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『【Aesthetic sense】 』
セレスティ・カーニンガム1883)&アドニス・キャロル(4480)&(登場しない)

 東京でも屈指の高級宝飾店では、店の前に険しい表情のガードマンが彫像のように立ち並び、来賓を守るべく通行人たちを威嚇していた。
 何台かの車が止まっては主人を降ろし、駐車場へと向かう動作を繰り返す。
 そんな車の流れが、ひとしきり落ち着いた頃。
 一台の黒い高級外車が、緩やかに停車した。
 降車した運転手が、恭しく頭を下げて後部座席の扉を開けば、まず落ち着いたダークスーツに身を包んだ銀髪の青年が現れる。
 続いてもう一人、先の青年の手を借りて、上品なライトグレーのスーツをまとった青年が車を降りた。
 肩から流れ落ちた長い銀糸のような髪に指を滑らせて、後ろへ払い。
 銀装飾の杖頭へ手をかけ、ゆったりと歩を進める彼の後ろで、運転手が静かに座席の扉を閉めた。
 前触れもなく降り立った美貌に、居合わせた通行人たちは息をするのも忘れて、二人を見送り。
 その姿が店の中へ消えると、思い出したように東京の雑踏は息を吹き返した。

   ○

「さて。そろそろ説明してもらえるか、セレスティ?」
 友人の問いに、ソファへ腰掛けたセレスティ・カーニンガムはにっこりと微笑む。
「お誘いした時に、説明したとおりですよ。ある好事家の遺品コレクションが、ここでオークションにかけられます。その中に、気になる品がありましたので」
「確かに、それは聞いた」
 ワインクーラーに用意されたデキャンタを取り上げたアドニス・キャロルは、細長いガラスボトルの内側に満たされた液体が澄んだ白ワインであると確認すると、セレスティへ振り返る。
 彼が首を横に振ると、アドニスはデキャンタを再び氷へ突っ込んだ。
「それで、その気になる品というのは?」
 更に問いを重ねれば、友人は悪戯めいた表情で、テーブルのオークションカタログを細い指で彼へ押しやる。
 ページをめくれば、先程見た宝飾品の写真が並んでいた。

 オークションに参加する客と社交辞令を交わし、支配人から慇懃な挨拶を受けたセレスティは、オークションに出品される品々の閲覧の希望を告げた。準備の間に、支配人はリンスター財閥総帥が寛げるようにと特別貴賓席へ二人を案内し。
 応対の従業員は既に退室させ、部屋にいるのは彼らのみとなっている。

 写真の宝飾品は大ぶりの宝石を、これ見よがしに派手にあしらった物が多い。
 繊細な友人の趣味と合わせながら、一気にページを飛ばしたアドニスは、職人の細やかな技巧も美しいアンティークジュエリーの写真に手を止めた。
 レースの様に細いチェーンを組み合わせたネックレスや、エナメル画あるいはシェルカメオのブローチなどの中で、少し変わった品物が載っている。
 金で作られた小さな『本』は、表紙と裏表紙に細やかな彫刻がなされ、背表紙は小さな真珠が並んで飾っていた。
「おそらくは‥‥これか」
 アドニスが顔を上げて友人の様子を窺えば、残念そうな、それでいて嬉しそうな表情が一瞬浮かぶ。
「実物を見れば、判りますよ。準備も出来た頃でしょうし」
 その言葉が終わらぬうちに、ノックの音が響いた。

 赤いベルベットの上で、出番を待つ宝飾品の数々。
 その一つ一つを確認し、観察し。
 アドニスが示した『金の本』の前で、セレスティは足を止めた。
 写真は一冊の本の形をしていたが、展示にセッティングされる状態ではページが開かれ、8つのページ全てが繋がっていることがよく判る。ページには細かい透かし彫りが施され、それもページごとに違うデザインになっていた。表紙にあたる部分には留め金がついており、全体の長さから察すれば本来の用途は‥‥。
「ブレスレットか、見事なものだな。こういった遊び心のあるアンティークジュエリーは、職人の細かい技術が惜しみなく注がれている。作らせたのは、その技術を要求するに相応しい身分の者、ということになるな」
 友人の答えに、セレスティは小さく頷いた。
「アドニスさんがそう仰るなら、相応の物でしょうね」
 彼の審美眼を、かねてからセレスティは信頼している。
 ‥‥ことさら、秘められた本質的な美しさを見出すことに関しては。
「それに、この透かし彫りも気になる。もう一つ、遊び心が隠されているかもしれない」
「もう一つ? それは‥‥」
 セレスティが見上げると、アドニスは意味深に口角を上げた。
「手にしてからのお楽しみ、という事で」
 謎めかす友人に、セレスティは再び金細工を注意深く見つめる。
「お話中のところ、大変申し訳ございません。そろそろ、お時間ですので‥‥」
 何度も頭を下げて恐縮しつつ、支配人が切り出した。

 リンスター財閥総帥を相手にして、競り勝つことのできる者はそう多くはない。
 イギリスのオークションハウスではなく極東の宝飾店に現れ、その目に留まったことを悔いつつ、引き下がるしかなく。
 帰りの車の中でセレスティの『戦利品』は、アドニスの膝の上にあった。
 今日の出品物や、オークションの模様について感想を交わしていたセレスティが、不意に話題を変える。
「この後のご予定がないなら、屋敷へ寄って行かれませんか」
 突然の誘いに驚く友人へ、彼は膝の上を指差した。
「そのブレスレットの謎を、ぜひともお聞きしたいですし」
 セレスティの誘いに、アドニスは小さく笑みを浮かべて頷く。
 車窓では、雑多な街の光が煌めきながら、飛ぶように流れていった。

   ○

 微かな音とともに燐が燃え、軸木の先端に小さな火が灯る。
 それを白い芯へと近づけると、すぐにもう一つの炎が揺らめき始めた。
 背の低いオイルランプをテーブルに置くと、アドニスは部屋の明かりを消すために壁のスイッチへ向かう。
 その間に、セレスティは金細工の本を開いた。
 表紙と背表紙を繋ぐ留め金を外し、広げるのではなく蛇腹のようにページを折りたたむ。
 そして8枚のページを重ねた状態で、そっとランプの傍らに立てて置いた。
「お願いします」
 彼の言葉を待っていたアドニスが、スイッチを切る。
 柔らかな暗さに、目が慣れるのを待つこと僅か。
 やがて好奇心に満ちた表情は、ランプの炎に照らし出された光景に和らいだ。
「これは‥‥」
 端正な指を組んだセレスティは、感嘆の息を吐く。
 壁には、幾重に重ねた透かし彫りを通した光と影が投げられ。
 そこに浮かび上がっているのは、愁いを帯びた人の横顔。
 ぼやけた影の輪郭からは男女の判別が付かないが、最初の持ち主にはそれでも十分だったのだろう。
「透かし彫りを重ねれば別のものに見える細工は、ままありますが‥‥影絵とは」
 本を手に取り、重ねたページを改めて見直してみても、そこから人の顔を見出すことはまず出来ない。だが炎の前へ置けば、その横顔は再びそこに現れる。
「恐ろしく計算された細工は‥‥もしかすると、道ならぬ恋の贈り物だったかもしれないが」
 腕を組み、壁にもたれたアドニスが呟く。
 その彼から僅かに離れた扉が、控えめにノックされた。
 突然訪れた客人のために紅茶か、あるいは赤ワインが用意されたのだろう。
「明かりをつけるぞ」
「ええ。素晴らしい細工を、ぜひ彼にも見せてあげましょう」
 もてなしの用意を運んできた者が誰かは、推測するまでもない。
 ランプはそのままに、セレスティは金の本を閉じて。
 明かりのスイッチを入れたアドニスは、木製扉のノブへ手をかけた。
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東京怪談
2007年06月25日

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