▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『東京夜想曲 』
九原・竜也7063)&冬夜(NPC4383)

「私は用があるので、今日はここで失礼致します」
 夜の東京。まだ街中には人や車が溢れ、奇妙な熱気と共にざわめきを響かせている。
 自分が秘書をしている都知事についてパーティーに参加していた九原 竜也(くはら・たつや)は、飲み直しに行こうという申し出を断り、その背中を見送っていた。
 秘書であるなら家に着くまで一緒にいるべきだという者もいそうだが、生憎そこまで自分がお守りをする必要もない。幼い頃からの腐れ縁という事もあり、そのあたりの領分はお互いよく知っている。口うるさい自分がいない方がリラックス出来るだろうという心遣いの他に、個人的に付き合いたくない理由もある。
「……ダイエットと禁煙は、邪魔するものって言ってましたが、本気で邪魔する気でしたね。あれは」
 竜也は今、まさに禁煙真っ最中なのだが、彼はそれを全く気にしてはいない。それどころかそれを知っていて、忍耐力を試そうとしているような節もある。それが悔しいので、絶対禁煙に成功しようと思ってはいるのだが。
「………」
 彼と一緒にいる、若い青年の姿が少しずつ遠ざかっていく。
 二十代という若さで、今日のパーティーであるオーストリア大使館共催の展覧会のスポンサーになるほど、大きな会社の社長の座に就いた青年。
 先ほど喫煙フロアで話をしたときが初対面だったのだが、その時彼が何者かに襲われそうになった。それは竜也達が撃退したのだが、その前に彼と交わした言葉がずっと気になっていたのだ。
『失礼ですが、お一人なのでしょうか?』
『ええ。今は』
 ……今は。
 それは自分が襲われる事を知っていた風でもあり、何か考えているようでもあった。
 彼は普通の人間だ。それは竜也が視れば分かる。
 何の異能も持っていない、ただの人間。だが、だからこそ竜也は気になるのだ。
 何の力も持たないのに、死なない自信は誰よりもある。
 それには多分、理由があるわけで。
「………」
 すっと逆方向を向いた竜也は、何もない闇に向かいこう語りかけた。
「そんなに警戒しなくても、何もしませんよ」
 その瞬間、何もなかったはずの闇から一人の青年が現れた。
 黒い髪にダークスーツを着た長身の青年……一つ異様なところがあるとしたら、夜だというのにサングラスをしているところか。その姿を確認すると、竜也は会釈をして名刺を差し出した。
「こんばんは。私は東京都知事秘書の、九原 竜也です」
「……篁コーポレーション社長秘書の、冬夜です」
 お互いさりげなく名刺を交換するが、そうしながらも竜也は心の中で苦笑する。
 相手の感情が全く読めない。普段であれば「視える」はずなのに、どうやらそれを見せないようにされているようだ。冬夜が人でない事は分かる。人の形をしているが、その正体は力の強い魔物。
「これほどの人を秘書に従えているとは……」
 別に喧嘩をする気ではない。聞きたい事があったからこそ別れたのであり、闇に声を掛けたのだ。おそらく冬夜もそれは分かっているはずだ。自分の呼びかけを無視する事も出来たのに、目の前に現れた事からそれが分かる。
 雑踏の中、救急車のサイレンが響く。
 それに少しだけ目をやって、竜也は冬夜にこう言った。
「少しお話しをしませんか?聞きたい事が少しあるんですが」
「俺で良ければ伺います。ただし、一つだけ約束をしていただけますか?」
「何でしょう」
 取引ではなく、約束。
 すると冬夜はかけていたサングラスを外し、スーツの胸ポケットにそれを入れた。下から現れたのは、冬の空のような青い瞳。それが真っ直ぐ竜也を射抜く。
「俺も邪眼は使いませんので、お互い覗き込むような事はやめましょう。覗き込んで得た情報に、信頼はありませんから」
 なるほど、信用出来そうな相手だ。
 冬夜から竜也を覗き込む事も出来たのに、それをしない。話して得た情報によって信頼を作ろうという事なら、それには乗るべきだろう。元々戦ったりする気は全くないのだから。
「約束します。では、近くで、コーヒーでも飲みながら話をしましょう……社長の事なら心配なさらずに。あの人がいますので」
「そうですね。あの方なら、安心して護衛をお任せ出来そうです」

 夜のコーヒーショップは意外と混雑していた。
 その中で竜也と冬夜は濃いエスプレッソを頼み、二人がけのテーブル席に座っている。それが妙に絵になっていて、通り過ぎる客達が、時々二人を振り返ったりしている。
「意外と騒がしかったですね」
 竜也がそう言うと、冬夜はエスプレッソに口を付け、ちら……と店内に目を向けた。
「話をするなら静かなところより、これぐらいの方が丁度いいです。さて、九原さんが俺と話をしたいのは、どんなことでしょう?」
 いきなり核心から話せと言うのか。
 だが回りくどい事をするよりも、単刀直入に聞いた方が良さそうだ。竜也は一つ息をついてから、少し笑って本題に入る事にした。
「そうですね……社長の周辺で起きている事件と、能力者の組織についてです」
 社長の回りで起きている事件について、竜也は噂を聞いていた。最近会社の重役などが殺されたり、社長本人が狙われているという。
 それと共に、社長に関して聞いている噂もあった。
『あの社長は、小夜啼鳥を飼っている』
 それは、彼が持っているという個人組織……Nightingaleのことだろう。異能者や人外の者を集めているという話だが、詳細は謎に包まれている。
「襲撃する者も能力者のようでしたので、企業同士の争いではないのでしょう。しかし事が公に出るなら、IO2としても動かざる得ません」
「……九原さんは、IO2の方でしたか」
 IO2。それは、怪奇現象や超常能力者が、民間に影響を及ぼさないように監視する組織。
 Nightingaleの一員である冬夜としては、出来るだけ関わり合いになりたくない相手だ。その言葉に思わず反応すると、緊張感を押さえるように、竜也が目を細める。
「ええ。しかし私としては、争いは出来るだけ避けたいと思ってます……民間に影響が出なければ、誰だって東京に住む権利はありますから」
 そう。それがこの街の良いところだ。
 人も、人でない者も、異能者すら受け入れて内包してしまう街。人々に危害を及ぼすなら、それは殲滅しなくてはならない相手だが、ただここに住んで普通に暮らしているのなら、竜也としては手を出す気はない。
 だが、冬夜がこれ以上話さないという選択もありだ。次の言葉を待つように竜也はエスプレッソを飲む。ほろ苦くまだ熱い液体が喉に滑り落ち、芳香が辺りに漂う。
「あの人は、俺達のような者に居場所を与えてくれる人です」
 ぽつり、と冬夜が話し出した。
「Nightingaleは、あの人がよほど気に入ったか、あの人を助けようと自ら動く者しかいません。古くからの血や争いに縛られているあの人が得た、たった一つの懐刀です」
「………」
「社会に何かするための組織ではありません。そんな事をしても、あの人には何の特にもならない」
 そう言った冬夜は、無表情のはずなのに何処か遠い目をしていた。
 青い瞳の奥深くに、色々な思いや過去をゆっくり深く沈めていくように、二三度ゆっくりと瞬きをする。
 ……自分と同じだ。
 自分だって他の誰かの秘書などやらない。彼が知事になったからこそ秘書になって助けようと思ったのであり、別の誰かだったらわざわざこんな事はしていない。
「信じますよ」
 つい、そんな言葉が出た。お互いの目が合い、冬夜が初めて柔らかい表情を見せる。
「ありがとうございます」
「いえ、無駄な争いはしないに限ります。あとは、回りで起こっている事件についてでしょうか」
 それを聞くと、冬夜はコツコツとテーブルを指で叩く。
「おそらく分家などからの警告でしょう。古くから続いている家系ですが、残っている直系が二人しかいないので、邪魔なんだと思います」
 昔から続いている家は何かと厄介だ。
 陰陽師などの家系ではないが、財力と権力があるのでそこに収まろうと狙っている者は多いという。
 残り少ないエスプレッソを飲み干し、竜也はウインドーの外に目を向けた。
「何かと面倒なようですね」
「ええ、面倒です……そろそろ出ましょうか」
 多分、竜也と冬夜でなければ気付かなかった。ウインドーの外から自分達を見つめている目。隠していたって分かる。
 自分達を射抜こうとしている殺気。
 観察するように動かされる視線。
 ここにいれば事が公になるかも知れない。竜也は紙コップをくずかごに投げ捨てると、冬夜を伴って人気のない方に進む。
「冬夜さんのお手並み、拝見させていただきます。ただし、出来れば相手を殺さないで下さいませんか?」
 小さな声で呟く竜也に、冬夜が頷く。
「俺の能力は殺傷向きですが、善処します」
 キン!
 何か小さな物が落ちたような音がした瞬間、竜也はスーツのポケットから呪符を出し、結界を展開した。
「逃げられるわけにはいきませんからね」
 それは防御結界ではなく、相手と自分達を外界から隔離するためのもの。これで誰かが通りがかったとしても自分達に気付く事はないし、外に被害も及ばない。
「気付いていたか!」
 派手な化粧をした女が、長い髪を振り乱して両手にナイフを構え竜也に襲いかかる。大振りではなく、小さな動きで急所を狙おうとするのはよほどの手練れだ。しかもその刃は自分が作り出しているのか、竜也が格闘で叩き落としても、何度も手に甦る。
「きゃはははっ!アタシのナイフはそれじゃ尽きないわよ。綺麗なお兄さん」
「それはどうも」
 あまり嬉しくはないが、容姿を褒められたのならこう言っておくのが一応礼儀か。女から間合いを取りながら、竜也は闇に目を向ける。
 不意に女の後ろの闇が動いた。
「注意が一方に向きすぎだ」
 闇から現れたアイスブルーの二つの光。それが残酷そうに細くなると、女の動きが突然止まった。
「く……あ……?」
 これが先ほど言っていた冬夜の邪眼か。恐怖に目を見開き、何か言いたげに口をぱくぱくとさせている女の思考や記憶を、竜也は魔眼を使って読み取っていく。
 見えてくるのは、畳の部屋。その上座に、一人の女性が座っている

 ……あの忌々しい本家の小僧を、なんとしても殺して頂戴。殺してくれれば金はいくらでも出すわ。
 兄の方は放っておいてもいいけれど、あいつは前の集まりでこう言ったのよ。
『こんな面倒な家系は、僕の代で終わらせる』って。しかも『叔母様達分家には、ご迷惑はかけませんから、ご安心を』ですって。
 終わらせるなら、あの権力と財力を放っておくのは勿体ないわ。
 だったら、望み通りこっちで終わらせてやりましょう。小夜啼鳥だか何だか知らないけれど、自分だけがペットを飼っていると思っているのが間違いだって、思い知らせてやるわ……。

「……くだらない」
 冬夜が呟くと、糸の切れた操り人形のように女が地面に倒れた。どうやら束縛しながらも、竜也と同じように記憶を読んでいたらしい。
 眼鏡をかけ直し、竜也も息をつく。
「本当に大変なんですね、古くからの家系は」
 自分も退魔師の家系ではあるが、ここまで面倒な権力争いはない。冬夜は女を見下ろしながら、口元だけで笑っている。
「あの人が、本当に何を考えてるかも知らずに」
 その小さな呟きが、竜也に聞こえた。
 ただ家系をそこで終わらせるのではなく、何かまだ考えがあるというのか……それを聞こうと思った瞬間、冬夜はじっと竜也を見た。
「ペットと言う表現は、俺としては間違ってませんが」
「あまりいい表現ではありませんね。懐刀の方が、言葉としては美しいです」
 それは質問を封じるための言葉。こればかりは土足で踏み込んでいくわけにはいかない。聞けば教えてくれるだろうが、それでは信頼がなくなってしまう。その話は本人がいるときに聞けばいいだろう。
 やっぱり冬夜には隙がない。小さく息をついた瞬間、竜也の携帯電話が鳴った。
「失礼します」
 それは竜也の主からの電話だった。何だかご機嫌なのか、こっちに来いという話に、竜也は少し笑って頷く。
「はいはい、今行きますから。ええ、一緒ですよ」
 どうやら冬夜の事も話していたようだ。一緒に連れてこいと言うので、それにも承諾の返事を返し、電話を切る。すると冬夜の方にもメールが入っていたようで、ちらっと画面を見て少しだけ笑っているのが見える。
「行きましょうか、冬夜さん。あの人が呼んでますし」
「そうですね……久々に少し楽しくなってきました」
 お互い笑って、闇の中に女を残したまま歩いていく。
 舞台は東京。まだ曲は第二幕。夜の帳に役者がやっと揃い始める。

fin

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
ツインノベルからパートが別れてまた繋がるという事で、夜想曲として竜也さんと冬夜との話を書かせていただきました。何かと癖のある人の秘書同士という事と、似たような能力なので警戒心の強い冬夜も普段より砕けた感じです。
いくつか狙われている理由はあるのですが、こちらでは家の権力争いになってます。考えている事はあるのですが、それは役者が揃ってからのお披露目にさせていただきます。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年06月22日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.