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『嗚呼、麗しき6月の花嫁! 』
草薙・秋水3576



「お届けものを受け取りにまいりましたー」
 ソリに乗った赤い衣服の金髪少女は、「ん?」と首を傾げる。そして地図をみた。
 間違いは、ない。
 周囲は閑散としているが、森の中。目の前は礼拝堂。小さな小さな……結婚式用に使われることが多いチャペル。
 だが明らかに、その……。
「あの……つぶれてるんですけどぉ」
 独り言を呟くステラは「え? えええ?」と激しく礼拝堂の周りをうろうろした。
 届け物があるので取りにきてくださいと電話があったから来たのに……。これはもう、騙されたとしか思えない。
「ふえぇ……いたずらなんて、ひどすぎますぅ」
 涙を浮かべる彼女はとぼとぼとソリまで戻った。裏手から表に戻る途中で、半透明のなにかに、ぶつかりそうになる。
「あ、すみま……ぎええええええっっ!」
 悲鳴をあげてステラが勢いよく、その場に尻もちをついた。
<驚かせてすみません>
「うはー……! なんですかアナタは……。形しかないじゃないですか……!」
 顔もない。ただ人のカタチをしているだけだ。
<あなたならお願いを聞き入れてくださると思って、お呼びしました>
「なんですかそりゃあ! わたしはなんでも屋さんではありませんっ! そういうのは草間さんとことか、雫ちゃんとこに行ってください!」
 ぷぅっと頬を膨らませるステラは、しかし腰が抜けて立ち上がれないようだった。
<でもあなたは、サンタ課の方……ですよね?>
「ゲッ。……な、なにを知ってるんですかぁ。やめてくださいやめてください。わたしは下っ端なんですからぁ、難しいお願いは勘弁ですぅ」
<それほど難しくはありません。私はこのチャペルの精霊のようなもの>
「……精霊ってそんな不気味な姿に成れるんですか……?」
 青ざめるステラに、精霊は苦笑する。
<ここが使われなくなってもうかなり経っていますから。でも少し掃除すれば充分使えます>
「はぁ……」
<あなたにお願いがあるのは、そのことで>
「そ、掃除しろってことですかぁ?」
<違います。結婚式を、挙げて欲しいのです>
「……………………」
 しーん、と静まり返る。ステラは完全に固まり、目を丸くした。
「けっ、こん、しき……ですか。それはまた……すごいお願いですぅ……」
<真似事でいいのです。どうしても、その、私の役目を果たしたくて>
「はあ?」
<私、結婚式が好きなんですっ!>
 鼻もないくせに、荒い鼻息を放って言う精霊にステラは呆れる。というか、完全にヒいた。
<幸せいっぱいの花嫁と、花婿の門出! ああっ、素晴らしいではないですかっ!>
「………………それ、なんですか。えっと……真似事ですから、別に本物ではなくてもいいという……」
<真似事でも! 恋人でもなんでもない人はお断りです!>
 人差し指(のようなもの)を立てて、ちっちっ、と振る精霊。注文の多いヤツだ。
<真っ白い花嫁衣裳に身を包み、素敵な殿方に嫁ぐその乙女のロマン……! 惚れた女のあまりにも綺麗な姿に絶句しつつ、幸せを誓う粋な男性のロマン! どうですっ!?>
「え……ど、どうですって……」
 言われても。
(変なやつにつかまっちゃったんですねぇ。はぅ)
 つまりは。
 この精霊を満足させるために結婚式の真似事をすればいいということなのだろう。
「それ、一組でいいんですかぁ?」
<多ければ多いほどいいですね! だって、幸せって多いほうが得した気分になるじゃないですか!>
 ええー……? そうだろうか……?
 頭が痛いステラである。
「わ、わかりましたよぅ。何組か、候補を連れてきてここで結婚式を挙げればいいわけですね。
 精霊というからには、ここ、綺麗にしといてくださいよ! わたしは人を運ぶのと、衣装をなんとかすればいいわけですね。はふ〜、手伝ってくれる人とぉ、あとは新郎新婦ですかぁ〜」
 めんどくさー。と思いつつ、それは口に出さない。

***

「あのなぁ」
 草薙秋水は後頭部を掻いた。そして笑顔を浮かべる。こめかみに青筋が浮かんでいることに気づいたステラは顔を引きつらせた。
「チビッコ。おまえの一大事って、結婚式の依頼なのか?」
「……こ、怖いですよ顔が……っ」
「ははは」
「笑い声もこわいぃ……!」
 さてはて。
 トラブルを持ち込む疫病神のサンタ娘・ステラの依頼は、結婚式を挙げて欲しいとのこと。
 やれやれと嘆息する秋水は目を細める。
「まぁ荒事じゃなかっただけ良かったぜ。俺の体はもうボロボロでロクに動けやしねぇしな」
「ほよ? なにか病気でもされているんですか?」
「似たようなもんだ」
「月乃さんにはちゃんと言ってますか?」
 う、と秋水が言葉に詰まる。
 実は……ちゃんと言っていない。ぼんやりと、微妙にぼかした感じでは説明したけれども……。
「あーもうだめだめな人ですねぇ。そんなことでは逃げられてしまいますよ?」
「うるせえな! わかってるよ俺だって!」
「草薙さんは、意外に臆病でデリケートですからねぇ」
「わかったように言ってんじゃねえ!」
「月乃さんが他所で浮気をしていても仕方ないですよね」
「くぅ! 俺が不甲斐ないせいでっ」
 と、そこで秋水はステラの小さな頭を鷲掴みにし、力を入れる。ステラの頭蓋骨がみしみしと嫌な音をたてた。
「ふぎゃ〜っ! 痛いですぅ!」
「月乃で変な想像してんじゃねぇ……!」
「ノリノリだったくせに彼女さん関連ではめちゃんこマジ怒りじゃないですかぁ〜!」
 びぃぃ、と泣き出すステラの頭を解放し、秋水は腰に片手を当てた。
「で、俺が司祭でもやりゃいいのか?」
「ほえ? 手伝ってくれるんですか?」
「まぁ、手伝うだけならな」
「やったー! でも司祭じゃなくて新郎役ですぅ」
「そうか、新郎か……。ってオイ」
 軽いツッコミから、先ほどと同じように笑顔を浮かべる。青筋が二つになっていた。
「なに言ってるんだチビッコ。俺は月乃がいるから他の女とはできんぞ」
「あ。それは問題ないですぅ。月乃さんも、ここにお呼びしてますぅ」
 実は二人が会話している場所……。森の中の礼拝堂の中である。
 人前でステラをいじめると、幼児虐待に見られてしまうがここでは問題ない。
「ちょ……ま、えぇぇえ!」
 本気で仰天する秋水は慌てて周囲を見回した。とはいえ、月乃はいない。
「おいっ! 指輪とか用意して……あ、あったわ」
 あっさりと秋水は呟く。
(日頃の感謝の意味を込めて買ったものの……恥ずかしくて渡してなかったやつがあったな)
 いつも思うのだが、自分はタイミングが悪いと思う。間が悪いともいう。
 いつ渡そうかなと考えてはいても、いつもその機会を逃がす。
 毎日きちんとご飯を作ってくれて、掃除・洗濯もしてくれる。はっきり言って、自分には勿体無い恋人だ。生活費のほぼ全てを賄っているのが、月乃の貯金だ。だから自分の収入で指輪を買えたわけだが。
 うーん。
 秋水はニッと笑う。
「オーケー。喜べチビッコ。その依頼、受けた!」
「ど、どうしたんですか急にやる気になっちゃって……」
「気にするな」
 真似事の結婚式とはいえ、自分が新郎役なら月乃は新婦役だ。……見たい。彼女のウエディング姿……普通に見てみたい。



(窮屈だなぁ)
 着ている真っ白なタキシードは、ステラが出したものだ。本当にあのサンタ娘は最近なんでもアリだ。
 ……どうでもいいけど。
「……おまえがこの礼拝堂の精霊か?」
 司祭がいるべき場所に、妙な物体が居た。人間大の、のっぺらぼうというか……。
<司祭をつとめます! 今日は来ていただいてありがとうございます! あ、でも私は正式な司祭ではないので、適当に言いますけど、合わせてくださいね>
「…………」
 突っ込む気にもならない。
 後ろの扉が開き、花嫁が入ってくる。秋水はどっ、と汗をかいた。ここにきて、緊張してしまう。
 しずしずと歩いてくる真っ白なドレス姿の娘は間違いなく月乃だ。綺麗だった。
 肩が大きく出ているウエディングドレス。髪を綺麗にまとめあげ、そこに長いヴェールを留めてある。
 彼女は秋水に気づき、照れたように微笑んだ。ずきゅーん、と秋水の心臓を直撃した。
 彼女の手をとる。月乃は真横に並んだところで、足を止めた。
 いつもはしない化粧をしているのが、余計に秋水をどきどきさせた。すごく大人びている。
<草薙秋水、あなたは遠逆月乃と妻とし、病める時も健やかなる時もこの女を愛し、敬い、支え合っていくことを誓いますか?>
 心構えはできていたが、秋水は咄嗟に反応が遅れた。
 妻。妻という単語に動揺してしまった。
「誓います」
 はっきり言うが、頬が熱い。
<遠逆月乃、あなたは草薙秋水を夫とし、病める時も健やかなる時もこの男を愛し、敬い、支え合っていくことを誓いますか?>
「誓います」
 彼女は秋水とは違って、さらりと静かに答えた。迷いのない言葉だった。まぁ、真似事の結婚式だから、迷う必要はないのだが。
<では、変わらない愛を誓った証となる指輪を>
 精霊が秋水に手渡してくる指輪は、勿論秋水がこっそり購入したものだ。宝石はついていないが、月乃に似合いそうなデザインのものを選んだ。
 受け取った秋水が(なんか変にあったかくて気色わりぃ)と思ってしまう。精霊に体温というものがあるのかは、謎だが。
<新婦の左の薬指に>
「はあっ!?」
 秋水は大声で訊き返す。左手の薬指だと? それでは本当に結婚したみたいじゃないかっ!
「私は構いませんけど」
<そうです。今は式の最中なのですよ?>
「うぐ……」
 月乃と精霊に言われ、秋水は月乃に向き直った。こうして見ると、彼女は本当に美人だ。
「じゃ、じゃあ……」
 そっと月乃の左手を掴む。薬指に指輪をはめた。
 精霊はうきうきとした様子で大きく言う。
<では、誓いのキスを……!>
「ちょ……!」
 ここで!? と、またも動揺してしまう秋水だった。
 ギャラリーはサンタ娘しかいないわけだが――しかもあろうことか、あのチビッコ、寝てやがる――それでもここで? 人前で?
 精霊は鼻息荒く言う。
<あったりまえでしょう! なんですかあなた。できないんですか? 愛してるんでしょう、その女性を!>
「うぐぅ……!」
 し、仕方ない。引き受けた以上は、最後までやらなければ。
 秋水は月乃に顔を向ける。彼女は苦笑していた。
「悪いな、月乃」
「いいですよ、私は」
 遠慮しすぎのうえ、いい人すぎるぞとちょっと思う。嫌な時は、嫌と言ってもいいのに。
「誤解しないでくださいね。相手が秋水さんだから、私はいいんです」
「……参った」
 そこまで言われたら、やらないわけにはいかない。
 秋水は月乃の肩を掴み、顔を寄せる。あぁ、口紅もしてるんだなとちょっと思いながら、キスをした。触れるだけの、キスだ。
<ほっぺでいいんですけど、まぁいっか!>
 と精霊が言うのが聞こえ、秋水は「ナヌッ?」と思う。
 精霊は両手らしきものを大きく広げた。
<ここに、草薙秋水と遠逆月乃が夫婦になったことを私は宣言します! あーめん>
「何がアーメンだ!」
 とうとう秋水は突っ込んだ。



 秋水は月乃と同居するマンションに戻ってきて、深く息を吐いた。
「とりあえず、チビッコの依頼は完了だな」
 パジャマ姿の秋水は、冷蔵庫を開ける。ない。ビールはやはりない。
(麦茶かぁ……。いや、麦茶も美味いけど)
 たまにはこう、ビールで喉を潤したいのだが……。外に行って買ってこようかなと考えたが、やめておく。月乃にバレたらどんなことになるか……想像したくない。
 いやしかし。
 麦茶を飲みながら思い出す秋水である。
(月乃は化粧したらああなるのか……。美人だったな……)
「……秋水さん、なにをニヤけているんですか……?」
 恐る恐るという感じで声をかけられ、秋水は「へっ」と振り向いた。風呂からあがったらしい浴衣姿の月乃が立っている。
「い、いや、なんでもない」
「……あの、今日の指輪、いただいてよろしいんでしょうか?」
「ああ。あれは元々月乃にあげたくて買ってたもんだし」
「……ありがとうございます」
 微笑む彼女は湯上りのためか、頬が上気している。うぅ。変な気分になりそうだ。
 照れ隠しに秋水は明るく言う。
「まぁ、今回は依頼だったわけだけど、いつかは本物を挙げたいな。なははは、まぁ、当分先かもだけどな!」
「本物、ですか」
「月乃が嫌じゃなかったらって話だけどな」
 冗談に聞こえるように、秋水は麦茶を飲み干す。
「…………秋水さん」
 彼女は視線を伏せて言う。
「あの、あのですね」
「うん?」
 月乃は顔が真っ赤だ。コップを流しに置いて、秋水は彼女を怪訝そうに見た。
「…………今日、一緒に寝ませんか」
 ぽつりと小さく。
 あまりの小声に、秋水は一度瞬きをし、自身を疑った。なんだ今の。俺の妄想が勝手にそんな風に解釈したのか???
「え……」
「は、はしたなくてすみません……っ」
 そう言って月乃は顔をしかめ、自身の部屋に戻ろうとする。秋水はハッとし、慌てて後を追った。
「ちょ、月乃! 待てって!」
「すみません!」
「いや、あのさ……う、嬉しいんだけど……あの、俺、我慢できないと思うんだが……」
 ただ単に一緒に眠るだけなら、秋水は完全に生殺しだ。
 月乃はこちらを一瞥し、すぐに目を伏せる。
「そういうつもりで、言いました」
「えっ!」
 そうそう、俺はいつも。
(タイミングが悪い! このチャンスを逃がしたら次はいつになるか……!)
 邪魔な同居人はいない。今がチャンスだ。いけ! いくんだ秋水! せっかく恥ずかしいのを我慢して彼女が言ってくれたんだ。据え膳食わぬは男の恥だ!
 はたとする。いつもはこのへんで邪魔が入る。
 秋水は彼女の部屋のドアを開け、彼女を連れ込んだ。そのままバタンと閉める。
 しーん、と静寂が漂った。邪魔は……ない。よし!
「月乃!」
「は、はい」
 彼女は少々腰が引けている。彼女の腰に手を回し、一気に自分のもとへ引き寄せた。
 互いに頬を赤らめたまま……秋水は言う。
「いいんだな?」
「はい。あの、一つだけお願いが……」
「なんだ?」
 月乃は視線を彷徨わせてから、小声で耳打ちしてくる。
 ああもうっ。
(本気で好きだ。好き過ぎる……!)
 彼女の囁いた言葉は――。
「初めてなので、できるだけ優しくしてください」
 できるだけ、というのがなんとも月乃らしかった。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、草薙様。ライターのともやいずみです。
 今回はかなりラブ度高めになっております。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
PCゲームノベル・6月の花嫁 -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年06月25日

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