微塵も思っておりません。人の心がそう簡単には動かぬことはよく知っております」
 ヒコボシも、オリヒメも、彼がわずかに見せた遠い目には気づかない。
「あたしはあたしの目で静四郎を選んだの」
 言葉の裏に、力に動かされる自分ではない、との自信も込めてヒコボシは言い放つ。
 わずかに目を見開いた静四郎だったが、やがて安堵したように微笑んだ。
「光栄です」
「じゃあ、行きましょ」
「……はい」
 オリヒメと違い、静四郎はヒコボシの機嫌を逆撫でするような受け答えをしない。やはり大人の男性は違う、と内心で満足しつつ、ヒコボシは静四郎と共に歩き出した。



 店が途切れる場所まで歩いたヒコボシは足を止め、隣に立つ静四郎を見上げた。
「どこに行くの?」
「あちらなど、いかがでしょう?」
 静四郎が指した先には、おどろおどろしい看板を掲げた小さな建物があり、中からは女性の悲鳴が絶え間なく聞こえてくる。
 二人の後ろに立っていたオリヒメが後ずさる。だが、ヒコボシは平然と看板を見上げ、
「あれは、なに?」
 と、同じく表情を変えることなく建物を見つめる静四郎に訊ねた。
「お化け屋敷です。このような時は定番と聞いたことがございます。生憎と詳しい理由は存じませんが、一緒に入ると親密度が増すそうですから、今回のお勉強にはよろしいかと」
「しんみつど?」
「簡単に言いますと……仲良くなれる、ということでしょうか」
 ふーん、と言いながら思案したヒコボシだったが、仲良くなれると聞いて使わないテはない。建物の入り口に向かって挑むように歩いていった。
「入るわよ」
 はい、と応じ、静四郎がヒコボシの後を追う。
「えっ……入るの?」
 姉とは逆に、オリヒメの足は完全にすくんでいる。
「オリヒメ様には申し訳ありませんが、出口でお待ち頂けますか?」
 オリヒメの怯えを察したのか、静四郎がすかさず言った。
 思わぬ申し出にオリヒメは明らかに安堵の息を漏らし、
「あ、はい」
 と笑顔でうなずいた。
 一人で中へ入ろうとするヒコボシの目の前に、大きな手が差し出される。
「なに?」
「手を繋ぎましょう。そうすれば、闇の中で見失うこともございませんし、何かあってもヒコボシ様をお守りすることができます」
 守られる必要などない、と断ろうとしたヒコボシだったが、意外と大きく逞しい静四郎の手と、まっすぐに自分を見つめる彼の目に、そんな反発心が薄れていく。少し緊張しながら、ゆっくりと自分の手を重ねた。
 包み込むように静四郎に握られたとたん、忘れ去られていたヒコボシの中の『女』が少しだけざわめいた。今まであれほどスラスラと出てきた言葉が、なぜか喉の奥から出てこない。
「痛いですか?」
 ヒコボシを覗き込んで聞いてくる静四郎の蒼い瞳。目をそらして、
「い、行きましょ」
 静四郎を引っ張ることでかろうじてヒコボシはいつもの自分を取り戻した。



「これは……」
「何が怖いって言うの?」
 簡単に作られた井戸から出てきた白装束の女性をまじまじと二人は見つめている。
 その後も二人は歩調を緩めることなく、淡々と出てくるお化け――らしきものをかいくぐり、ついに出口付近まで辿り着いてしまった。
「せっかく手を繋いだのですが……」
「無駄になった……」
 そこまで言ってヒコボシはあることに気づいた。手を繋いでいる状態があまりに自然だったので、今まで忘れていたのだ。
 大人の男性と手を繋いだことなどヒコボシにはない。自分と同じ大きさの手――オリヒメの手しか知らない。静四郎の手の感触がヒコボシを縛り付ける。
「ヒコボシ様?」
「な、なんでもない!」
 静四郎の手を振り払ってヒコボシは走り出した。
「オリヒメ、お待たせっ」
「オリヒメ様、お待たせして申し訳ありませんでした」
 背後から聞こえた声にヒコボシは驚いた。振り向くと、息を切らすこともなく静四郎が微笑んでいる。足音がほとんどなかったので彼が近づいていることなど、ヒコボシは全く気づかなかったのだ。
「静四郎さん、歩くの速いんですね」
 オリヒメは静四郎が本当に歩いていたことを知っている。
「軍人様方の傷に障らぬように、と救護院を歩くようにしていたら、いつの間にか身についておりました」
 こうもあっさり追いつかれてしまうと拍子抜けしてしまう。ヒコボシは呆然と、照れくさそうに話す静四郎を見上げていた。
 ふいに、三人の周りが暗くなった。祭りを彩っていた提灯の明かりが少しずつ消されていく。
「ああ、祭りが終わったのですね」
「僕たちもそろそろ行かないと……」
 静四郎とオリヒメが別れをにおわせる言葉を口にする。静四郎の手を振り払ってしまったことを謝りたいのだが、ヒコボシはどう言葉にすればいいのかわからなかった。
「ヒコボシ様、今宵はお付き合い頂きありがとうございました」
 付き合ったのは静四郎のほうなのに、という言葉をとっさにオリヒメは飲み込んだ。
「楽しかったわ」
 着々と進む別れの準備に不安になりながらも、ヒコボシはそう返すことしかできない。
「ええ、わたくしもヒコボシ様とご一緒できて楽しかったです」
 そう言って差し出された静四郎の手に、自分の手を重ねようとした瞬間、ヒコボシの心が詰まっていた言葉を押し出した。
「静四郎、ごめんなさい。あたし、初めて男の人と手をつないだからびっくりして……」
 続きが思いつかなくて言いよどむヒコボシの手を、静四郎の手がそっと引き寄せる。
「いつか、素敵な女性になられたヒコボシ様にお目にかかれること、楽しみにしております」
 攻めるわけでも、何故と問うわけでもなく、ただ静四郎の手と言葉は静かにヒコボシを優しく包み込む。
「あたし、きっと美しい女性になるから」
「はい、楽しみにしております」
「静四郎より美しくなるかもしれない」
「男性よりも女性のほうが美しいのは当然のことだと思うのですが……」
 少し戸惑い気味に返す静四郎。彼はどうにもまだ、自分の美しさを自覚していないようだ。だが、それこそが静四郎らしい、とヒコボシはふっと笑みをこぼした。
「では、ヒコボシ様、オリヒメ様、わたくしはこれで……」
 軽く会釈した静四郎が二人に背を向ける。
 歩く彼に合わせて揺れる蒼い髪を見送りながら、ヒコボシは決意を固めていた。


 美しくなるんだから、絶対に。
 今度は静四郎の星に落ちなきゃ――。



 ◇終◇





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━

◆◆登場人物一覧◆◆
【整理番号】PC名……性別/年齢/職業

【2377】松浪・静四郎 (まつなみ・せいしろう)……男/25歳(実年齢31歳)/放浪の癒し手
【NPC】ヒコボシ……女/外見年齢10歳/星の導き手
【NPC】オリヒメ……男/外見年齢10歳/星の導き手

◆◆ライター通信◆◆

初めまして、松浪静四郎様。
このたびはヒコボシのわがままにお付き合いくださってありがとうございます。
まず、最初に謝らなければなりません。ヒコボシをお化け屋敷に連れていってくださいましたが、お化け屋敷内での出来事をほとんど出せずに終わってしまいました。静四郎様もヒコボシもどうにもお化けを怖がってくれそうになかったので、このような形になってしまいました。
静四郎様のデータにあった設定を少しだけ作中で使わせていただきました。――が、これでも足りないくらいです。猛毒の台詞を吐く静四郎様、私の手で書いてみたかったです(笑顔で猛毒は楽しく書けそうで大好きなのです。笑)
性格設定で、恋愛に傾いていたヒコボシに対し、静四郎様は完全に仕事に傾いておられたので、ヒコボシの片思いのような形になりました。ですが、少しでも静四郎様のお心をときめかすことができていれば、私もヒコボシも報われます。
素敵なプレイングのおかげで楽しく書かせていただくことができました。設定を読ませていただくうちに静四郎様が私の脳内で動き出してくださったことも、早く完成させることができた要因だと思っております。
PL様のPCキャライメージを崩していなければ幸いです。

リテイクしてほしいと思われましたら遠慮なく言ってください。
ご意見やご要望、そしてご感想などありましたら、個室で案内しております[お仕事ブログ]や[OMCファンレター]などから聞かせてくださると、今後の創作の励みになります。
ライター水月への発注をありがとうございました。
今後、ご縁がありました時は、またよろしくお願いいたします。

 ◇ 水月 ◇
PCゲームノベル・星の彼方 -
水月 クリエイターズルームへ
聖獣界ソーン
2007年07月19日

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