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『記憶調べ 〜真夏の空より〜 』
セレスティ・カーニンガム1883)&モーリス・ラジアル(2318)&マリオン・バーガンディ(4164)&(登場しない)

 始まりは既に猛暑の気候が空から射る様に地上を照らす、ある日の昼下がりから始まった。
 ここ数年は特に暑さと重なって温暖化のしわ寄せである異常気象、東京という土地柄の雷雨が相次ぐのがまた一つ人々を悩ませる。
「マリオン、今日の美術品は届いたのですね」
 リンスター財閥所有、カーニンガム邸の離れはそういう暑さをなるべく避ける為の努力の宝庫だ。クーラーという文明の利器はついてはいるものの、出来るだけ内装に危害を加えないよう最小化、何より主であるセレスティ・カーニンガムの本性である人魚に優しい『水で涼しくなる』設計だ。
 冷たい水が蒸気によって上がる、日本で言う打ち水のそれを利用した中で過ごす一時はなかなか優雅なものでセレスティは屋敷内での一番楽な白いシャツ一式でソファの上を睡魔と共に彷徨っている最中である。
「はい、セレスティさま。 別のお屋敷に送り届ける物も整理していたので随分たまってしまったのです」
 西洋の格式高い設計と優雅な丸を帯びた装飾の青い離れ。だというのにセレスティの銀色の髪は青銀に染まるどころか黄金にすら輝いて見えた。
 隣の椅子には子供のような容姿と金色の瞳を細くした猫のようなマリオン・バーガンディが猫背になりながら机の上の黄金という黄金に同じ色を光らせながらあれ、これ、と区別をつけていて。
「そうですね、思い出深い物も残してありましたからマリオンには随分と苦労をかけてしまったかもしれません」
 セレスティはそう言うと一度、睡魔に別れを告げてマリオンの見る美術品達を見る。
 黄金のカップに絨毯、ランプ、置物。全てが黄金に輝くのはこの品々を手に入れた国、エジプトの物だからだろうか。太陽の降り注ぐあの国ではそれに相応しく銀よりも金の色が入った美術品を多く手に入れた気がする。もっとも、気がするだけというのはセレスティがいちいち覚えていないだけだからだが。
「でも面白いのです」
 何か一つ手に取る度にマリオンは悲鳴にも似た歓喜の声を上げる。美術の友はセレスティ以上にこの品々に興味を持っているらしい。

 屋敷一つ。そう言っても現代社会ではさして大きな豪邸とも考える者は少ないだろう。
 カーニンガム邸は大半の普通に暮らす人間の思考内にある『大豪邸』を丸々一個、美術品の貯蔵に当てている、そんな『屋敷』でも、だ。
 毎月何かしらと大小オークションで気に入ったものを手に入れてくる主人、セレスティと部下でもあり友人でもあるマリオンが仕入れてくる美術品の数々を蒐集品として東京内に留めておく事は叶わず、数ヶ月に一回はこうして二人で別の屋敷へ送っておこうという取り決めが数年前から行われている。
「これはこっち、ええと、セレスティさまこの香水瓶は私の部屋で飾っていてもいいですか?」
「マリオンの好きなように」
 外は夏真っ盛りの気温だというのに目の前には季節どころではない暑い国の名品が置かれている。これは少し目に痛いが何分気に入って購入した代物だ、同じ場所に居られない寂しさも付きまとうがサファイヤの瞳はそれ以上に硝子ではない、部下の手に持たれた真鍮に金を塗した香水瓶を見つめ、優しげな微笑みを見せた。
 気付いてか、そうでないのかマリオンはパティシエに作らせたココナッツアイスを口に含むとまた、満足げに万遍の笑みを浮かべる。

「セレスティ様、ティータイムの時間です」

 また二人の間に静寂が戻り暑い国の蒐集品から睡魔へと身を委ねそうになったセレスティを呼ぶ声が一つ、離れに響いた。
 最後の語句を少し低くした金糸の髪の持ち主がアイス仕上げのハーブティを持って出入り口に立っている。
「もうそんな時間でしたか。 有難うモーリス、申し訳ありませんがこちらに運んできて下さいませんか?」
「はい」
 部下相手に申し訳なくは無いが、セレスティなりの気遣いだと口元に柔らかいカーブを描いた青年、モーリス・ラジアルはソファ前のテーブルに一人分だけのアイスティーを並べる。自らの分はティータイムに同席するという許可無しで並べる事は無い。
 それでも、モーリスはこの日セレスティとマリオンが一緒に美術品の移動先を決める日だという事を知っていた。知っていて主の分だけしか持ってこないというのだから、相変わらずの仲か。
「全く、こんなに散らかして…。 マリオン、こんな真夏日が続くというのにセレスティ様を巻き込まないように」
「分かっているのです」
 自分の冷たい飲み物は最初から用意していないだろう。マリオンの考えは完全的中だった。何も自分だけで決めた美術品整理ではないのに、先輩部下のモーリスは殊更自分を毛嫌いするかのようだ。
 冷たい物は飲み物でもアイスティーでもなくこういう時のモーリス自身だろうと。マリオンは早々からそう思いパティシエに強請ってアイスを作ってもらっていたのだから。
「モーリス、貴方も分かっているでしょう? 私は暑いのは苦手ですがその地にある物まで苦手だという事はないのですよ」
 セレスティの涼やかな声にモーリスは黙るしかない。さしずめ美術品と、ついでに言うならば熊のぬいぐるみあたりは彼の鬼門といった所か。
「それになかなか珍しいものを見たのですよ」
 マリオンは楽しそうに今しがた自分の部屋に置くと言っていた香水瓶を掲げて見せた。
「懐かしいでしょう? モーリス」
 セレスティの言葉とマリオンの得意げな顔、モーリスは珍しく主の笑顔があるにも関わらずあからさまに嫌だと顔に出した。後輩にそうするように顰めた眉と主によく使用する、困った。という光を浮かべてこれ以上無いくらいに。

 この香水瓶には曰くがある。それも、普通の曰くではないモーリス自身の苦い思い出が。

■ 記憶旅行

 その当時リンスター財閥はある程度の大きさはあったが実際に世界有数の財閥と言うにはまだ幼かった。
 財閥やその手の組織図は何も財力だけが成せる技ではない。形式だけと言うならば確かに、財力に物を言わせて作る事は可能だがそれもすぐに無くなってしまうだろう。
「セレスティ様、大丈夫ですか?」
「ええ、はい。 ですがちょっと…」
 頭が痛い、水が無ければ意識そのものが摘み取られてしまいそうだ。
 現在と大して変わらぬリンスター財閥総帥のセレスティは人魚という本性にも関わらず当時は自らの足でエジプトの博覧会に参加していたのだ。成り行きとしては西欧で開かれる筈だった博覧会の主催者がこの国の人物に変わった、それだけの話で連れてこられたわけだが、それでも主催者一人の我侭で変わる物であるからそこは財界とでも言おうか。
 主も美術品に興味があるという事と容姿自体は今と大して変わらないが、横に居る財閥の付き添いの数は今より少なく何よりモーリスが聞いてから水を出すというまだ初々しい頃の話にまで遡る。
「有難う御座います。 ああ、馬車の支度とこちらからの品も出して置いてください。 時間がありませんから」
 時間が無いというのは簡単に人魚であるから長居は出来ない、そう言っているのだ。
 今も確かに興味事があればエジプトだろうが赤道直下だろうが行きそうなセレスティではあるが、それは相当な事が無い限りは無理だ。大抵オークションで目ぼしい物があればカタログで代理の部下が購入しに行く、そんなスタイルが現在。
 ならば当時は主自身が赴かなければいけなかった時代になる。何人もの世界的な『主』達と共に競り落としたのはなんだっただろうか、それすらもその時のセレスティには覚えられない程身体は弱りはて、心身ともに衰弱しきっていた。
「分かりました、それでは暫しお待ちを」
 モーリスもまた、この時代は本当に初々しかった。彼が仕えた相手は確かにセレスティが初めてではなかったが、こんなに出来た主に仕えたのは初めてだ、自らの心のままに契約した主人の身の回りは今までよりずっと道が開けていて彼自身これから起こる事に身を弾ませていたのかもしれない。
 現在のモーリスにそうだったのか、と聞けばまた嫌な顔をして何処かへ言ってしまいそうではあるが。

 当時まだそんな少ない人員で本拠地ではない、ましてやセレスティの苦手な気候の土地に行き、主を置いて言う事だけを優先してしまった、これはモーリスの今まで仕えて来た中の一番のミスだったかもしれない。
 主が信頼出来る部下達だけで行ったこの時代にまだマリオンの姿は無く、居るのは黒服の男が数人に老人までという組み合わせだ。しかもセレスティの人柄か、部下達はモーリスを除いて全員が根の優しい喋り方と柔らかな、簡単に言えば気弱そうな雰囲気を漂わせていたのだから。
「ねぇ、そこのキミ」
「はい?」
 手を引かれ、ろくに頭も回らず車椅子から立ってしまったのもいけなかったが、この時のセレスティはそれ程注意力が散漫していたのだから仕方ない。熱気の中溶けてしまいそうになっている所へ力強い腕が影のある馬車の中へ身体ごと引き摺り込んでしまったのだから、モーリスの居ない部下達はただおろおろとその後ろ姿を見つめる他無かった。

 ここで、モーリスの名誉の為に言っておく事があるとすれば何も彼は意地悪な雰囲気をいつも出しているわけではないという事だ。この頃はセレスティの全ても把握しきれず、本当に『部下』としての一面しか見せぬなかなか初々しい時期だったとも言えるだろう。
「セレスティ様は?」
「あの、いや…それが…――」
 馬車の手続きを終え、こちらからの品も登録し終えたモーリスに待っていたのは主がこの地方の者に攫われたという事実だった。
「見ていなかったのですか!?」
 砂漠の会場でモーリスの一喝が一部に響く。とはいえ、ここは本来西欧で開かれる筈だった博覧会の会場。歓喜の声を上げる者も居ればなんだかんだと文句をつける輩もこの世界では絶えない。お陰でその一喝も奇異の目で見られる事は無かったが、馬車待ちの手前起こった出来事だ。出来た主も暑さで注意力、ないし警戒心が削がれていては連れ去られても当たり前だったのかもしれない。
「来る人物は限られていますゆえ、なんとか探せませぬでしょうか…」
 部下の一人が地道な意見を述べる。
 本来ならそんな時間は無い、セレスティの一言を待ってすぐに側に行く。と言いたい所だがこの探索案が出て数時間経っても主の言葉は来なく、逆に博覧会の終わりを告げる声が耳に届く始末となってしまった。

(セレスティ様…何処に…)

 西欧で開催されていたならば何処かへ行く途中モーリスを呼ぶ事が出来ただろう。気候もここよりずっと良いしまだセレスティにも余裕が出来た。何より、攫われるという自体より前に警戒心で未然に防ぐ事が出来たかもしれない。
「キミは何処から来たんだい? 随分と綺麗だね? ね、皆もそう思うだろう」
 豪族というのは日本語で豪が付くだけある。
 馬車の中は日陰とはいえまだ暑い、水も無く、あるのはセレスティを引き上げた腕の持ち主であるこの国の豪族とそのハーレムの女性達。次々に自分の顔や透き通った髪を見つめては博覧会の見世物宜しくため息を付いている。
「本当! 綺麗ですこと…。 西欧で実地されていればこんな方が大勢いらしたのかしら?」
 彼らの賞賛や行動に悪気は無い。ただ単にセレスティが美しかったから自分達の馬車へ引き入れ、土地に招待し暫くその美貌を見せてもらいたい。そう思っている事は声色だけで区別できる。そこが豪たる所だ。
 部下には一切連絡も寄こさず頂点の人物を馬車に引き上げる行為、これは通常誘拐と言うのだが一切そんな邪気も気配も無い事が特徴であり、厄介でもある。
(水、水を…)
 暑い、このままでは本当に死んでしまう。セレスティはそう思いをこめて手を伸ばすが。
「ああ、よろしく」
 何故か好意的に手を握られ、浅黒い肌と顔に満面の笑みを浮かべられるのだからたまったものではない。
(あぁ)
 水が無ければ身体が干からびる。という古い事は無くセレスティの唇は気候にやられ少し乾いてはいたが人間の目からしてみればそれは当たり前の事だ。遠ざかる意識の中、信頼する部下達の顔を思い描きセレスティは思う事だけでも叶うならと日の光を見た。

 砂漠の光は黄金にも似ていて、それが沈むと極寒になるという。きっと自分を攫った人物はその前に彼の居場所へ帰ってしまうだろうから、出来ればその前に。完全にブラックアウトする意識はそれでも一人の部下の能力をもっとも信頼して呼びかけたのである。

■ 部下

「モーリス。 本当にあの時はどうしましょうと焦ったものですよ」

 遡った時間を元に戻しても変わらない物がある。セレスティの部下を呼ぶ声や容姿、人格。身の回りに居るものこそ変わって、モーリスもまた同じように変化し、マリオンという子供のような大人も今すぐそこに。
「今もそんな様子では困りますセレスティ様。 …流石にあの時ばかりはマリオンが居れば良かったと思うくらいですから」
「え?」
 モーリスよ、今なんと言った。長い意識上の時間旅行を終えた先輩部下は随分と素直にマリオンが居れば良かったと言う。確かに、自分が居れば能力で帰る事も簡単迅速に行えた。が、万能を形にしたような、アイスティーは主の分だけしか持ってこない人物の言葉とは思えず疑問符がつい口から出てしまった。
「あの抜けた豪族が妙な目的で攫っていたらどうなっていたか…。 今後も気をつけてください、私の監視下に無くとも十分に」
「はい。 モーリス、折角近頃可愛らしい顔になったと思えば勿体無いですよ? ねぇ、マリオン」
「近頃ではなくとも思い出の中のモーリスは可愛らしかったのです」
 マリオンの言葉にモーリスの小言は止まり、エメラルド色の瞳は急に宙を彷徨い出す。
 後輩部下の見えない机の下では主のセレスティの手がソファからゆっくり伸びてきて、そう思っていればモーリスの左手の薬指を少し突いて去っていく。
 何か言いたいのか聞くまでもなく、セレスティの口元には本当に見惚れるような笑顔を乗せて言われるものだから、マリオンの言葉に怒りの反撃をするのを忘れてしまった。
「でもセレスティさま、これは本当に危ないのですよ。 今度からは私もずーっと連れて行って欲しいのです」
 モーリスとは違う、マリオンは確かにセレスティを心配してはいるが友人と展示物なりを見に行きたいという感情が現時点では勝るだろう。
「おや、マリオンまでモーリスと同じようになってしまいましたか」
 芝居がかった声でモーリスを見やりながら、それでもこの可愛い黒猫のような部下もきっと何かがあれば助けになってくれるだろうと心の底から信頼を寄せて。彼もそれに答える形で笑みを浮かべる。

「そ、それで? その香水瓶はどこに置くつもりです?」

 大きなため息を一つ、モーリスはマリオンの手にした香水瓶の行方がまだこの屋敷か、或いはようやく別の屋敷の保管庫に移ってくれるのかと遠巻きにして聞き直す。
「マリオンの部屋です」
 ねぇ、マリオン。セレスティの言葉は強力にして凶悪だ。
「本当ですか…?」
「本当なのです」
 嘘だろう。モーリスの瞳の色はまさにそれだったがマリオンは間髪入れずに首を横に振ると香水瓶に大切だと言わんばかりの頬ずりまでしてみせる。
 次に来るのは怒声か、はたまた主への嘆願かと先輩部下の顔を見るがモーリスの行動はそのどちらでもない、顔を手で隠し、ただため息をつく。なんとも切ないもので。
(流石にかわいそうなのです)
 苛めすぎただろうかとマリオンは心の中だけで思い、セレスティへと目配せするが主はそれでいてなかなか楽しんでいるらしい。親しい部下との思い出が近くにあるのだから、それはまた一興という事か。
 後日香水瓶が一つマリオンの部屋を飾る事に期待を灯しながら。

「あの頃のモーリスは優しかったのですよ、今のように怒ったりしませんでしたから」

 初夏の日が照る中、水蒸気の淡く香る離れでそう、言葉にする主の最大の一撃が先輩部下を襲ったのだった。

■ 終劇

 さて、意識上の旅ゆえに三人から語られなかったモーリスの曰くという物の話に遡ろう。
 豪族の屋敷で気を失ったセレスティが水を与えられ、回復したのが二日後。勿論真っ先にモーリスを呼んだのは確かであり、呼ばれた部下は雷が落ちたかの如く豪族に抗議したのは言うまでもなく、砂漠の国。なんとか、身体を蝕まれ続ける主と共に本国に帰郷出来たのはこれも確かだ。

「また、会いに来てくれ。 キミの美しさをまた拝んでみたいよ」

 漢字で言えば豪とつく名の貴族の主は随分と懲りない性分らしい。
 烈火の如く、そしてエジプトの灼熱より熱い抗議を受けたにも関わらずリンスター財閥本部に宛てられた小包には熱烈なファンレターと共に『似合うだろうから』等と口説き文句にも似た内容でアンティークの香水瓶が入っていたのだから。モーリスの怒りは頂点を越え、この瓶はセレスティに見つかるまで数ヶ月間豪族と部下との熾烈な送り返し、送りあい合戦となったのだ。

 それからだっただろうか、モーリスは次第にセレスティの行動を事前に察知するかの如く動くようになったのは。ついでに言えば、主宛のオークション開催やその他、危害のありそうな物は全てチェック済みという習慣が出来たのも。
 この事件が境だった、そんな気がする。


END

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東京怪談
2007年06月14日

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