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『私と彼女のエトセトラ・2 』
龍宮寺・桜乃7088)&葵(NPC4559)

「なんで私だけこんな時間まで……」
 Nightingale研修の三日目。
 午前の研修が私だけ遅かったらしくて、食堂にはろくな物が残っていなかった。
 ああー、研修やってるのが本社ビルだったら、時間関係なく社員食堂で美味しいメニューが手頃なお値段で食べられるのに、ここってばたいした物置いてないんだもん。個人の秘密組織とはいえ、これはないわぁ。業務改善希望!
 結局手に入ったのはコーヒー牛乳と、メロンパンとチョコデニッシュ。まあ、コーヒー牛乳があったからいいわ。これで麦茶しかないとかだったら、ちょっと拗ねる。
 パンに麦茶は合わないのよ。牛乳と混ぜたらコーヒー牛乳の味……って、私はそんなの認めません。別々に飲め。
「びみょーに寂しいわぁ」
 一人食堂でパンを食べる年頃の女の子というのも、何だか妙に虚しいので、私はふらふらと芝生の方に移動した。やっぱり天気が良いときは、外で食べるに限るわ。気持ちいいし、ずっと座学だったから外出たい。一人でまたあの部屋に戻って、パン食べるなんて嫌過ぎ。
「お……葵ちゃん発見」
 パンとかの入った袋を持ってふらふらしていると、芝生にある樹の下で立っている葵ちゃんを見つけた。
 ふふー、油断してるな。私はそーっと近づき、後ろから葵ちゃんの胸を触る。
「何やってんのー」
「きゃっ!」
 おおー、いい触り心地だわ。こういうのは女の子同士のスキンシップやね。
「ちょっと!何なさってるの!」
 あーあーあ、聞こえないー。私は葵ちゃんの胸を触り続ける。
 なかなか男好きする胸やね。もみ。
「やめて下さらないかしら、いい加減にしないと怒りますわよ」
 いや、もう葵ちゃん怒ってるし。
 文句も抵抗も無視して、触り続ける私。むぎゅ。でもそろそろ本気で首絞められそうだから、私は葵ちゃんに笑ってみせる。取りあえずこういうときは笑っておけば何とか……なるのかな。
「葵ちゃんは一人で何してんの?実働には同期沢山いたっしょ」
 ぷい……と葵ちゃんはそっぽを向く。むに。
 この調子だとアレだな、ツンツンした態度で同期を怒らせたりしたんだろうな。そもそもここって、社長が気に入って誘った人か、社長のために力を使いたいと思ってる人しかいないんだもん。ただでさえライバル意識強いのに、葵ちゃんの気の強さとプライドの高さじゃ上手くやるのは難しそうだわ。
「あー、さてはどうせ皆と喧嘩して……こらこら目逸らすな」
「………」
 やっぱり図星だったか。にまっと笑うと、葵ちゃんを触っていた私の手の甲が、ぎゅっとつねられる。
「痛っ!」
「怒りますって警告はしましたわよ」
 アイタタタ、失敗失敗。ぶんぶんと手を振っていると、葵ちゃんはそっぽを向きながらもぼそっと呟く。
「そういう桜様こそ、お一人じゃありませんの」
「えっ?私も一人って?」
「違いまして?」
 あー、まあそう言われりゃそうだわ。
 私はがっくりと息をつきながら、聞くも涙語るも涙の事情を教える事にした。
「うん何か私の部署、新人私一人だけでさ」
 そうなのよ。
 入隊式の時は他にも諜報も同期がいたのに、この部署だけ新人私一人なのよ。これは切ない仕打ちだわ……何も悪い事してないのに、神様って不公平。まあ、神様なんて、最初から信じてもいないけど。
「あら、そうですの?私の所は結構人がいらっしゃいますのに」
「そうなのよ。諜報には何人か良い男いたのに、私の部署、教官もおっさんばっかで泣きそう……」
 研修で芽生える恋とか、ちょっと期待してたんだけどなぁ。流石におっさんは範囲外だわ。
 何だか葵ちゃんが呆れてるような気がするけど、そんな事は気にしないで私は芝生に座る。
「ねえ、一緒にご飯食べよ。メロンパンとチョコデニッシュどっちが好き?」
「……お昼は先ほど済ませましたわ」
「じゃあ食後のデザートにしよ。チョコデニッシュあげるから」
 そっとパンを差し出すと、葵ちゃんも私の隣に座った。
 おっ?意外に素直?それともチョコデニッシュぱわー?何にせよ、誰かと一緒にお昼はいいもんだわ。
 はむっ。私は袋から出したメロンパンをかじりながら、葵ちゃんに質問をする。
「葵ちゃん所は、今日は勉強?」
 葵ちゃんも袋からパンを出して食べている。見た目通り、何だかおしとやかな食べ方だわぁ、一口ずつちぎって口に入れてるし。がぶっと行っちゃえ。
「ええ。今日は一日中座学の予定ですの」
 ああ、一日かけて読んで覚えろって言われた、分厚い隊の規約とかの勉強か。あれ、結構細かい事書いてあんのよね……まあ、私には全然問題ないんだけど、実働の人たちは大変だろうなぁ。規約覚えて実戦訓練して、その最中に規約文聞かれたりするらしいし。頭と体一緒に動かさないといけないんだもんね。
「大変そうだねぇ」
「これぐらい何でもありませんわ」
 おっ、言うなぁ。流石だなぁ。
 ここで「本当に大変で……」って、言わないところが葵ちゃんらしいな。でもそういう勝ち気なところも嫌いじゃない。向上心はあった方がいいんじゃない?ま、私はそんな気もないんだけど。
 ストローでコーヒー牛乳を飲み、ちらっと葵ちゃんを見る。
「葵ちゃんの将来の目標は秘書だっけ?」
 最初に話をしたとき、『もっと上を目指す』って言ってたんだっけ。社長に恩があるって言ってたから、やっぱりそこなんだろうなー。そんな事を思ってると、葵ちゃんはまたツンとすましてこう言ってのける。
「当然ですわ。社長秘書が目標ですもの」
 うおお、分かりやすい。
「じゃあライバルはアレ?」
「当然ですわ」
 入隊式の時も社長の側にいたサングラスの長身の男。
 多分一番の社長秘書なんだろうけど……。
「アレは敵にしない方が。私でも見切れな……ゴホン」
 しまった、私が人の嘘や癖、隙、弱点を見抜くのが得意って教えちゃダメなんだっけ。うーん、つい口が滑りそうになるわぁ。こういうとき諜報って面倒。
「ごめん、何でもない」
「ご心配なく、すぐに追いついてみせますわ」
 いやいやいや、物には限度があるから。
 実力はあるんだけど、葵ちゃんは実戦経験とか足りないんだろうな。
 葵ちゃんも戦ったらすごそうだけど、アレは屍の山を踏み越えてるって感じがするから、レベルが違いすぎる。木の棒と布の服と鍋の蓋で、いきなりラスボス倒すみたいなもんだわ。いや、アレは味方なんだけど、イメージとしてそんな感じ。
 そんな事を思ってると、葵ちゃんは服に付いたパンくずを払いながら、私に聞いてくる。
「そういう桜様の目標は何ですの?」
 目標ねー。
 別にそういうのないのよね。上昇志向もないし、特に何かあってここに来た訳じゃ……そもそも普通の社員になるつもりだったのに、気が付いたら何かここいるし。
「私は特に何も。生きてければいいわ」
「慎ましやかですのね」
「そっかな」
 確かに慎ましやかかも知れないけど、それが一番長く続く大変な事だって、私は思う。
 異能を持っている私達が、普通に社会に溶け込むのは難しい。私だって赤い目の事で苛められたり、覚えた事が忘れられない事に苦しんだ。
 ここで拾ってもらわなかったら。
 社長に出会わなかったら。
 もしかしたら、そんな慎ましやかな事さえ出来なかったかも知れない。だから私は一番長く続いて、贅沢な事を願う。
 生きていければいい。
 上手く力と折り合いを付けて、毎日楽しく過ごせればいい。取りあえず研修中は葵ちゃんもいるしね。それだけでも結構楽しくやってけそう。
 食べていたパンがなくなり、残っていたコーヒー牛乳をすする。
「ごちそうさま。普通のパンかと思ってたら、なかなか美味しかったわぁ」
「そうですわね……パン、ご馳走様でした。早い時間に行くと、ベーグルサンドが売ってますけど、それがなかなか美味しかったですわよ」
 いい事教えてもらっちゃった。
「何味がお勧め?」
「クリームチーズとサーモンのサンドと、ブルーベリーチーズとかですわ」
 あいあい了解。早く研修が終わったら、その時は頼もうっと。
 ……ふあーぁ、それにしてもご飯食べた後って眠くなるわぁ。天気は良いし、風は爽やかだし、芝生も柔らかくて寝る準備充分。私は葵ちゃんの横に寝転がり、大きくあくびをしてみせる。
「ふわ……ちょっと一眠りする。寝るの好きー」
 目を閉じた私の上で、葵ちゃんが溜息をついたのが聞こえる。
「食べてからすぐ寝ると、牛になりますわよ」
 さっきまで社長秘書になるとか言ってたくせに、そんな事言うなんてやっぱ可愛いところあるわぁ……って、本当はもっと色々話したいのに、睡魔が襲ってくるー。
「牛?いいねぇ。何も覚えなくて済むし」
 なれるものなら、牛の生活もいいわね。何も覚える事ないし、毎日草食べて、乳搾られて、のーんびり暮らす。牛なら柄が違うからって苛めたりとかなさそうだもの。いいなぁ、牛。出来るなら乳牛で。
「こんな所で寝ているなんて、余裕ですのね。勉強は大丈夫ですの?」
 ああ、そんな物もあったっけ。
 半分ぐらい睡魔に襲われた状態で、私はふにゃふにゃと答える。
「勉強?大丈夫。全部覚えたわ」
 私の絶対記憶があれば、一度見た物は忘れないのよね……隊の規約ぐらいなら、そんな苦労するもんでもないし。それに諜報部は暗号とか覚える事もっとあるしね。
 まあ、おかげで昼休みが少し遅くなっちゃったけど、それも最初の苦労だけだから、大したことないわ。今苦労しとくと後が楽だし。
「読んだのじゃなくて、覚えたんですの?」
 おおー、いいところに気が付いたね、葵くん。
 ふーんって聞き流さないで、ちゃんと聞いてくるって事はやっぱ優秀なのねぇ。サングラスのアレ相手はちょっと無理でも、ちゃんと訓練してちょっとだけ丸くなったら、絶対いいところまで行けるわ。私が保証する。こう見えても人を見る目とか、そういうのは確かなんだから。
 本当はその辺りちょっと褒めたり、ここから親密度アップしたいんだけど、睡魔が睡魔がー。
「そう、読んだじゃなく覚えた。意味は秘密……」
 ごめん、もうダメ。
 昼寝はやっぱりいいわぁ……特に午前中頭使うと、眠気もまたいい感じ。
 葵ちゃん、おやすみなさーい。

「………」
 何か、桜様ってばいつの間にか寝てしまってますわ。
 幸せそうな寝顔。思わずほっぺたを突いてみるけど、全く起きる気配はなくて。
「こんな所で寝ると、風邪を引きますわよ」
 全然聞いてないみたいですわ。こんな短時間で眠れるなんて羨ましい人。しかも私にパンまでくれて……。
 私は来ていた上着を脱いで、桜様にそっとかける。
 これはさっきのパンのお礼であって、風邪とか召されたら後から大変だからですわよ。
「胸触られた事、怒るの忘れてましたわ」
 ああ、もう。何だか調子が狂いますわ。後は知りませんわよ。
 わざわざ起きるまで側にいたりしませんからね。昼休みが終わるから、帰りますわよ。

「ほわぁ……」
 目が覚めると、風が少しだけ冷たくなっていた。しかも私の体の上には上着……葵ちゃんがかけてくれたのかな。可愛いところあるじゃん。
「今何時?」
 そんな事を思いながら時計を見て、私は血圧が急に上がるほど驚く。
「あっちゃー」
 昼休み、とっくに終わってる。つか、午後二時過ぎてるんだけど、誰も私の事探してないの?つか、放送ぐらいかけてよー!
「うわっ、起こしてよ葵ちゃん……」
 つか、いねぇし。
 あーあ、これはどうしたものかしら。上着も借りちゃったままだしなぁ……。
「取りあえず、諜報部に戻ってから考えようっと」
 午前中で午後覚えるぶんまではやっちっゃたし、それは上も知ってるし。でも、お昼はもう少し早く食べたいわぁ。そしたらまた葵ちゃんと会えそうだし。
 さーて、また頑張りますか。

fin

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
葵との研修時代の話第二弾という事で、お昼の風景など書かせていただきました。パンをもらったり、話をしたりしつつ眠ってしまった桜乃さんに上着を掛けてみたりと、可愛いんだか可愛くないんだかという感じです。
それでも少しは心を開いてるのでしょうか。何となく光景が目に浮かんで微笑ましい感じです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年06月25日

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