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『お好み焼き定食の是非 』
矢鏡・慶一郎6739)&ナイトホーク(NPC3829)

「次の休みの日の、朝十一時に迎えに来ますから」
 夜の蒼月亭でカフェオレを飲みながら、矢鏡 慶一郎(やきょう・けいいちろう)は、カウンターの中にいるナイトホークに唐突に切り出した。それを言われたナイトホークは、煙草をくわえたまま目を丸くしている。
「何か封筒とか来てたっけ?」
「メールで今度の休みに、仕事抜きで昼でも食べに行こうと言ったのは、そちらですよ」
 まあ誘った理由はそれだけではない。色々と差し向かいで話したいこともあるからだ。
 メールでも話は出来るが、それだとどうしてもタイムラグが出てしまう。そしてそのうち話したいことがぶれてくる。出来ればお互い顔が見えるところでやりとりしたいというのが、慶一郎の持論だ。
 メール、と言われたナイトホークも何か思い出したように軽く頷く。
「ああ、りょーかい。じゃ、俺が知ってるお好み焼き屋に案内するよ。半額券あるし」
「思い出して頂けて良かったです。コッツェブー曰く『友情は瞬間が咲かせる花であり、そして時間が実らせる果実である』……私は貴方のことをいい友人だと思ってますが、一方的に咲くだけでは寂しいですからね」
 くすっと笑いながら慶一郎が大げさに肩をすくめると、ナイトホークが喉の奥で困ったように笑った。
「どうでもいい相手を飯に誘うほど、俺も酔狂じゃないな」

 そして日曜日。
 慶一郎はナイトホークと一緒に一軒のお好み焼き屋に来ていた。ここは蒼月亭によく来る常連の実家だそうで、彼のことは慶一郎も知っていた。
「あ、何だ、知り合いだった?」
「ちょっと仕事で会ったことがありましてね」
 その辺りはちょっとこれから話すことにも関わるので、はぐらかした方が良いだろう。食事前にきな臭い話をして飯が不味くなるのは嫌だし、どうせそのうち分かる。
「いらっしゃい。ご注文何にしはる?」
 この店の息子だという、少し背の低い少年がエプロン姿で注文を取りに来る。ナイトホークはメニューを見ながら、店名でもある「みやこ焼き」……色々入ったミックス玉らしい……と、ビールを一本注文する。
「マスターはみやこ焼きとビール一つで。グラスは一つでええのん?」
「いや、二つくれ」
「そっちのお客さんは?」
「私は……お好み焼き定食を」
「はい、お好み焼き定食なー」
 まあ昼時だしこんなものか。そう思い目の前に座っているナイトホークを見ると、何だか信じられないような物を見るような目をしている。
「どうされました?」
「矢鏡さん、お好み焼き定食って、それおかずに飯食うの?」
 ああ、なるほど。
 どうやらナイトホークは、関西方面の生まれではないようだ。熱された鉄板に油を敷きながら慶一郎はなにげにこう言う。
「私、生まれは関西でしてね……」
「いや、関西でもそれはカロリーの爆弾だろ」
「商店街に、必ず一つはたこ焼きかお好み焼きの店があるんですよ」
「人の話を聞けよ。いや、好きずきだから別にいいけど、直に食う奴、あいつ以外に二人目だ」
 そう言うと、ナイトホークは注文を取りに来た少年の方を見た。確かに彼も関西弁が残っている。
「大阪方面では割と普通なんですがね……」
 この問題に関して、受け入れられるかどうかは宗教問題並みに根が深い。
 慶一郎からすると「お好み焼き定食」は子供の頃から普通になじみ深かったが、炭水化物と炭水化物のメニューに抵抗がある人もいるだろう。それを言うと、焼きそばパンはどうなんだとか、関東はうどんの出汁が醤油で黒いとか、おでんの具の「すじ」がどうして牛すじじゃないのかとかの問題にまで発展しそうなので、慶一郎はお好み焼き定食に関しては取りあえずメニューにあればそれを食べるし、なくても異を唱える気はない。
 するとお盆にお好み焼きのタネや、ご飯などを乗せてきた少年がナイトホークに向かって笑った。
「ほんまに関西だと普通やし。大阪風フルコースって感じやね。ごゆっくりどうぞー」
「そやそや、お好みなんぞあったら関西弁出てまうっちゅうねん」
「……本当に関西生まれなんだな、矢鏡さん」
 タネを大きなスプーンで下から混ぜながら、ナイトホークが感心している。それに苦笑しつつ慶一郎も同じようにタネを混ぜ、鉄板の上にそれを流した。
「いや、最近やっとカタコトの標準語を喋れるようになりましたがね……」
「俺、矢鏡さんってずっとこっち方面だと思ってたよ。全然関西ってイメージない」
「最初は英語より難しかったですよ。ほんまにほんま、嘘ちゃうで」
「お好み焼き定食で、何となく理解した」
 タネを鉄板に流したら、後は無闇につついてはいけない。良い香りがしてきたら少し裏を見てひっくり返し、後はいい具合になるまで待って、焼けたらソースとマヨネーズ、鰹節をたっぷりと。もちろん歯に青のりが付くからといって、それを省くなどなど言語道断だ。
 お好み焼きについて慶一郎が熱く語ると、それを聞いていたナイトホークが何かに気付いたようにじっと慶一郎の顔を見る。
「あのさ、お好み焼きはヘラで食うんだよな」
「当たり前や」
 すっかり関西弁になっている慶一郎。
「じゃあ、お好み焼き定食の飯とみそ汁は何で食うの?」
「箸に決まっとるやん」
「食いにくくねぇ?」
 ……沈黙。
 じゅーじゅーと美味しそうな匂いと、湯気だけが立ち上る。
 キルケゴール曰く『しばらく二人で黙っているといい。その沈黙に耐えられる関係かどうか』という友情に関する格言があるが、何というかお互い黙々と自分のお好み焼きの裏の焼き具合など見てみる。
「……あ、うん。何かごめん」
「いえ、こういうのは文化の違いですから。それはそうと、最近北海道から妹夫婦がこちらにでてきましてね」
 話題を変えよう。慶一郎は、今年の春に東京に越してきた妹夫婦の話をすることにした。それで空気が変わったのか、ナイトホークもソースを刷毛で塗りながら顔を上げる。
「ああ、矢鏡さん妹いるんだ。北海道なら話し合うかもな」
 ナイトホークが思い浮かべているのは、蒼月亭の従業員の少女のことだ。彼女も北海道なのか、と思いつつ、慶一郎は話を続ける。
「妹はウチのチビを可愛がっているものでして……おそらく蒼月亭のほうにも、毒饅頭持って挨拶にきますよ」
 蒼月亭では慶一郎の息子もアルバイトをしている。妹がこちらに越してきたことで、何だか更に家族ぐるみの付き合いが深くなりそうだ。
 毒饅頭と聞き、ナイトホークがクスクスと笑う。手みやげの意味なのだろうが、それで何となく関係が見えるから不思議だ。
「毒饅頭って……妹さんどんな人?」
 ヘラでお好み焼きを切り分け、慶一郎は溜息をつく。
「まあ、美人の部類には入るんでしょうが、私は苦手でして……」
「そりゃ、矢鏡さんの妹さんなら美人だろ」
 褒められても素直に喜べないのは何故だろう。慶一郎は引っ越しの手伝いをしたときのことを思い出し、みそ汁を啜りながら呟いた。
「会うと説教されるんですよ」
 ちゃんと息子の生活には目を向けているかとか、寮や学校任せにしているのではないのかとか、ちゃんと家に帰っているのかとか、思い出すだけで胃が痛い。
 だがナイトホークは熱そうにお好み焼きを口にすると、何だか楽しそうに慶一郎を見た。
「全く口きかないってよりはいいじゃん。それだけ心配されてるんだろ」
「心配はいいですが、三十路越えでの説教は、耳にタコができそうですよ」
「ふーん、俺そういう親族いないから羨ましいけどな」
 そういうものなのか。お好み焼きと一緒にビールを飲み、慶一郎はつい遠くを見る。
「……よろしかったら、熨斗つけて差し上げましょうか?」
「それそのまま妹さん来たときに言っていい?」
「それは勘弁して下さい」
 そんな事を言われたら、床に正座させられて説教されそうだ。対心霊テロリスト部隊のエースである慶一郎が、敵わない相手の一人である。
 何気なくビールを飲んだり、ご飯のお代わりをする慶一郎にナイトホークが退いたりしているうちに、ふと会話が止まった。
 ナイトホークがポケットからシガレットケースを出し、逆側を口にする。両切りのゴールデンバットを吸うときの癖らしい。
「……ああ、この前のMP3、ちゃんと受け取ったよ」
 それはナイトホークとのメールでやり取りしていた話だ。
 鳥の名を持つ者達……それに関する事と、旧陸軍に関する資料が欲しいというメールをもらった慶一郎は、1950年代からの資料をMP3プレイヤーに入れ、部下に命じて忘れ物として置いてこさせた。ちゃんとそれはナイトホークの元に行ったらしく、慶一郎も煙草を出して火を付ける。
「当たりはありましたか?」
 無作為に入れはしたが、おそらく向こうもそう簡単に足を残すようなことはしないだろう。ただ、慶一郎としては旧陸軍が、何の理由で鳥の名を持つもの達を研究していたのかが気に掛かる。
 今は国の機関となっている防衛省だが、もしその残党が何処かに残っていたら、それは一つの国家としての危機に関わる。その為にも不透明のまま放っては置けない。人が人を使って実験をするなど、許されてはならないことなのだから。
 ナイトホークが鉄板に目を伏せ、首を横に振る。
「いや、資料が膨大すぎて、まだ全然見切れてない。今のところ当たりはないな」
「そうですか。もし私が調べられそうなことがあれば、調べてみますが」
 一人で探れる情報には限界がある。
 少なくとも慶一郎はナイトホークを友人だと思っているし、助けたい。それに鳥の名を持つ者達に関しても、慶一郎は関わってしまった。政治家を狙った人体発火事件……そこにいた赤毛の少女が、自ら己の身を焼いたあの光景は、慶一郎の脳裏に生々しく残っている。
 あの事件は、始まりに過ぎない。
 結局汚職事件に関しても、深く関わった者達が死んでいるということで、幾人かが辞職するということで終わってしまった。国じゃなくても、力のある政治家がそれに協力していたら。そしてその者が、国のトップに立ってしまったら……そう思うと空恐ろしい。
 紫煙を見つめながら、ナイトホークがぼそっと呟く。
「鳥……俺もどれだけ残ってるか分からないんだ。ただ、今になって急に話が出始めたのは確かだ。それが何を意味するのかは分からないけど」
「願わくば、貴方に関係ないことならいいんですが」
「どうだろうな。研究所から思い切り逃げたのは確かだから、向こうもはいはいと放って置いてくれないだろうし。わざと名を残してるようで引っかかるんだ」
 その通りだ。大正時代に研究所が火災で焼失した後、ずっと公式に名が残っていなかったのに、何故今になって甦ってきたのか。まるで何かが引き金になったかのようなその動きに、慶一郎も不気味な物を感じる。
「……鳥の名、ですか」
 ネットゲームに巣くっていた少年。見た者が自傷に走るDVD。人体発火を引き起こせる少女。そして、不老不死のナイトホーク。
 それら全てが鳥の名と一つの研究所で繋がっている。
 煙と共に溜息をついた慶一郎は、吸っていた煙草を灰皿に押し当てた。
「まあ、飯が不味くなる話ですな。この話はここで終わりにしましょう」
 どうせそのうち、向こうからまた出てくるだろう。それが友好的な相手かどうかは分からないが、その時に相見えればいいだけだ。
 慶一郎が笑って空いたグラスにビールをつぎ足すと、ナイトホークも煙草をくわえたまま笑う。
「まあ、もし俺に何かあったら助けてよ。俺、死なない以外芸がないから」
「芸ですか」
「能力って言うにはお粗末だな。それに俺、自分じゃ敵わない相手だとキレて戦闘人格入るらしいから、もしかしたら一緒に何かする時に迷惑掛けるかもしんないし」
 それは覚えておこうか。
 慶一郎はあえて返事をせず、奥に向かって追加注文の声を掛けた。

「……でさ、食い足りないのいいけど、なんで定食頼むの?」
「一緒じゃないと食べた気がせんねん」
 で。
 気分を変えようと、ビールと一緒に二人で半分ずつお好み焼きでも突かないかという話になり、慶一郎が頼んだ「お好み焼き定食」に、ナイトホークが文句を言う。それに慶一郎はメニューを指さしながら、如何にお好み焼き定食がリーズナブルで良いものかを力説し始めた。
「ええか?普通のお好みの一番安いので七百円やん。これにライスとみそ汁に漬け物までついて八百円。しかもお好みの大きさ変わらんのやったら、こっちの方がお得でええやないかい」
「じゃあ七百円のでいいじゃん」
「アホか、こういうのは心の問題や。ライスもんじゃが良くて、何でお好み定食があかんのや」
「俺はライスもんじゃも認めた覚えはねぇよ!」
 食文化の問題は、時として宗教問題より根が深い。もしかしたら研究所の謎が解ける方が、お好み焼き定食の是非について決まるよりも早いかも知れない。
「あんなぁ、定食に卵追加したら、鉄板でソース焼きめしも作れんねんで」
「いや……うん、矢鏡さんの好きにするといいよ。俺、酒はこだわるけど、食にあんまこだわってないってのよく分かった」
「聞き流さんとちゃんと聞きや。もう一回言うで……」
 お好み焼き定食について熱く熱く語る慶一郎に苦笑しながら、ナイトホークは美味しそうな香りをたてて焼けるお好み焼きを見てビールを一口飲んだ。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
NPC交流メールで話していた「一緒にお好み焼きを食べに行く」ということと、妹さんや研究所の話などが繋がった、ネタ振りノベルということで書かせていただきました。
食文化に関しては色々ありますね…関西でも食べる人と食べない人がいるらしく、本当に深くて広い川があるなとか思います。あまり湿っぽい話も何なので、主軸が「お好み焼き定食」になってしまいました。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年07月17日

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