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『杯を交わそう 』
守崎・北斗0568)&高峯・燎(4584)&(登場しない)


 都心にほど近い場所にある環境だとは思い難い、静寂な場所だった。
 緩やかな坂道と、きちんと並列して植樹されたものだろうと思しき街路樹。その、初夏の気配を窺わせる新緑が包み込む街路に行き交う人々が落とすさわさわとした声。
 ――上品な場所だと、北斗は小さく息をのむ。
 北斗が住まう家もまた都心近い立地にあり、決して喧騒に包まれているような環境ではない。だが、漂う空気が明らかに違うものであるように思えるのは、並ぶ家々の造りがまるで異なるためなのかもしれない。

 守崎北斗は、とある一軒のシルバーアクセサリーショップに立ち寄った後、それまではあまり足を運んだ事のない街へと踏み入れた。
 店のある場所からはさほどに離れた土地でもなく、電車やバスを利用するほどのものでもなかったが、それでも通りをいくつか越えた辺りから、異界とも言えるような静寂な街へと変わったのだった。
 並ぶ真新しげなマンションや家々を興味深く眺めながら、北斗はその中に並ぶ一軒のマンションを前に足を止めた。
 高層マンションというわけではなく、必要以上に小洒落たデザインのなされているわけでもない。それでも洗練されたイメージを放っているのは、もしかするとデザイナーズ物件とかいうものだからなのかもしれない。
「ほえええ」
 意味もなく声を洩らし、しばしそのアパートを仰ぎ見る。
 おそらくは部屋個数も決して多くはないだろう。窓のひとつひとつを検めた後に、北斗は意を決してアパートの中へと踏み込んだ。


 高峯燎はリビングのソファの上、開け放った大きな窓から流れこむ風の心地良さにうとうととまどろんでいた。
 今日は休日だ。
 彼がオーナーを勤めているシルバーアクセサリーショップNEXUS自体が休みというわけでもないのだが、急ぎの仕事があるわけでもない。燎はオーナーという利権を活用して、突発的な休みを取っていたのだった。
 しかし、せっかくの休日も、先ほどから立て続けに訪問してくる招かれざる人間達によって無碍にされている。
 新聞の勧誘、宗教の勧誘、新築物件の内覧勧誘、あとは何があっただろう。ともかくもそういった来客達が鳴らすチャイム音に、燎は辟易としながら数杯目のグラスを空けた。
 最後に来た勧誘員があまりにもしつこく、燎の気分を著しく損害した。苛立った燎はドアを開けてひどく凄み、勧誘員はそれに恐怖して転げるように去っていった。それを最後に、チャイムが鳴る事はなくなったのだった。
 ――時計を見れば、時刻は夕刻を目前に控えた位置を示している。
 そういえば、窓から射し込む陽射しがいくぶん傾きかけているような気もする。
 大きなあくびをひとつ吐いた後、燎は静かに瞼を伏せた。まどろみに身を任せ、少し惰眠を貪るのも悪くない。

 が、その時。

 しばらく静まっていたチャイムが再び目を醒まし、それまでとは比べものにならないほどの頻度で燎を呼び起こしたのだ。
 ひとまず無視してやり過ごそうとも思ったが、チャイム音は一向に静まる気配がない。さらにはドアを無遠慮に叩く音までもがそれに混ざるようになり、
「っるっせえ! テメ、さっきからピンポンピンポンピンポンやりやがって、そんなにピンポン好きなら体育館にでも行けっての!」
 たまりかねた燎がドアを押し開けると、そこには数度ほど顔を合わせた事のある少年――北斗のニヤけた顔があった。
 北斗は身丈の違う燎を仰ぎ見て、片手をひらひらと振り動かしながら「コンバンハ」と言って勝ち誇ったように笑った。

「いや、別に俺そこまでピンポン好きってわけでもねえんだけどさ」
「……何の用だ、……ってかなんでこの場所を知ってる?」
 開けたドアにもたれて腕を組み、燎は不機嫌を顕わに北斗を見下ろす。
 北斗は燎が放つ『さっさと帰れ』オーラをものともせずにヘラヘラと笑う。
「や、店行ったら、直接あんたに交渉してみてくれって言われてさ。そんで地図も書いてくれたんだよね」
「誰が」
「へ? あんたの弟さんが」
「……」
「いや〜でもあんた、顔に似合わずおしゃれなトコに住んでんのな〜。俺んちなんか古いばっかりの家だからさ、この辺のおしゃれなマンションとか、なんかスゲーって思うよ」
「……で、何の用だ」
 大仰なため息を落とした後に口を開けた燎に、北斗は思い出したように胸元からネックレスを抜き取った。
「これ、前にあんたんとこで買ったやつなんだけど」
 言いながら振ってみせたそれは、一枚羽を模った銀製のアクセサリーだ。
 燎はそれをしげしげと検めてから深くうなずく。
「確かに」
「これと同じものをもうひとつ欲しいんだよね。店に行って訊いたら、交渉次第ではそれもOKだって言われてさ」
「悪いが値が張るぞ。店頭に置いてあるものよりも割高になる」
「オーダーメイドだからだろ?」
「そうだ」
 返された言に軽いうなずきを見せて、北斗は小さく首を竦めた。
「草間さんとこの手伝いで貯めてきた金とかあるし、何十万もするってわけでもないんだろ?」
「さてな」
 言って、燎はようやくドアから身を離して踵をかえす。
「とりあえず入れよ。発注に来た客を立たせたままってのもなんだしな。――茶でいいだろ?」
「マジで? スンマセン、なんか。お邪魔しまーす」
 先に廊下を歩き進めだした燎に従い、北斗もまた玄関を上がる。
 ひとり暮らしの割には部屋数も多めで、家具や調度品の類も多くはない。むしろ殺風景とも言えるようなリビングに通され、北斗は燎にネックレスを手渡した。
「もしかして寝てたんすか?」
 訊ねた北斗にげんなりとしつつ、燎はテーブルにグラスをひとつ置いた。
「寝不足でな――ああ、茶切らしてたな。……水でいいよな」
「なんでも」
 うなずいた北斗に、燎はテーブルに置きっぱなしだった氷と水とを注ぎいれ、それを北斗に差し伸べる。
 北斗は躊躇せずにグラスを口に運び、次の瞬間にそれを勢いよく噴き出した。
「ちょ、燎さん、これ」
「ん? なんだ、氷が少なかったか?」
 言いながら氷を持ってきて、北斗のグラスにぽとりと落とす。
 北斗はがんがんと首を振りながら、改めてグラスの中のものの匂いを嗅いだ。
 ――どう考えても水ではない。
「……これって焼酎だよな」
 呟いた北斗に怪訝な顔をして、燎はどかりとソファに腰を落とす。
「それで。もうひとつ作って、それを誰に渡すんだ」
「へ?」
「女か」
「ああ、そんなんじゃないっす。俺、兄貴がいるんだけど、あいつがあんまりに洒落っけがなさすぎなんで」
「ああ、なるほど」
 うなずいて、燎は自分もグラスを口に運んだ。
「そういえば燎さんとこも双子なんすよね」
「おまえんとこもか」
 眠たげに目を眇め、眉間に片手を添えながら北斗を見据える燎の言に、北斗は大きくうなずく。
「あんまり似てないっすよね、燎さんとこ」
「――そうかもな」
 言って深々と息を落とした。
 北斗は燎に倣ってグラスを口に運ぶ。胃が焼けるような感覚に軽くのたうった後、小皿にあったレモンを軽く絞ってみた。これで味が変わるかもしれない。

 窓の向こう、陽光が翳りだしたのに合わせ、部屋の中の温度が見る間に下がり始めた。
 北斗は周りをちらちらと確めた後、こっそりと声を潜めて燎に向けた。
「あの」
「?」
「……この部屋って、もしかして結構家賃安くないすか」
「……ああ、そうかもな。――ああ、そうか。おまえにも見えるのか」
 言って、燎は静かにグラスを置く。

 部屋の中のあちこちに、この世の者ならざる影がぽつぽつと浮かびだしている。それも、ひとつふたつではない。中にはちょっと面倒そうなものもいた。

「別になんにもしやしねえ。ほっときゃその内勝手に消える」
 軽く続けた燎に、北斗は「はあ」と一言だけを応えた。
「そういや、おまえ、いくつだ」
「へ? 俺? 十七すけど」
「高校生か。……若いな」
 小さな笑みを浮かべつつグラスに手を伸べた燎に、北斗もまたグラスを持ち上げる。
「燎さんって結構やんちゃしてた感じっすよね」
「そうかもな」
 笑いながら北斗のペンダントをゆらゆらと揺らす。
「……腹へったっすね」
 脈絡なく呟いた北斗を見やり、燎は楽しそうに目を細めた。
「カレー喰うか」
「カレー! 好きっす!」



 その後は燎の作ったカレーをふたりで食し、燎が最後まで水だと信じて疑わなかった焼酎をふたりで呑み、夜を通して語り合った。
 もっとも、燎が語るのは部屋の中に集まり始めた霊魂たちが辿った人生(?)とその末路にまつわるものばかりで、北斗はたびたび遠のきそうになる意識をしっかりと奮わせておかなくてはならなかったのだが。

 そうして、そのまま、気付けば窓の外が白みだしていた。
「んじゃ、俺帰っるす」
 言いながら席を立った北斗に、燎はソファから立ち上がる事もせずにひらひらと片手を振る。
「気をつけて帰れよ」
「うっす。――ごっそさん」
 一応の会釈を残し、北斗はそのままアパートを後にした。
 アパートを出てから、本来の目的が何であったのかを思い出す。
 が、北斗はちらりと振り向き、燎の部屋を眺めた後に、目頭を押さえながらふらふらと朝焼けの中を歩き始めた。

 北斗が帰った後、燎はソファの上で睡魔に襲われていた。
「……そういや、あいつ、なんでここに来たんだっけかな」
 呟いて一瞬だけ思考する。が、それもすぐに手放して、燎はそのまま深い眠りの中へと沈んでいったのだった。 

 





Thank you for an order.
Moreover, I am waiting for the day which can meet.

2007 June 20
MR
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2007年06月20日

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