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『社長と私 』
龍宮寺・桜乃7088)&篁雅輝(NPC4309)

「桜をここに呼んだのは、僕の通訳を頼みたいからなんだけれど」
 篁コーポレーションの社長室に呼び出された私が、社長……篁 雅輝(たかむら・まさき)にそんな事を言われたのは、ある雨の日の午後のこと。
 ここに来たのは初めてじゃないけど、応接室よりは何故かこっちの方がリラックス出来る。ちらっと見ると雅輝さんの机の上には、出来上がっている連鶴なんか置いてあったりして。なんか向こうは隙がない感じで、私はちょっと苦手……。
「は?私が通訳ですか?」
 一体何を言われるのか、それとも怒られるのかと思ってドキドキしてたけど、いきなり通訳を頼むと言われたら、今度は別の方でドキドキしてきた。
 雅輝さんは椅子に座りながら、何だか楽しそうに私の顔を見ている。
「不満かい?」
「えー。いえ、不満だなんてそんな……」
 いや、私も雅輝さんが持っている個人組織『Nightingale』の一員でもあるから、命令には従うつもり……なんだけど、ぶっちゃけた話、雅輝さんと一緒の仕事は緊張するから苦手なのよ。それに通訳だけなら、あちこちで色々出来そうな人いるし。どうして私にお鉢が回ってくるの?
「でも、最近よく頼んでる金髪美人はどうなんです?」
 むふ。
 少ーし笑って、意地悪そうに雅輝さんの反応を伺ってみる。でも少し微笑みを浮かべた表情は全然変わる気配がない。
「その金髪美人が誰なのか、僕には全く覚えがないんだけれど」
 うわ、あっさり返ってきた。
 しかも会心の変化球を投げたら、軽くホームランを打たれた感じ。くうっ、金髪美人とか言ったら、少しは狼狽えるかと思ったのに。
 くす。
 今度は雅輝さんが少し笑って、さらっと言葉を返してきた。
「それに方言やスラングは、桜の方が得意だと思うけど?」
 よし、私の負け。
 勝てるとか思ってなかったけど、やっぱり今日もあっさりやられたわ。
 私は少し遠い目をして、訓練のことを思い出す。
「ええ、多分。酷い訓練で覚えさせられましたから……」
 うう、思い出したくない記憶だわ。
 Nightingaleの訓練は一種独特なものがあるけど、あの訓練は私の中でも黒歴史の一つ。だから記憶の奥にしまい込んでるのに、雅輝さんってばするっと引っ張り出しちゃうんだもんな。
 ふぅと一つ溜息をついて、私はしょうがなく頷く。
 うん、直接呼び出されて頼み事をされる時点で、断れはしないのよね。雅輝さんは「嫌だったら断ってもいいよ」って言うだろうけど、だったらNightingaleになんか入らない。
 だって、直接雅輝さん命令が出るって、結構すごい事よ。まあ、それでも私は普段通りにかわしたりしちゃうんだけど。
「分かりました。でも、通常任務と違うんですから、出来れば一つお願いが……」
「なんだい?」
 よっしゃ、この辺の融通の利き加減はありがたいわ。私は胸の前でお祈りをするように指を組んで、雅輝さんを上目遣いで見る。
「あのですね、研究所にあるたらこのぬいぐるみを、私にくれるよう説得して下さい。出来れば促販グッズもつけて」
「………」
 ……びみょーな沈黙。
 だって友達からのメールで、会社の研究所に白衣を着たたらこのぬいぐるみがいるって聞いてから、ずーっと欲しくてたまらなかったのよ。いや、買えばいいのかも知れないけど、私が欲しいのは新品じゃなくて、手作りの白衣着せられてるっていうたらこちゃんなの。
「……説得はしてみるけど、確実にあげられるって保証は出来ないよ。それでもいいのかい?」
「それでもいいです」
「分かったよ。面倒な通訳を引き受けてもらうんだから、出来るだけ交渉しておく。それにしても随分欲がないね」
 クスクス、と楽しそうに笑う雅輝さん。
 うーん、欲がないのかな。
 でもお給料はちゃんともらってるし、任務に就けば特別手当だって出るし、住むところは寮があって、食堂は二十四時間いつでも使える……って、こんな好条件の職場でこれ以上欲出したら罰当たりそう。神様なんて信じてないけど、私が神様だったら罰当てるわ。思いっきりど真ん中に。
「いえいえいえ、充分わがまま言ってますから」
 何かこのままこの話題続けてると、本当に罰当たりなことになるかも。肩をすくめて苦笑いした私は、机の上に置いてある連鶴に、今気付いたと言うように目を止めた。
「……っと、コレ折り鶴ですか。昔からお好きですね」
 連鶴折りは、雅輝さんが私達に見せる数少ない趣味の一つ。長方形などの紙に切れ目を入れたりして、基本一枚の紙からたくさんの鶴を折りだしていく。普段も暇があると作ったりしてるのかしら、結構器用よね。
「僕の数少ない趣味だからね。忙しくても作れるっていうのもあるけれど、既に手癖みたいなものかな」
 いやいやいや。普通は手癖で正方形の折り紙に切れ目入れて、鶴四羽も折ったりしないですから。ただ黙々と鶴だけを折るなら、手癖かも知れないけど。
 そのくちばしと羽で繋がった四羽の鶴……『風車』を見ていた私は、ふとあることを思い出した。もしかしたら鶴を折っている黄色っぽい和紙が、私の記憶の底からその項目を開かせたのかも知れない。
「そういえばじーちゃ……私の祖父も折り紙好きで、よく一緒に折ったなー」
 何だか懐かしい記憶。
 雅輝さんみたいに頑なに連鶴ばかりじゃなくて、じーちゃんが紙を持つとそこから色々な物が生まれたっけ。兜や帽子、定番のやっこさんや紙風船。
 でもじーちゃんの本領発揮はそれじゃない。
「祖父が折ると、生き物が今にも動き出しそうで昔は恐くて……」
 そう、それがじーちゃんのすごい所。
 その辺で売っている折り紙だけじゃなくて、高そうな和紙や千代紙、果ては新聞やチラシまで、じーちゃんの手にかかると色々な物に変わってしまう。
 でも、孫のために可愛く猫とかウサギとか花とか折ってくれればいいのに、じーちゃんってば時々カブトムシとか蝿とか折るのよ。
 しかも驚かせる気だったのか、それを私の靴の中とかに仕込むもんだから、子供の頃はドキドキしたわ。今でも、靴の中にリアルなサソリが入っていたことは、ちょっとしたトラウマよ。おかげで靴を履くときは、必ず中を確認する癖が付いたわ。
 やっぱり遠い目をする私に、雅輝さんはほんの少しだけ目を丸くした。
「桜は、もしかしてお祖父さんのことをよく知らないのかい?」
「何がですか?」
「あの方はその道では有名な人だったんだよ」
 はい?今何とおっしゃいました?
 ……ってちょっと待って、じーちゃんそんな人だったの?
「え?!そうなんですか?」
 思わずそう言いながら驚くと、雅輝さんは少しだけ溜息をつく。
「今手元にないし、既に絶版になっているけれど、折り図のついた著書もあったはずだよ。その様子だと、本当に知らなかったみたいだね」
「孫ですけど、初耳だわー……折り紙で有名?それって、凄いんだか凄くないんだか」
 いやー、案外身内でも知らない事ってあるものね。本出してたなんてのも、今初めて知ったわ。今度実家に顔出すときは、折り紙でも仏壇に供えようかな。
 つかじーちゃん、靴の中に折り紙で作ったサソリ仕込むぐらいなら、そっちを教えて欲しかったわ……。
「手先が器用な、悪戯好きの愉快な祖父だと思ってたけど……って、何ですか、その意味深な笑みは」
 何か知っていそうな目と、口元に浮かぶ悪戯っぽい笑い。
 そういえば雅輝さんが私の実家に来始めたって、十年ぐらい前だったっけ。確か高校に行ってて、実家の店のお客でもないのに家に来ては、じーちゃんと話をしながら折り紙してた。記憶力は自信あんのよ。いつ何をしてたかだって引っ張り出せるけど、そうすると招集がつかなくなるからやらないけど
「あ、まさか、たまーに家に来て祖父としてた折り紙って、ついでじゃなくてそれが目的?」
 若いのに骨董屋に来て、じーちゃんと話してるなんて珍しいとは思っていたけど、手元だけをクローズアップして思い出したら、話ながら何か折ってたわ。むう、灯台モトクラシー。
「そうだよ。僕は連鶴や変わり鶴ばかり折ってたけど、桜のお祖父さんはいつも一枚の紙から色々な物を折りだしていたっけ」
 ……じーちゃん侮りがたし。
 でも、子供の頃はじーちゃんが魔法使いなんじゃないかと思ってたのよね。紙さえあればどんなものでも作り出してくれて、それが何だか嬉しかったっけ。
 と同時に、何とか「参った、それは作れない」って言わせたくて、無理難題を言ったっけなぁ……ペンギンとか狼の動物や、テレビで見たペガサスやユニコーン。
 思いつくたび「これは絶対無理だろう」って思ってるんだけど、少し考えて紙を持つと、じーちゃんの手からは色んな物が生み出されて。
 何か懐かしくなっちゃった。
 私は雅輝さんの机の上にあった連鶴を手にとって、少し笑ってそれを見つめる。
「すごいですよね。基本一枚の紙で何でも作っちゃうんですから」
 そう言うと、雅輝さんも笑って頷いた。
「そうだね。僕が折る連鶴は『一枚の紙から作る』というルールは同じでも、紙に切れ目を入れたりするけど、君のお祖父さんは『切れ目を入れない一枚の紙で作る』事にこだわっていたね。長方形でも正方形でも、それだけは絶対変えなかった」
 ふーん、そうなんだ。
 そう考えたら、たかが折り紙って訳じゃないのね。何か奥深いわ……っと、それなら雅輝さんは知ってるはずだ。私は連鶴を机の上に戻してちょっと頷く。
「あっ、じゃあ雅輝さん、アレ知ってます?」
「アレだけじゃ分からないけど」
 いや、上げ足は取らなくていいです。雅輝さんってば、時々こうやって私のこと苛めるのよね。しかも言い返せないし、くそぅ。
 閑話休題。
「『昇龍』って名前が付いたじーちゃんの遺作です。今は実家の蔵なんですけど……」
 それはじーちゃんが最期に作っていた大作。
 一枚の長方形の紙から、天に昇っていく龍を折ったもので、出来上がりは結構な大きさになる。というか、小さな紙では複雑すぎて折れない。鱗やヒゲ、爪まで精巧に出来ていて、本当にそのまま天に昇りそうな迫力がある。
 そしてそれは、私がじーちゃんから折り方を教えてもらった、最後の作品でもあり。
「………」
 最近折り紙なんかやってなかったけど、久々にやってみようかな。あの大作なら渡しても恥ずかしくないし。私はじーちゃんが大事そうに折っていた指先を思い出しながら、にこっと笑う。
「よかったら、今度作って差し上げま……」
 そこで私は気が付いた。
 雅輝さん、何か険しい表情になってる。
「………」
 えっ?私何か変な事言ったっけ?
 さっきまで普通にじーちゃんや折り紙の話してたのに、どうしてじーちゃんの遺作の話でそんな怖い顔になるの?つか、その表情はたらこちゃんが欲しいって言ったときにするべきな気が……。
「……え、何でそんな恐い顔?」
「………」
  気まずい空気が何となく痛い。
 ちょっと待って、じゃすとあもーめんと。
 意味分からないし。雅輝さん怖いし。
 ねえ何か言ってよ、つか、じーちゃん何やらかしたのよ。
「えーっと……」
 通訳の話とか、たらこちゃんとかは頭の中からすっ飛んでしまって。
 それよりは、どうして雅輝さんがそんな顔をしてるのかとか、じーちゃんの遺作『昇竜』が何か関係するかとかが気になって。
 あー、もう。これで「失礼しまーす」なんて言えるわけないじゃない。モヤッとしたまま仕事するのは嫌なのっ!
 気まずい沈黙の中、私は昇竜の姿を思い出しながら、不安げに雅輝さんを見る。
 雅輝さんはまだ黙っている……。

To Be Continued?

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
雅輝から直接通訳を頼まれたのがきっかけで、机の上に置いてあった連鶴から折り紙の話とをとのことで、このような話を書かせて頂きました。
大体十年ぐらい前に、お爺様と会っている計算になります。龍などを一枚紙で折るのは本当にありますが、見るともう折り紙というよりペーパークラフトの域に…。そして最後遺作である『昇竜』の話をした時点でぼかして終わっています。どうして怖い顔をしたのか、自分も気になります。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年07月06日

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