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『私と彼女のエトセトラ 』
龍宮寺・桜乃7088)&葵(NPC4559)

 はぁ、だるー。
 なんか偉い人が喋ってるけど、どうでもいいわ……っと、あくびしてたら前の方にいるサングラスの人に睨まれちゃった。私もサングラスだけど、あの人なんか怖いなぁ。私の勘がそう言ってるのよね。
 ここは小さな会議室。
 そして今、私は椅子に座ってかしこまりながら『Nightingale』の入隊式を受けている……ん?個人組織だけど、部隊だっけ?まあいいや、何でも。
「くそー、うまい話には裏があるのね。何でこんなトコ……秘密組織ってガラかよ、私」
 私……龍宮寺 桜乃(りゅうぐうじ・さくの)が、こんな所にいるのは理由がある。ちょっとある事件で篁コーポレーションと関わって、それ以来世話になってる仲。実家は代々骨董屋営む貧乏家系。完全に名前負けよね……龍宮寺って名字が泣くんじゃないかな。
 本来なら私も家を継ぐんだろうけど、まあ色々あって表向き篁コーポレーションに就職って形で、社長が持ってる個人組織『Nightingale』に入る事になったってわけ。その辺の事情は追々ね。わざわざ語るもんでもないし。
「あ、社長だ」
 お偉方の話が終わって、社長が壇上に上がる。
 別に社長は嫌いじゃないから、その為に働くってのは悪くないかな。
 お給料もかなりいいし、寮もあるし、体や心のケアやチェックもちゃんとしてくれるし、あわよくば玉の輿……は、ちょっと夢見過ぎか、私。
「……研修後、去るも残るも君たちの自由だから、焦らずに研修期間を過ごして下さい。あまり長く話しても仕方ないから、これぐらいで」
 うーん。去るも残るも自由なんて、普通言えないわぁ。お金掛けて研修させて、それで去られてもいいなんて、太っ腹なのか、それとも去られないって自信があるのか。
 多分後者。私だって今から働く気満々だもん。
 それだけ人を引きつける魅力があるって事よね。じゃなきゃ、こんな大きな会社二十代の若さで継げないわ。

「……これが君の隊員証だ」
 堅苦しい式が終わって、私が渡されたのは会社の社員証ではなく、Nightingaleの隊員証だった。そこには『桜』という名前が書かれている。
「あのー、ここに書いてる名前……」
「コードネームのようなものだと思えばいい。君は諜報部希望だろう」
「ええ、まあ」
 希望って言うか、私の能力を活かせるのはそれぐらいでしょ。
 多分これから体術とか護身術の訓練もやるんだろうけど、実働部隊に入るのは嫌。暴力反対、ラブアンドピース。
 そんな事を思っていると、私に隊員証をくれたお偉方が小さく溜息をつく。
「なら、本名は出来るだけ明かさない方がいい。真名を知られると、何かと面倒なこともあるからな。分かったか?」
「りょーかい」
 確かにその通りだわ。諜報部の私が名前を知られて、何かあったら色々面倒だし、それに基本的にNightingaleの人ってあんまり本名で活動してないみたい。社長が偽名だったら色々問題だけど、一応秘密組織だもんね、私達。
 もらった隊員証をまじまじと眺めながら、私は廊下の椅子に座った。
 入隊する前に撮られた、かしこまった写真と血液型、そしてコードネーム。
「つーか、まんまじゃん!」
 名前を明かさない方がいいって言いながら、桜って本名から一文字取っただけじゃん。誰がつけたのか知らないけど、センスねーぇ。私は可笑しくなってケタケタ笑う。
「うるさいですわよ」
「ひゃっ!」
 うわ、いきなり怒られた。私は声がした方に振り返った。
 そこには長い髪をポニーテールにした、私と同じぐらいの年頃の女の子が立っている。切れ長の、意志の強そうな金の瞳。ちょっときつそうだけど、日本人形みたいに綺麗な子。
 この子も私と同じで、Nightingaleに入ったばっかなんだろうか。ちっ、入隊式の時ちゃんとチェックしておけば良かったわ。最初の話が長すぎて、寝ないようにするだけで必死だったのよ。
「誰よ、あんた」
 椅子から立ち上がって私が聞くと、彼女はくす……と鼻で笑って、それから深々とお辞儀をした。
「葵と申しますわ。以後お見知りおきを」
 おお、話し方も何か古風だわぁ。日本家屋から和服で出てきたら絵になりそう。
 葵ちゃんね。私はそれを心の中で反芻して、にこっと笑った。
「葵ちゃんか。で、名字は?」
「秘密ですわ」
「ケチ。じゃあ私も『桜』しか教えてやんない」
 そう言ったところで、私はさっきお偉方に言われたことを思い出す。
『本名はなるべく明かさない方がいい』
 おっといけない。同じ隊員とはいえ、何があるか分からないもんね。
「……あ、本名教えちゃダメだ。葵ちゃんの名前は本名?」
「そうですけど、どうして本名を教えてはいけませんの?」
「なんでって、私諜報部希望だもの」
 ふむふむ、葵ちゃんは名字は秘密だけど、名前は本名ね。名前がそのままコードネームになってるって事は、少なくとも私と同じ諜報部じゃないって事だ。クールビューティー葵ちゃんの事がちょっと分かって来たぞ。
 私は椅子に座り直して、開いている隣に座るようにと椅子をぽんぽん叩く。
「葵ちゃんは実働部隊?」
 鍛えられたっぽい体だし、きっと実働部隊なんだろうな……どんな能力を持ってるのか知らないけど、きっと映画みたいに格好良さそう。ちょっと見てみたい。
 でも、私がそれを聞くと葵ちゃんは少し不機嫌そうな顔をして、私から少し離れて座る。
「あの……『ちゃん』づけはやめて下さらないかしら?」
「別にいいじゃん。何で?」
「馴れ馴れしいですし、何か恥ずかしいからですわ」
 おっ、何かちょっと可愛いところもあるじゃん。きっと、ちゃん付けで呼ばれ慣れてないんだな……まあ、そのうち慣れるし、「葵さん」よりはやっぱり「葵ちゃん」って感じだし。
「じゃあ、私のことも『さくのん』って呼んでいいよ。それならいいでしょ」
 きっ。
 恥ずかしいのか、葵ちゃんは少し顔を赤らめて私を睨む。
「嫌ですわ」
 ……ちっ。
 そのうちぜってー『さくのん』って呼ばせちゃる。様付けで呼ばれるなんて、そんな偉くないしね、私。
 でも言葉遣いといい、葵ちゃんってお嬢様なのかしらん。でも着ているスーツはすごい地味。良く言えば平凡、悪く言えば……ださい。
 うおー、今この場所に洋服屋があれば、上から下まで全部変えたい。髪の毛もものすごく綺麗なのに、よく見たらただの髪ゴムで縛ってるだけだし。
 そのもどかしい気持ちを落ち着かせるため、私は自動販売機でオレンジジュースを二本買い、一本葵ちゃんに渡してまた隣に座る。
「喉渇いたでしょ。飲みながら話そ」
「ありがとうございます。頂きますわ」
「ジュースぐらいでかしこまらなくてもいいって。葵ちゃんは何でここに来たの?」
 ……沈黙。
 多分葵ちゃんにも、色々事情があるんだろうな。Nightingaleの人たちって、社長の個人組織だから審査も厳しいみたいだし、そもそも秘密組織だから皆知らないし。
 ま、人から情報を得るためには、自分からも話さないとダメか。ジュースを飲みながら、私はケタケタ笑いながら自分がここにいるわけを話す。
「私は、数年前に社長にナンパされて……ん?何に怒ってるの?」
 笑っている私と逆に、みるみるうちに不機嫌オーラ出しまくりの葵ちゃん。やばい、私の言い方が悪くて怒らせちゃったか。
 両手でジュースの缶を持ち、葵ちゃんは静かに怒りを抑えながらこう言った。
「ナンパとか言わないで下さい。社長には……私、ご恩がありますから」
「ごめん」
 葵ちゃんも私と同じだ。
 私は笑い飛ばしているけど、葵ちゃんは真剣なんだ。
「言い直す。社長に勧誘されてさ。葵ちゃんも社長に拾って貰ったクチ?」
 こくっ。葵ちゃんが小さく頷く。
「……両親が亡くなって、一人になった私を助けてくれたのは社長だけですもの」
 さわっ……と、私の視界で黒い物が動いた。右手で髪を縛っていたゴムを外した葵ちゃんの長い髪がゆっくり伸びて、自分が持っていた缶を掴む。
「皆この力を恐れ、近寄りもしませんでしたの。でも、社長だけが私を怖がらなかった……だから、今度は私がご恩を返さなきゃって」
 葵ちゃんの伸びていた髪が、元の長さに戻る。でもポニーテールにしていない葵ちゃんの表情は、なんだかすごく寂しそうに見えた。
 やっぱり私と葵ちゃんは同じだ。
 私も赤い目のことで苛められた。
 私は一度覚えた事は絶対に忘れられないから、その思い出はずっとずっと残る。それで発狂しかけたこともあった。普通なら簡単に忘れられるどうでもいいことが、頭から離れない。学校であった嫌なこと、地下鉄で突き飛ばされたこと……良いことも悪いことも、私の記憶から消えることがない。
 サングラスをしているのもそのせい。私は私の能力が時々忌まわしい。
 でも……その能力を恐れず、受け入れてくれたのはやっぱり社長だ。
『君は記憶の引き出しが、辞典のように索引別になっているのかも知れないね。今はその並びがごちゃごちゃになって混乱してるけど、整理し直せばきっと上手く使えるようになるよ』
 その後で「何の力もない僕が言うのは可笑しいけれど」と言って笑った社長。下手な同情や共感をせずに、ただ自分の思ったことだけを言う。だけど私はそれが嬉しかった。
 記憶を並べ直すなんて考えたこともなく、ただ無造作に入ってくる情報を覚えていた私が、情報を整理するようになったのもそれから。
 悪いことは忘れられない。
 でも記憶の置き場を変えれば、勝手に出てくる回数は少なくなる。それを教えてくれただけでも、社長には感謝している。
 だから私はここに来た……まあ、秘密組織に入るのはちょっと予想外だったけど。普通の会社員で良かったのになぁ。
「そっか、恩があるのは同じか」
「桜様もご恩があるんですのね」
「まあね。じゃあ、あの人の力になれるよう一緒に頑張ろ。葵ちゃん」
 似たもの同士、上手くやれればいいかな。
 私の言葉に葵ちゃんは、少し怖い目で私を睨む。
「ねえ、怖い目で見ないでよ」
「一緒って、私はこんな所にいないで、もっと上を目指すから無理ですわ」
 すっごい自信だ。
 上昇志向が高いのか、それともプライドが高いのか……多分両方だな。この話し方も、人を近づけないようにって感じなんだろうな。そう思うと、余計葵ちゃんに『さくのん』って言わせたい。うおー、燃えるわぁ。上を目指すより、よっぽど手強そうじゃん。
「上を目指すか……でも、私、ライバルになる気ないし、偉くなる気もないから安心して。それに上目指すなら、諜報部の私と仲良くしとくと、お得感ばっちりよ」
「お得感って……」
 あっけに取られる葵ちゃん。
 へへー、実働部隊なら絶対前情報は必要だし、一緒に組むことも多いだろうし。
 それに私、何か葵ちゃんのこと好きかも知れない。うん、結構好き。別に変な意味じゃ……って、私彼氏が欲しい普通の女の子だし。
 ちょっと真面目で、話し方が固くて、プライドと上昇志向が滅茶苦茶高くて……でも、可愛いところもあったりして。
 よし、秘密部隊なんてガラじゃねーとか思ってたけど、俄然やる気が出てきたわ。少なくともここにいれば、社長と葵ちゃんとは一緒だもんね。
 それに、いつか絶対『さくのん』って呼ばせたいし。
 私は立ち上がって右手を差し出した。
「ま、ともかくこれからもよろしくね。握手しよ」
「私は社長秘書になるつもりですから、長い付き合いにはなりませんわよ」
「いいじゃんいいじゃん。研修期間の間だけでも良いから、仲良くしよ」
 私の手をそっと葵ちゃんは握って……って、葵ちゃん、手冷たい。
「友達の握手ね。これからもよろしくー」
「ちょっと、私は友達になったつもりありませんわよ!」
 別にいいもんね。
 そのうち、ちゃーんと友達になっちゃるから。葵ちゃんが嫌って言っても、先に言っちゃったもん勝ちだし……って、葵ちゃん怒ってどっか行っちゃったよ。
「ま、いっか。明日からがんばろーっと」
 何だか先は長いけど、それもまた良き哉。
 そそ、葵ちゃんのデータは引っ張り出しやすいところに入れとかなきゃ。
 今はまだ薄いけど、そのうち友達になって分厚い辞典にしちゃうからね。

fin

◆ライター通信◆
シチュノベ発注ありがとうございます、水月小織です。初めまして。
葵との出会いのお話をと言うことで、入隊式から入った理由などちょこちょこと語らせていただいています。出合った頃はかなりツンツンした葵ですが、研修期間で少しずつ仲良くなっていき、やがて友人に…という感じで書きました。
一人称の方が雰囲気を伝えられるかと思い、桜乃さん視点で書かせていただきました。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたらよろしくお願いします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年05月25日

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