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『優しい思い出 』
矢鏡・慶一郎6739)&神楽・琥姫(6541)&(登場しない)

 ある晴れた日。
 平日に仕事が休みになった矢鏡 慶一郎(やきょう・けいいちろう)は、愛車の白いマツダ コスモスポーツ後期型をご機嫌に走らせていた。かなり古いタイプの車だが、慶一郎がカスタムしまくったせいで、今では中身は別の車だ。
「快適快適」
 やはり、ドライブは今の時期ぐらいからに限る。若葉の色がだんだんと濃くなり、窓を開ければいい風が吹き抜ける季節。
 そうして気の向くままに車を走らせ角を曲がると、慶一郎の目に広い公園が飛び込んできた。緑が多く、花壇には季節の花が咲き誇っている。しかも平日なので人気もなく静かだ。
「おっ、これはいいさぼりスポット発見か?」
 さぼりスポット。自分でそう言った慶一郎は、くすと笑いながら車を駐車場に入れた。
 いいさぼりスポットには条件がある。
 まずは駐車場がある事。緑溢れる公園でも、車を停める場所がなければゆっくりできない。路上に停めて違反切符を切られてしまっては、いらぬ心労が増える。
 そしてトイレがあり、近くに自動販売機が置いてある事。生理現象はどうしようもないし、その時にわざわざどこかに探しに行くのは面倒だ。自動販売機に関しても同じ理由。やはりさぼっている間には、缶でいいから飲み物が欲しい。
「これで近くにコンビニがあれば満点なんですがね」
 まあそこまで求めるのは贅沢というものだろう。ベンチの側には灰皿もあるし、八十点なら充分及第点だ。
 自動販売機でアイスカフェオレを買い、慶一郎はベンチに座り煙草に火を付ける。そして辺りを見渡しながら、何だかここに既視感がある事に気が付いた。
「ん?もしかして、この近くにウチのチビの寮があったかな?」
 何処かで見た事があると思ったら、ここは慶一郎の息子が通っている神聖都学園の近所のようだ。慶一郎が寮に顔を出したのは、引っ越しを手伝った時と、後は片手で数えられるほどしかないのだが、別に息子と仲が悪いというわけではなく、お互い「便りのないのはよい便り」という事が分かっているからだ。
「まあ、そういう偶然もなかなかいいものか」
 日差しは柔らかいし、風は心地よいし、買ったカフェオレも缶にしては悪くない味だ。
「ふう……」
 慶一郎は煙草の煙を吐きながら、眩しそうに日差しに目を細めた。

「ふふーっ、やったね。今日はトマトが色々買えちゃった」
 小さいけれど甘味が強い「塩トマト」と、普通のトマトをたくさんバッグに入れ、神楽 琥姫(かぐら・こひめ)は足取り軽く自宅への道を歩いていた。
 本当は歩き食いなどは行儀が悪いと分かっているのだが、甘くて美味しいと評判の塩トマトのつやつやとした赤に負け、一つ手にとって歩きながらかじる。
「……!本当、皮はちょっと固いけど甘くて美味しい♪」
 完熟しているのに柔らかくならず、歯触りがするぐらいの固さ。そして果物のような甘さ。普通のトマトより一回り小さく、値段も少し高いけどいい買い物をした。それが嬉しくてつい鼻歌が出てしまう。
 その時だった。
「……あれ?」
 見た事がある後ろ姿。
 それはまだ高校生の幼なじみとそっくりだ。今日は平日だから学校のはずなのに、どうしてこんな所にいるのだろう。そっと近づいた琥姫は、そこで信じられない物を見た。
「た、煙草吸ってる……」
 高校生なのに。しかも平日に学校をさぼって煙草を吸うなんて。
 そんな事する子じゃないと思ってたのに……あまりのショックに気が遠くなりつつも、琥姫はバッグに入っていたトマトを手に取った。
「うわーん、バカバカ。どうして私に相談してくれなかったの?」
「はい?」
 その声に振り返った慶一郎は、一瞬その光景に動きを止める。
 ミニスカートにニーソックス、そして和服をアレンジした上着を着た女の子が、泣きながら自分に向かってトマトを投げつけていた。だがコントロールが良くないのか、明後日の方向に飛んでいったり、近くに来ても手で受け止められるぐらいのスピードだ。
「ちょっ、お嬢さん?」
「ぐれちゃうなんて酷いー。うわーん」
 いったい誰と勘違いしているのかは分からないが、少なくともいきなりトマトをぶつけられそうになる覚えはない。だが琥姫は思い切りトマトを投げ続ける。
 これが殺意のある弾だったりしたら、慶一郎も容易く避けられたのだろう。しかし無心の攻撃は時としてプロでもかわせないような、とんでもない一撃を叩き出す事がある。
 トマトを受け止めている慶一郎の顔面に、琥姫のクリティカルヒットが飛んだ。
「………!」
 ばしっ。
 ぶつかった拍子にトマトが潰れ、着ていた服を濡らした。買ったばかりのオニューのジャケットだったのだが、シミにならないだろうか……慶一郎は潰れてしまったトマトを舐めながらそんな事を思う。
「あ、あれ?」
 トマトがぶつかったのを見て、琥姫は唐突に我に返った。
 背の高さが違う。肩幅も違う。なにより幼なじみは杖なんかついてないし、どうやら後ろ姿だけで勘違いしてしまったらしい。
「ご、ごめんなさい。きゃー、タオルタオル。あ、濡らしてきた方がいいかな、その前にハンカチ……」
 人違いで済まされないほど、とんでもない事をしてしまった。動揺しまくったあげく、何度も何度も頭を下げ謝る琥姫を見て、慶一郎はある事に気が付いた。
 自分はこの子を知っている。
「確か、ウチのチビとよく一緒に遊んでくれていた女の子だったかな?」
 琥姫ねーちゃんと言って、よく懐いていたはずだ。それに家に遊びに来た事もある。だが琥姫はそんな事には気付いていないようで、近くの水飲み場で濡らしてきたタオルを慶一郎に渡した。
「本当にごめんなさい。後ろ姿が私の知ってる人によく似てて……あーん、クリーニング代出しますからっ!」
「いやいや、気にしないで」
 自分の息子とでも間違ったか。しかし間近で顔を見ても、琥姫は慶一郎の事を全く覚えていないようだった。
「えーと……お嬢さん?」
「はい」
 きょとん、と琥姫は目を丸くする。これだけ近くで見ても分かっていないと言う事は、完全に忘れられているらしい。久しぶりの再会とはいえ、トマトをぶつけられたあげく自分の事も忘れられていると言うのは何だか寂しいので、慶一郎は琥姫に自分の事を思い出してもらおうと、着ていたジャケットを脱ぐ。
「クリーニング代はいいですから、少し私に付き合っていただけませんか?」
「あの……怖いお兄さんが来たりとかはないですよね?」
「それはないですよ。せっかく公園にいるんですから、少し私と遊んで下さい。それでトマトのことはなかったことにしましょう」
 琥姫とは十年ほど前に、二、三度一緒に遊んだ事がある。そうしたらきっと自分の事も思い出してくれるかも知れない。慶一郎はにこっと笑い琥姫にこう言う。
「私の事はダディと呼んでください」
「えーと、外人さん?」
 ……そう来たか。
 がくっと転けそうになるのを堪え、慶一郎はタンポポが咲いている芝生の方を指さす。
「まあ、それは置いとくとして、タンポポで花輪でも作りませんか?」
 それは子供の頃、自分の息子や琥姫に作ってやった物だった。タンポポやシロツメクサで花輪を作って首にかけたり、大きな輪にして電車ごっこをしたり。その他にも吸っても安全な花の蜜を教えたりと、草遊びは慶一郎の十八番だ。
「あ、私、神楽 琥姫です。よろしくお願いします、ダディさん」
「いえいえ。花冠でも作りましょうか」
 これで思い出されなかったら、あまりにも悲しい。慶一郎は器用に摘んだタンポポの花であっという間に小さな輪を作り、それを琥姫の頭に乗せる。
「お姫様みたいですよ」
 十年前と同じ台詞。
 あの時もこうして冠を作り「お姫様みたいだ」と言って被せた。あの時はレディーファーストで琥姫に先に冠を作ってやったのだが、チビ助は「僕も王子様になる」とか生意気な事を言ってたか。
「ありがとうございます。お礼にトマトあげますね〜このトマト、さっき投げたのと違って甘くて美味しいんです。『塩トマト』って言うんですよ」
 うん、どうやら豪快に外したようだ。
 琥姫は自分の頭に乗っている冠に手をやりながら、ニコニコと笑っている。
「何か懐かしい〜。子供の頃、タンポポ畑で花輪とか作って遊んでたから、久しぶりって感じ」
 あと一声。身を乗り出す慶一郎に、琥姫はバッグからトマトを出してそれをかじる。
「私もトマト食べようかな。太陽の下で食べるトマトも美味しいー」
 次に行こう。
 今度はタンポポの茎を使って、笛を作る。茎をつまんで拭くと、ピーと少し低い音が鳴った。水辺があったら水車を作ったり、タンポポの茎でシャボン玉を作ったりも出来るのだが、草笛もよく鳴らして遊んだからいいだろう。
「茎を舐めると苦いですから、気をつけて」
「あっ、草笛ー。木の葉で音楽とかもできますね。なんか聞いたことがあるんだけど……」
 それは多分自分のことだ。琥姫達を前に、木の葉一枚で色々な歌を演奏した事がある。その後琥姫達が同じようにやっても上手く音は出ず、どうして慶一郎だけが上手くできるのかと言われ、何度も練習を見てやった。
 これなら思い出してくれるか。慶一郎は木の葉を使い「春の小川」を演奏する。それを聴きながら、琥姫はたくさんのタンポポを摘んでいた。
「花束〜。お家に持って帰って生けようかな……あ、エノコログサで毛虫ーって。本物はちょっと嫌だけど、草遊びだと色々出来て楽しい♪」
 琥姫が知っている草遊び。それは花輪を作ったり、タンポポの笛を作ったり。オオバコの葉を引っ張って糸を取って、それでままごとの「麺」とか言ってみたり。
露草や朝顔で色水を作り、それで白いハンカチを染めてみたことがあったっけ……その楽しさが、琥姫が自分で服を作ったりする原点なのかも知れない。
 ホウセンカに爪をすりつけて、マニキュアごっこ。キンモクセイの花を集めて香水作り。子供の頃は何だか毎日が楽しくて、あっという間に過ぎていた気がする。
「子供の頃、お花で染め物が出来るって教えてもらって、夏休みの自由研究でやったことがあるんですよ。その時は紫陽花だったかな」
 幼なじみと一緒に花の汁を搾って、布を染めて。でもそれだけじゃ洗うとすぐ落ちるって教えてもらって、ミョウバンで色を落ち着かせて。
 それを教えてくれたのは、幼なじみの父だったような気がする。金髪で、お日様のように笑って、いつも優しく遊んでくれた人。草笛や、花冠を作るのが上手くて……。
「……あれ?」
 何かを思い出したように、琥姫は慶一郎の顔を見た。二本目の花輪を作っているその手つき。
「どうしました?」
「ダディさん……もしかして矢鏡さんですか?」
 やっと思い出してくれたか。
 これで思い出さなかったら、木登りの仕方でも教えようかと思っていたのだが、どうやら何とか分かってくれたらしい。
「思い出していただけましたか?」
「はい……そういえば遊びに行ってた時も『ダディ』って呼んでって言ってましたよね」
 そう。昔からそう言われていたのに、その事も忘れていたようだ。多分ダディと呼ぶのが恥ずかしくて、ずっと「パパさん」と呼んでいたからかも知れない。
 慶一郎はにこっと笑うと、小さな子供にするように琥姫の両方の頬をつまんで、ムニムニと引っ張りながら変な顔をさせる。
「すっかり忘れられてましたね。他の人と呼び名が被らないように『ダディ』って呼んでって言っていたのに」
「ほめんひゃひゃーい……」(ごめんなさーい)
「うん、ほっぺのつまみやすさはあの時と同じだ。琥姫ちゃんのほっぺは何かつまみたくなる」
「はう〜ほにゃー」
「えい、変な顔だ。どこまで伸びるか試そうかな」
「いーやー」
 トマトをぶつけられたお礼はこれぐらいにしておこうか。琥姫の頬から手を離した慶一郎は、煙草をくわえ火を付ける。
「琥姫ちゃん、さっきチビ助と間違えた?」
「後ろ姿が似てたんです。クリーニング代出すから許して下さい」
「いや、クリーニングはいいけど、琥姫ちゃん家のチビ助とよく会ってるのかい?」
 こくっ。琥姫は両手でトマトを持ち黙って頷く。子供の頃も家庭菜園のトマトをよく食べていたが、トマト好きもあの時のままらしい。
 でも……。
「うん、大人になって琥姫ちゃんは綺麗になった。ゴーゴリ曰く『青年は未来があるというだけで幸福である』……その未来のために、今から遊んでおくといいですよ」
 綺麗になった。そんな事を言われ慣れていない琥姫は、顔を赤くしながら慌てて慶一郎が持っている作りかけの花輪を指さす。
「綺麗かどうかは置いといて、パパさんが作っている花輪を大きくして、電車ごっこしましょう!タンポポ畑から、トマトの森までしゅっぱーつ!」
「お姫様の仰せのままに。じゃあ大きなのを作ろうか」
「わーい♪」
 忘れていた時間も、優しい思い出があればすぐに隙間を埋められる。大きなタンポポの輪を作りながら、慶一郎は一生懸命タンポポを摘んでいる琥姫に頬笑んだ。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】  
6739/矢鏡・慶一郎/男性/38歳/防衛庁情報本部(DHI)情報官 一等陸尉
6541/神楽・琥姫/女性/22歳/大学生・服飾デザイナー

◆ライター通信◆
ツインノベルの発注ありがとうございます、水月小織です。
さぼるのに丁度いい公園を見つけて一服している慶一郎さんを、琥姫ちゃんが息子さんと勘違いして……という導入から、一生懸命思い出してもらおうとするというプレイングに繋がる話を書かせていただきました。あまり激しく木登りとか、二人で鬼ごっこも寂しいので、季節柄草遊びで楽しんでもらってます。
タイトルの「優しい思い出」は、スイートピーの花言葉です。そんな思い出があったからこそ、記憶の底で優しく眠っていたのかも知れません。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたら、よろしくお願いします。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年05月18日

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