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『嗚呼、麗しき6月の花嫁! 』
梧・北斗5698



「お届けものを受け取りにまいりましたー」
 ソリに乗った赤い衣服の金髪少女は、「ん?」と首を傾げる。そして地図をみた。
 間違いは、ない。
 周囲は閑散としているが、森の中。目の前は礼拝堂。小さな小さな……結婚式用に使われることが多いチャペル。
 だが明らかに、その……。
「あの……つぶれてるんですけどぉ」
 独り言を呟くステラは「え? えええ?」と激しく礼拝堂の周りをうろうろした。
 届け物があるので取りにきてくださいと電話があったから来たのに……。これはもう、騙されたとしか思えない。
「ふえぇ……いたずらなんて、ひどすぎますぅ」
 涙を浮かべる彼女はとぼとぼとソリまで戻った。裏手から表に戻る途中で、半透明のなにかに、ぶつかりそうになる。
「あ、すみま……ぎええええええっっ!」
 悲鳴をあげてステラが勢いよく、その場に尻もちをついた。
<驚かせてすみません>
「うはー……! なんですかアナタは……。形しかないじゃないですか……!」
 顔もない。ただ人のカタチをしているだけだ。
<あなたならお願いを聞き入れてくださると思って、お呼びしました>
「なんですかそりゃあ! わたしはなんでも屋さんではありませんっ! そういうのは草間さんとことか、雫ちゃんとこに行ってください!」
 ぷぅっと頬を膨らませるステラは、しかし腰が抜けて立ち上がれないようだった。
<でもあなたは、サンタ課の方……ですよね?>
「ゲッ。……な、なにを知ってるんですかぁ。やめてくださいやめてください。わたしは下っ端なんですからぁ、難しいお願いは勘弁ですぅ」
<それほど難しくはありません。私はこのチャペルの精霊のようなもの>
「……精霊ってそんな不気味な姿に成れるんですか……?」
 青ざめるステラに、精霊は苦笑する。
<ここが使われなくなってもうかなり経っていますから。でも少し掃除すれば充分使えます>
「はぁ……」
<あなたにお願いがあるのは、そのことで>
「そ、掃除しろってことですかぁ?」
<違います。結婚式を、挙げて欲しいのです>
「……………………」
 しーん、と静まり返る。ステラは完全に固まり、目を丸くした。
「けっ、こん、しき……ですか。それはまた……すごいお願いですぅ……」
<真似事でいいのです。どうしても、その、私の役目を果たしたくて>
「はあ?」
<私、結婚式が好きなんですっ!>
 鼻もないくせに、荒い鼻息を放って言う精霊にステラは呆れる。というか、完全にヒいた。
<幸せいっぱいの花嫁と、花婿の門出! ああっ、素晴らしいではないですかっ!>
「………………それ、なんですか。えっと……真似事ですから、別に本物ではなくてもいいという……」
<真似事でも! 恋人でもなんでもない人はお断りです!>
 人差し指(のようなもの)を立てて、ちっちっ、と振る精霊。注文の多いヤツだ。
<真っ白い花嫁衣裳に身を包み、素敵な殿方に嫁ぐその乙女のロマン……! 惚れた女のあまりにも綺麗な姿に絶句しつつ、幸せを誓う粋な男性のロマン! どうですっ!?>
「え……ど、どうですって……」
 言われても。
(変なやつにつかまっちゃったんですねぇ。はぅ)
 つまりは。
 この精霊を満足させるために結婚式の真似事をすればいいということなのだろう。
「それ、一組でいいんですかぁ?」
<多ければ多いほどいいですね! だって、幸せって多いほうが得した気分になるじゃないですか!>
 ええー……? そうだろうか……?
 頭が痛いステラである。
「わ、わかりましたよぅ。何組か、候補を連れてきてここで結婚式を挙げればいいわけですね。
 精霊というからには、ここ、綺麗にしといてくださいよ! わたしは人を運ぶのと、衣装をなんとかすればいいわけですね。はふ〜、手伝ってくれる人とぉ、あとは新郎新婦ですかぁ〜」
 めんどくさー。と思いつつ、それは口に出さない。

***

 ステラから事情を聞いた梧北斗は、ある男に連絡をとった。自分一人だけで参加するのもどうかと思ったからだ。
「――で?」
 片眉を吊り上げた少年は、向かい側のイスに腰掛けている北斗に尋ねる。
 片目が紫の色をした男……遠逆欠月は尋ねた後、もぐもぐとハンバーガーを食べる。ここはファーストフード店の中だ。
「だから、一緒に行こうぜ!」
「……なんで?」
 北斗のやる気満々の元気な声とは対照的に、欠月の声は冷たい。
「なんでって、一緒に行って盛り上げようぜ、結婚式! こういうのって、一人より二人のほうがいいじゃないか」
「……なんで花婿役しないわけ?」
「え……」
 北斗は肩を落とす。
 そりゃあ……自分だってできることなら花婿の役をやりたいものだ。
 悲しいことに、北斗は相手がいない。脳裏に赤い髪の少女の姿が浮かんだが、追い払う。
(フレアに頼めば良かったかなあ……)
 ちら、と欠月に視線を遣る。欠月にこの事を話すと物凄く嫌そうな顔をされそうだ。
(「へぇー、北斗ってああいうのが好みなんだー。趣味悪いね」とか言いそうだからな、こいつは)
 考えたら頭痛くなってきた……。リアルに想像できる自分が嫌だ。
「北斗ってば相手がいないの? かわいそーなヤツ」
 同情するような目で見られ、北斗はムカッとした。おまえにだけは言われたくない。
「うるさいな。別にいいだろ!」
「やれやれ。そういうイベントに友達で行くのがおかしいよ。独り身は寂しいねぇ」
「やかましいヤツだな! 俺だって好きな女くらいいるよ!」
 ついつい怒鳴り返してしまうが、ハッとして青ざめた時は遅かった。
 欠月がにやにやと、いやらしい笑みを浮かべていたのだ。
「え〜? それ勘違いとかじゃないの〜? 北斗って、えーっとあれだ。高原の風みたいなお嬢様が好みだよね、確か」
「…………」
 それはあくまで理想であって、現実とは違う。そんな女が現実にいるわけがないのだ。
「まぁ恋は何が本物かわからないところがミソだよね。北斗のも、本当に好きかどうか怪しいもんだ」
「失礼なことぬかすな!」
「だいたい恋愛経験なんてほとんどないでしょーが、キミは」
「うぐ……」
「キミに惚れられた哀れな女の子の顔が見てみたいよ……。あ、わかった。女の子じゃなくて、もしかして男の子?」
「ちゃんと女だ!」
 もうやだ。涙が出そうになる。どうしてこいつはこうなんだ!?
「後輩? 弓道部の子?」
「ち、違うよ……」
「あれ? 違うの?」
 驚いたように欠月が目を見開き、丸くしている。どうやら彼は後輩、もしくは弓道部の者にあたりをつけていたようだ。
 ポン! と欠月が手を打つ。
「わかった! 巨乳なんだろ、その子!」
「違うっ!」
「なんだぁ。違うのかぁ。おかしいなぁ……北斗が女の子を好きになるなんて……。胸がおっきな子だと予想してたんだけどなぁ」
 ……こいつはからかっているのか本気なのか。
 北斗は嘆息した。



「では、えっと、ギャラリーになってもらえるんですね」
 礼拝堂までやって来ると、いつもと同じ赤服を着たステラが待っていた。
「悪いな。花婿と花嫁を用意できれば良かったんだけど、欠月と俺じゃあ結婚式を盛り上げるほうがいいかなって思ってさ」
「いえいえ。それでもありがたいですぅ」
「クラッカーとか色々持ってきたんだけど、いいのか? 歌も歌うぞ」
「わあ! 頑張ってください〜」
 ステラは花嫁の様子を見に行くため、控え室から出て行く。見送った後、北斗を欠月が小突いた。
「ねぇねぇ、北斗が好きなのってやっぱりあの子?」
「ちっがーうっ!」
「だって北斗ってさ、ロリコンぽいじゃない」
「ほんとに殴るぞっ!」
 拳を振り上げるが、欠月は怖がる素振りもない。それはそうだろう。北斗が殴りかかっても、彼なら避けられる。
「胸のおっきな子でも、幼児体型でもないのか……。ますます想像できないなぁ」
「か、可愛いとは、思うけど」
 もぞもぞと言う北斗を、欠月は横目で見てくる。目が細められた。
「惚れた欲目じゃないのぉ、それ?」
「う……ん。可愛いっていうより、かっこいいっていう系統の女なんだ……」
「……年上なの? うそだぁ。北斗は年上の綺麗なお姉さん系は苦手だと思ってたんだけど」
「なんだその物凄く嫌そうな顔は……。おまえが想像してるような女じゃないと思うぞ、俺は」
 どたどたと足音が聞こえてきて、ドアが開けられる。ステラが戻って来たようだ。
「もうそろそろ始まります! えっと、じゃあ二人とも着替えてください!」



「ボロい礼拝堂だな……」
 ぼそっと欠月が言う。花婿が、司祭役である精霊と何か話していた。
「そういうこと言うなよ。そこそこ綺麗にしてあるじゃないか」
 小声で返すと、欠月は眉間に皺を寄せる。
「なにそんなにわくわくした顔してるの?」
「俺、結婚式に参加するの初めてなんだよ……!」
「…………そんなにいいもんじゃないと思うけどね、ボクは」
「え? 結婚がか?」
「そう」
「じゃあおまえの理想の結婚はどんなのだよ?」
「そういうことを訊く時は、自分から言うのが礼儀じゃない?」
 ……ほんとコイツ、こういうところは嫌味ったらしいな。
 なんてことを思いつつ、花嫁が登場するまで時間があるので北斗は考える。
「そうだな……」
 とりあえず想像できるところまで、想像しよう。
 結婚かぁ。あまり現実感はないが、いつか自分もするのだろうか?
 今までだったら、可愛い奥さんをもらって、幸せな家庭が築ければなあ……とか、ありきたりなことを答えるところだが。
(フレアが相手だったら、そんなのはまず不可能だよな……)
 そもそもフレアと結婚できるとは思えない。想像し難いのだ。
 ……もしかしたら、数年後、今は名も知らない女と恋人かもしれない。そう考えると怖くなった。
(……やだな)
 フレアに特別な感情を持つ前なら、こんな気持ちにはならなかったはずなのに。
「……結婚式を挙げるなら、まあ親しい人だけでいいから呼んで、小さな、こんなところで挙げるのもいいかもな」
「へぇー。プロテスタント風ってこと?」
「ん? ぷろ……なんだって?」
「プロテスタント。カトリックは色々とややこしいって聞いたことあるよ」
「ふーん。違いとかよくわかんねーけど」
「なんで西洋風なの? 北斗って、どっちかというと和風なほうが合ってるかもよ? 神前結婚とか」
「ああ。なるほど」
 ううむ。白無垢という手もあるな。
(あー……いいかもな、それ……)
 ウエディングドレス姿も、白無垢姿も似合いそうだ、フレアに。彼女がいつも白い衣服を着ているせいかもしれない。
「そうだなぁ。いいかもなぁ……」
「……鼻の下が伸びてるんですけど。ちょっとキミ、なんかやらしーこと想像してない?」
「しっ、してねーよ!」
「なんでどもるの。余計に怪しい」
「うるせーなぁ。そういうおまえはどうなんだよ?」
 尋ねると、欠月は少し視線を伏せた。うーんと悩んだような声を洩らす。
「相手次第だね。結婚式したいっていうならするし、したくないならしないよ」
「……おまえね」
「だって結婚式の主役って、花婿じゃなくて花嫁だもん」
 ね? と欠月が微笑んだ。
 ドアが開き、花嫁が入ってくる。長い髪を綺麗にまとめ、ヴェールをつけている。真っ白なドレスが目にまぶしい。
 綺麗だなあと、北斗は素直に思った。



 礼拝堂から外に出てきた花婿と花嫁に向けてクラッカーを鳴らす。同時に北斗は歌も歌っていた。嫌々ながらに歌う欠月の背中に手を回して、だ。
「精霊さんも一緒にやろうぜ!」
 そう言って、司祭役をしていた精霊も引っ張り込んだ。
 花嫁は嬉しそうに微笑む。花婿は照れ臭そうだ。
 ああ、なんだかいいなあこういうの。
(例え真似事でも、幸せそうだ……)
 いいなあ。つい、羨ましがってしまう。
 全員で拍手をする。ステラが宙を飛んで撮影している不思議なカメラに向けて、何か言っていた。
 無事に式は、終わったようだ。

「お疲れさまでしたー」
 ぺこっとステラが頭をさげてきた。精霊も頭をさげている。
<これで全部みたいですね! いやぁ、幸せです! こんなにたくさんの人たちに式を挙げてもらえるなんて!>
「? どういうことだ?」
 怪訝そうにする北斗に、ステラが説明をした。
「都合のつかない人もたくさんいたので、今日まで一日に二組とか一組で式を挙げていたんですよ。一度に全部できませんしね」
「あぁ、なるほど。つまり、今日が最終日ってことか」
「そうですぅ」
 にっこり笑うステラと別れ、北斗と欠月は帰ることになった。
 ステラと精霊は後片付けがあるそうだ。手伝うと言ったのだが、「大丈夫ですぅ」とステラに断られてしまって帰ることになったのである。
 帰りの電車の中で、北斗は大きく溜息をついた。
「あーあ、俺もいつか結婚とかすんのかなぁ」
「無理だね」
「おぉぉい! なんだその断定は!」
「だって貯金なさそうだし。結婚式ってさぁ、案外お金のかかるものなんだよ。衣装のレンタル代金だけでもバカにならないんだし」
「……夢も希望もないこと言うなよ……」
「現実ってのはそんなもんさ。
 それに、今日みたいに幸せいっぱいでも、一寸先は闇で、来年には離婚してるかもよ」
 さらりと嫌なことを言う欠月を北斗が睨みつける。
「なんでおまえって現実的なんだよ! もう少し夢をみろ、夢を!」
「放っておいてよ。ボクはきちんと現実をみてるだけなんだから。
 でも北斗はどうなるかなぁ。花嫁のほうばっかり見てたじゃん。ヤラシーんだ」
 にやっと笑われ、北斗は眉を吊り上げる。あれは違う。自分だったらどうだろうなあと想像していたのだ。
「ぷはーっ! ちょっと想像したらおかしい……!」
 突然ゲラゲラと笑い出す欠月。彼は膝をぱんぱんと叩いた。
「絶対さぁ、誓いのキスの時、北斗はすっごい緊張してそう……! 緊張しすぎで唇突き出しそう! ブハハ!」
「そ、そんなことしねーよ!」
 頬が赤くなる。自分でも簡単に想像できたからだ。でも、とりあえず否定はしないと。
「一度もキスしたことない人がなに言ってんだか! あはははは! やばい、おなか痛い!」
「……もういい」
 北斗は不貞腐れてそっぽを向く。笑い続ける欠月の声を聞きながら、北斗は窓の外を見た。
(笑いたきゃ、笑えばいいさ! お、俺だってそのうち……!)
 なんて……妙な決意を抱いていたなど、隣の欠月は気づかなかった。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、梧様。ライターのともやいずみです。
 結婚式を盛り上げていただきました! そして欠月と男同士での語り合い……いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
PCゲームノベル・6月の花嫁 -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年07月03日

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