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『闇の婚礼 』
フィール・シャンブロウ(mr0341)



1.
 男は『花嫁』を探していた。
 男は今年で『大人』となる。
『大人』となったものは『花嫁』を得なければいけないというしきたりがある。
 ──しきたり、儀式。
 男はこれを快くは思っていなかった、『大人』になったこともだから嬉しくはなかった。
 だが、その歳となった瞬間、男の中にある本能がそれを求めた。
 花嫁を見つけ、儀式を行え。
 聞こえてくるのは男の声なのかそれとも同族のものたちのものか。
『花嫁』を見つけることは容易い。
 こちらへ導けば、それは必ず現れる。
 そしてすぐに『婚礼』の儀式は始まるのだ。
 ──闇の婚礼。
『花嫁』となったものを『贄』とする『大人』となったものがする定めの儀式。
 そんなものはしたくないと思いながらも、男は昏い声を歌うように紡いだ。
 その声に応えるよう、ぼうと鈍く光る扉が現れ、ゆっくりと扉は開く。
 開いた先には、ひとりの女性の姿があった。
 何処か、此処ではないものを見ているような虚ろな目をして。


2.
 まるで思考に霧がかかっているようで、いま自分の身に何が起こり、何が行なわれようとしているのかフィールにははっきりと理解することはできなかった。
 扉のようなものを潜った気がするのだが、それと同時に意識が暗く濁った。
 最後にはっきりと聞こえたのは、暗い声。
『花嫁が、来た』
(……そう、私は花嫁なのね)
 自分のものではないような意識で、フィールは虚ろにそれを理解し受け入れた。
 それ以外にフィールの取るべき選択はなかった。
 準備は、手際よく進められていた。
 しかし、フィールの周りに笑顔のものは誰ひとりいない。陰鬱な顔をしたものたちがしかし動きだけはぜんまい仕掛けの人形か何かのように手際よくフィールを『花嫁』へと変えていく。
 瞬く間に、フィールの仕度は整った。
 闇を切り取ったような黒のウェディングドレス、身につけているアクセサリは華やかな色をしているものはなく暗い紫の石で作られた首飾りなどがある。まるで何かに取り付かれているような虚ろな目をしている白い顔にはやはり暗い紫のルージュが引かれている。
 本来の花嫁とは真逆の妖しい美しさをたたえた『花嫁』がそこに立っていた。
 その自分の姿を見つめるフィールの目はやはり虚ろなままで己の姿をきちんと捉えているのかも怪しかったが、その表情がますます身に纏っている衣装と相俟って美しさを増している。
『……さぁ、式に』
 枯れ枝のように痩せた細い手が、『花嫁』の手を取った。
 虚ろな目のまま小さく頷き、フィールはその手に導かれその場所へ向かった。
 婚礼の儀式が行われる場所へと。


3.
 何かが足に絡まっているようなのろのろとした動きをする手に導かれながら(何故だろうか、その相手の姿は手以外まったく見えない)フィールが進んでいる先は、歩を進めていくほど一層暗く澱んだ空気の密度が増し、空には光など一切見当たらない。
 明かりと呼べるもの、光と呼べるものがまったくないにも関わらず、フィールの姿はその闇の中にぼうと浮かんでいた。
 闇の密度が濃くなると同時に、何処から現れたのか徐々に人らしきものの気配も増していく。
 人、だろうかとフィールは虚ろに思ったが、それは疑問という形を取る前に霧散した。
 姿ははっきりとは見えない。だが、視線は、目だけはフィールにも感じられた。
 視線は歩を進めるのに合わせて増えていく。
『……花嫁だ』
『花嫁……』
 陰鬱なまるで忌避するものに放つような暗い声がフィールの耳に届く。
 そんな視線といまだ己を導く手によって、フィールはその場所へと辿り着いた。
 暗い空、寒々とした空気、陰鬱な人の姿を辛うじて保っているようなものたちの群れ。
 その中心に置かれた、何百年も野ざらしになり続け忌まれた遺跡のように見える石造りの舞台。
 その舞台の上に、唯一姿を捉えることができるものが立っていた。
 相手もフィールをじっと暗い目で見つめている。
(あれが……花婿……)
 霞がかった意識でフィールはそれを理解した。
『さぁ、式を』
 その言葉が何処から放たれたものなのか、フィールにはわからなかった。
 途端、周囲の空気が変わる。しかし、それは陽気な変化では一切なかった。
 先程よりも暗い声、中にはすすり泣きさえも聞こえてくる。何を口走っているのか聞き取ることが難しい声は苦悶の悲鳴を押し殺しているものに聞こえなくもない。
 祝福された式がいまから行われる光景には到底思えないその場で、しかしフィールの目は虚ろなまま花婿に向かってゆっくりと歩き出す。
 ふたりを照らす明かりは何もない。それなのに、フィールと『花婿』の姿だけはその舞台中央に立ったときはっきりと映っていた。
 漆黒のドレスを纏っているフィールとは対照的に、まるで死に装束のような白い服を身に纏っている『花婿』の姿。
 なのに、『花婿』の顔は見えない。
 フィールに見えたのは暗く紅い目だけだった。
『儀式の……誓いの言葉を』
 ふたりしか見えない舞台の上から声が聞こえた。見えはしないが目の前にいる『花婿』の声でないことだけはフィールにもわかる。
 おぉ、と周囲がどよめいた。やはり、喜びの響きはない。
 その間に、式は始まる。指輪の交換などはない、ただ、誓いの言葉を紡ぐ式。
『汝は、この女を花嫁とするか』
 はい、と『花婿』は陰気な声で答えた。
『汝は、このものの花嫁となるか』
「……はい」
 虚ろな言葉がフィールの口から漏れたが、それは先程までの何の感情もこもっていないものではなかった。
 問いは更に続く。
 花嫁となり儀式を受け入れるか。花婿の血と肉と骨になることを誓うか。己の心臓を花婿へ捧げるか。
 到底婚姻の近いとは思われぬ、正気であれば耐えられぬような問いに対し、操られるように「はい」と繰り返していくうちに、徐々にフィールの目が暗い光を放ちだす。
『花嫁となるか』
 最後にまた声は聞いた。フィールの答えは最初からわかっていた。
「はい」
 おぉ、とまた周囲がどよめく。先程までとは僅かに違うのは、そこに喜びの(しかしそれはひどく冒涜的な)色が混ざっていたことだろうか。
『汝は花嫁となった』
 おぉ、とまた声があがる。
『誓いの口付けを』
『そして、花嫁としての任を果たせ』
 その言葉を合図に、ゆっくりと『花婿』がフィールへと近付いてくる。
 じっと目を見た。相変わらず『花婿』の姿は目と衣装しかフィールには見えない。
 何かが、自分の身体を抱き締めた気がしたが、しかしその感覚はとても人間のものとは思えない触れた瞬間身体中の肌が拒絶するようなものだったが、いまのフィールにはそれは嫌悪を呼ぶものではない。
 ゆっくりと、口付けが交わされた。しかし、それは婚礼で通常行われるものよりも濃厚なものだった。
 やはり、フィールはそれを受け入れる。その目には暗い喜びの光がある。
 口付けられたと同時に全身から暗く背徳的な喜びが沸きあがり、死人のように白く施された化粧の上からでもわかるほど頬が赤く染まる。
 瞬間、息ができぬほどの痛みが胸に走った。
 目を微かに見開き、フィールは己の身体を見る。
 胸に深々と刺さっているこれはナイフだろうか。
 それは、的確にフィールの心臓を貫いていた。
 普通ならば、もう死んでいるような痛みを感じながら、ゆっくりフィールの身体が石舞台の上に崩れ落ちる。
 周囲から声があがる。
 ゆっくりと、ナイフが抜かれていく感覚が生々しくフィールに伝わってくる。
『心臓を』
 その声に応えるように、再びナイフが振り下ろされ、そして、今度は確実にフィールの心臓を抉る。
 暗く冒涜的な喜びの声がフィールを取り囲んでいた。


4.
「───!」
 一瞬、呼吸ができなくなったかと感じたフィールは必死に起き上がり、胸に手を当てた。
 ひどく乱れた息と共に手を当てた部分がどくどくと普段より早い速度で脈打っているのを感じた途端、フィールは大きく息を吐いた。
 いまの夢は、いったい何だったのだろう。
 見たこともないような場所にいた自分、何故か自分は『花嫁』になっていた。
 しかし、あれは。
(あれが……結婚式だとはとても思えない)
 額に滲む汗を拭いながら、いま見た夢を思い出す。
 何かの(魔の)儀式だとしても、ひどく背徳的な光景が頭から離れない。
 夢だったのか、意識だけが何処かへ連れて行かれていたのか、どちらだとしてもその原因はなんなのか。
 自分の中に、あのような夢ないし現象を引き寄せるような要素があったのかと考えると、フィールの口の中に苦いものが浮かぶ。
 そう感じたとき、フィールの脳裏にあの光景が再び浮かぶ。しかし、今度は光景だけではない。
 自分を取り巻いていた空気、交わされたやり取り、花婿との口付け、そして……心臓を抉られるその瞬間まで。
 あのとき、自分が感じていた暗い喜び。
 それを思い起こした瞬間、フィールは全身の肌から粟立つほどの嫌悪を感じた。
 振り払うように頭を数度振り、ゆっくりと呼吸を繰り返す。鼓動はだいぶ落ち着きを取り戻している。
 夢占いの研究もフィールの専攻に含まれている。
 あの背徳的な感覚と嫌悪を忘れぬうちに、この夢のことを調べたほうが良いのだろうか。
 頭の片隅ではそう考えながら、フィールはそれに対して躊躇いもあった。
 それが呼び水となって再びあの世界へと招かれはしないだろうか。
 すぐに決める必要はないことだ。そう整理を付けてフィールは再び眠りに落ちた。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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mr0341 / フィール・シャンブロウ / 不明 / 女性

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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フィール・シャンブロウ様

この度は、当依頼(儀式、でしょうか)に参加していただきありがとうございます。
ダークで背徳的な雰囲気になるよう努めさせていただきましたが如何でしたでしょうか。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝
PCゲームノベル・6月の花嫁 -
蒼井敬 クリエイターズルームへ
学園創世記マギラギ
2007年07月06日

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