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『父親の『説得』 』
シュライン・エマ0086



1.
「私、今度結婚するんです」
 それはおめでとうございます、としか現時点では草間が言うことはなかったように思う。
「今度こそ、結婚するんです。いえ、したいんです」
 困り果てたような女性の顔に、草間は首をかしげた。
「ということは、いままでにも結婚をされる予定が」
「ありました。けれど、すべて駄目になりました」
「どうしてです?」
「父が、認めてくれないんです。挙句の果てに相手の方へ酷い嫌がらせをして……結局皆さん私の元から去りました」
 子離れできていない過保護の父親による妨害かと、草間は軽く眉を顰める。
「それは感心できませんね」
「はい。でも、今度の人とは私、何が何でも結婚したいんです。私にはもう、あの人しか……」
 泣き崩れそうな女性を宥めながら、草間は力強く頷いてみせた。
「わかりました。貴方のお父さんに、私からきちんと説得してみせます」
「本当ですか?」
「勿論」
「お願いします……きっと、貴方になら父を止められます。いえ、貴方にしかこんなことは──」
 その言葉尻に、草間は何処か慣れ親しんだ(親しみたくはないのだが)響きを感じ、途端、嫌な予感が頭を掠めた。
「失礼ですが、お父様はいまどちらに」
「数年前他界しました。なのに、私に男性が言い寄って、結婚を誓うと現れるんです」
 その言葉の一部に、傍らで聞いていたシュラインは引っ掛かりを覚えたがそのときには口に出さなかった。

 いつものように草間が渋々という空気を滲ませながらも承諾の旨を伝え依頼人が帰ったのを確認してから、シュラインは先程の引っ掛かりについて草間に尋ねた。
「いまの人だけど、結婚っていうものをどう考えてるのかしら」
「どうってのはどういうことだ?」
 怪訝な顔をして草間が尋ね返されたシュラインはまた少し考える顔をして見せてから口を開いた。
「男の人が言い寄ってきたらお父様が現れるって言ってたでしょ?」
「あぁ、そうだが」
「言い寄ってきたっていうことは、向こうから交際を申し込まれたっていうことよね? でも、そういう場合でもあの言い方じゃ自分にはその気がないのに近づいてこられたというふうに受け取れるのよね」
 しかし、その割に依頼人は結婚ということに固執しているようにシュラインには思われたのだが、それが相手への好意からなのか結婚というものに対する(いまは廃れがちだが)女性としての半ば義務的な気持ちから生じているのかがどうもシュラインには見えてこなかった。
「まぁ、結婚っていうものが全て恋愛関係の延長線上にあるわけじゃないし、結婚っていう形が前提にあってその後に愛情を育むっていう場合もあるからそういうところは詮索しないほうが良いのかもしれないけど、それが『お父様』が妨害する原因のひとつだとしたらやっぱり気にしないといけないわよね」
 シュラインの言い方に、今度は草間が「うん?」と引っかかった顔をして見せた。
「いまの言い方、妨害してる相手が父親かどうか疑ってるように聞こえたのは気のせいか?」
 そんなはずはないだろうという含みを持たせた問いに、シュラインは微笑みながら答える。
「そうね。彼女はお父様が妨害していると言っていたけど、それってどういう妨害の仕方だったのかしら。姿や妨害現場を彼女自身が見たのなら間違いないけれど、そういう具体的なことは言わなかったでしょ? だとしたら違う可能性もあるんじゃないかと思って」
「まぁ、俺としても死んだ父親が幽霊になって娘の結婚を邪魔しているっていうより、生きてる人間が妨害してるっていうほうが説得力もあるし調査もしやすいんだけどな」
 そうは言ってみたものの、ここは怪奇事件を持ち込むならとすっかり有名になってしまった草間興信所なのだ。
 ここに持ち込まれたのだから、真相はともかくとして依頼人が怪奇事件だと考えるような現象は起きているということだけは間違いないのだろう。
「さて、武彦さん。何処から当たってみる?」
 そんなことを考えてか憂鬱な顔になっている草間を励ますように明るい声でシュラインがそう尋ねると、草間は軽く息を吐いた後顔を引き締めて口を開いた。
「依頼人があれ以上のことを知らないのなら本人に当たって情報を得るしかないだろう。いままでにその『妨害』とやらで結婚を諦めた相手に会いに行こう」


2.
 ご協力ありがとうございましたと言いながら玄関から出た途端、草間は大きく息を吐き、シュラインはそんな様子に思わず苦笑しそうになってしまう。
「……なんというか、なかなか厄介なものに関わったんじゃないか?」
「そうかもしれないわね」
 いま出て行った家の住人が、今回結婚することを決めた男性より以前に付き合っていた最後の相手だったのだが、その姿を見た途端草間とシュラインは顔を見合わせてしまった。
 別れたのは数ヶ月前だと言っていたが、その腕と足にはギプスがはめられており、聞けば数日前に退院したばかりだという。
 彼女は覚えている範囲では数えるほどしか付き合っていた男性はおらず、またそういう過去の交際は調べようと思えばいくらでも情報を得ることができるのは興信所なら当然だが、それでも付き合った男性の数も結婚まで至ろうとした人数も世間一般よりは少ないかもしれない。
 破談になった相手はすぐに見つかり、古い順から相手の承諾を得られた場合のみ会って話を聞いていったのだが、どうやらこの『妨害』は徐々にエスカレートしていっているようだった。
 わかる限りで最初の相手は、本当に些細なしかし性質が良いとはとても言えない悪質な嫌がらせの積み重ねの結果だった。
 結婚をやめろというしわがれた男性の声で着信履歴の残らない電話が連日続いたのが結婚をやめる決め手だったという。
 次の相手も最初はそんな見えない嫌がらせが続いたようだがそういうことには強い性格だったためそこは乗り越えられたのだが、家の窓ガラスがいきなり割れるなどの怪奇現象に話を取り消すことになった。
 そして、いま草間とシュラインが聞いた男性はというと、そんな怪奇現象にも負けないだけのタフさはあったのだが、植木鉢が頭上に落ちてくるなど直接的なトラブルが立て続けに起こり、最終的には運転していた車のハンドルが効かなくなりトラックと衝突。危うく命を落とすところで折れたらしい。
 何処までが『父親』の妨害なのかわからないが、人間というのは原因がわからないときに身近にあるトラブルや因子とそれを結び付けて考えてしまうことがままある。
「生身の人間が妨害するには難しいものもいくつかあったが……こうなると、本格的に父親へ説得しなくちゃならないのか?」
「そのことなんだけど、ひとつ引っかかることがないわけでもないのよね」
 諦めたような草間の言葉に、シュラインはそう言い返す。
「引っかかること?」
「確かに、元結婚相手に降りかかってきた災難や嫌がらせは『妨害』とも取れるけど、『試練』なのかもしれないとも考えられるのよ」
「試練だぁ?」
 シュラインの口から出た言葉に、思わず草間がそう聞き返した。
「試練っていうのもおかしいけれど、なんていうのかしら……何処か相手を試しているような雰囲気があるのよね。ほら、最初の人は嫌がらせの電話ですぐ諦めちゃったでしょ? それを乗り越えたら今度は怪奇現象。次は実力行使……」
「待った、待った。そんなものは試練っていうには度を越しすぎてるぞ」
 そう制した草間に、シュラインは笑いながら「それは勿論」と返す。
「でも、本人は試しているつもりだったのかもしれないわよ? 自分から近付いてきたのだからいったい何処まで本気なのか。どれだけの障害に打ち勝つだけの力を持っているのか」
 だとしても、最後にあった男性が受けたものはとても『試練』などという言葉で片付けられるものではなかったのだが。
 ひとつ気にかかることがあるとすれば、いまの婚約者にその妨害の兆候がすでに出ているかどうかを依頼人は興信所に訪れたとき言わなかったことだ。もし、すでにその『試練』が始まっており、これ以上エスカレートするようなことがあれば今度こそ相手の命は危うい。
 そんな考えを草間に告げると、真剣な顔で一度頷きシュラインの顔を見た。
「とりあえず、今度の相手と依頼人に会ってみるか。ふたり同時に会って、いままでの妨害のことを知っているのか聞いたほうがいいかもしれないからな」
 その言葉に、シュラインは携帯を手に取り依頼人へ連絡を付けた。


3.
 その日の興信所には二組の男女が向かい合わせに座っていた。
 一組は無論草間とシュライン。もう一組は依頼人とその婚約者である。
 婚約者は穏やかな笑みを浮かべた男性で、それだけを見ているといままでの結婚を元に付き合っていた男性たちが被ったような妨害にあっているかどうかがシュラインにも草間にも把握しかねた。
「妨害のことは、彼女から最初に聞きました」
 そして、と男性は言葉を続けた。
「嫌がらせの電話なら、すでに来ています。それ以上はまだ起こっていません」
 どうやら『妨害』ないし『試練』はすでに始まってしまっていたらしい。
「失礼かもしれないが、結婚する意志に変わりはないんですね?」
「僕は、何があっても彼女と結婚するつもりです」
 じっと男性の表情の変化や脈の乱れがないかといったことを観察していたシュラインにもその言葉に偽りがある様子は窺えなかった。
「命の危険にあったことがある人もいるということはご存知ですよね? それでも彼女を愛してらっしゃるんですか?」
「勿論です。古臭いと思われそうですが、結婚というのはそう軽々しくできるものじゃありませんから」
 ふむ、と草間は頷き、それをきっかけにシュラインは依頼人のほうを向いた。
「これほど強い意志を持った相手でも妨害を続けるつもりですか? 『お父様』」
 え? という顔になった依頼人だが、すぐに変化が現れた。
 寒気がしたような気がしたと後で言ったのは草間だったか、部屋の温度が僅かに下がったような気がしたのはその場にいる全員だろう。
 依頼人である彼女の後ろに、初老の男性の姿がいつの間にか現れていた。
「お父…さん……?」
 その姿にもっとも驚いていたのは依頼人自身だった。父親が妨害していると思ってはいたもののこうして姿を直に見るのは初めてだったのだろう。
 そんな周囲の驚きをある程度眺めてから、シュラインは初老の男性に向かって静かに話しかけた。
「お父様、娘さんは貴方を失い新しい家族を求めています。けれど、いまのままでは彼女はそれを得ることができません。彼女に御自身以外の家族を与えないおつもりですか?」
 シュラインの言葉を、男性は黙って聞いていたが、聞き終えると小さく首を振った。
 今後も妨害を続けるという意味なのか、家族を与えないつもりなのかという言葉への否定だったのか把握しかねているとき、ゆっくりと男性の口が開かれた。
『わたしは、そんなことはしたくないんですよ』
「しかし、実際されていましたよね? いままでも、これからも」
『それは……この子が望んでいたからです』
 男性の言葉に、草間も婚約者も、そして誰よりも依頼人自身が驚いた顔をした。
「私が……望んだ?」
 困惑している依頼人や周囲に対して、父親は優しい声で事情を説明し始めた。
 もともと、死んでいる人間に生きているものの妨害を行えるような力など本来存在していない。
 だが、生きている者の強い思念の影響を受けると、その者が無意識にでも思っていることのために(血が繋がっていれば尚のこと)動かされてしまうということもある。
 原因のひとつとしてはどうやら最初の相手があまりよろしくない人間だったというのもあるようだ。
 といっても素行が悪いといったことがあるわけではないのだが、結婚を申し込まれたとき強いて断る理由も浮かばなかったので承諾した依頼人の中で、ひとつの想いが生まれた。
(こんな軽い気持ちで結婚などして良いのだろうか。もし、父が生きていたら承諾してくれただろうか──父を納得させられるほどこの人は私を思ってくれているのだろうか)
 その不安に応えるため、父親は相手を『試す』こととなった。
 結果は、些細な怪異であっさりと結婚を破談にするような男だったということがわかったが、これが良くなかった。
 依頼人は結婚という話題が出るごとに、常にそのときのことを考えるようになった。
 以前の相手は『父親』の些細な妨害ですぐに諦める程度にしか自分を思っていなかった。なら、次の人は先の相手よりも自分を思ってくれているのか。あれ以上の妨害があっても自分の元から去らないだけの気持ちがあるのだろうか。
 勿論、本人はそれを実感として思っていたことはない。だが、無意識にそうした相手を試す心が生まれ、その思いは徐々にエスカレートしていき歯止めが効かなくなってしまい、『父親』はそれに半ば翻弄されるように次々と婚約者を試していくことになったのだという。
「……しかし、いくらなんでも事故はやりすぎじゃないか?」
 草間の言葉に、父親は首を振る。あれはどうやら本当にただの事故だったらしい。
 だが、いままでの妨害が続いていた延長線上と考えてしまうのはしかたがないことで、より一層依頼人の心に相手を試す気持ちが生れてしまう結果となった。
 ひと通りの話を聞き終え、草間は呆れたように息を吐き、シュラインも半ば予想はしていたとはいえ結婚やその相手に対する依頼人の心を目の当たりにするとやはり溜め息を零してから父親と娘に目を向けた。
「いままでは娘さんに流されるままだった貴方が、呼びかけたとはいえこうして姿を現してくれたということは、余程お伝えしたいことがあってのことじゃないですか?」
 シュラインの問いに、男性は重く頷き、依頼人のほうを見た。
 言った言葉は簡潔なものだったが、依頼人にはそれで十分だった。
『今度からは、私を頼らずに自分で相手の心を聞きなさい。結婚するほど思った相手をもっと信じなさい』
 まさか自分のせいでいままでの結婚が駄目になってたなど思ってもいなかった依頼人は恥じ入るように小さく頷き、婚約者を見た。
「……私、いま『父』が言ったようなみっともない心をしています。それでも、結婚してくれますか?」
 婚約者の答えが、それを聞いた父親が優しい笑みを浮かべたまま消え去れるようなものだったことは言うまでもない。


4.
 そう遅くない頃には夫婦となるふたりが事務所を去った途端、草間の口から思わず「やれやれ」という声が漏れた。
「結婚に対するこだわりってのは怖いもんだ」
「父親に対しての思いにも、じゃないの?」
 対してシュラインは幸せなカップルができて何よりと笑みを浮かべながら珈琲を淹れる仕度をし始めた。
「ねぇ、武彦さん」
 しばらくしてふたり分の珈琲をテーブルに置いたシュラインは草間のほうを見てふと尋ねた。
「あんな立場になったら、めげたりする?」
 早くも珈琲に手を伸ばして口をつけていた草間は、その問いに少し考えてからシュラインを見た。
「お前の『試練』ならいくらでも受けてたつが、あんな試練を投げかけたくなるような不安を最初から持ちやしないように努めるのが肝心だろう?」
 その回答に、シュラインはふふと小さく笑みを浮かべると、その笑みに草間は何かに気付いたのか珈琲を置いて尋ね返した。
「おい、もしかしていまのも試したのか?」
「さぁ、どうかしら。そこは武彦さんの受け取り方次第じゃない?」
 くすくすと微笑んだシュラインに対し、草間は自分が言ったことを思い出してか軽く髪の毛を掻いた。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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0086 / シュライン・エマ / 26歳 / 女性 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
NPC / 草間・武彦

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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シュライン・エマ様

いつもありがとうございます。
6月の花嫁、OPに書かれていた依頼人の台詞から引っかかりを覚えてくださったこともありこのような形にさせていただきましたがお気に召していただければ幸いです。
最後の問いかけの部分も、内容に沿って軽く試したようにも受け取れるような締め方をさせていただきましたがよろしかったでしょうか。
またご縁がありましたときはよろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝
PCゲームノベル・6月の花嫁 -
蒼井敬 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年06月25日

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