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『『My lover』 』
御柳・紅麗1703)&藤河・小春(1691)&(登場しない)


「あー」
 透明な硝子のテーブルの上にきっちりと積み上げられているのはいつもはきっちりと偽装して隠されている紅麗秘蔵のコレクションの数々だった。それはもう本当にきっちりと嫌になるぐらい神経質なまでに一ミリのズレもなく綺麗に雑誌もDVDも積み上げられている。
 しかしそれが墓標に見えてしまうのはおそらくは紅麗の気のせいではないだろう。彼はひどく気まずそうにそのテーブルの横で正座して座っている小春を見た。
 小春は俯いている。
 顔は髪に隠れていてよく見えない。
 華奢すぎる彼女の肩が小刻みに震えているのはどうしてだろう?
 泣いているのだろうか?
 ―――気まずい。
 それとも今の自分のひどく情けなくって恥ずかしい姿を見て笑いを堪えているのだろうか?
 ―――果てしなく気まずい。っていうかすげー恥ずかしい。
 怒られるのだろうか?
 ―――うん。それが一番良い…………。
「紅麗君。ここ、座って」
 小春の感情の篭らない声の通りに紅麗は小春が指差した場所、彼女の目の前に座ろうとした、
「正座して」
 あぐらをかいて座ろうとしたら即座にそう言われた。
「はい」
 ―――あー。すげー、怒っている。
 部屋の空気は重たい緊張感に満たされていた。
 気まずさが胸いっぱいに広がっていて、何だか空気中の二酸化炭素が目に見えるようだ。
 もうかれこれ30分ほど経っている。
 いい加減に足が痺れて痛い。
 しかし紅麗から何かを言えるような雰囲気ではない。
 逆切れしていると想われたらそれこそ致命的だ。
 紅麗は心の中でため息を吐いた。
 時計の秒針だけが絶えず動いていて、刻を刻む音で紅麗と小春の間にある沈黙を埋めている。だけどそれが余計にこの場に在る空気を重くしていた。
 胃が、キリキリと痛い。
 中古家電の回収業者の軽トラックのスピーカーから流れるアナウンスの声が随分と遠くなった時、
「――――?」
 俯いたままの小春が何かを呟いた声だけがしたが、しかしそれがあまりにもか細すぎて紅麗はよく聞き取れなかった。
 彼は躊躇うように、「えっと………」と呟いて、曖昧な笑みを浮かべる。そんな表情を浮かべて聞き返そうとしたのだ。
「今、何て?」
 紅麗がそう言った瞬間、もう飽和できないぐらいにパンパンに空気に詰め込まれていた緊張とか気まずさとか怒気とかどうしていいのかわからないといった躊躇いとかふたり分の感情の全てが爆発したように、空気が弾けた。
 ――――小春がすごい勢いで顔を上げた。
 叩かれる。思わず紅麗がそう想って自然に自分の左頬を小春に叩き易い様に向けた時、だけど起こった事態は小春の碧色の瞳から涙がぽろぽろと零れ落ちるという本当にもう男としてはただただ自分が情けなくって、自分に怒れる物だった。
 ああ、最低だ俺は。
 紅麗の思考回路はその結論へと一瞬で直結する。
「ごめん。すまん。悪かった。小春。その、」
 心の浮気、という言葉を口にしようとして、だけど決してそうではないという事を彼は知っているから、だから言葉がそこで止まる。
 小春は小さな女の子のように両手で頬を濡らす涙を拭きながら、真っ直ぐに紅麗を見ながら言った。
「私だけじゃぁ、不満?」
 ――――先ほどの言葉を。



 『My lover』Open→


 ある休日の昼下がり。
 空は快晴で、
 さんさんと輝く太陽の光はほど良く温かく、
 吹いている風も気持ち良い。
 太陽の光に火照る肌はしかし同時に吹く風に冷やされていて、その双方があるから外は実に気持ち良かった。
 あの童話に出てくる旅人も、あんな風に競い合うのではなくこうやって協力して自分を気持ち良くさせてくれる太陽と北風を望んだに違いない。少なくとも今の自分は実に幸せな気分だと彼女、藤河小春は感じている。
 小春は近所のレンタルショップとミスドに寄ってきた。レンタルショップで借りてきたのはもう20年ほど昔の考古学者が主人公の冒険ロマン映画と、格闘技の試合のDVDである。それから大学で同じゼミの友人から勧められたとても切ない恋愛映画。前者二つは家に帰ってからゆっくりと見る予定。最後の恋愛映画はこれから赴く小春の彼氏の部屋で見る予定。それも友人から勧められた事だ。とても甘く切ないその恋愛映画の内容に友人は彼氏と号泣し、それからとても甘く二人の時間を映画の中の恋人同士に負けないぐらいに紡いだらしい。
 友人がそうだったからとはいえ、それでも自分と紅麗がそうなれるとは限らない。それでも淡い希望を抱いてしまうのが乙女心である。
 それにここ最近はゼミのフィールドワークとか、講義の補講などで(通常は試験前の試験準備期間に行われるはずなのであるが、教授のスケジュール優先で休日などに一日かけて行われていた。)、紅麗とは会えてはいなかった。いい加減、ふたりの甘い時間をお預けにされて、しくしくと泣いてしまいたくなってしまう。
 すごく切なくって、寂しくって、たまらなく心細くって。小春は自分が透明になってしまうんじゃないかってそう想った。紅麗が恋しくって恋しくって恋しくってしょうがなくて…………。
 だから大学内でイチャイチャしているカップルを見ているとこう、憎たらしい気持ちと羨ましい気持ちが同時に絡み合いながら沸き起こって、複雑な心境になってしまう。
 そうした風景から早足で逃げる日々だった。紅麗に逢えない日々は。
 そんな事を思い出すと泣きたくなる。
 でも、
 小春は歩きながらにんまりと幸せそうに笑む。
 今日は久々のオフ。急に空いた時間だった。始発の新幹線で他県に行き、そこでの発掘現場の手伝い&現場責任者である他大学の教授のゼミに参加して、自分がしている研究の発表をしなければならなかったのだが、しかしその他大学の方で麻疹にかかった生徒が急増して、その大学が全学部休講になってしまったために、その話も延期となってしまい、それで急遽、今日と明日は休日となったのだ。
 それは昨日の深夜にゼミの連絡網で回ってきて、しっかりとスライドーショーの準備とか、人数分のレポートのコピーなどを済ませていた事に対しては肩透かしというか、残念な気分になったのだけど(それに中止ではなく延期となっただけだから、発表の日が遠のくというのはそれはそれでまた緊張する日々が長くなるという事だからキツイし。)、
 でも、だからこそ紅麗と会える事になったのはすごく嬉しくって。
 昨日の深夜のうちに紅麗の部屋に行って、それでこれまでの分、ぎゅっと紅麗に抱きしめてもらって、愛情の充電作業をしたかったけど、でも、目の下の隈が非常に気になってしまったためにそれは断念。
 ここ最近は寝不足状態だったのだ。綺麗にファンデーションを塗って隈を隠す事もできたけど、それでもやっぱり久しぶりに会うのなら、ナチュラルな自分の顔を見て欲しい。それは恋する女の子なら当然の事だった。
 綺麗にお化粧をするのは自分の恋する男の子の為に綺麗になりたい、っていう願望で、
 だからそれは隈を隠すためにお化粧をする、っていう行為とは全然真逆で、
 あーぁ。こういう複雑な心境は男の子にはわからないだろうな、ってそこでそう思考の放棄をして小春は微笑んだ。とにかく会えるんだから良い。
 完全に小春はテンションが高かった。
 それだけ紅麗に会えるのが嬉しい。
 しっかりとお昼近くまで寝て睡眠不足は解消したし、
 お風呂にも入ってきて、髪と肌のケアも万全。
 メイクはナチュラルで、健康的な美が際立つようにして、
 香水は前に紅麗がプレゼントしてくれた物をつけてきた。
 ―――紅麗の好きな香りを。
 さぁっと自分の顔に赤みがさした事を小春は頬の熱さで自覚する。
 今にも駆け出したいのを我慢して歩いているのは変に汗をかいてしまったり、化粧が崩れたり、綺麗にブラッシングした髪が崩れちゃうのを嫌がったから。そうならないように逸る気持ちを押さえつけて早足で歩いていたのに、小春は足を止めてしまう。
 照れたのだ。
「もう、本当にはしゃぎ過ぎ、私」
 口元に軽く握った拳を当てて小春はくすりと微笑んだ。
 本当に凄く幸せだったのだ。
 この温かで気持ちの良い天気のように、小春の心は実に晴れやかだった。
 会いたい。
 早く会いたい。
 会って、抱きついて、キスして、ぎゅっと抱きしめてもらって、
 忘れかけている紅麗の温度をこの私の身体に移して欲しい。
 痛いぐらいに抱きしめてもらって、それで紅麗の存在を私の身体に刻み付けてもらいたい。
 やさしくキスしてもらって、
 それで紅麗に自分の中の会えない間に溜まってしまった溶けない雪を溶かしてもらって、それで、それで、それで、そう、私はずっと一日中、明日も紅麗という温かなぬるま湯の中でふにゃふにゃに溶けていたい――――。
 小春はきゅっと下唇を噛んで、顔をキリリとさせようとした。だって彼女の目の前にはカメラがあるのだ。紅麗の部屋の番号を押してチャイムを鳴らせば、そのカメラは紅麗の部屋に繋がる。そしたらこんなにもにやけた笑みを紅麗に見られちゃうじゃない。それは恥ずかしかった。
 あー、もう。乙女心。
 大きく深呼吸して、
 それから自分に落ち着け、落ち着け、落ち着けと言い聞かせる。
 落ち着いている自分をイメージして、
 自分は落ち着いていると思い込もうとする。
 そうすると不思議と自分は落ち着いていると思えてきて、
 顔の緩んだ筋肉に張りが戻るのを感じる。
 噛んでいた下唇を離して、小春はチャイムを鳴らした。



 +++
 

 とある休日の昼下がり。
 御柳紅麗はぐっすりと寝ていた。
 太陽はさんさんとお空の真ん中で今日もその存在意義をいかんなく発揮しているが、しかし紅麗に限ってはその太陽の存在意義を否定するかのようにカーテンを閉めている。
 時計の秒針が時を刻む音と、紅麗の寝息とが綺麗に重なっていた。そのアンサンブルだけが部屋の沈黙を埋めている。他に音を奏でる物は何も無い。
 静かな休日だった。
 それが彼の時間の過ごし方だった。
 カチカチカチと時計の秒針が紅麗に子守唄を歌ってくれている。
 が、しかしその安息は突然の来襲者の奏でる音色によって掻き消される。
 最初は枕に顔を深く埋めて聞き流していた。
 しつこく鳴り続けるチェイムにタオルケットを頭から被って彼は無視し続けた。
 だけどチャイムは鳴り止む事を知らず、
 ――――そして、ようやっとチャイムが鳴り止み、再び訪れた安息の時間に紅麗がほっと吐息を吐きながら寝返りを打った瞬間、
 枕元で携帯電話が着信を報せる。その音色は恋人の藤河小春が設定した彼女の専用の着信音だった。
「あー、わぁ。ごめんなさい、小春」数秒、深く眠りに落ちた瞬間にどのような夢を見たのか、紅麗は飛び起きた。
 そのまま体勢を崩しベッドから布団ごと落ちて、それで床に広げてあった雑誌やらDVDの中に顔を埋める。起き様に見るには少々マニアックなDVDの写真が視界の片端に入って、それで彼は全てに醒めた。
 夢から醒めた。
 夕方ぐらいまで惰眠を貪ってやるという想いから醒めた。
 それで、ようやっと冷静な判断ができるようになった彼は、携帯電話を手にとって、小春からの電話に出た。
『紅麗君。今どこ?』
 ―――いきなりこれである。しかもなんか怒っているっぽい。
「ん。や、家」
『……………居留守?』
 ―――ここで作られるにはすごい不自然な間の後に、これまでの経験上最大の不機嫌そうな声で紡がれた言葉には最初、ぴーんとはこなかった。
「はい?」
『……………』
 小春の代わりにチャイムが返事をした。



 +++


「居ないのかと思ってちょっと焦っちゃった」
 小春は玄関の扉を開けた紅麗に向かって可愛らしくぺろりと舌を出した。
 それから彼女は「お邪魔しまーす」、と実にご機嫌な声で部屋の中に入って、入るなり両腕を開いた。
 んっ。と可愛らしく彼女は小さな顎を上に向けて、ふわりと動いたさらさらの綺麗な銀色の髪に縁取られた美貌に幼くさえ見えるような笑みを浮かべる。
「紅麗君。充電して。じゃないともう、私、動けないよ」
 本当に幼い。見ていると自然に顔が綻ぶような。
 しかもそんな彼女のデフォルトに付け加えて今は両腕を開いて、抱っこ待ちのオプション付き。本当にまるで幼い子どもみたいだ。
「恋は人を幼くさせるものよ。そしてそれを見っとも無いと思えなくなるのも恋の特徴なの。女の子は特に」
 片方の目だけを開けて小春が囁く様に言う。
「ほら、電池、切れちゃう」
 紅麗はくすりと笑って、そっと自分から小春の肩に両腕を回して抱きしめる。開かれていた小春の両腕も紅麗の背中に回された。
 ふたりで抱きあうのは久方ぶり。身体の温もりが移りあう。
 紅麗は小春の華奢な体つきのくせにしっかりと女の子特有の柔らかで弾力に富んだその感触が心地良くって、
 そして小春の髪からほのかに香るシャンプーとリンスの香りに心をくすぐられる。
 彼女のさらさらな髪に顔を埋めた。
 優しいしなやかな髪の感触が紅麗の顔をくすぐる。
「くすぐったくない?」
 小春の声の方がくすぐったそうだ。
 ―――ああそうか、と紅麗は気付く。自分の吐息が小春の首筋を優しくくすぐっている。
 だから、そっと髪の隙間に見える彼女の雪の様に白い肌に唇を当てた。
 ぴくり、と小春の身体にわずかに力が篭る。きっと唇をあてた瞬間に身体中に電流が走って、その電気信号が彼女の身体に力を込めさせたのだ。きゅっと背中で締まる小春の手の力が強くなっている。
 そのままそっと舌を動かす。上等なシルクの様に肌理の細かい彼女の肌の感触が舌に伝わってくると共に、小春の味がした。
 唇から伝わってくる小春の温度がどんどん熱くなっている。きっと今、小春の柔らかい弾力に富んだ左胸の奥にある心臓は速い。
 小春の切なそうな吐息に紅麗の心臓も速くなる。小春への愛しさが増大していく。そのまま強く抱きしめる。愛しくって、欲しくて、たまらない。
 小春の右手の指の指先は強く紅麗の背中に食い込んでいる。疼くように熱く、その熱が全身に広がっていく。
 理性が茫洋になっていく代わりに、小春という存在の全てを求める感情がますます強くなる。
 紅麗は小春の首筋をゆっくりと唇で愛撫して、それから顎。顎から唇へと自分の唇を動かした。
 舌を絡めあう。
 ふたりの感情がいっきに頂点に達しようとしたところで、小春の左手に握られていたミスドの箱が落ちた。その音で、ふたりの理性が目覚める。
 目覚めたそれはたちまちふたりの、少なくとも小春の理性に恥ずかしい、という想いの花を咲かせた。
 唇を離し俯き加減の小春は上目遣いで紅麗を見上げながらはにかんだ笑みを見せる。
「充電完了」
「もう?」
「うん。部屋に行くまでは電池が貯まったから」
 そこで紅麗はここが玄関である事をようやく思い出したように苦笑した。
 彼はしゃがむと小春が落としたミスドの箱を手に取って、それからもう片方の手で小春の手を握る。
 紅麗は小春の手を引いて、部屋に入った。
「だけど驚いた」
「そう? じゃあ、成功だ。小春の恋のドッキリ大作戦。驚かせようとね、想ったの。突然来て…………迷惑だった?」
 少しの沈黙を挟んで、立ち止まった小春は、紅麗が振り返ると、逃げるように顔を俯かせて、そう消え入りそうな声で呟いた。すごく不安そうに。切なげに。
 会えなかった時間が、小春を少しナイーブにさせていた。
 だけどそれは紅麗も一緒。
 だから紅麗は少しかがんで俯いている小春の唇にまた自分の唇を重ね合わせた。
「小春はもう電池、貯まったの? 本当に?」
 そう言って優しく微笑む。
「インターホンのパネルに映った小春を見てすごく驚いたけど、それ以上に嬉しかった。俺ももう、電池カスカスだったから。今もまだ、全然足りない」
 吐息で小春の肌をくすぐる様に甘く囁くと、
「じゃあ、紅麗君も充電」
 小春の両手がそっと紅麗の後頭部に回されて、そのまま導かれる。
「うん」
 紅麗は小春の豊かな胸の谷間に顔を埋める。ふわりとした心地良い弾力が顔を包み込んで、気持ちいい。我が侭を言うのなら、服と下着の感触がすごく邪魔。
「貯まった?」
 そう言いながら小春が左手でそっと紅麗の後頭部を撫でながら、右手で優しくあやすように紅麗の背中をとんとんと叩いてくれる。
「ああ、うん。溜まった」
 貯まったと溜まった。発音は一緒でも漢字に変換すると意味合いは違うものに変わっている。だけど耳で聞いただけでは、紅麗のたまったを溜まったと脳内で変換する事は難しくって、
 それで、
「じゃあ、ドーナツ食べようか。私、実はお昼、まだなんだ」
 さらりと紅麗の身体から小春の身体が離れる。急速に失われた体温と感触が愛しい。切ない。
 紅麗は後ろからそっと小春を抱こうとして、
「―――っぁ!」小春が振り返って、紅麗の心臓が大きく跳ねた。
「ほへ?」小春が前髪を揺らして可愛らしく小首を傾げた。
「いや、なんでも」
 顔を振る紅麗。その顔は赤い。
 ――――溜まっている、っていうか、寧ろ、小春が表現したように、紅麗も予想以上に本当に自分が充電を必要としている事を悟って、恥ずかしいのだ。
 その想いがいっきに理性を紅麗の思考に注ぎ込んで、彼は今の自分の行為を冷静に判断できるようになる。
 うわぁ。めさめさ小春に甘えた態度を取った自分が恥ずかしい。
 ―――でも同時にそのまま気付く事無く小春に甘えられ続けていられなかった事が残念にも思える。
 そんな想いを抱いたまま紅麗は小春を見る。薄いピンクの口紅が塗られたその形の良い薄い唇を。その唇が紡ぐ言葉を一片たりとも見逃さないようにするように。
 果たして彼女が口にした事は、
「掃除をしよう」
 という言葉だった。
「ほへ?」
 思わず紅麗は唖然とする。小春の口癖まで真似してしまった。思考が追いつかないのかもしれない。あまりにも小春のスイッチの切り替えが早すぎて。
「ドーナツ、食べるんじゃなかったのか?」
「うん。食べるよ。お部屋のお掃除をしてから」
「綺麗じゃん」
 何気なく紅麗が思った事をそのまま口にすると小春は驚いたように両目を見開いて、それから腰に両手を置いて、あらためてお姉さんらしくキリリとした表情を作ると、わざとらしくため息を吐いた。
「もぉーぅ。男の子だなー、紅麗君。大雑把すぎだよ。これは綺麗なお部屋とは言いません。断じて言いません。誰も絶対に言いません。ほらほらー、あそこ見て。そこも。ここも。ね、紅麗君」
 はっきり言って紅麗にとってはパーフェクトに片付いている、部屋の隅に整然と詰まれた雑誌とか(小春には雑然と乱雑と無造作に非常にアンバランスに重ねられた雑誌の山にしか見えない。)、小春が前に飾った観葉植物とか(若干観葉植物は元気が無く、その蜂が置かれたトレーには水をやった時に流れた蜂の中の土や枯れ落ちた葉が少々溜まっていた。)、CDコンポの両隣りに置かれたCDケースの中のCDとか(やっぱり乱雑に入れられている。)、一応は布団がたたまれているベッドとか(せいぜい40点のたたみ具合か。色んな意味で急いでいたし………。)、そんないたる所を指差しながら母親が息子を諭すような口調で汚れている箇所を口でもあげていって、
 さらには紅麗の手を引っ張って、ちゃんと掃除が行き届いているトイレ(床はまあ綺麗だが、前に小春が飾ったドライフラワーがいささか曲がっていて、見た目が汚い。)、きちんと磨いてあるはずのお風呂(小春に言わせれば壁のタイルの溝の掃除が全然なってない!)、しかも洗濯物の山!!!
「わかった?」
 再び両手を腰に置いて小春がお姉さんの表情を作る。背伸びして紅麗の顔を覗き込んで。
「ん。わかりました」
 紅麗は苦笑い気味の表情で頷いた。
「ん。よろしい」
 小春はウインクして、それから改めて紅麗の部屋を見回している。
 さっきまでは本当に電池切れ寸前の様だったのに、しかも怒っていたのに、会って充電したらこんなにも元気になって、ご機嫌になって。お姉さんパワー全開にして紅麗の面倒を見ようとしてくれて。
 そんな小春の事を紅麗は面白いなー。可愛いなー。と想う。
 四歳年上の小春はその歳の分だけ気張って年下の紅麗にお姉さん風を吹かしたりもすれば、こちらが心配になるぐらいにそそっかしい事をしたり、知ってて当然の事を知らなかったり。そう。口調や態度を礼儀正しくして自分をしっかりとした人間に見せているけど、それは彼女が本来の自分にインストールしたモノで、デフォルトの彼女は可愛らしく、好奇心旺盛で、おっちょこちょいの天然の女の子なのだ。思わず守りたくなる。
 小春が突然、掃除をする、だなんて言い出したのも要するにしっかり者のお姉さんで、綺麗好きな彼女として、大雑把な男の子の紅麗の世話を焼いてあげたい、というところか。それに本当に彼女にしてみればなってないんだろうし。計算ではなくって、純粋に彼女はそう想い、行動しているのだ。
 ああ、本当、ほのぼのとするなー。
 ―――完全に紅麗は小春のそんな計算の無い純粋で一途な女の子の面に和んでいたが、
「じゃあ、さっそくお掃除しようか、紅麗君。しっかりと大掃除するよ」
 という言葉に事態の重大さを遅まきながらに気付かされた。
 何だろう、今一瞬、胸に過ぎった不安な想いは?
 そして紅麗はいつもならば巧妙に偽装して隠されているDVDの一つがベッドの下の隙間から少しだけ覗いている事に今更ながらに気がついて、顔を青くした。
 女子高生物のDVD、しかも結構ハードな奴がこんにちは、をしている。そんなモノを小春に見られた日には―――
 その瞬間、目まぐるしく紅麗の頭の中で計算が行われた。
「じゃあ、小春。早く掃除をしよう。ぱっぱっと片付けようぜ」
「だーめ。今日は私が来れているんだから、しっかりとやるよー」
 伸ばされた小春の右手の人差し指は軽やかに左右に振るわれて、その後に紅麗の鼻の頭を潰した。
 にこりと微笑む顔が愛らしい、と書いてにくたらしい。
「じゃあ、まずは空気を入れ替えようか」
 小春が窓を開けに行ったその隙に紅麗はつま先でDVDを奥に蹴った。
 DVDはベッドの下でフローリングの上を滑っていく。かつん、と音がする。小春が振り返る。
「今、何か音がしなかった?」
「え、や、何も」
 紅麗はぎこちない笑みを浮かべた顔を左右に振った。
「えーっと、じゃあ、お掃除ね。紅麗君。バケツに水を入れて、雑巾と一緒に持ってきて」
 もちろんダッシュで用意しました。だってひとりでここに置いておいたら小春さんいきなりベッドの下からお掃除しようとしだすかもしれないし。
「ありがとう。そんな、でもダッシュで持ってこなくても良いよ? 私はまだお腹空いているの我慢できるから」
 揺れた前髪の下でにこりと微笑んだ小春の顔にだけど罪悪感を抱いている余裕なんてのは紅麗には無かった。
 だって小春は既に勝手知ったる紅麗の家で掃除道具の数々を引っ張り出していて、それで、
 その中の一つに手を出そうとしていて、
「小春さん。ここは俺に任せてくださいませんか?」
「ほへ?」
 不思議そうに首を25度に曲げる小春。
 紅麗は愛想笑いを浮かべながらほうきを手に取ろうとしたけど小春はその彼の手に雑巾を握らせた。
 えっと………、
「紅麗君は窓拭きをお願いね。ちゃんと外からするんだよー」
「小春さんは?」
「私ははたきで上からお掃除」
 ―――あーそうですか。
 つまり、彼女がはたきでお掃除し終わるまでに窓拭きを完了させれば良いんですね?
 速攻で紅麗は窓拭きを完了させようとした。しかしそもそも窓や窓枠の掃除はマメに行っていないと、たまの掃除ではすごく時間がかかってしまうものだ。しかもそのお掃除チェックをするのは小春である。故に、
「はい。紅麗君、洗剤のふき取りが雑です」
 小春に斬り捨てられた。
 洗剤のふき取りが不十分だと、窓は綺麗にはならない。紅麗の窓掃除は30点の出来だ。
 小春ははたきで肩を叩きながらもう片方の肩を竦めて、柔らかな苦笑を零した。
「がんばって」
 ―――がんばりますとも。ベッドの下のお掃除を俺に任せてくださるのなら、
「あっ………」
「ほへ?」
 ベランダに出て窓掃除をしている紅麗と小春は窓硝子越しに顔を合わせた。
 紅麗は固まっていて、小春はん? と不思議そうに小首を傾げている。
 それから小春はぱちんと手を叩いて、古新聞を笑顔満面で持ってきてくれた。
 その笑顔がものすごく愛らしい。
 紅麗は額を手で覆って天を振り仰ぎたい気分だった。
 だってあれだけ張り切ってお掃除をしている小春の傍ではベッドの下の掃除だって入念にしないといけない。それではいかに紅麗がベッドの下の掃除を担当しても意味は無い。
 あー。マジでどうしよう?
 紅麗は乾いた古新聞で窓を拭くフリをしながらその場にしゃがみこんだ。
「はい。終わり」
 小春ははたきや雑巾などでの高い場所のお掃除や棚の掃除を済ませて、ほうきを手に取った。
 それを紅麗は目の当たりにして、
 小春が鼻歌を歌いながらベッドの下に空いている隙間にそのほうきを突っ込もうとしていて、
 その彼女の一連の行動が凄まじくスローに見える中、紅麗は部屋に飛び込んで、
 とにかくその後の事なんて何も考えていないけど、でもとにかくそこにほうきを入れて中のゴミをはき出そうとしている小春を止めるために、
 ―――あー、クソ。なんて言い訳をすれば良い?
 次いで彼の耳朶を叩いたのは小春の絹を裂いたような悲鳴だった。
(あー、終わった。俺の小春との恋人ライフ)
「ごきぶりぃー。ベッドの下にごきぶりが居たぁ!」小春は半泣きで紅麗に抱きついた。
「ほへ?」紅麗はフリーズして、それでほんの一瞬の間を置いて、
 そして天啓が舞い降りた。
 紅麗は小春を抱き上げてお姫様抱っこをすると共に駆け出して、彼女を部屋からダイニングに連れ出して、それから彼女を下ろすと、
 涙目の小春に、
「ごきぶり飛ぶから、だからここに居ろ、小春。俺がごきぶりを倒してくるから」
 小春はこくこくと頷いて、
 それで晴れてこの部屋の掃除は紅麗だけが担当する事になった。
「とは言えどこに隠せば良い?」
 腕組みして紅麗はものすごく苦い顔をしていた。
 しかしここで彼は想う。小春には既にこのベッドの下の恐怖心が植えつけられている。だからここで下手にベッドの下から動かさずにそのままにしておいた方が良いんじゃないのかって。
 そう。いつもの通りに偽装して隠すにしたって、それには一度、雑誌やDVDをベッドの下から取り出さないといけないんだから。
 そんな計算をして紅麗は頷いた。
 一応、ベッドの下を掃除する。中の物を出してしまわないように。
 そうして彼は床をほうきではいて、掃除機をかけて、掃除を完了させた。自分では、満点だと想った。



 +++


 そろそろと小春は顔だけを覗かせてチェックをすると、紅麗にOKを出した。
 それで彼女は彼に最後の仕事としてゴミ出しを頼んで、小春は軽くため息を吐いた。一仕事終わった。お掃除完了である。
 ゴミ出しをして紅麗が戻ってくる前に美味しいコーヒーを煎れておいてあげよう。小春はそう想っている自分が本当に幸せな女の子に思えて嬉しくなった。
 でもその前に―――、
 小春はくすりと微笑む。
 ごきぶりを恐れてこの部屋を逃げ出した自分の代わりにひとりでこの部屋を掃除していた紅麗を想うと微笑ましい。だから合格点を出してあげたけど、でも小春に言わせればまだ甘い。
 彼女はくすぐったそうなため息を吐くと、部屋の片隅に置かれて、コンセントの入ったままの掃除機のスイッチを入れた。低い音を出しながら動き出した掃除機の先をベッドの下に入れて、それで―――
 それで掃除機が何かを吸い込んだ。しかも音からして何かの本だ。小春は苦笑を零した。
 そのままベッドの下から出して、そして、
「きゃん」
 小春はいっきに涙目になって悲鳴をあげた。
 それはエッチな雑誌だった。
 しかも表紙に書かれたキャッチからしてすごくエッチだった。
 掃除機をそれから離そうとして振り回したらページが捲れて、開いたページには女の子には辛すぎる男の身勝手な欲望丸出しの光景を収めた写真が大きくアップされていて、小春はショックでその場にぺたんと座り込んでしまった。
 それで小春はおそるおそるベッドの下を覗き込んで、
 ―――たとえば悪霊に乗り移られたピエロの人形とか童子様の方が良かったと思えるような品々がそこにあった。
 有りも有ったり、エッチな雑誌の数々、エッチなDVDの数々。DVDのケースの裏の写真も本当にひどい。なんだかこうもう、見てるだけで恥ずかしいし、それになんだかそれは女の子を人間として扱っていないような写真で、涙がじわりと滲み出てきた。
 だけどその涙がどういう涙なのか一瞬、小春には判りかねた。
 恥ずかしくって涙が出てきた?
 ―――ううん、違う。紅麗君がこんな私以外の他の女の人の裸を見て喜んでいるのが嫌なんだ。
 そう判ると余計にぽろぽろと涙が出てきた。
 男の子って本当にエッチなんだから、とか、男の子なんだからしょうがないよね、とか、健康な証拠だよね、とか、そういう心境にはなれない。笑い飛ばせない。友達の女の子も似たような状況になった時に笑い飛ばしたとかって言ってたけど、それどころか一緒に見たとか言っていたけど、でも私には無理。
 女の子特有の潔癖症。
 ただただそう。自分は紅麗以外の男に肌に触れられるのなんて絶対に嫌なのに、紅麗は簡単に他の女の子に愛が有っても無くても触れられるのかもしれない。だって男は奥さんや恋人が居ても、そういう店に行ったり、不倫なんかもするし、男は遺伝子を残すための本能が女の子よりも強いから何人もの女の子を抱けるって言うし、だからそういう感じで紅麗君が私以外の女の子と隠れてこういうエッチな事をするかもしれない、ってそういうのが嫌なんだ。
 考えすぎ?
 でも紅麗君は心の浮気をしてしまった。
 エッチな雑誌やエッチなDVDを見て、そこに写っている映っている女の子に欲情するなんて心の浮気よ。だって、女の子はそのままで男優を自分に置き換えてイメージしてやるんでしょう? それって頭の中でその女の子とエッチしているのと一緒じゃない。心の浮気以外の何物でもない!
 そんな事を想いながら小春はティッシュで雑誌とDVDを摘んで、テーブルの上に積み重ねていった。
 そして紅麗は帰ってきて、彼は、
「あー」
 透明な硝子のテーブルの上にきっちりと積み上げられている雑誌とDVDを見ながら気まずそうな声を出した。
 ―――ええ、そりゃあ気まずいでしょうね。心の浮気の証拠を突きつけられたんだから。
 紅麗がひどく気まずそうにテーブルの横で正座して座っている自分を見ている気配を小春は感じる。
 だけど小春は俯き続けた。
 このままずっと黙っててやろうかしら?
 そんな事を想ったら、ふいに少し前の幸せだった頃の自分たちが思い出されて、凄く泣きたくなった。
 しゃくりがこみ上げてきて、それを小春は懸命に堪えた。ここで泣くのはなんだか悔しい。いやぁ。
「紅麗君。ここ、座って」
 無感情な声になった。だけどきっと今はそれぐらいがちょうど良いだろう。小春はそんな意地の悪い自分にまた泣きたくなる。
 指差したまま彼女は彼を見て、
「正座して」
「はい」
 それから30分が経過した。
 時計の秒針だけが絶えず動いていて、刻を刻む音で小春と紅麗の間にある沈黙を埋めている。
 マンションの前の道を中古家電の回収業者の軽トラックが通っていく。それを聞いてそうだ、この雑誌もDVDも捨ててしまおうと想う。そう想ったら幾分胸がすっとした。
 それでそのスピーカーが遠くなったら、話し合おうと小春は決めた。
 どうして私という者が居ながら心の浮気に走ったのか―――
 中古家電の回収業者の軽トラックのスピーカーから流れるアナウンスの声が随分と遠くなった。
 小春は言った。
「私だけじゃダメ?」
 口にした瞬間、すごく恥ずかしくなった。
 泣き叫びたくなった。
 目の前の雑誌全部破り捨てて、DVDも割ってやりたい。
 哀しくって哀しくって哀しくってしょうがない。
 紅麗は躊躇うように、「えっと………」と呟いて、曖昧な笑みを浮かべる。そんな表情を浮かべて聞き返そうとしたのだ。
「今、何て?」
 紅麗にそう聞き返されて、小春の中で紅麗は何もわかってくれていない! っていう想いでいっぱいになった。
 そうなったら我慢できなくって、それで小春は顔を上げる。自分でも驚くほどに弾ける様な動きだった。
 そして顔を上げて、真正面から紅麗を見たら、
 小春の瞳から涙がぽろぽろと零れ落ちた。
 嫌だ。こんなんじゃ紅麗に嫌われちゃう―――
 私、なんて………
「ごめん。すまん。悪かった。小春。その、」
 ―――それ以上言わないで―――――
 小春は小さな女の子のように両手で頬を濡らす涙を拭きながら、真っ直ぐに紅麗を見ながら言った。
「私だけじゃぁ、不満?」
 私だけじゃぁ、不満? それはひどく子どもっぽい声だった。言葉だった。
 あぁ、私は紅麗君が好きなんだ。
 あらためてそう想った。
 独り占めしたいんだ。誰にも紅麗君に触れて欲しくないんだ。触れてもらいたくないんだ。
 私だけに触れさせて欲しい。私だけに触れていて欲しい。
 小春は切々と泣きながらそう訴えた。
「だめぇ。だめなの。私以外の女の子に触れちゃダメ。本当にも、心の中だけでも。私だけを見て。私だけに見させて。私だけに触れて。浮気しちゃぁいやぁ。お願い。私だけの紅麗君で居てぇ! いてくれるなら私、縛られてもいいし、色んな制服だって着るし、目隠しされても良いし、裸でエプロンもがんばるからぁ」
 そう言って訴えて、それから小春は紅麗を押し倒してキスした。
 紅麗は驚いて瞼を見開いていたが、だけどそのまま小春の背中に両手を回して、身体を入れ替える。
 上になる紅麗の顔。
 下になる小春の顔。
 小春の顔は涙で濡れていた。
 紅麗は小春の涙をそっと手で拭き取る。
「大丈夫。俺は小春だけ。小春じゃなきゃ嫌なんだ。その、あれは小春と付き合う前に買ったのがほとんどだし、小春と付き合いだしてから買ったのもその、勉強で」
「ほへ? 勉強?」
 小春が泣き顔でそう訊く。不謹慎かもしれないけど、その顔はすごく可愛い。
「ん。どうやったら小春を気持ち良くさせてあげられるかな、って。テクニックを。その、」
 紅麗の顔も赤いが、小春の顔も赤い。
「そんな、違うよ。女の子ひとりひとり、その、感じる場所なんて」
 そこまで言って小春は顔を両手で覆う。
「うん。知ってる。ごめん。でも、小春と付き合うようになってからは、小春だけを想っている。ちゃんと。その、このDVDも雑誌も本当は捨てるつもりで、それで隠し場所から出してあったんだ」
「どうして?」
 小春が手をどける。
「心の浮気のような感じがして」
 紅麗は顔を真っ赤にしながら横を向いて、
 小春はまた涙目になった。
「紅麗君のばかぁ。えっち。すけべ」
「はい。ばかでえっちですけべです。ごめんなさい。愛しています」
「もういいよ。紅麗君」
 小春はくすくすと笑う。
 そして小春は紅麗の両頬に両手をあてて真っ直ぐに顔を向け合うと、
「浮気は一回だけ許します」
「はい」
「だからもう今後は絶対一回も許さないんだからね」
「はい」
「お願い。紅麗君の気持ちは嬉しいけど、でも今後は絶対、他の女の子と私を比べないで。私だけを見てて。その、私は紅麗君の私への愛で感じるんだからぁ、その、ふたりでがんばろぅ」
 真っ赤な顔で、涙目で、そう言って、小春は微笑んだ。
 そして紅麗も微笑みながら頷いて、小春の手はそのまま紅麗の背中に回されて、紅麗は小春に抱かれるままに小春の胸に顔を埋めた。
 絡み合うふたりの居る部屋に甘く優しい衣擦れの音と肌があたる音が奏でられた。



【ending】


 シャワーを浴び終えて小春は髪と身体を拭いて、濡れた髪からうなじを伝って流れる雫はもうそのまま流れるに任せて、下着をはめて、ショーツをはいて、ワンピースを着て、リビングに行くと、
 ガラスのテーブルの上には温かなコーヒーと美味しそうな紅麗手製のサンドイッチと小春が買ってきたドーナツが並んでいて、その光景があまりにも幸せな光景に思えて小春は微笑んで、
 紅麗の膝の上にちょこんと座ると、唇を重ね合わせた。
 唇に伝わる温度と柔らかみ、そしてコーヒーの香りはやっぱり幸せの象徴だなー、と紅麗の力強い腕に抱かれながら確認する。
 世界で一番の場所は、紅麗の腕の中なのだ。小春にとって。
「大好きだよ、紅麗君」
「俺も大好きだよ、小春」
 こつんと額を合わせながらふたりは鼻の頭がくっつくぐらいすぐそこにある愛しい大好きな人の笑みに自分も笑みを浮かべて、そしてまたキスをした。



 →closed
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東京怪談
2007年06月18日

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