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『Heartlessness 』
アヤカ・レイフォード6087)&(登場しない)


 苛々する。

「アヤカさん、あのね――」

 あの無垢な笑顔も。何も疑わないあの態度も。
 そう、その全てが私を苛立たせる。

 何も知らない。きっとあの子は、まだ何も知らない。
 多分それが一番の理由だ。

 だったらどうする?
 この苛立ちを解消するためにどうすればいい?

 簡単なことだ。その答えは私の手の中にある。






 全部。教えてやればいい。





○某日午後



 梅雨。季節はまさにその真っ只中だった。
 学生たちは降り続く雨に辟易としつつ、それでも傘をさすなり鞄を頭上に掲げるなりして帰路へとついていた。
 例えそんな天気であっても、学生たちのうるさい声は学校から絶えることがない。それを、アヤカ・レイフォードはどこか憂鬱そうな瞳で見つめていた。
(…何がそんなにおかしいのかしら)
 彼女の中には、そんな感情が何時も渦巻いている。非の打ち所のない優等生を演じながら、心の中は冷め切っていた。
「アヤカさんバイバーイ」
「さようなら」
 明るい声に明るい笑顔を返し、そしてすぐにまた冷めた瞳に戻る。
(…くだらない)
 雨は、彼女の心を憂鬱にさせる。



「…さん、アヤカさん?」
「ん…」
 誰かの声で意識が覚醒していく。ゆっくりと顔を上げれば、彼女のクラスメイトがその顔を覗き込んでいた。
「おはよ。どこか体調でも悪かった?」
「…そういうわけじゃ、ないんだけど」
 変わらない笑顔を向けてくるそのクラスメイトから視線を外し、教室を見渡してみる。
 随分と暗くなっていた。既に夕刻、雨はまだ降り続けていた。どうやら憂鬱な気分で座っているうちに眠っていたらしい。
「よかったぁ、何かあったら大変だと思って見てたんだけど…」
 相変わらず明るい声。それが酷く鬱陶しい。時計を見れば、既に下校時間も過ぎていた。
「…待ってたって、ずっと?」
 何を考えているんだろうか、この人間は。そんな問いに、
「うん、やっぱり放っておけなかったし。ホントはバイトがあったんだけどね」
 やはり、返ってくる返事は明るかった。
 思わず目をそらす。どうしても、何故かアヤカにとって目の前の少女は気に食わなかったのだ。



 そうして二人は一緒に学校を出る。どうやら帰る方向は同じなのか、彼女はアヤカと傘を並べるようにして歩いていた。
「…バイト」
「ん?」
「バイト、大丈夫なの?」
 その問いに、彼女はただ笑う。
「んー…多分怒られるだろうけど、まぁしょうがないし。アヤカさんに何もなかったからそれでいいよ」
 眩しい笑顔だった。人を疑うことも知らないような、純粋でまっすぐな。知らず知らずのうちに、溜息が雨の中に溶けていく。
 なんだろうか、この感覚は。アヤカが随分と昔に忘れてしまったようなそれは、どこかむず痒く…不快だった。
「そう。ごめんなさいね、私のせいで」
 それでも、その感情は顔に出さず、優等生の顔でそう答える。それが嬉しいのか、彼女の笑顔はまた輝きを増していく。
「ううん、いいのいいの。アヤカさんに何かあったらクラス中が悲しんじゃうし」
 見事に騙されきっている、純朴な少女を眺めて内心笑いを堪えながら。同時に、苛立ちを募らせながら。

「バイト、何をしているの?」
「んー…学校帰りはコンビニのレジでしょ。それから朝は新聞配達」
「…そんなにしてるんだ。大丈夫なの?」
「平気平気、慣れてるし。それにそれくらいやらないと家計が追いつかなくて」
 想像するだけで、目の回るような忙しさだ。しかし彼女は平然とそれをこなしている。
 不思議な人間だ。辛いだろうに、なんでそんなにも笑っていられるのか。そんなもの、自分なら体験したくもない。
 そんなことを考え、アヤカは一つの発言に気付く。
「…家計?」
 すると、彼女は少し照れくさそうに笑って、
「うん、うち母子家庭なの。お母さん病弱だし、その分私が頑張らないといけなくてね」
 そんなことを言った。
「お母さん、今までずっと一人で育ててきてくれたし、早めの恩返しというかなんというか…まぁそんな感じで。結構楽しいから苦にならないしね」
 照れくさそうにはにかむ彼女の笑顔は、やはり眩しすぎて。アヤカはまともに見ていられなくなって傘を少し下げる。

 そういえば、とアヤカは思い出す。彼女も結構な人気があったということに。
 自分と違って、彼女は特別美人というわけでもないし、際立って何か目立っているということもない。
 ただ、その一生懸命さは誰もが認めるところで、普通のものなら憧憬を抱いたとしても不思議ではない。アヤカとは違った意味で人を惹きつけるタイプなのだ、彼女は。
 そして、それがアヤカにとってはたまらなく…不快だった。

(なるほど、お涙頂戴のいいお話じゃない)
 浮かんできたのは、暗い笑み。まるで獲物を見つけたかのような、怪しくも冷たい笑み。
 きっと想像以上に生活は辛いのだろう。それでも彼女は幸せそうに笑う。
 それはとうの昔に自分がなくしてしまったもの。どうやってももう戻ってこないもの。



 だから、
「そう。これからも頑張ってね、応援してるわ」
「ありがとう」
 アヤカはその暗澹とした心の上に、満面の笑みを咲かせていた。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 それからは早かった。
 彼女の情報を調べ上げ、そしてその家庭へと赴く。自分の人気を知り尽くしているアヤカにとって、それは何の造作もないことだった。
 今時珍しい、小さなボロアパート。なるほど、話からすればらしいとも言えるだろうか。
 陽の落ちた暗闇の中、小さく漏れる光を頼りにその苗字を見つけ出し、そしてそこへと手が伸びていく。
 笑みが浮かぶ。これからのことを考えるだけで、抑えきれなくなる。

 小さく響くのは、ドアを叩く音。
「はいはい――」
 そして、その誘蛾灯に釣られて窓を開くおろかな獲物。
「こんばんは、初めまして――」
 満面の花が咲いていた。これから起こる、暗い期待に胸を膨らませながら。





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「お疲れ様でしたー!」
 元気に頭を下げて、少女がコンビニを出る。バイトが終わる時間は何時も遅くなる、既に人の通りもまばらになっていた。
「…こんばんは」
「…アヤカさん?」
 帰路に着こうとした瞬間、いつもならいないはずの人物がそこに立っていた。
 夜の中ですら鮮やかな彼女は、どこか違う世界の人物のようで。そして、いつもなら浮かんでいる優雅な笑みが消えていることに気付く。
「えっと…どうかしたの?」
「貴女を待っていたの…ずっと」
 どこか挙動がおかしい。そんな素振りを見たこともない彼女にとって、それは動揺するに十分なものだった。
「待ってたって…何か、あったの?」
「こんなの相談できるのは貴女だけで…でも…」
 会話もかみ合っていない。こんな姿は初めてだ。だから、
「うん、私でいいなら話聞くから。だから、落ち着いて?」
「お願い、ここじゃ出来ない話だから…一緒にきて」
「うん、分かった」
 素直に彼女は頷くのだ。前を歩く少女の、今は見えない顔に笑みが浮かんでいることなど知らず。
 震える体を見て、彼女はただ心配に思う。その震えが、笑いを堪えることから来ていることなど知らず。





「ここは…?」
 アヤカの歩むままにたどり着いたのは、一つの小さな町外れの廃工場。随分と使われていないのだろう、禍々しく輝く月の下、たまった埃だけはすぐに確認できた。
「この中にね…」
 不意に、その手をアヤカが掴む。その手が震えていることに気付き、少女は小さく頷いた。
「この中に、何かあるんだね?」
 まさか、死体とか?
 嫌な想像を振り払い、少女は意を決して中へと足を踏み入れる。

「……?」
 夜といえど、満月の夜は光が届く。だからすぐに確認できた。廃工場の中に特にこれといった異変はない。既に機械類は撤去されているのか、中は伽藍としていてどこか廃墟特有の寂しさを漂わせている。あるものといえば、端の方で何かに被せられたシートくらいのもの。
「アヤカさん、何もないけど――」
 そう呟き、振り向いた瞬間に…少女の体は、何かによって宙吊りにされていた。

「くぁ…っ!」
 キリキリと。何かが軋む。
 目に見えない何か。それが、自分の体を縛りつけ、そのまま宙吊りにしているのだ。
 縛り付ける何かの力は全く容赦がなく、自分の体をそのまま締め付けていく。痛みに呼吸が出来なくなり、少女の瞳に光る滴が浮かぶ。
「ふふっ…あはははっ!!」
 そして、それを見て哂うのは、他でもない自分をここに連れてきたアヤカだった。どこか危うい光を秘めながら、ただアヤカは哂う。
「アヤカ…さん、なんで…」
「貴女、本当に莫迦よね! なんでそんな何も疑わずこんなところにホイホイとついてきちゃうのよ、莫迦すぎて涙が出るわ!」
 自分の知らないアヤカは、どこか別の生き物のように思えて。そして、やっと自分がアヤカに嵌められたということに気付いて、少女の顔が歪んでいく。
「あぁ、ごめんなさい」
「…げほっ!!」
 呼吸が出来なくなり、そのままでは窒息死してしまいそうな少女を見て、アヤカはようやくその力を緩める。

「ごめんなさいね? 楽しいと加減が出来なくなるのよ、貴女にだってそういうのはあるだろうし分かるでしょう?」
 実に楽しそうな声。不意に怒りがこみ上げ、少女が顔を上げる。
「何でこんなことするのよ!」
 それは当然の怒り。理不尽な暴力へと湧き上がる不安。
「何で? 教えて欲しい?」
 しかし、それすらも楽しむように。アヤカはその白魚の手で少女の頬を摩る。
「ひっ…」
 何故か、その手は何よりも冷たく感じられて。思わず怒りも忘れて小さな悲鳴が上がる。それに満足したのか、
「いいわよ、たっぷり教えてあげる」
 アヤカは、何時もの優雅な微笑を浮かべるのだった。



「貴女…とってもいい人よね?」
 切り口は、そんな言葉。
「それがね…私、とっても嫌いなのよ」
 小さな音とともに、アヤカの爪が長く伸びていく。月の輝きに照らされて、それすらも一つの絵画のように。
「とても幸せそうに、自分の苦労さえも楽しい…そんな感じ」
 あぁいやだ、そんな風に肩を竦める。
「それはそうよね、だって貴女には家族がいるもの。かけがえのない、とても大切な母親がいるもの――ね!!」
「ぎっ…」
 彼女はアヤカが何を言いたいのかさっぱり分からなかった。ただ、分かったのは、自分の腕をその爪が貫き…どうしようもない痛みが熱さとなって襲ってきたことだけだった。
「私ね、そういうのが一番嫌いなの。何でだと思う? ねぇ、何でだと思う?」
「いだっ…痛いぃぃっ、やめてえぇぇぇッ!!」
 物音一つなかった廃工場の中が、少女の悲鳴で色めき立つ。それすらも聞こえないかのように、腕を貫いた爪はそのままに、抉るかのようにかき回す。

「世の中って不公平よね? 私なんて何もしていないのにパパもママも殺されちゃった。ねぇ、何で?」
「し、しらなっ」
「何で私だけ?」
「いやっ、やめてぇぇ!!」
「何で貴女は違うの? 不公平だと思わない?」
「いやあああああああああああッッ!!」

 ザクリ。グサリ。ズブズブ。
 鈍い音と悲鳴が混ざり合って、廃工場の中は独特の音楽を奏でていた。
 爪を抜く。既に少女の両腕はその機能を果たさなくなるほどに穴だらけとなっていた。
 痛みからか、少女の意識はない。だから、アヤカはその髪を掴み、
『ズプッ』
「ひぎぃぃぃぃッ!?」
 遠慮なく、その腹部にまた爪で貫いた。

 痛みで覚醒した少女の髪をそのままに、顔を上げさせる。
「も、もうやめてぇぇ…」
 理不尽な暴力と痛みに、少女の顔は既に涙と唾液だらけとなっていた。
 間違いなく彼女は自分に恐怖している。それを感じられて、アヤカの中に昏い喜びが満ちていく。
「ねぇ」
「ひぅっ…」
 もはや、その一挙手一投足ですら恐怖を覚えてしまうのか。
「貴女も不公平だと思うでしょ? だからね、私公平にしてみたのよ」
 その言葉の意味も、少女には理解できなかった。

「あそこにあるシート…」
 ふと、何もない中に一つだけ浮かぶシルエットを指差す。
「何であんなところにあるのか、疑問に思わなかった?」
 少女は、ただ首を横に振る。
「そう。シートってね、何かを隠すためにあるじゃない?」
 アヤカが、哂う。
「それじゃあの下には何があるのか、開けてみましょう」



 細い指がシートを捲りあげる。
 まるで何かの映画のように舞い上がり。そして、その下には、何かが沢山転がっていて、

 少女は、この時ばかりは痛みからくる悲鳴すらも忘れていた。



 何時も笑い掛けてくれたあの笑顔。
 優しく見守ってくれていた、あの大好きな笑顔。
 今はただ、濁った瞳が中空を見つめている。



「いやあああああああああああああああああああああッッッ!?」
「言ったじゃない、公平にしたって」



「…殺してやる…」
「ん?」
「殺してやる…絶対殺してやる…絶対…」
 涙が零れ落ちる。もう、一点しか見つめられない。怒りが、憎しみが全てを消し去っていく。
 そんな少女をつまらなさそうに見やり、
「あら、そう。でも残念」
 ブツリと。その額を貫く。
「だって、貴女はここにきた時点で地獄に落ちていたんだもの」





◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 廃工場の中に月光が差し込む。照らし出されたのは、赤く染まったアヤカと、物言わぬ何か。
 何時も感じる高揚感を、アヤカは何故か今感じられずにいた。

 どうしてだろうか。
 いや、多分答えは決まっている。

「……」
 憂鬱な瞳を向ける。そこには、転がる少女の死体と濁った瞳。
 それはどこか、死してなお寄り添うようで。どうしようもなく苛立ちを覚え、それを蹴り飛ばした。
「…何よ。死ねば誰だって同じじゃない」
 それなのに。どうして自分はこんなにも苛立っているのだろうか。

 かつて自分も手にしていたその憧憬。もう絶対に帰ってこないその情景。
 そうだ、きっとこの二人は、それをどうしようもなく思い出させてしまうのだ。
 だからどうしようもなくなった。だから殺した。
 きっと、それだけなのだ。

 多分、最初からアヤカ自身気付いていた。自分は彼女に憧れてしまったのだと。
「…ふざけるんじゃないわよ…じゃあ何でパパやママが殺されてたのよ…」
 幸せだった頃の記憶を振り払うように。アヤカは廃工場を後にした。



 先ほどまで出ていた月は雲に隠れ、外には雨が降っていた。
「……」
 体を濡らす雨にも気を止めず、アヤカはその中を歩いていく。まるで、いつかの自分から逃げるように。



 雨は、その心を表すかのように降っていた。





<END>
PCシチュエーションノベル(シングル) -
EEE クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年07月02日

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