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『6月11日までの道程。 』
十種・巴6494)&文月・紳一郎(6112)&遠逆・陽狩(NPC1856)



 ある日曜日。友達と一緒に買い物を満喫している時だった。
「あ」
 十種巴は文具店の前で足を止める。
 ガラスケースの向こうに飾ってある万年筆。並んだうちの一つが、巴の目にとまったのだ。
「ともえー? いくよー」
「うん……。後で行くから」
 上の空で友人に応える。
 ガラスケースにべったりと張り付き、巴は値段を見る。
「高い……お金足りない……」
 自分の所持金を考え、巴は深く溜息をつく。
「陽狩さんに似合いそうなのに。誕生日のプレゼントにしたいんだけどな……」
 後ろ髪を引かれる思いで巴は歩き出す。
 どうしよう。どうしよう。欲しい。陽狩さんにあげたい。
 巴はもう一度ガラスケースの前まで戻り、金額を憶える。
 うーんと思案し、巴は決意した。
 なんとかなるだろう、たぶん。



 6月11日は、巴の彼氏である遠逆陽狩の誕生日である。陽狩にあれこれ訊いた時、彼は遠い昔を思い出しながら渋々という感じで白状していた。
 陽狩は350年もの長い間、苦悩と後悔で過ごしていた。何度も自身が生まれたことを呪ったことだろう。そのせいか、誕生日ははっきりと憶えていたに違いない。過去に戻れるのなら、生まれた日に戻って、赤ん坊の自分を殺したいと思ったことも一度や二度ではないはずだ。
 陽狩にとって、自分が生まれた日は忘れたくても忘れられない日であり――本人はどうしても忘れたいと思っている日であった。
 巴は現在15歳。単純計算をしても、その20倍以上を陽狩は生きてきたわけだ。想像もつかない年数だ。
 辛かった分……陽狩を祝いたいという気持ちが巴にはある。
 なにをあげようかなー。どうしようかなー。などと、スケジュール帳や、部屋に飾ってあるカレンダーを見る度に考えていた。
 陽狩は今までの生活のせいか、お金に関しては几帳面ではあるが、必要外のものを買おうとしない。趣味らしいものも、今のところ巴は知らない。いや……あった。人助けだ。あれが陽狩の趣味だ。
 クラスの男子生徒に欲しいものがあるかと、さりげなく訊いても碌な返答はなかった。
 お金そのもの。賢い脳みそ。女の子にモテる秘訣。などなど……多種多様ではあったが、それらを聞いた巴の感想は一言。「使えない」だった。
 陽狩が欲しがりそうなものは、見当たらない。彼はそもそも、物にこだわらないのだ。
(そりゃそうだよね……)
 同じ土地に留まれない身体だった以上、彼はほぼ身一つで旅をしてきたことになる。何か大事なものを持ち歩くことなど、できない。いつ無くすかわからないものを、持ち歩けない。
(でも、万年筆なら……)
 肌身はなさず持ち歩いてもらう、ということは難しいだろうが、持っておいても損はないものだ。
 だが、問題は気に入った万年筆を買うには巴の所持金では足りないということだろう。
 足りないなら、足せばいい。
(う〜……)
 いいバイトがあればいいのだが……こんな時期にあるだろうか。友達には片っ端から訊いてはいるが、期待は薄い。長期で働く気がないのだから、難しいだろう。
 巴は、万年筆がなくなっていないか今日もまた百貨店に来ていた。まだあるので安心しているところだ、今は。
「巴」
 呼ばれて、ドキッとして動きを止めた。だがすぐに気づき、安堵して振り向く。
「紳兄さん」
「こんなところで何をしているんだ? しかも……なにをにやにやしている?」
「えっ。そんな顔してた?」
 頬を赤らめ、巴は苦笑いをする。
 巴が知るいつもの格好で、文月紳一郎は立っていた。鞄を持っているので、仕事の最中なのだろう。いや、その合間、休憩かもしれない。
 文月紳一郎は巴の親戚であり、家を留守にすることが多い両親にかわって、よく巴の様子を見に来てくれる男だ。第二の父親といってもあながち間違ってはいない。
「いや、ははは」
 巴は後頭部を掻き、照れを誤魔化した。

 紳一郎はそんな巴に近づき、ガラスケースの中を見遣る。
「……万年筆か。巴が使うのか?」
 そうは思えないが、一応紳一郎はそう問い掛けた。
 えっ、と小さく洩らし、巴はもじもじする。ガラスケースの前で先ほど「ふふふ」と笑っていたのを見ていた紳一郎は、不気味でならない。何か悪いものでも食べたのだろうかと心配になってしまう。
(カビのはえたパンでも食べたか……?)
 怪訝そうにする紳一郎を前に、巴は口を開く。
「違うの。これ……誕生日のプレゼントにしたいなと思って」
「万年筆をか? 女の子には喜ばれそうにないものだが」
「えっ!? あ、違う違う! 友達にじゃないの」
 女友達にあげるのだろうと思った紳一郎の考えを、巴が否定する。彼女はそれからちらちらと紳一郎を見遣った。なんだろう……紳一郎は怪しむしかない。
「あのね、紳兄さん」
「? なんだ?」
「今、付き合ってる人がいるの」
 その言葉に紳一郎は、顔には出さないが少々動揺した。
 こんな場所で言われるとは思っていなかったから、というのもある。それに巴はまだ高校一年生。もう、ではなく『まだ』だ、紳一郎の中では。
 それで? という様子でうかがう紳一郎に巴は続けて言う。
「陽狩さんっていう人なんだけど……紳兄さん……今度、会ってくれる?」
 頬を赤く染めて言う巴の言葉に、紳一郎は無反応だ。いや、色々と驚いていたのだ。
 巴は普段から勝ち気で元気な少女だ。それが……まぁなんだ。恋する乙女の姿も持っていたのかとビックリしたのである。
「……巴も大人になったんだな……」
 遠い目をして呟いてしまうのは、仕方ない。巴を幼い頃から知っているが、まさか恋をしただけでこんなに変貌してしまうとは思わなかったのだ。
 もじもじと照れる、なんて……。一瞬、巴そっくりの別人かと疑ってしまうではないか。
「大人になった、って何よそれ! まるで私がお子様みたいじゃないの!」
 頬を膨らませる巴が腕組みをした。フンとそっぽまで向いてしまう。
「ヒカル、ね……。同じ学校の子か?」
「え? ううん」
 首を振る巴。
「別の学校か?」
「ううん」
 またも首を左右に振る巴。
 紳一郎はやや考え、問う。
「年上か?」
 社会人? 大学生?
 そんな風に考える紳一郎の心中など知らず、巴は応えた。
「年上といえば年上だけど……。その人、学校には行ってないの」
「……中退?」
「ううん。もともと通ってないの」
 ???
 わけがわからない。どういう相手なんだ?
 まあいい。いつかは会うことになるだろう。なんだか怖い想像をしてしまうが、それは心の内に秘めておこう。



 友達の代理として、短期間バイトに出ることになった。
 いいのか悪いのか、友人がケガをしてしまったのだ。たとえ短い間とはいえ、友人の代理をし、お金をもらうのだ。いい加減な気持ちではのぞめない。
(コンビニかぁ……)
 レジの操作は一通り覚えたが、まだまだダメだ。品物の陳列や、弁当に関しても中途半端にしかわからない。
 とりあえず、言われた通りを実行すればいい。それしかない。
 店内に客が入ってきたらまずは声をかける。レジは間違えないようにする。基本的なことではあったが、巴は何度も何度も自身に言い聞かせていた。

 バイトを始めて三日ほど経った。
 まだまだ慣れないが、それでも巴は懸命に働いていた。
「はぁ〜」
 失敗しないようにと思うと、緊張してしまう。そんな状態で働いているので、かなり疲れるのだ。
「十種さん、すごいねぇ」
 巴と共に今日出勤しているのは、巴より二つ年上の少女だ。おっとりとしていて、とても優しい。
「え? 何がですか?」
「ん? 代わりだけど、手を抜かないし……。なんなら、ここでずっと働いてみる? 店長に訊いてあげようか?」
 嬉しい申し出だが、遠慮した。
「すみません。とっても嬉しいですけど」
「そっか」
 にっこりと微笑んでその話題を終わらせてくれる。
 と。彼女はぎょっとして動きを停止させた。
 え、と巴は瞬きをし、彼女の視線の先を見遣る。キャップ帽をかぶった少年が立っていた。パーカーを羽織っている彼はペットボトルと喉飴をカウンターに出していた。
「あ、いらっしゃいませ」
 慌てる巴だったが、「ん?」とそこで気づいた。
 顔をあげ、相手を見る。帽子の下から、覗き込む。
「巴はここでバイトしてんのか?」
 そう、気さくに声をかけてきたのは――!
 仰天して巴はのけぞった。
「ひ、ひひ、陽狩さん!?」
「ん?」
 彼は怪訝そうにし、それから店内を見回す。陽狩以外に、今は客はいないようだ。
 陽狩が店内に入ってきたことに巴は気づいていなかった。緊張し過ぎていたせいだ。
「あ、友達の代理で、ちょっとだけ働いてるの! それだけっ」
 声が大きくなってしまう。隣に立っていた娘にちらちらと目配せする。彼女はすぐに気づいて「飲み物の補充をしてくるから、何かあったらすぐに呼んで」と言って奥に引っ込んでしまった。気をきかせてくれたのである。
 巴は震える手でペットボトルのバーコードを通す。
「陽狩さん、この近くに住んでないよね? ここにはどうして?」
「仕事の帰り。喉渇いたから寄ったんだ」
 彼はふ、と微笑む。
「なんか変な感じだな。自分の彼女が働いてる姿みるのって」
 しかも、偶然見かけてしまった。
 『彼女』という単語に巴は頬を赤らめる。
「代理とはいえ、真面目に働いてるみたいだな」
「う、うん。ちょっと買いたいものがあって。でもお金が足りなくて……それで」
 照れ笑いをする巴を、彼はじっと見ている。あまりに真っ直ぐ見てくるので、巴は怪訝そうにした。
「ひ、陽狩さん?」
「金が必要なのか?」
「え?」
「困ってるなら、俺に言ってくれればなんとかするが……」
 真剣に言われて巴はさっ、と青ざめた。本気で言っているのがわかった。
「ち、違う違う! なんか変な借金とかじゃないから! 本当に、単に欲しいものがあるだけなの」
「……俺が買ってやろうか?」
 そっと、小声で言ってくる陽狩はなぜか心配そうだ。
 陽狩への誕生日プレゼントを、陽狩に買ってもうらうわけにはいかない! これは巴が自分の力で買わなければならないものなのだ。
「大丈夫だって! あ、陽狩さん、袋はいる?」
 明るく言う巴に、彼は「いや、いい」と応じる。
(ナイショでプレゼントを用意して、陽狩さんをびっくりさせるんだから……!)
 巴は笑顔の裏で、そう堅く決意していた。彼に喜んでもらいたいのだから。
 陽狩の誕生日まで、あと少し――!
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2007年06月15日

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