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『両の紅葉 』
守崎・啓斗0554)&守崎・北斗(0568)&(登場しない)

「と、いう事だ。 北斗、俺は今日夕食が作れない」
 静かに放たれた一言はぶっきらぼうではあったがどこか悲壮感に満ちていた。

 古い瓦屋根の家、手入れの行き届いた日本庭園その中に流れる小さな池。どこをどう見ても古い旧家の良い家柄と見える、そんな外観とは裏腹にこの屋敷の中は随分と何も無かった。そう、何も無いのである。
 無という言葉は多々あれども、中身が無いというのはこの場合家財道具であったり二人分しかほぼ無いであろう布団や諸々に当てはまる。当然、冷蔵庫の中身など聞いてはいけない禁断の場所だ。
「ま、待ってくれ兄貴。 それじゃあ晩飯は? 俺の晩飯は…?」
 耳元近くで聞こえる声は親族が危篤状態に陥ったような、こちらも鬼気迫る何かを感じさせる。
「無い。 いや、作れない…だな」
「そんな!!」
 奥さん、旦那さんはもう駄目です。
 医者からそう告げられたかのように、目の前の弟の青い瞳は大きく見開き兄である守崎・啓斗(もりさき・けいと)に詰め寄っていた手を放したかと思うと、守崎・北斗(もりさき・ほくと)は大げさに後ろへ後ずさった。
「俺の晩飯…おれの……めし……――晩飯」
 それからは映画に出てくるらしい死人のように、北斗はぐるぐると台所を徘徊し始める。だからと言って何も出ない、何も無い。そんな守崎家の台所を。

(嗚呼…)
 弟にとって兄であり、毎日が食事当番である啓斗の両手が使えなくなったのは不運でしかなかった。不器用ではあるが、北斗よりは勤勉でこまめに朝昼晩と何かしら腹にたまるものを考えるのは大雑把な彼には向いていない。
 食べる専門、北斗の前提はそうであるからこそ、悲痛な面持ちで弟はたった一日の夕食に明日尽きる生命だと言わんばかりの声を上げるのだから。
(北斗、もう少し…)
 考えて欲しい。夕食が危機である事に変わりは無いが、啓斗の手は痛みで使用できないという事を。
 確かに、両手とも使用できないという事になったのは自分の責任だ、買い物帰りに車にひかれそうになった子供などを庇うからいけないのだ。勿論、間一髪避けたのだが、右手には血が滲み左手は買い物を離さんとした事で捻ってしまった。
「食材はあるんだ」
 食材は守崎家では『命綱』とも読む。例え手が使えなくとも、礼を言う子供とその母に珍しい笑みを浮かべながらも啓斗は文字通り腕二本で食材を持ち帰ったのだから、それだけでも手柄だろう。
「あるんだろ!? なんとかならねーのかよ兄貴!?」
 死人のような弟が再び兄に襲い掛かる。手には包丁と鍋を持って。
「なるわけないだろう」
「材料は持ってきたんだろ!?」
「手が動けばなんとかなったかもな…」
 そんな。北斗の顔がそう言い、そのまま生活臭の生々しい器具を下ろしたかと思うと鼻声で息をし始める。もう終わりだ、弟の心境はそういったところだろうが啓斗の堪忍袋も既にもう終わりだった。

「そんなに食いたいならお前が作れ」

 凍る空間が守崎家に到来した。ブリザードのように、或いは氷河期のように。
「…え。 俺がつくんの?」
 言葉の内容だけでも弟が理解している事に満足しながら啓斗は頷く、その顔には冷たい空気を乗せた笑みすら浮かべて。
 凍りついた中、今そこにある危機に北斗が出来る事は手に持った包丁と鍋を取り落とす事と、次には自らの部屋へ行き何かしらの資料を持ってくる事だけだった。



 啓斗の部屋の読み物と言えば大抵は教科書だったりと小難しい物が多い。弟の部屋など行く機会にもそこまで恵まれてはいないが繋がりのある二人の部屋はどことなく自分と北斗の違いを思い知らされる。
 それが声の移り変わりだったり、服のサイズだったりと微笑ましい事から弟の本棚には漫画本と同じ位料理本が多いという事だったりと様々だ。
「まずはフカヒレのスープだろ、次はああ、ナンで食うカレーも良いよな」
「…北斗」
「ん? いや、期待してろって兄貴。 作るからにはうめぇもん作ってやっからよ!」
 北斗にとって料理本は見るためにある。白米を食べるだけでもこれを見ながら食べるとそういう物の味がするとかしないとか、以前そう言って食卓に持ち込んだ弟に啓斗の蹴りが入った事があるくらいの執着度である。
「あとは、寿司! これもなんとかなりそうだよな!」
 料理本、グルメなびげーたー、些かふぬけた名前の今時の若者が好みそうな料理店を紹介する記事を見ては勝手に頷く、そんな弟が啓斗は恐ろしくなる。彼は、北斗は一度でも冷蔵庫の中身とレシピを見比べた事はあるのだろうか。
「いや、そんな物よりももっとこう、味の薄い物がいいと思うぞ?」
「そうか?」
 ここで北斗の機嫌を損ねてもいけないだろう。自分で作ると言っているのだから上手く上達して欲しい兄の心もある。
 だからなるべく、啓斗の中にある冷蔵庫の中身の映像と自分達の技量。何よりレシピと照らし合わせた優しい兄としての回答が問われるところだ。
「んじゃエビチリとか」
「味が濃いな。 それに主食はどうするつもりだ?」
「んー…?」
 まず海老が無い。それでも考えている弟に無意味な助言は禁止だ。料理本の店舗紹介をどんどんとめくって高級料理店から『安くて旨い』という見出しに出た事は不幸中の幸いだろう。それでもまだ食材が揃わないと言うのだから、啓斗自身も泣けてくる。

「いっぱい食えて旨いもんがいいんだろ? じゃ、これだ!」

 卵と葱のチャーハン。グルメなびげーたーなる本を結局は諦め、最終的に北斗が取った料理本には大きな文字でそう書かれていた。瞬時に冷蔵庫の在庫確認を全力でした啓斗もこれには胸を撫で下ろす。
「いいんじゃないか? 手軽だしな」
「だろ?」
 いい思い付きだと喜ぶ北斗は兄に誘導されそれを選んだ事は微塵も感じていないようだ。先程取り落とした包丁と鍋を拾い、洗うと早速冷蔵庫の中身を物色し始める。
「鍋にはちゃんと油をひくんだぞ」
「わーってるって」
 残り物の冷や飯までをようやく用意し終えた北斗の手が油にかかる。既に華奢とは言えない男の手になりつつある弟にその分量が調整できる筈も無く。
「待て北斗! そんなに油はひくな、味が悪くなるし…――勿体無いだろう」
 油の入った缶を出ないようにと正して数秒、沈黙を守った北斗は覗き見るようにして一言。
「わかったわかった」
「分かった、は一言で良い」
 弟の手元から目を離さない啓斗に北斗の視線が気になる筈も無く、次の手順を頭の中で勝手に組み立ててすぐ火の加減が良くないと翠玉の瞳を青いビー玉のような瞳と合わせれば。
「あのさ、兄貴。 料理してるのは俺だから、口はさまねーでくれる?」
「だが…!」
 険悪な雰囲気だ。このまま行けば北斗はまた無茶な事を仕出かしかねない。
「…分かった。 悪かったな、夕食楽しみにしてる」
 ため息一つ、啓斗は包帯の巻かれた手で頭を抱えるようにするとしぶしぶ台所を後にする。弟の無垢な視線が痛い、確かに北斗は無茶な事ばかりをする傾向にあったがいつまでも自分の監視下に置くのは酷というものだろう。
 兄弟二人、距離が離れてしまう感覚に寂しさを覚える啓斗は口の端だけで自嘲的な笑みを見せると小気味の良い、所々大雑把な包丁の音に合わせて廊下を辿った。

「いてっ!」
 北斗の小さな悲鳴に苦い笑みを零しながら。



「兄貴! 出来たぞー、飯だメシ!」
 食べる側専門の北斗にしては上出来な時間だとちゃぶ台に置かれた冷や飯で作られたチャーハンを見つつ啓斗は思った。
「なかなか良い出来だな」
「すげぇ良い出来の間違いだろ。 味も結構良いんだぜ?」
 ご機嫌にお互いの皿に盛り付けられた皿と何故か箸を置きながら北斗はすぐにも『いただきます』の呪文を唱え胃の中へとチャーハンを流し込む。
「味見までしたんだな…」
「ん…? あ、あぁ…、ほらやっぱ作ったもんは味見しねーとまずいだろ?」
 日は傾いた夕食時とはいえ明かりがないわけではない。だからこそ鮮明に読み取れる北斗の胃袋の中身は冷蔵庫の中身と同じように啓斗の頭の中で正確に再現されそうであった。多分、味見という世間一般の分量とはかけ離れた量を今と同じように『流し込んだ』のだろう。
 明日の食卓が寂しくなると思えば尚更涙が出そうだ。
「は、ははは。 いや、でも旨いのは保障すっからさ! 兄貴も食えよ」
 北斗の目に悪気は映っていない。本日どうして弟である自分が夕食を作る羽目になったか、兄がどういう状態なのか。
 味の問題も多少なりともあるがまず、啓斗の両手を見たビー玉が凍ったように止まり、次にはいそいそと台所まで戻ったかと思えば手には一本のレンゲがつままれていた。

「その、なんだ。 一緒に食った方が旨いしな」

 北斗の言葉に今度は兄の瞳が見開かれる。
 お互いの成長が著しく見られる年頃となってくると感じてしまう、あの独特の寂しさが溶けていくようにレンゲに乗ったチャーハンが嬉しさを運んでくれるのだから、何かしら末期のような気もしない事は無いが。
「ん、ああ。 じゃあ貰うぞ?」
 最初の一口は思いの外気恥ずかしく、口に含んだ感触は分かっても味がどうのという言葉が出てこない。ただ飲み込んで視線を弟に向ける、その一時のなんと家族らしい事か。
「じゃんじゃん食ってくれよ!」
「ああ、ああ、分かったから。 お前もあまり行儀の悪い事はするなよ」
 分かっている。次にそう言われた言葉は付きっ切りで料理を見ていた啓斗に発せられた険悪なそれではなく、弟としてのそれであり、器用にレンゲと自らの箸を動かす手は米粒一つ零さずに彼の胃袋なり兄の目の前に突き出される。
(本当に旨いな)
 何度か繰り返していると口の中に広がる塩コショウの味付けが意外にも啓斗の好みに合わせてつけられた事が分かり、卵の大きさは北斗の好みの大きめサイズである事が理解できた。
 微笑ましい光景、啓斗はそう思いながらも以前こんな事があっただろうかと首を捻る。記憶は確実にあると告げているが何しろ心情に訴えかける事はあまり覚えていないのが自分だ。逆に、そうやって記憶を辿ろうとしている兄を見た北斗が口ごもったような声で紡ぐ。

「明日、歩いて買い物いかね?」
「この手だぞ?」
 使えない手でいる事は非常に難儀だがあと一日はこのまま北斗に家事全般を任せるしかない。兄として不安ではあるがこの調子であれば良いだろうと思いつく。
「んじゃ、俺が荷物持つからさ」
 上手くレンゲを運ぶ手に乗せられ食べつつも会話を続ける啓斗。逆に北斗は照れくさそうにしながらも嬉しげな夕焼け空をその瞳に写して幸せそうにチャーハンを頬張っている。
「家事は一日お前がやるんだぞ?」
「ん、んー…。 分かった! じゃあ決まりだな?」
 多少家事全般が自分の当番になるという事に思う所があるらしい北斗だが、一度鈍い返事をした後に思い切り良く頷いて見せた。
 珍しい、けれどバイクを乗り回している北斗が歩いて買い物をしたいというのだから最初から兄である自分も含まれていたのだろう。そこにどのような意図があるのか啓斗は知る由も無かったがこの際は。

「そうだな。 ついでだから良い野菜の選び方を教えておこうか、いつか役に立つな」

 新鮮な野菜を見分ける方法は日々の生活にも役立つというのに、今まで元気の良かった弟は啓斗の一言にすぐ不満の声を上げる。
「今日の食材選びも考え抜いているんだ、お前もたまにはちゃんと覚えろ」
「マジかよ…。 お菓子とかたまには…」
 小声になっていく北斗の言葉が啓斗の耳に入る筈は無く、菓子の一言で蒸気が吹き上がった兄の、頭が痛くなる説教はチャーハンを食べるごとに進み結局は全てが二人の口に収まるまで続いたのであった。

 次の日、学校から北斗が帰ってきてすぐ出かけた先、勿論スーパーという色気もなにも無い場所で珍しく老舗の団子を口に運ぶ二人の姿があった。啓斗は弟に団子を食べさせてもらってはいたが。
(グルメなびげーたー…か、役には立つな…)
 高い団子にありつけた理由は唯一つ。
 北斗のグルメ本についていた店舗紹介と団子二串五十%引きという守崎家にとって良い値段になったそのお陰。弟がこの買い物から帰ったすぐ先に待ち受けるのは並々ならぬ家事の山ではあるが。

 初夏の昼下がり、小さな紅葉だった二人の手が成長を成した事に喜びを覚えて。季節はずれの大きな紅葉から団子を食む啓斗の無表情な微笑みがそこにはあった。




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東京怪談
2007年06月04日

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