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『ある少年のとある仮説 』
守崎・啓斗0554)&守崎・北斗(0568)&高峰・沙耶(自宅)(NPCA008)
●行かねばならないと思ったから
 それは6月某日のこと――守崎啓斗は弟の守崎北斗を家から連れ出して、とある場所へと向かっていた。時刻は夕方も近くなった頃、空は……いつ雨が降り出してもおかしくないくらいにどんよりと曇っていた。
「なぁ兄貴」
 啓斗の後ろをだらだらと歩いてついていっていた北斗が、うんざりした表情で声をかけた。
「……何だ」
 振り返らず答える啓斗。この後に続く言葉が何なのか、啓斗は分かり過ぎるほどに分かっていた。何故ならさっきから同じことしか北斗は言ってこないからだ。
「腹も減ったし帰ろうぜー。どこ行くんだって何度聞いても、ろくに答えねぇし……」
 北斗がぶつぶつと文句を言う。これでもう何度目になるだろうか。
「着けば分かる」
「そりゃ当たり前だろ。……ったく」
 一方的に啓斗に会話を打ち切られ、北斗は唇を尖らせた。この通り、北斗が行き先を聞いても啓斗は答えてくれないのである。
「あっ! とうとう降り出したかぁ……」
 そのうちに、ぽつりぽつりと雨が降り出したのを感じ取った北斗が顔をしかめた。今はまだ傘がなくとも問題ない程度だが、空の様子からして本降りになるのも時間の問題であろうと思われた。その時――。
「ここだ」
 啓斗がぴたっと足を止め、ぼそりとつぶやいた。急なことだったので、後ろを歩く北斗は危うく啓斗の背中にぶつかりそうになってしまった。
「助かった! 兄貴、早く中入ろ……」
 そう言って北斗は建物の方に目を向けたのだが、不意に言葉が止まってしまった。
「どうした?」
 北斗の異変を感じ取り、啓斗が振り返って尋ねる。
「……ここなのか?」
 尋ね返してくる北斗の視線は『まじで?』と訴えているかのようであった。
「ここだ。間違いなく……な」
 素っ気なく答える啓斗。2人が立っている場所、それは街外れにある高峰心霊研究所の前。言わずと知れた、あの高峰沙耶の居る洋館だ。
「ここに何の用があるんだよ、兄貴」
 怪訝そうな表情を啓斗に向け、北斗は尋ねた。少なくとも、北斗に思い当たる節はない。
「用か……」
 ぽつりつぶやいてから、少し黙る啓斗。そしてこう答えた。
「……そろそろもう、駆け出しの調査員とは言えなくなってきたからなのかもしれないな。俺も、お前も」
 そのまま啓斗は敷地内へ足を踏み入れる。
(だからこそ、あんな疑問も湧いてくるんだろう……)
 などと思う啓斗の表情は固かった。
「何考えてんだか……分っかんねぇな」
 北斗は首を何度も捻りながらも、啓斗の後に続いてゆく。
 ちょうどその時、雨足が強くなってきた――。

●そこは独特の空間
 さて。洋館……研究所内はやはりあの高峰が居るだけあって、独特の雰囲気に包まれていた。気のせいか、この中だけ時間が止まっているのではないかとも思えてしまうから不思議である。
 2人が通された部屋には窓はなく、2つの出入口がある他は、壁一面に膨大な資料が納められていた。いわゆるファイルの類はもちろん、書籍、ノート、はたまた羊皮紙の束なんて物まである。その光景に啓斗は半分気圧され、北斗は北斗で何も言わずに啓斗の背中を押して部屋の中心へとやろうとする始末。もっとも2人でなくとも、似たような反応を示す者は少なくないかもしれないが。
「…………」
 もう1度、無言で啓斗の背中を押す北斗。いつものふざけた様子はまるで見られなかった。
「お待たせしたかしら?」
 と、不意に女性の声が聞こえ、2人はそちらの方を向いた。いつの間にやら、もう1つの出入口から高峰が部屋に入ってきていたのだ。まるで気配を2人に気取らさせず。
「あ、いや、そんなことは……」
 啓斗はそう答えながら、高峰の姿を見た。いつものごとく肌も露わな黒いドレスをまとい、目を閉じた状態で啓斗たちと対峙していた。変わりないといえば何ら変わりない。
「……何か、お話があるそうね」
 静かに、高峰が問いかけてくる。それを聞いて、北斗が肘で啓斗の背中を突いた。言うことがあるのなら早く言え、とでも言うかのように。
「…………」
 しばし黙っていた啓斗は、小さく息を吸ってからようやく今回研究所に足を運ぶこととなった用件を口にすることが出来た。
「聞いてもらいたい謎……いや、仮説がある」

●少年の仮説、あるいは机上の空論
「仮説?」
 高峰が反応したのを受けて、啓斗はさらに話を続けた。
「ああ、仮説だ。虚無と……この研究所についての」
 真剣な眼差しを高峰に向ける啓斗。
「……面白そうなお話みたいね」
 高峰はそうとだけ言った。止めろとも言われてないので、恐らく話を続けてよいのだろう。啓斗は、頭の中にあった仮説を口から吐き出した。
「あちこちで事件に関わるようになり、色々と俺たちは知ることになった。それこそ、表だけじゃなく裏も……。そのうちにこう思ったんだ。実はこの研究所に納められる記録こそが、虚無を留めているのでは……と」
 今度は探るような視線を高峰に向ける啓斗。しかし高峰は表情を変えることもなく、啓斗の話に耳を傾けていた。
「だが、こうも言えるかもしれない。もし虚無がこれまで以上に浸食をしてきた場合、納められる予定の記録が減るだけでなく、ついにはその納められた記録さえも、いつか虚無に蝕まれてしまうのでは――」
 そこまで一気に言ってから、啓斗はぐいと北斗の腕を引っ張って高峰に見せた。
「つまり、俺がこいつに飯を作るのと同じだ」
 ここで言う『飯』とは啓斗の仮説における『記録』、すなわち世界の情報に相当するのだろう。それが切れてしまうと、世界は虚無に飲まれてしまう……啓斗はそのように考えたようである。
「なるほど。さて……」
 啓斗の話を一通り聞いてから、高峰が口を開いた。その瞬間、周囲の空気が何かすっと変わったのは果たして気のせいだったろうか。
「その答えを聞いて、どうするつもりなのかしら?」
 高峰が2人へ問いかけた。啓斗も北斗も視線が宙をさまよい……沈黙。
「……私に、何を答えさせたいのかしら?」
 高峰が再度問いかける。ややあって、啓斗が口を開いた。
「ん……ただ俺の疑問を聞いてもらいたかったんだ」
 啓斗はそうとだけつぶやいた。もとより、明確な答えが聞けるとは思っていなかったのだから。
「『苔の一念』という言葉を、あなたたちは知っているかしら?」
 不意に、高峰がそんなことを尋ねてきた。
「苔の一念、岩をも通す……?」
 啓斗のその言葉に、高峰は小さく頷いた。
「覚えておいて損はない言葉だわ。いつか、それを実感することになるかもしれないわ。あら……雨が上がったようね」
 明後日の方角に視線を向ける高峰。無論、この部屋に窓など存在しないのはすでに触れた通り。つまりこれは、暗に2人へ帰宅を促しているのであろう。啓斗はそれに素直に従うことにした。
「……謎は追う。これまで通り……時間の許す限りだが」
 踵を返し、入ってきた出入口から部屋を出てゆく啓斗。北斗もその後を追うが、ふと振り返って高峰に手をひらひらと振った。その表情は、きっと啓斗も見たことはないかもしれない大人びた苦笑であった。
 そして2人は洋館の外へ戻ってくる。
「あ。月が出てる」
 空を見上げ北斗がつぶやいた。行きの曇っていた空はどこへやら、2人の頭上には丸い月が浮かんでいた――。

【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
高原恵 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年07月11日

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