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『遠雷仰ぐ 』
守崎・北斗0568)&守崎・啓斗(0554)&(登場しない)

 低く厚くたれ込めた雲。庭の植木は先ほどまで降っていた雨に葉を濡らし、緑を一層鮮やかに見せている。
「おっ、雨ちょっとやんだじゃん」
 入梅してから、雨は降ったり止んだりとはっきりしない空模様が続いていた。また一雨降るのだろうか……響いてくる遠雷が地面を揺らす。
「雷鳴ってるな……」
 それを聞きながら守崎 北斗(もりさき・ほくと)は縁側に座り、空模様を見ていた。
 普通の家であれば湿度でうんざりするのだろうが、この家は日本家屋なので適度に湿気を吸い風通しもかなり良い。
「また雨降んのかな……降ると遊びに行くの億劫なんだよな」
 風が少し冷たくなってきた。これではバイクで遊びにも行けない……濡れるだけではなく、地面も滑る。余計な心配は掛けたくない。
 少し溜息をつきながら咲き始めの青い紫陽花を見ると、葉の上に小さなカタツムリが這っているのが見えた。
「おっ、カタツムリだ。可愛いな」
 それをちんまりとつまみ、北斗は自分の手に乗せる。
「カタツムリで遊ぶのも、久しぶりだ」
 ちょんと角を突くと、ゆっくりと何かを確かめるように引っ込んでいく。
 ゆっくりじわっと這っていく前に指を立てておくと、障害物を避けるようにまたゆっくりと方向を変える。
 しばらくそんな事をして遊んでいると、不意に後ろのふすまが開く音がした。
「何をしているんだ?」
 後ろから出てきたのは北斗の兄の啓斗(けいと)だ。ずっと縁側に座り込んでいるのをガラス戸から見て、やって来たのだろう。この家に暮らしているのは二人だけだ。
 覗き込むようにしゃがんだ啓斗の鼻先に、北斗は手のひらにの乗せたカタツムリを突き出す。
「ほら。でーんでんむーしむし、カタツムリー」
 じわっと手のひらを這うカタツムリ。
「いきなり何を出すかと思えば……」
 歌と一緒にそれを見せると、啓斗は一瞬眉間に皺を寄せて体を逸らせる。その仕草と表情に、北斗は啓斗がカタツムリが苦手だったことを思い出した。
 子供の頃は色々お互い嫌いな物があって、それをちゃんと知っていたりしたのに、大きくなって色々な物から離れるとそれを忘れてしまう。カタツムリだって小学校の高学年あたりからはもう触ったり捕まえたりしなくなっていたので、そんな事も忘れていた。
 そんな啓斗に北斗はニッと笑い、手に乗せていたカタツムリをつまんで紫陽花の葉の上に戻す。やっとひんやりしたところに戻ったのが嬉しいのか、カタツムリは少し速い動きで裏へと潜り込んでいった。
「そういや兄貴、カタツムリ嫌いだったんだっけ。ずっと忘れてたけど、今ので思い出した」
 クスクスという感じの思い出し笑いに、啓斗はむっと口をへの字にする。
「北斗が沢山ガラス瓶に集めてて、それが気持ち悪かったんだ」
 啓斗だって、最初からカタツムリが嫌いだったわけではない。幼い頃は水槽に入れて飼ったりもしていたような気もする。
 だが、北斗が庭にある木や葉からカタツムリをたくさん集め、それをガラス瓶にびっしり詰めているのを見たら、急に気持ちが悪くなってカタツムリが嫌いになってしまったのだ。
 ガラス瓶の中、何処かへ向かおうと蠢くカタツムリ。今でもあの光景を思い出すと軽く鳥肌が立つ。
 その言葉がきっかけで、お互いの記憶の扉が開き始めた。
 啓斗がカタツムリが嫌いだったこと。
 嫌いになった理由が北斗にあったこと。最初の糸を掴めば、それに記憶はどんどん繋がっていく。
「北斗、カタツムリを触ったら手を洗えよ。寄生虫がついてるかもしれない……まあ、腹をこわしたりしないだろうが」
「はいはい」
 庭に水を撒くためにつけている蛇口の所まででて、北斗は手を洗う。外は生ぬるいのに、水はひやりと冷たい。
「水冷たいな」
 ハンカチがないのでぶんぶんと手を振って水を切り、北斗はまた縁側に戻って啓斗の隣に座る。
 雷が近づいてきたのか、少し音が大きくなってきたようだ。低くくぐもり空気を揺らす。
 それを聞きながら、北斗は自分が子供だった頃の話をし始めた。
「そういえば小さい頃、俺って虫とか小さい生き物を集めるの好きだっんだよな」
「ああ、バッタとかテントウムシとか……」
「チョウチョやアリもいたな。家の庭は虫の宝庫だったから」
「トンボもあったな。今やったら家から閉め出す」
「やらねえって」
 お互いで北斗の集めていた虫を交互に述べていく。するすると引き寄せられていく記憶の糸が、小さな糸玉になって転がっていき、北斗はしみじみとこう言った。
「そう考えると、俺、集めるの好きだったんだな」
 忘れかけていた思い出。
 今ではそんな事などしないが、子供の頃はそうやって集めた物を見せては啓斗に嫌な顔をされいたような気がする。それがまた面白くて、瓶やカゴを持ったまま追いかけたりして、それが原因で兄弟喧嘩になって。
「自覚がなかったのか」
「なかった」
 きっぱりとした否定に、啓斗は深く溜息をついた。
 虫を集めるときも北斗にはこだわりがあったと思っていた。必ず一種類の物だけを熱心に集め、瓶やカゴに入れる。その収集癖が、おかしな所に行ったらどうしようと思っていたのに、自覚なく集めていたというのだから力も抜ける。
 もう一度息をつき、啓斗は北斗を見た。
 北斗は空を見ながら、まだ記憶を探っている。カタツムリ、ガラス瓶、虫集め……そして、その後。
「でもさ、集めるだけ集める割に、すぐ飽きて自然に帰してたんだよな」
 虫を集めて満足したら、そのまま水槽や虫かごで飼ったりするわけでもなく自然に戻す。なぜだか分からないけど、夕方日が暮れる頃には全部残らず帰さなければならないような気がしていた。
 夕方になったら家に帰って、ご飯を食べる。
 だからその頃には家に帰ってなさい。
 もしかしたら、虫たちにもそんな事を重ねていたのかも知れない。虫たちにも家があって、親や兄弟が待っていて……そう思うと何だか可笑しい。
「子供だったよなー。一季節だけの命なんだから、放してもすぐ死んじまうのに。啓斗もそう言ってたっけな」
「………」
 苦笑する北斗に、啓斗が黙り込む。
 北斗はたくさん虫を集めては、夕方になると放していたが、啓斗はそれとは逆に、虫を捕まえると標本にしていた。捕まえた中で一番綺麗なものを選び、二種類の注射をして形を作りピンを留める。
 北斗はそれが嫌で、啓斗の虫かごを掴んで逃がしに行ったこともあった。それもやっぱり兄弟喧嘩の原因で、取っ組み合いになったことだってある。
『虫だって、家族がいるかも知れないじゃないか!』
 あれは成虫だから、そんな事があるわけがない。
 そもそも卵を産んだら、大抵の虫は年越しをせずに死んでいく。
 子供の頃からクールに物事を見つめていた啓斗が、何度そう言っても北斗は絶対納得することがなくて。
 ふい……と、北斗が啓斗に背を向けて庭を見る。
 その背中に何だか距離を感じ、啓斗は小さく呟いた。
「……それでいいんじゃないのか」
「えっ?」
 くるりと振り向く北斗に、啓斗が口をつぐむ。
 二人の沈黙に、遠雷の音が重なる。
 虫たちにも家族がいるかも知れない。
 そんな事を啓斗は考えたことはない。標本にするときも、一番形が良いものや見栄えがする物を選んだ。無駄に捕まえるのは嫌だったから、狙った物だけを確実に。
 それは、子供独特の残酷さだったのだろうか。
 それとも、自分が本来持っている冷酷さが、虫をそうやって殺していたのだろうか。
 昔過ぎて思い出せないが、啓斗には一つだけわかっている。
「俺は虫を標本にする時……罪悪感なんて無かった」
 ぽつり、と啓斗が呟いた。
 虫を殺すことに躊躇いも、疑問も持ったことがない。
 それと同じように、啓斗は亡くなった父の後を継いで暗殺業をしていたときも、同じように思うことにしていた。
 標本を作るときと同じ。
 後ろにあるものや、家族のことなど考えていれば、心が動き刃が揺らぐ。
 そうなれば仕事は達成できない。暗殺業をしていた頃、啓斗の腕は確実で狙った者は確実にあの世に送っていた。
 無論北斗は、自分がそんな事をしていたことは知らない。だから今言ったのは、標本の話に見せかけた告解。
 罪悪感も、慈悲も持たず虫のように人を殺していた事への懺悔。
「本当に、何も思っていなかった……」
 淡々と、無感情を装いながらの言葉に、北斗は苦笑しながら啓斗の顔を見る。
「今は違うだろ?」
 返事はない。
 普通に、何もなかったかのように「ああ」と言うのを待っているのに、啓斗は黙ったままだ。
「………」
 北斗も薄々気付いてはいる。
 幼い頃忍者修行をサボっていた自分とは違い、啓斗は修行で何でも真面目に取り組んでいた。父が死んだときも、自分はその場にいなかったが、啓斗はそれを目の当たりにしていた。
 兄弟だからと言って、何でも分かっているわけではない。
 お互いの因果な関係だってはっきりしているわけではないし、自分が夜遊びしている間、啓斗が何をしているかも知らない。そしてまだ他にも、自分が知らない面がたくさんあるのだろう。
 風が葉を揺らし、水滴が地面に落ちる。
 黒くたれ込めた雲の動きがずいぶん速い。遠雷はまだ鳴り響いている。
 啓斗は何も答えない。
 その、何かを考えているような、それでいて心の奥を見透かされないようにしているような表情に、北斗は真顔でもう一度こう聞いた。
「啓、今は違うだろ?」
 今の啓斗は、罪悪感なく虫を殺したりしない。
 心の何処かでそう叫んでいた。昔のことは昔のことだ。今北斗は標本を作ったりしないし、部屋に入り混んだ虫を逃がしたりしているのを見たことがある。
 だから、もう何も殺したりしない。
「………」
 じっと北斗の青い目が、啓斗を見ている。その泉の中に啓斗が映りこむ。
 ああ、この澄んだ真っ直ぐとした瞳。それは真実を映し出すかのように、深く深く。
「……ああ」
 思わず苦笑して、啓斗は頷いた。
 そうだ。もう何も感じずに命を奪ったりはしない。
 標本も作らないし、暗殺もしない。二人の間の因果な運命なども気になるが、それはまたこれから考えればいい。
 多分……これからもまた、こうやって過去の事を話したりすることもあるだろう。
 他愛ない思い出から、思わぬ事に繋がってくる事もあるだろう。でも、その時は一人じゃない。自分の隣には北斗がいるし、北斗の隣には自分がいる。
 そうやって頷く啓斗を見て、北斗もほっとした。
 どうして答えに戸惑ったのか、今聞くのはよそう。またいつかこんな風に話をしたときに「あの時どうして戸惑った?」とか聞けばいい。
 今は啓斗が笑って頷いただけで充分だ。
「茶でも入れてくるか」
 中腰になりながら、啓斗がもう一度笑って少し息をつく。熱いお茶でも入れて、たまには二人で庭でも眺めようか。
 すると北斗も嬉しそうに目を細める。
「兄貴ー、茶菓子も。俺、腹減った」
「じゃあ頂き物の羊羹でも出すか。一人三センチな」
 三センチ……。
 それでは腹の足しにもならない。
「せめて五センチぐらいに切って。俺のぶんだけでも……あ、羊羹は俺が切ろうか?」
 そういう北斗を軽く小突き、啓斗は台所に向かう。
「ダメだ。お前に切らせるとあっという間に全部食うだろう」
 普段のやりとりが戻ってくる。
 啓斗の後ろを北斗がついて歩き、それを啓斗が軽く小突いて。
 いつの間にか遠雷は遠ざかり、雲の隙間から差し込んだ日差しが色付いた庭の紫陽花を鮮やかに照らしていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0568/守崎・北斗/男性/17歳/高校生(忍)
0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
遠雷が聞こえる庭の縁側で、カタツムリから思い出した兄弟の昔話を…という感じで書かせていただきました。
虫を捕まえて夕方に放すというのも、標本作りもやっていた覚えがあったので、それを思い出しながらの執筆でした。その合間にお互いの事を思い出す描写なども入れさせていただいてます。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年06月18日

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