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『ミセスジューノのお誘い〜ブライダルファッションショー〜 』
伊葉・勇輔6589

 ねえ、そこのあなた。
 そうそう、あなたよ。こんなおばさんの声を聞いてくれてありがとう。よろしければ、話をちょっと聞いてくださらない?
 そんな顔をしないで、怪しい誘いじゃないのよ。
 私、ミセスジュノー。ブライダルプランナーをやっているのよ。そうね……結婚式に関する色々なことをお手伝いするお仕事、とでも言えばいいかしら。
 あなたに声を掛けたのは、お願い事があったからなの。
 実は、結婚式の衣装でファッションショーをやるんだけど、私のイメージするモデルがいなかったのよ。それで困ってたら、あなたが目の前を通ったって訳。
 よろしかったら……お手伝いして頂けないかしら?
 そうそう、男性同士とか女性同士ってのもありよ。愛し合う二人が結ばれるなら、そんな事は詮無きことでしょ、ね?
 もちろん一人でもいいの。モデルは多い方が盛り上がるもの。
 ね?どうかしら。腕の良いテーラーもいるから、参加してみない?素敵な記念になるわよ。

【都庁残酷物語?】
「なあ、二時間ほど休憩をくれねえか?」
「駄目です。業務は山のように溜まってます」
 ここは地獄か。
 俺はそわそわと時計を見ながら、書類に判子を押したりサインをしたり、電話で話をしたりしている。
 ここは東京都庁。
 都知事である俺は、今ここに監禁状態だ。最近全国で起こった偽装事件だの、なんだので細かい業務が増えている。そしてそれを済ませない限り、外に出る事すら難しい。
「地獄の方が、まだ仕事が楽なんじゃねぇのか?」
 そうやって嫌味を呟いても、既に返事すら帰ってこない。俺もテンパってるが、周りも似たようなものだ。都民のために身を削るつもりで立候補したから仕方ないとしても、これは労働基準法とかぶっちぎってるぜ、つったく。
「やべぇ、眠い……」
 めくられる紙の音、電話の着信音、もう美味そうとも思えないコーヒーの香り。
 そして追い立てるような秒針の音。
 俺がそわそわしてるのには訳がある。今日は『ブライダルファッションショー』なるものが行われる予定で、知事の俺にも招待状が来ている。
 普段ならそんなスカした催し物なんて、相当どうでもいいのだが、今日のショーは色々と訳が違う。
 今日のショーには、俺の娘の灯がモデルとして出てるのだ。
 もう別れちまった女との間に出来た、目に入れても痛くないほど可愛い一人娘が花嫁姿を見せるってのに、父親として行かないってのはあり得ねぇ。まあ、灯の方は俺が父親だなんて知っちゃいねぇみたいだし、俺も正体明かさねぇつもりだが。
「ちょっくらヤニ喰ってきたいんだけど、いいか?」
 俺の言葉に、ちらっと顔を上げて嫌な顔をする皆。
「……五分で帰ってきて下さい」
 よっしゃ!
 とにかくここから出られりゃ何とかなる。つか、脱走対策に知事室に何十も結界張られるたぁ、お釈迦様でも思っちゃいねぇだろ。
 分煙条約とか健康増進法とか、ろくでもないもんばっか作るんじゃねぇとか愚痴ってたが、今なら言える。条約万歳。これで大手を振って結界の外に出られるってもんだ。
「誰が五分で帰るかってんだ」
 廊下に出て靴を脱ぐ。履いてたままだとコツコツと足音が響いて、どこにいるのかがすぐ分かる。靴なんか取りあえずどっかで買や何とかなっだろ。あとは別の場所に隠してた私服をトイレで着替えて……。
 灯り取りの窓をそっと開け、そこから俺は風に乗った。
 これでまんまと脱出成功だ。後で色々言われるかも知れねぇが、それはその時に考えるぜ。
「おらーっ!今行くぜ……っ!」
 にしても、徹夜続きで眠い。
 こりゃ靴と一緒にどっかで栄養ドリンクでも買わないと、マジで寝落ちする……。

【失踪、疾走】
「……よっしゃ、完璧だ」
 私服に着替えて都庁を脱出した勇輔がまず向かったのは、近所にある量販店だった。裸足で出てきてしまったので、まず靴を買わなければならない。招待状にはドレスコードなどはないようだが、流石に裸足の男は怪しすぎる。
「おっ、これいいな」
 そう言いながら勇輔が手に取ったのは、歩きながらツボを刺激する健康サンダルだ。ずっと革靴だったが、実はこういう靴の方が歩きやすい。
「あと健康ドリンクのいいやつ買って……っと」
 ぶつぶつ呟きながら歩いている勇輔の周りには、何故か人が寄らない気がする。
 それもそうだ。勇輔自身全く気付いてないが、。徹夜続きで顔色は悪く、無精髭、目にクマという状態に黒のサングラスをしている。これは面が割れないようにという勇輔の策なのだが、どこからどう見ても堅気じゃない。
 しかも竜虎の描かれた和柄のアロハシャツと、年代物のヴィンテージだが、パッと見はボロきれにしか見えない、履き倒して右ひざが破れているジーンズ。ちなみに勇輔的にはラフなアメカジのつもりだが、それが堅気じゃない感に輪を掛けている。
 そんな男が裸足で、健康サンダルと栄養ドリンクを買いに行けば……大抵は不審がるわけで。
「……変装が足りなかったか?」
 いや、違う。
 誰も勇輔のことを都知事だなんて気付いていない。
 ここは新宿。歌舞伎町から出てきた、堅気じゃない職業の人だと誰もが思っているのだ。
「ありがとうございましたー」
 何だか妙に勘ぐるように視線を感じつつレジを抜け、栄養ドリンクを一気飲みしてサンダルを履き……。
「痛てぇっ!徹夜続きでツボに効く……」
 まあ歩いているうちに痛みにも慣れて、ついでに健康になるだろう。そう思いながら腕時計を見ると、ショーが始まる十分前を指している。
「やべぇ、灯が何番目に出るか知らねぇんだった」
 のんびり行って出番が終わっていたら、折角危険を冒して脱出した意味がない。もう一頑張りしないと間に合わない。
「席だけはいい場所だったからな」
 ひゅうっと、一陣の風が吹く。
 そこに勇輔が乗っていたことは、その場にいた誰も気付かなかった。

【いざ、本番】
「すんませーん、前通りまーす」
 ショーが始まる前の客席に現れたのは、東京都知事である伊葉 勇輔(いは・ゆうすけ)だった……のだが、おそらくそれが都知事だとは、誰も気付いていなかった。
 顔色は悪く、無精髭、目のクマを隠すような黒のサングラス。それに竜虎の描かれた和柄のアロハシャツと、年代物のヴィンテージだが、パッと見はボロきれにしか見えない履き倒して右ひざが破れているジーンズ。しかも足下は健康サンダルだ。
「間に合って良かったぜ……」
 取りあえず娘の晴れ姿を見るだけだ。そう思っていると、華やかな効果音と共にステージ上にマイクを持ったミセスジュノーが現れた。
「ご来場の皆様。ブライダルファッションショーへようこそ!」
 わあっと拍手が鳴る。それに一礼すると、そのままステージの奥へ促すように目を向ける。
「さあ、素敵な新郎新婦のモデルと共に、一時の甘い夢をご覧下さいませ……It's ShowTime!」

 舞台裏では最初の登場の冥月が、鏡に映る自分の姿を見てそっとこんな事を思っていた。
「着る事はないと思っていたが……彼の為以外に着たくなかったな」
 今でも愛している亡き彼。白いウエディングドレスの下にも、写真が入ったロケットはつけている。その感触を確かめるように胸に手を当てていると、花が入った籠を持ったフラワーガール姿の香里亜がそっと冥月を覗き込む。
「冥月さん、緊張してます?」
「いや、そうじゃない。結局香里亜はそうなったのか」
 流石に冥月の新郎相手は無理だと、大騎やミセスジュノーが判断し、フラワーガールからウエディングドレスへの早変わりになったのだ。
「確かにお子様向けの役だな」
 美しい黒髪とスタイリッシュな純白ドレスの冥月が意地悪そうにそう言うと、香里亜はちょっとだけ頬をふくらませる。
「えー、だって新郎役には私しょんぼりなんですよ。でも、早変わりしたらよろしくお願いしますね」

 しずしずと中国楽器で奏でられる結婚行進曲。
 そこにまず現れたのは香里亜だった。香里亜はニコニコと微笑みながら籠の中の花を客席に撒く。
 ガーベラの花が客席の勇輔の膝に落ちた。それを拾って手を振ると、香里亜も小さく手を振り返す。
「灯もあんな感じになってんのかね……」
 そう呟いた瞬間、奥のせり上がるステージから、黒髪をアップに結った冥月がしずしずと歩いてきた。ドレスもどことなくチャイナを意識させている。
「東洋と西洋の交わる場所、そこで生まれたアジアンビューティのドレス姿をお楽しみ下さい」
「うおっ、美人じゃねぇか」
 切れ長の目に引かれたアイライン。その瞳が客席を見渡し、紅の引かれた口元がすっと上がる。
 瞬間……!
「ベリーハッピーウェディング!」
 ぽーんと香里亜がステージの裏に籠を放り投げ、背中に着いていたリボンを引く。すると短かったドレスの裾が伸び、くるっと回るとウエディングドレスに変わる。冥月は自分が被っていたヴェールを香里亜に被せると、脇についていたスナップを一気に外した。
「おおーっ……」
 先ほどまでのアジアンビューティーが、一気に凛々しい新郎姿に変わり、会場から黄色い声が上がる。
「キャー、素敵!」
「可愛いフラワーガールも成長して、いつかはこうして花嫁になる日が来ます」
 にこやかにお辞儀をして、香里亜は冥月の手を取って歩こうとする。すると、ドレスが長いのか、軽く転び掛けた所を、冥月は颯爽と抱上げた。
「は、はうぅ」
「ほら、首に腕回せ」
 こういうハプニングもショーならではだ。冥月はそのまま香里亜をお姫様抱っこし、舞台を一周して袖にひける。
 何故かその背中に、女性の黄色い声が響いたのは謎だが。

「とっても綺麗だ……」
 舞台の袖で次の出番を待っていた悠宇は、ドレス姿の日和にそう言った。衣装合わせの時は足下がぐらぐらしていた日和も、家で練習してきたので今日はしっかり立っている。
「何か、恥ずかしいわ」
 演奏会やコンクールと違う緊張感。恥ずかしさで俯きそうになる日和の手を悠宇はそっと取った。
「大丈夫、俺がついてるから」
 とか言っているが、悠宇も日和に見とれていた。弦楽四重奏に音楽が変わり、足下にスモークがたかれる。
「さあ、行こう」
「はい」
 ぎゅっ、と日和が手を握った。
 今日の日和はとても綺麗だ。だから、このまま無事に終わらせたい。ドレスに足を引っかけたりして、大事な手が壊れないように悠宇もしっかりと手を握る。
「次は、初々しいマーメイドドレスの花嫁です。恋人同士の甘い切なさを、会場の皆様も味わって下さい」
 恋人同士。
 そう言われると何だか急に恥ずかしい。それでも二人はしっかりと手を取り合って、光溢れるステージへ顔を上げて歩いていった。

 その頃。
「フィリオさん?」
 日和と悠宇の次は閑と朔実、そして灯とフィリオへと続くはずだったのだが、舞台裏でハプニングは起こった。
「まさか、今暴走するなんて……」
 フィリオの持っている『天使聖印・ホーリーフィギア』が暴走し、先ほどまで涼やかな男性だったのに、突然天使姿の女性に変わってしまったのだ。
「どうしましょう」
 タキシードを着るはずだったのに、背も低くなっているし仕草も女性らしい物に変わっている。だが大騎は慌てることなくチューブタイプのドレスを持ってきた。
「前もってミセスジュノーから話は聞いている。だが、今から少しサイズを合わせなければならないから、ショーの順番を変えるようステージにいるミセスジュノーに伝えてくれ」
「分かったわ。香里亜ちゃん達が先でいいのね」
 化粧の手伝いをしていたシュラインが、そっと声をミセスジュノーの耳元に送る。
『ハプニング発生。フィリオさんが女性化しちゃったから、四番目と五番目の順番変更』
 そう言いながらステージ台にいるミセスジュノーを見ると、ハプニングにも慣れているのか「了解」とウインクで答える。
「ごめんなさい、急に変わっちゃって……」
 困ったように着替えようとするフィリオに、灯は問題ないというように笑う。
「大丈夫。タキシード二人で出ると悲しいけど、ドレス二人なら華やかだから。一緒にステージに出ようね」

 賑やかなダンスミュージック。きらびやかな照明。
「すっげーっ、閑くん可愛いよっ」
「そうかな?」
 長いヴェールには白いバラ。ふわっとした清楚なAラインに百合で出来たブーケ。そんな閑の姿に、朔実は嬉しそうだ。
「へへーっ、最初に見られんの俺だもんねっ」
 何だか一緒にステージに出られることが、すごく嬉しくて、楽しくて。
「楽しもうか」
 まず閑が颯爽とステージへと出て行く。そして深々とお辞儀をした所を、朔実が軽々と飛び越えた。
「俺はダンスがトリエだから、着物で踊りますっ!」
 ショーと言われ、だったらありだよねっ?と、提案した事に、ミセスジュノーは快く了承してくれた。そのダンスと、閑のドレス姿に客席がどよめく。
「おいおい、マジかよ」
 羽織袴でくるくると踊るダンスに、中性的な美しさ。勇輔も思わずぽかんと口を開けてしまう。男性でこれだけ綺麗だったら、灯なんか目が眩むんじゃないのか?
 ぴょん!とバク宙した朔実が、裾を踏んで転びかけた。それを閑がそっと受け止める。
「ジェンダーの壁を越えるドレスに、和服の壁を越えるダンス。二人のコンビネーションの和です」
 そのナレーションを聞きながら、閑はそっと朔実を起こした。
「大丈夫かい?」
「ま、まあちょっと、やりにくいけどね。ダイジョブ!閑くんばっかにイイカッコさせないんだからっ!」
 やっぱり一緒でよかった。
 ダンスの最後はジャンプでピース。二人の笑顔に会場から割れんばかりの拍手が巻き起こった。

「次は民族を越えた衣装のコラボレーション……」
 音楽に合わせて手拍子が鳴る。そこに手を繋いで現れたのは、黒の羽織袴を着たデュナスと、サリーを身につけた香里亜だ。音楽に乗るように二人はにこやかにステージ上を歩く。
 光の中、デュナスからは客席がよく見えた。皆楽しそうに手拍子をし、目が合うと手を振ったりしてくれる。自分にモデルなんか務まるのか不安だったが、こうしてステージに立ってしまうとあっという間だ。
「デュナスさん、楽しいですね」
「はい」
 しかも自分が好意を持っている香里亜と一緒なら、これ以上の幸せはない。願わくば、本当に自分が結婚することになったときに、隣に同じ人がいてくれればいいのだが。
「はっ!殺気?」
 ターンするときに見えた舞台袖で、冥月がニヤッと笑っているのが見える。いや、それに怯んだらダメだ。デュナスは堂々とステージを歩き、香里亜と共に冥月がいる方と逆の袖に戻っていく。
 が……。
「は、恥ずかしかったです……」
 ステージ上では平気だったのに、袖に戻って香里亜に「お疲れ様でした」と言われたら、急に恥ずかしくなってきた。どうしてあんな堂々としていられたのか。もしさっきの状況をビデオか何かで見せられたら慌てまくる。
「デュナスさん、光ってます光ってます」
「はっ、しまった……」
 何だか急にお腹が空いた。
 それは今光ったからなのか、それとも緊張が解けたからなのか分からないけれど。

「……よし、これで大丈夫だな」
「ありがとうございます」
 羽が邪魔にならないように作られた、チューブタイプのウエディングドレスに身を包み、フィリオは大騎に頭を下げた。近くでは髪を高く結んで口紅を薄く塗った、少し大人っぽいシンプルなドレスの灯がいる。
「うん、可愛い。花嫁さん同士仲良く腕組んでいこうね」
「はい」
 姿が変わっても、一緒にステージを歩くことは変わらない。二人ステージの右と左に別れ、別々に真ん中まで来て腕を組む。
「結婚式の主役が二人。花は二輪あってもどちらも美しいものです……」
「おっ、灯じゃねぇか」
 思わず勇輔は身を乗り出しそうになるが、自分が父親だとばれてはまずいのでグッとそれを堪えつつ、灯の晴れ姿を見る。隣にいる天使姿の少女も、同じ歳ぐらいで可愛らしい。
 だが、二人揃って真ん中を歩こうとしたときだった。
「きゃっ!」
 履き慣れていない長いスカート。その裾を踏み、灯は派手に転倒しかけ、隣にいたフィリオに腕を掴まれる。
「大丈夫ですか?」
「あっちゃー……」
 ショーを台無しにしてしまっただろうか。だが、客席の目は温かく、それをフォローするようにミセスジュノーがアナウンスをする。
「こんな愛嬌のある花を、支えてあげられる人は幸せ者ですね」
 それを聞きながら、勇輔は「あーあー、誰に似たんだか」とぼやく。とは言いつつも、本当にそれを支える奴がいて、それが自分の眼にかなわなかったら排除する気満々なのだが。
「花嫁の父か……」
 急に感慨深くなってきた。去っていく灯の後ろ姿を見送りつつ、勇輔は鼻をすする。これは感激してるんじゃなくて……スモークが鼻に染みたんだ。
 でもその姿は、誰の目から見ても怪しすぎだったのだが。

 音楽が変わる。
 照明が暗くなる。
 そこにステージの端からコート姿の男女が現れた。二人とも帽子にサングラスで、とてもブライダルっぽく見えない。
「この謎の二人、これからどこへ旅立つのでしょう!」
 それを合図にシュラインと武彦は帽子を取った。シュラインのアップにしている髪にはパールのバレッタ。今度はサングラスを投げ捨て、引いていたスーツケースを開ける。
「武彦さん、コートのボタン」
 小さくそう呟くと、シュラインはまず武彦のコートのボタンを外す。そしてウエストで結んでいた自分のコートのベルトを外し……。
 中から現れたウエディングドレス。
 コートを脱ぎ捨て、靴も放り投げ、スーツケースの中に入っていたヴェールや靴と取り替えていき、一番最後に武彦のネクタイを結ぶ。
「高飛びしてのハネムーン!」
「行き先は二人の秘密だ!」
 二人でそう言うと、スーツケースのポケットに入っていたドラジェをばらまく。それは結婚式の時に配る砂糖菓子。
「いつか本当にやりたいわよね」
「えっ?」
 くすっ。
 にこやかに笑うシュラインに、たじろぐ武彦。
 やっぱり男は、女性には絶対敵わない。

「さて、行くぞ」
「は、はい……」
 ステージ中央にせり上がるリフトに乗り、目を細めるナイトホークに静は俯く。肩や胸元、首などは隠して貰っているし、化粧もしているので自分だと思われることはないだろう。それでもやっぱり恥じらうわけで。
 ガクッ、と一瞬振動が来て、そのまませり上がると静はステージの眩しさに目を細める。
「恥じらう花嫁に、祝福の拍手を!」
 そんなアナウンスに、静はブーケに顔を埋めたくなった。それをナイトホークがそっと押さえる。
「似合ってるから、顔上げたほうがいい」
 見上げると、ナイトホークが優しく笑っていた。今この瞬間を楽しもう。同じ時は二度と来ないのだから。
 しずしずと歩いていくと、ナイトホークが歩幅を合わせてくれる。
 真ん中まで来て、深々とお辞儀。ライトが眩しくて、それから目を背けるように顔を上げると、ナイトホークが自分を見下ろしていて……。
「何か、本物の結婚式みたいですね」
「こんな花婿で良ければな」
 その言葉が可笑しくて、何だか急に笑いたくなって。
 その笑顔のまま静が客席にブーケを放り投げると、歓声と共に拍手が巻き起こった。

【カーテンコール?】
 最後の挨拶も見たかったが、そこまで見てしまうと涙腺が決壊しかねないので、勇輔はそっと外に出た。
 灯に気付かれるわけにはいかないし、色々と事情もある。
「ま、こうやって花嫁姿を見られただけでも、本望か……」
 本番ではないけれど、自分が見たいと思っていたものが見られた。そこまで生きていたことや、無事だったこと、そう思うと何だか感慨深い。
「柄じゃねえな」
 そう呟いて、会場から去ろうとしたときだった。けたたましい音を立てて携帯が鳴る。ステージの間鳴らないようにしていたのだが、電源をつけた途端にこれと言うことは……。 ピッ。
 恐る恐るボタンを押すと、何故か携帯の向こうから冷気が流れてくるような気がする。
「……知事、どこまで煙草を吸いに行っているんです?」
「いや、ちょっとホールまで」
「ずいぶん長い五分ですね」
「俺の時計だと、まだそんな経ってねぇけどな」
「………」
 まずい、沈黙が重い。
 溜息をつき、勇輔は仕方なくこう言う。
「ヤニ喰ってないから、それから帰っていいか?」
「今すぐ帰ってこなかったら、屋形船の上でカッパ巻き食べ放題させますよ」
 ……鬼だ、電話の向こうに鬼がいる。
 東京につむじ風が舞う。
 そこに激務に終われている都知事が乗っていることは、誰も知らない。

fin

ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
3524/初瀬・日和/女性/16歳/高校生
6370/也沢・閑/男性/24歳/ 俳優兼ファッションモデル
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵兼研究所事務

6375/染藤・朔実/男性/19歳/ストリートダンサー(兼フリーター)
5251/赤羽根・灯/女性/16歳/ 女子高生&朱雀の巫女
3525/羽角・悠宇/男性/16歳/高校生
6589/伊葉・勇輔/男性/36歳/東京都知事・IO2最高戦力通称≪白トラ≫
5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」

3510/フィリオ・ラフスハウシェ/両性/22歳(実年齢22歳)/異界職

◆ライター通信◆
初めての方もそうでない方もありがとうございます。水月小織です。
謎の女性ミセスジュノーからのお誘いで、ブライダルファッションショーに出ていただくという話でしたが如何でしたでしょうか?最初の部分と、ラストの部分が微妙に個別です。あと観客の方は、また別にパートを書かせて頂きました。
皆さんの恥じらいや、期待、想いなどが書けて、本当に楽しかったです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたら、よろしくお願いします。
皆様にも、結婚の女神でもあるジュノーの祝福がありますように。
PCゲームノベル・6月の花嫁 -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年06月26日

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