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『『蝶、舞いて、血の華咲かす』 』
和田・京太郎1837)&(登場しない)


 G.S.O.事後処理班調査報告書

 死者130名
 G.S.O.メンバー85名
 自衛隊員45名
 死因は全員自殺。
 加害者 和田京太郎(カテゴリーFと認定)


 日本国屈指の心霊地 硫黄島の影響も大と思われるが、催眠術による取調べの結果、先に硫黄島に当てられた部隊長に和田京太郎の中に眠っていたカテゴリーFが共振した物と思われる。また部隊長の能力である蝶は、自分自身が知らぬ自分と対面させる、または自分の心の中に作り出している知人との決着を付けさせるというものであり(これは一方的な被害者妄想に起因するモノだと思われる。故にその人物への屈折した想いが強いほどにこの蝶の被害者は残酷な末路を歩んでいる。)、その能力によっても和田京太郎はカテゴリーFに目覚めた可能性がある。彼の場合は自分の知らぬ自分との対面であった。これについてはデーターCの34A?\を見ていただきたい。


 カテゴリーF発動時、和田京太郎の人格は確認されず。
 自我、主に倫理面での感情の抑制は完全に放棄され、個でありながら、集団時の人間の心理面に一種近い残虐性を確認。
 発動時、取調べ時の詳細なデーターはこの報告書と共に提出する記録映像を参照の事。
 尚、和田京太郎の身体並びに精神の回復経過のデーターはおって提出するものとする。


 カテゴリーFに分類される彼の能力は強度の強制催眠と同等の能力を持つと思われる。
 心理学会学術論文ファイルNO1050によれば人間の触覚の全ては神経を通じて脳が感じているものとされる。
 触覚の錯覚と精神の錯覚が肉体に損傷を与えるように、和田京太郎の能力にもそれと同様のデーターを採取する事に成功。(付随データーAの34B?Vに記録。)
 だが驚くべきはカテゴリーFと認定された和田京太郎の能力は相手の記憶を利用し、それによる精神攻撃ができる事である。その事が確認できる場面は付随データーDのC2?Uに記録されている。



 現在の和田京太郎の回復状態は―――――





 音がそこには無かった。
 だからここが人工のどこかである事が京太郎にはわかった。
 この世界で音が無いのは人工の場所だけであるから。
 身体の感覚は無かった。
 触覚が機能していない。
 本当は聴覚すら機能していないのかもしれない。
 しかし身体が動かせないので、それを調べる術は自分には無い。
 では精神状態は?
 ――――彼は自分が和田京太郎、12歳である事を確認する。
 確認できた。
 それではたかが12歳の自分が何故こんな状態になっているのか?
 事故にでも巻き込まれたのだろうか?
 和田京太郎はそう考える。
 京太郎の中で一番野性的な京太郎がそれを即座に否定した。
 女性のような一面を持つナイーブな京太郎がただでさえこの状況に泣いているのに、野性的な京太郎のその咆哮で完全に沈黙した。
 論理的な京太郎が野性的な京太郎を宥め、そして生まれて、育って、その過程で生まれてきた様々な京太郎を融合させて、主人格となっている京太郎に問う。
 ―――倫理観を重んじる京太郎はどこに居るのか? と。
 ナイーブな京太郎がまた泣き喚き出した。ヒステリックに。
 この時の京太郎は知る由も無いが、同時にたくさんの京太郎が喋り出し、彼はまともな事を何一つしゃべっていなかった。
 主人格の京太郎は倫理観を重んじる京太郎を探すが彼はどこにもいない。
 奥深く、奥深く、奥深く、これまで行った事の無いほど奥深くまで、深層意識の奥深くまで京太郎は京太郎を探しに行った。
 深層意識の奥深くに倫理観を重んじる京太郎は居た。
 彼は両足を両腕で囲み、膝に顔を埋めていた。
 京太郎が声をかけると、京太郎は顔をあげた。彼は泣いていた。
 どうした? と京太郎は問いかける。
 哀しい。 と京太郎は答えた。
 どうしてだ? と京太郎は問いかけた。
 護れなかった。 と京太郎は答えた。
 誰をだよ? と京太郎は問いかけた。
 自分を、皆を。 と京太郎は答えた。
 誰かが二人の間に割って入ってきた。
 それは京太郎の知らない京太郎だった。角を生やした京太郎だった。
「はん、何をやってるんだよ、京太郎? こんな奴なんか相手にしてんなよ。こいつは俺たちには一番必要の無い奴だろう? 俺たちあんなに一緒に気持ちの良い想いをしたじゃねーか。今後もあの気持ちを楽しむためには邪魔なこいつは必要無いんだぜ?」
 その角を生やした京太郎はコーヒーのよう苦く黒く、蜂蜜のように甘く京太郎に囁いた。
 京太郎は戸惑い、
 そして倫理観を重んじる京太郎の視線にたじろぐ自分に気づいた。
 ―――――俺は何をこんなに、揺らいでいるんだ?
 京太郎は自分の手を見る。
 それは血に濡れていた。
 誰の?
 京太郎は疑問に思う。
 何故なら彼は自らの手で誰一人傷つけていないのだから、返り血など浴びてはいないはずだ。
 返り血?
 誰の?
「そりゃあ、決まってるさ。俺たちに狩られた奴ら。敵のさ」
 敵?
 敵などどこに居た?
 今日はただの訓練だったはずだ。
「訓練? パーティーの間違いだろう?」
 パーティー?



―――『そのワクワクをパーティーにして、あたしを主役にさせて』



 誰の言葉だ?
「だから敵のだ」
「味方のだ」
 倫理観を重んじる京太郎が会話に入ってきた。
 しかし主人格の京太郎には覚えが無い。
 角を生やした京太郎が蝶の羽を毟り、蝉を木の枝に突き刺し、蛙の肛門に爆竹を突っ込んで、それに火をつけて遊ぶ子どもそっくりの笑みを浮かべた。
「敵、じゃわからねーか? 俺たちがパーティーで気持ちよく躍らせてやった奴らだよ」
「俺たちが殺してしまった何の罪も無い人たちだ」
 二人の京太郎が京太郎に同時に混入してきた。
 京太郎が混ぜ合わさる。
 ぐちゃぐちゃに混ぜ合わさる。
 ぐちゃにぐちゃにぐちゃにぐちゃにぐちゃに。
 京太郎は悲鳴をあげた。
 それは京太郎が完全に忘れていた事だった。




 硫黄島。
 東京都小笠原村に属する島。
 太平洋戦争の激戦地。
 未だ一般市民の立ち入りは禁止され、自衛隊員だけが駐屯する地域。
 しかしここが、世界屈指の心霊地である事は遺族感情を考慮して隠されている。
 霊感のある者が一歩でも足を踏み入れれば、霊は騒ぎ出し、集まってくるという。
 自衛隊員の宿舎の至るところには荒塩と水が置かれている。
 ここに派遣される自衛隊員のほどんどが霊を見、その半数以上が心的病を発症して、この地を去る事になる。
 首相官邸に二二六事件の将校たちの幽霊がこの平成になっても出る様に、硫黄島にも日本軍並びにアメリカ軍の軍人、民間人の幽霊が死んだ時のままの状態で出てきて、
 その焼け爛れた姿で、自衛隊員に助けを求めてくるという。
 愚かな国の主導者たちが自分と、自分たちのバックに居る軍事産業を肥え太らせるために続けた戦争の被害者たちは、今も死にきれずに苦しんでいる。アメリカが先の世界大戦から半世紀も経っているのに未だに自国の産業や裕福層を肥え太らせるために戦争をするように(イラク戦においてはアメリカ政府のお墨付きでアメリカ軍によって貴重なイラクの歴史的価値のある美術品が多数強奪され、それが多数ブラックマーケットに売られている。アメリカには、イラク戦を指示した国々が、アメリカ自体が主張していた正義など全く無かったのだ。大統領のパフォーマンス&裕福層、軍事産業のためだけの殺戮であり、ただの子どもが自分の気に入らない子どもを虐めたり、玩具を破壊するようなものである。)、日本でも先の大戦で戦争責任がありながら、GHQを丸め込み、戦争犯罪人裁判を潜り抜けた戦争責任者の孫が政治家となって、タカ派のトップとなり、第9条改憲を訴えて(これより数年後の日本で彼は日本国内閣総理大臣となり、実際に第9条改憲に乗り出し、また教育改革も進め、祖父がそうしたように、また日本国民を戦争によって私腹を肥やそうとする政治屋にとって都合の良い愛国心という言葉で洗脳しようとしている。)、また軍事国家への道を辿りつつある。この硫黄島の状況を両国トップは知りながら。
 そして、G.S.O.はここで、戦争をするための訓練を、しに来たのだ…………。



 硫黄島の廃墟にて、和田京太郎は荒い息をしていた。
 過呼吸である。身体機能は既にもう、正常ではない。
 その周りには三体の死体と、六頭の蝶が舞っていた。
 そして数え切れぬほどの蝶に囲まれた、女。
 その女は三十代前半。男のように髪を短く刈り上げた女。ロシア秘密諜報部員にかつて属していた女だった。
 彼女は自分に戯れる蝶に優しい笑みを向けている。
 京太郎は右手にデザートイーグル。
 左手にアーミーナイフを持ち、
 肩を揺らし呼吸しながらもその女を睨みつけていた。
「この硫黄島に残る人々の無念の想いに酔ったか?」
 京太郎は冷たく問う。
 しかしそれは虚勢だった。
 彼は自分が彼女に敵わぬ事を知っている。
 事実、彼女はそれを見抜いているように笑った。
「男は女を利用するか、もしくは辱める事しかしない」
「あんたも、辱められたのか?」
 12歳でありながらそんな事を問う京太郎に彼女は失笑した。
「ええ、そうよ。京太郎」
 女は笑い、そして京太郎の後ろに居る。彼女の右手が京太郎の首に触れている。立てられた指の爪が、肌に食い込む。皮が破れ、肉が裂けて、血の珠が彼の首を飾り、
 彼女はその彼の血を舐めとった。
「違うものも、舐めとってあげましょうか? もう12歳なんだもの、とっくに、自分の身体がそういう風になっている事は知ってるんでしょう?」
 女は淫らに笑った。
「下品な女は趣味じゃない」
「そう。だけど男の方が下品だわ。あなた、辱められたのか? って訊いたわね? とても嬉しそうに」
「嘘をつくな」
 彼女はくすりと笑った。
「ええ、嘘よ。必要があるのなら男と寝るなんて、簡単よ。喘ぎ声だって、腰を上げたり、身を捩ったり、閉めたり、そんなのは簡単に自由自在にやれる。生きるために女を利用する事ぐらい、当たり前の事なのよ、この世界では。そしてそれは男もそう。男が好きな男も居るし、生きるために女を喜ばせる男も居る。だけどそれでもどうしようもなく違う事もある。男はどれだけ身体を使っても何も変わらないけど、女は、変わってしまうのよ。妊娠してしまう。あたしの赤ちゃん、上司に殺されちゃった。それが哀しかった。憎かった。ずっと頭の中にあった。ずっとずっとずっと会いたかった。それでね、願ったの。そしたらこの蝶、この蝶が見えるようになった。この硫黄島に来て、魑魅魍魎、死に切れぬ魂が居る、この心霊地に来て、あたしは人間より一段上の存在になった。知ってる? 蝶は死者の生まれ変わりなのよ?」
 彼女が言った瞬間に蝶が舞う。
 硫黄島を覆うほどの蝶が舞う。
 この地の霊力が、彼女の願いに呼応し、彼女に力を与えた。
「あなたにも会いたい人が居る? 会いたい人が居るのなら、この蝶で会わせてあげる。この蝶は、そういう蝶。そしてあたしはあなたに初めて会った日から、あなたの中に居るあなたに会いたかった。ずっと。ずっと。ずっとね」
 京太郎の血で塗った唇を女は京太郎の唇に重ね合わせて、無理やり舌をねじ込んだ。
 京太郎の右手は無理やり露にされた女の乳房に持っていかれ、強引にそれを愛撫させられる。
 京太郎は彼女の舌を噛み切ろうとし、噛み切った。
 女は舌を噛み切られ、大量の血を零しながらも、それでも死なない。
 女は笑っている。
「舌を噛み切るなんて、そんな事、普段のあなたならできない。それができるのは、あなたもここで目覚めかけているから。そのあなたの中に居るあなたに出会った時、あたしの子宮は疼いたのよ。あなたの子を産みたいと。それはあたしのミトコンドリアからの命令。知ってる? 人間のミトコンドリアは卵子の情報、つまり母親のミトコンドリアしか受け継がれないのよ。あたしのミトコンドリアはあなたの遺伝子で出来た肉体という船を手に入れたがっている。そしてあたしのミトコンドリアがこの世界を征服する」
「ミトコンドリアだと?」
 そこで女はくすりと笑った。
「なんて言ったら信じるかしら? 今のはSF小説の受け売りよ。あたしはただ、狂ってるだけ。それだけが理由で、それで充分。だけど、あなたの中に誰かが居るのは本当。いいのかしら? 今のままでは、死ぬわよ、和田京太郎」



 これまで死を感じた事は幾度もあった。
 だけど今この瞬間、感じているワクワクは、これまで感じたことは無かった。



「そのワクワクをパーティーにして、あたしを主役にさせて」
「なら、俺の目を見ろ」
「ええ」
 女は京太郎の目を見て、笑いながら自分の首を掻き切った。手の指の爪で何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も首を掻き毟って、死んだ。
 赤い血が、足下で零れている。流れている。
 それを見ている自分の身体のうちで、何かが目覚めた。
 瞬間、欠落したモノがある。理性だ。
 倫理観は消えた。
 ただ子どもが手に入れた新しい玩具で遊ぶように、彼は硫黄島を徘徊する。
 目に映る人物を片っ端から、
「俺の目を見ろ」
 殺していく。
 子どもには理由は要らない。楽しい、という感情以外の理由は要らない。
 捕まえてきた蝶の羽を毟るのも、
 蝉の足をもぐのも、
 蟻を踏み潰すのも、
 楽しいからだ。
 人間が簡単に虫を殺すのは、それの命を軽く見ているからだ。
 人間が人間を殺さないのはただ、怖いだけだ。その快感に溺れるのに。
 理性があるから人間は人間を殺さないと言うが、それは嘘だ。
 ただ社会の法律が人間を殺す事を禁じてるから、しないだけだ。
 それが証拠に戦争では、人を殺す事こそが絶対である戦争では、より多くの人間を殺した者が、英雄だ。
 つまり、人間は、簡単に人間を殺せる。
 その快感を知れば知るほどにそれに溺れていく。
 SEXの気持ち良さを知って、発情期も、種族保存の本能も忘れて、ただ下半身の気持ち良さだけに男と女が溺れているように、
 人間が人間を殺すその快感を知れば、
 人間は、簡単に人間を殺せる。
 京太郎の目に映る人間は、成す術無く殺されていく。
 京太郎の目に映った時、その人物も京太郎の目を見ているのだから、その瞬間に京太郎の能力にもう、汚染されているのだから。
 心が。
 歌いながら自殺していく。
 泣きながら自殺していく。
 謝りながら自殺していく。
 踊るように自殺していく。
 自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。自殺していく。
 ――――――自殺していく。





 目に映った仲間の顔は怯えや怒気に塗れていて、その顔を変えるのが楽しかった。
 触れた相手の心にほんの少し爪を立てて、それで心を傷つけるその感覚が楽しくってたまらなかった。
 あれはまるで蝶を採ってるようだった。幼い子どものように。



 京太郎に角を生やした京太郎が囁く。
 奥底からそれが現れ出た事で分裂していた京太郎が統合されていく。
 そして京太郎は元の京太郎とは違う京太郎として目覚めた。
 もう、自分は昔の様に振舞えない。
 ただ無邪気に人の輪には入ってはいけない。
 人間を殺す悦びを、自分は知っているのだから。
 京太郎は意味も無くビニール袋一杯に集めてきた蝉の抜け殻を一気に全部潰す時の子どものような、嬉しそうな笑みを浮かべた。






 ―――――追加報告。
 和田京太郎(カテゴリーF)は人体実験対象第108号として、以降、監視対象とされる。
 日本国各省庁関係各所への連絡はスムーズに行われ、これの罪は以降は問われない事となった。




 G.S.O.事後処理班調査報告書以上。




PCシチュエーションノベル(シングル) -
草摩一護 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年06月29日

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