『 「白銀の幻想曲」 』

沙紗（mr0093）

「見て下さい、朝陽さん。これ、素敵ですよ」
　雑貨店を物色する中、浅葱色の着物に身を包んだ少女、宿禰が歓声をあげる。
　彼女が手にしていたのは、水色の氷でできたような建物の上、さらさらと真っ白な雪の降るスノードームだった。
「キレイやな〜」
　朝陽と呼ばれた少女も、それを覗き込み、声をあげる。
「あ、オルゴールにもなっているみたいですね」
　スイッチをいじると、建物はキラキラと虹色の光を放ち、澄んだ音色が流れ始める。
　途端、二人ともそれに惹きつけられ、釘付けになる。動きを止め、呼吸さえ忘れたかのように目を見張った。
　突如、世界がぐにゃりと歪み、足元の感触が消え失せる。
落ちるような、浮かび上がるような感覚。
　二人は目を開けていることができず、互いの存在を確認するかのように手を取り合った。
　不意に冷え込みを感じ、目を開けた先には。
　真っ白な雪原に、氷の建物。――先ほどのスノードームと同じ光景が広がっていた。
「よく来てくれた」
　唖然とする二人の傍に、鎧をまとった騎士のような人物が白馬の上から声をかける。
　背後には槍を携えた騎士たちが控えており、穏やかではない空気だ。
「お前たちは、我が王子の花嫁候補として選ばれた。王子が気に入れば正室、もしくは側室に。それが適わずとも、王子の侍女としてお仕えできる幸運に感謝するがよい」
「はぁ!?」
「ど、どういうことなのですか？　ここは一体……っ」
　混乱する二人を、騎士たちが捕らえ、荷物のように馬上へと乗せる。
「ちょお待ち――っ!!」
　朝陽の絶叫が、静かな雪原に響き渡った。



　小さな体を丸めて横になっていた少女は、うっすらとまぶたを開け、軽く目をこすりながら上半身を起こす。
　支えに使うその腕は、人のものではなく強靭な魚の前ヒレ。両足も一つに重なった尾ヒレになっており、保湿保温のための保護膜が薄い衣のように身体をおおっていた。
　――ここは、どこ……？
　ぼんやりとした頭で、沙紗は思った。
　高い天井。延々と続く透き通った床と真っ白な壁。部屋の真ん中を、何本もの柱がつらぬいている。
床は分厚く透明な氷。壁や柱は、雪を固めたものらしい。模様や装飾が掘り込んであり、天窓から差し込む光が反射する様は幻想的だった。
　宮殿のように広い部屋には、何人もの女性たちが横になっていた。沙紗と同じく眠っているだけなのだろうが、ゾッとする光景だ。
　一体どこなのか、どうやってこんなところまで来たのか、全くわからないために不安をあおる。
「なんやココ――っ!!　アイツらどこいったん!?」
　不意に、周囲に大きな声が反響し、沙紗はビクッとして身を縮める。
　涙目で振り返ると、一人立ち上がっている女性と目が合った。
「……人魚？」
　薄茶色のふわっとした髪をした女性は目をまん丸に見開き、食い入るように沙紗を見つめる。
　沙紗は怯えた表情でそれを見返す。
　元々は人間だったが、呪いを受けてこの姿になってしまって以来、化物扱いをされたり嫌悪の目で見られることは多い。
　生来の内気さと泣き虫のため、いじめられてばかりいたので、つい身構えてしまう。
「いっやー！　ほんまに人魚やぁ。むっちゃ可愛い！」
　しかしその人物は、嬉しそうな声をあげて沙紗に駆け寄る。
　さっきまでの怒声とはうって変わったその態度にきょとんとする沙紗。
「うちかて、人魚とか妖精とかは見てみたかってん！　せやけどなんでか、うちが出会うんはグロテスクなんばっかで……」
「……朝陽さん。そのくらいにして差し上げないと。怯えていらっしゃいますよ」
　興奮する朝陽の後ろから、着物姿の少女、宿禰が声をかける。
　13歳の宿禰は見た目に反し口調や態度がずっと大人びている。逆に朝陽は18にしては童顔で、言動共に幼い感じだった。
「あ、宿禰ちゃん。よかったぁ、目ぇ覚めたんや」
　宿禰の他にも、叫び声で何人かが目を覚ましたようだ。周囲がざわめきに包まれる。
「――あなたも、ここに飛ばされてきたのですか？　お名前は？」
　軽い自己紹介の後に質問され、沙紗は戸惑うように周囲を見渡してから、精霊との交渉を始める。
　ここにいるのは、雪と氷の精霊。完全な水ではないけれど、それに近い属性なので沙紗には交渉しやすい相手だった。
　ぽん、と。身の丈30センチほどのふわふわの髪とドレスを着た真っ白な精霊が姿を現す。
『……沙紗です……』
　小さな、愛らしい声で雪の精が答える。
　朝陽と宿禰は顔を見合わせ、彼女は口がきけないのだと理解したらしくうなずいて見せた。
『あの、別の世界から移動するとき、飛ばされてしまったみたいです……。どうしてなのかは、よくわからないです』
　たどたどしい内気なしゃべり方は、彼女自身のものだ。今にも泣き出しそうな顔つきの沙紗に対し、妖精は笑顔のままだった。
「そしたら、理由は知らんのやね。……うちらは外で聞いたんやけど、なんや、ここの王子が花嫁探しとるっちゅう話やで」
　朝陽の言葉に、沙紗は周囲を見渡す。確かに集められているのは全て女だった。年齢と種族はバラバラで、大人の女性から沙紗と同じ６歳ほどの少女まで。羽の生えたものや耳のついたものなど多種多様だった。
『花嫁さん……ですか？』
「そうやで。こんだけの数の女の子を、しかも年齢も種族も問わず無理やりかき集めるって何やねん！　とか思わへん？　何様や王子！　って、王子様か！」
　赤い頬を更に紅潮させて激しく語る朝陽に、つっこみを入れられるものはいない。宿禰も苦笑を浮かべている。
『――どうして、こんなことをするんでしょうか』
　ぽそりとつぶやく沙紗に、２人はいっせいに顔を向ける。沙紗は妙なことを口にしたのかと、ビクッと身を縮ませる。
「理由がどうこうよりも、やり方が好かん。こっちの事情はお構いなしやし、正室だの側室だの、あげくは侍女として女をはべらせようっちゅう考えも許せんわ！」
　朝陽がそれに、口を尖らせ文句を言う。
　――でも、それは。本当に王子さまの考えなのかな。
　沙紗は心の中でつぶやき、首を傾げる。
　ガガーッ、と重たげな音を立て、白い壁の一部が動き出す。
　そこから騎士姿の男たちが姿を現すと、女性たちの間に恐怖や驚きの声があがる。
「静かに！　これより、王子との謁見の場が設けられる。くれぐれも礼を欠くことのないように。真っ先にお会いしたい、と思うものは挙手していただきたい。その心はしかと王子にお伝えさせていただく」
　しん、と。沈黙が訪れ、皆が顔を見合わせる。
「……文句はゆうてやりたいけど、さすがに怖い気ぃするなぁ。できれば、時間稼いで脱出方法でも探したいとこなんやけど……」
　先ほどの威勢はどこへやら、しゅんとして弱々しくつぶやく朝陽。
『朝陽さんたちは……帰りたいんですね』
　沙紗の言葉に、宿禰が微かな笑みを返す。
「そうですね。自分たちは、何があろうと帰るつもりです。ですから、こちらの方々に対してどうしても否定的になってしまいます。もしも何か事情があるのだとしても……おそらく、理解してあげることはできないでしょうね」
　どきん、と。沙紗の胸が小さく鳴った。
　……沙紗には、何があろうと帰りたい場所なんてない。
　だからこの状況でも、王子や騎士たちに対して怒りや恐怖がわかないのかもしれない。
　自分になら理解できると、思い上がるわけではないけど。否定的な考えを持たない分、少しだけ親身に話を聴くことができるのかもしれない。
　もう一度、周囲を見渡す。相変らず、他の女性たちは怯えたり怒ったりと忙しそうだ。
　――だけど……私には、王子さまが悪い人には思えない……。
　スッ、と。
　沙紗はためらいがちに、小さな手をあげた。微かに震えながらも、勇気を振り絞って。
　兜に隠され見えない騎士の顔が、少しだけほころんだようだった。
「よし。そこのもの、前へ」
「――沙紗ちゃん！」
　朝陽が、心配そうにその名を呼んだ。沙紗は安心させるために、微笑みを浮かべて見せる。
　――大丈夫。何も怖くなんてない。
　宙を舞う雪の精霊と目を合わせ、沙紗は笑みをかわしあった。
　ふわり、と。沙紗の周囲を球状の水が包み込み、浮き上がる。
　天窓から差し込む光が水球に反射し、周囲に見事な光彩を生み出す。誰もが、幼い少女の優美な姿に釘付けになった。
　立ち尽くす騎士たちの代わりとばかりに、雪の精霊が誘導するように部屋の向こうと飛んでいく。白いドレスのひらめく後ろを、沙紗は漂うように追っていくのだった。
「王子。花嫁候補の一人を連れて参りました。真っ先に王子にお会いしたいと申し出た、実に積極的な娘です」
　騎士の紹介に、沙紗はかぁっと赤くなる。
　積極的だなんて、自分とはかけ離れた紹介をされるとは思わなかったのだ。
「そうか。ありがとう」
　先ほどの部屋よりはいくらか狭いものの、氷の彫刻がいくつも飾られ、部屋の中に小さな噴水と水路を設けられた場所で、青年が振り返る。
　背が高く細身の体躯で、年は18ほど。気品ある真っ白な燕尾服を着て、白銀色の長い髪を一つに束ねている。
「ご苦労だった。もう下がっていい」
　薄い水色の瞳を細めて微笑む王子に、騎士は「はっ」と深く頭を下げ、踵を返し出て行った。
　こぽこぽと水の湧き出る音。さぁっという流れと共にシャラシャラと、何かがこすれるような音が静かに響く。
　噴水から流れる水の中、細かな氷の結晶たちがひしめき合っているのだった。
　――この音色。ここに来る直前、耳にしたものだ。綺麗で、どこか寂しげな。……この音に、私は呼ばれてきたんだ。
　そう思うと、何だか懐かしいような、愛おしいような気持ちになった。
「はじめまして。よく来てくださいましたね。私の名はアスリル。この国を継ぐものです」
『……沙紗、です』
　雪の精霊が、彼女の代わりに答える。
「沙紗さんは、精霊使いなのですか？」
　それに目をやり、王子は不思議そうに尋ねた。
『えと……使う、わけじゃないです。お友だちになるんです。それで、力を貸して欲しいってお願いします』
「――お友達……そうですか。すみません、失礼な言い方をしてしまいましたね」
　申し訳なさそうに苦笑する王子に、沙紗は慌てて首を横に振る。
『大丈夫です！　ここの精霊さんたちはみんな、ここのことが大好きだって、王子さまのことが大好きだって言ってます』
　沙紗の言葉を口にしながら、雪の精霊は踊るようにくるくるとまわった。
　にっこりと笑う精霊の姿に、王子もふっと微笑みを浮かべる。
「あなたは、優しいですね。沙紗さん」
『い、いえ。あの、沙紗はただ、本当のことを言ってるだけで……』
　真っ赤になってうつむく沙紗に、王子は更に笑みを深めた。
「広間での状況は、知っていますよ。いきなり連れて来られた女性たちは誰もが怯え、怒っていると。……騎士たちは直接言いに来ませんが、生憎この城は声が響きやすいものでね」
　あ、と。沙紗は思わず返答につまる。
　哀しげな表情を見ると否定してあげたくなるが、あの場の空気や憤る人々の姿を知る沙紗は、何も言ってあげられなかった。
『あの……どうして、こんなことをしたんですか？』
　ただ、静かにそう尋ね返す。
　理由を知らないままでは責めることは勿論、フォローしてあげることさえできない。「――この国は、ほとんどの期間を吹雪に閉ざされています」
　不意に、王子は遠く見るようにして語りだす。
「その間はここへ来ることも、出て行くことも叶いません。この国……城の中に閉じ込められるのです。周囲にはあの通り、気はいいが堅苦しいものたちばかりでね。つい『話し相手が欲しい』と口にしたのです。そうしたら、いつの間にやら花嫁を探しているという話になってしまって」
『……間違い、なんですか？』
「完全に間違っているわけでもないんですけどね。実際、そんな人がいれば本当に……どんな長い冬でも乗り越えていけるでしょうから。けれどそうした相手は、やみくもに探せばいいというわけではありませんからね」
　――それじゃあ、王子さまの意志じゃなかったんだ。
　沙紗はその事実に安心し……同時に、どこか寂しさを覚えた。
『あの、じゃあ……』
　ズダダーンッ。
　部屋の外から、雪崩でも起こしたかのような大きな音が聞こえてくる。
「何事だ!?」
「大変だ、花嫁たちが脱走しようとしてるぞ！」
「全員で壁にぶち当たったり魔術を使うものがいたりで、広間は混乱してる。応援を頼む！」
　騎士たちの声が廊下に反響し、閉まったままの扉からでも十分に聞き取ることができた。
「……ね、響きやすいでしょう？」
　苦笑してみせる王子に、沙紗はどう答えてよいのかもわからず困ったような顔をする。
「これほど嫌がられては、お友達になるのは無理でしょうね。だけどこうして……あなたと話すことができてよかった。――これ以上騒ぎが大きくなる前に、みなさんを元の世界へお返しします」
『みんな……ですか？』
　沙紗も？　と、言葉にはせずともその瞳は語っていた。
「えぇ。……他の世界に通じる門を、短期間に何度も開け閉めはできないのです。もしもそのとき帰らなければ、また吹雪が止むときまで、ずっとここに残らなくてはならなくなる」
　それでもいい、と沙紗は思った。元の世界にそれほどまでの執着がないし、寂しげな王子が気にかかる。そして……何よりも沙紗自身が、もっと彼と話をしたかったから。
「……もしも、沙紗さんさえお嫌でなければ。次に門をひらけるときが来たら、またお呼びしてもいいでしょうか。――今度は、あなた一人を」
『あ、は……はい』
　沙紗は頬を赤く染め、こくこくとうなずいて見せた。
　残って欲しい、とまでは言われないものの、また来て欲しいとの言葉を嬉しく思った。
「よかった。そのときまでお心が変わらないよう祈っています。そして、またここに来ていただき、もしも気に入っていただけたなら――……」
『？』
　言いかけて口ごもる王子に対し、沙紗と雪の精が一緒になって首を傾げる。
「いつかあなたに、純白のドレスをお送りしたいです｣
　若干照れたような微笑を浮かべる王子に、沙紗はもう一度首を傾げながらも微笑んでみせる。
　気が変わったりなんてしない。時が流れ、季節がめぐっても。きっとまた、戻ってくる。
　この、白銀の世界へ――……。


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■　　　登場人物（この物語に登場した人物の一覧）　　■
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【整理番号：mr0093　／　ＰＣ名：沙紗　（サシャ）　／　性別：女性　／　年齢：６歳　／　種族：マーメイド】

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■　　　　　　　　　ライター通信　　　　　　　　　　■
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　沙紗様

　はじめまして、ライターの青谷　圭です。ジューンブライドノベルへのご参加、どうもありがとうございます。
　今回は場合によっては花嫁候補として残るのもアリ、ということでしたが、王子については敵となるか味方になるかプレイング次第で変わるため、あえて描写もしていませんでした。
　この理由、この王子で沙紗様に気に入っていただけるかどうかが不明でしたので、一度は元の世界に戻った上でまたやってくる、という終わりにさせていただきました。
　におわせるだけで現状は結婚はしないままでしたが、問題なかったでしょうか。

　ご意見、ご感想などございましたら遠慮なくお申し出下さい。

ＰＣゲームノベル・６月の花嫁

青谷圭

学園創世記マギラギ

2007年07月05日