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『〜最高の相方〜 』
和泉・大和5123)&山本・丈治(5638)&(登場しない)

 季節は流れ、和泉 大和がリングに上がるようになってから数ヶ月が立とうとしていた。
 春の新人戦以来、大和は目立った活躍をせず、黙々と練習に励んでいる。
 別に試合がないとか、そう言うわけではない。むしろ試合によって先輩達からも気に入られ、出番は同じ新人同士で比較すると多い方だろう。その分、練習量も並を十分越えているのだが‥‥

「よう、元気にやってるじゃねぇか」
「あ、山本先輩」

 掛け声を掛けながらサンドバッグに向かってパンチを打ち込んでいた大和に、先輩の山本 丈治が声を掛けてくる。
 丈治はこの中堅ジムの顔役の選手であり、『ジ・イリミネーター』のリングネームを持つ、このジムの最終兵器である。もっとも、リングから下りているときには人当たりの良い気さくな人物であり、とてもそうは見えないのだが‥‥‥‥

「だが! まだ気合いが足りねぇ。良いか? 真のパンチとは‥‥こういうのを言うのだ!!」

 丈治は大和を押しのけ、高々と右腕を振り上げ‥‥

「うおお!!“ジェットストリームパーンチ”!!」

 ゴォッ!
 丈治の右腕が風を切り、サンドバッグに猛烈な──

「と見せかけて“ジェノサイドキック”!!」

 ハイキックが炸裂した!!

「先輩。サンドバッグ相手にフェイント掛けてどうするんですか」

 勢いよく跳ね上がったサンドバッグを受け止めた大和は、先輩相手に遠慮をしなかった。
 丈治は大声で笑いながら‥‥

「ノリだ、ノリ。お前みたいに真面目な練習ばかりしてるとなぁ、悪役には成りきれねぇだろ。プロレスなんてもんは客が喜んでなんぼなんだから、派手に騒がしくすれば良いんだよ」

 丈治は大和の背中をバンバンと叩きながら、悪役レスラーとはなんたるかを語り出す丈治。細かいことにはこだわらず、誰とでも親しくなれる丈治だったが、こう見えても『ジ・イリミネーター』の名の通り悪役レスラーの見本のような戦い方をする。
 いや、真実悪役レスラーその物だ。大和が子供の頃から現役だったが、喧嘩上がりの殺し技と凶器攻撃の数々は恐れられ、その悪を貫く戦闘スタイルによって老若男女問わずに魅了する大魔神である。

「ん? 何か失礼なことを考えなかったかね」
「いいえ。それより先輩は良いんですか? あちらでみんなが待ってますよ」

 鋭く大和の思考を察してきた丈治の注意を逸らすため、大和は離れた所で互いに打ち合っている同期達を目で示した。このジムでは、大和のように体がある程度完成されている者は、基本的なメニューを組んで後は放置‥‥言うなれば自主練で済まされる。
 だがそうでない者達は、ジムの先輩やチーフに監視されながら、かなり辛い基礎を叩き込まれることになるのだった。

「ちっ。まぁ、サボらんとは思うが、あまり放置しておくわけにもいかんか。今日のところは、これぐらいで勘弁してやろう」
「そりゃどうも」

 悪役講義を中断した丈治は、大和から離れて教え子達の方へと向かう。だが何を思ったのか、丈治はきびすを返し、大和の方へと引き返してきた。

「悪い。そう言えば今度の試合のことで伝えることがあったんだ。うっかり忘れてたわ」
「え? 次の試合ですか?」

 大和は言いながら、記憶してある試合日程を思い起こす。
 このジムには一ヶ月分の予定が書き込んである掲示板がある。それぞれ選手一人一人の試合日程やら何やらが書き込んであるが、既に大和に予定されている試合は終わっていた。

「来月のですか?」
「いいや。来週だな。来週の五連戦シリーズの間、俺の相方を務めて貰う」

 ピキッ‥‥
 小さな音を立てて、大和の体が凍り付いた。

「ちなみにリングネームは『ジ・イリミネーター二号』な。ほんとは捻りを入れて『威利嶺寝獲太亞』とかにしたかったんだが、チーフが「読みにくいし、今時当て字なんて流行らんぞ」なんて言って却下されてな。全く、同世代だというのにこの良さが分からんとは‥‥ん? 大和、なに固まってるんだ」
「あ、いえ! その、あまりに急だったもんで」

 大和はフリーズ状態から復帰し、締まりのない返事をする。丈治はそんな大和を観察し、「お前が停止するなんてまぁ、珍しい物を見たな」と、意外そうに唸っていた。

「しかしなぁ、そんなにショックだったか? 俺みたいなロートルが相方でよ。あ?」
「そんな事じゃありません!」
「分かってる分かってる。そんなに焦んな」

 丈治は慌てて言い返してくる大和に手を振りながら、本題を説明した。
 何でも、次の五連戦シリーズで、大和に自分の相方を務めさせたいらしい。普段相棒を務めている選手は別の試合で大怪我をしてしまい、急遽代役を立てることになったのだ。
 その代役に大和が選ばれた。他にも大勢の選手を抱えている中堅ジムだったが、生憎丈治の目に叶う選手は居なかったらしい。
 大和にとっては大抜擢であり、喜ばしい申し出だ。だがそれと同時に、ポッと出の新人がいきなり花形とタッグを組むのである。ましてや丈治には大和自身憧れているため、困惑するのも当然であった。

「でもな、これはもう決定事項なんだ。お前に拒否権は存在しない。それともお前は、悪役レスラーは嫌いかな」
「そんなことはありませんが‥‥」
「まぁ、やったことはないだろうな。と言うより、悪役に回ったことがないだろお前」

 丈治がビシッと指摘する。そしてその指摘は当たっている。大和は元々好戦的ではないし、何より性根は良い方だ。喧嘩だろうと相撲だろうとプロレスだろうと、“悪役”に回ったことなど皆無である。
 だが丈治の相方を務めるというのであれば、当然大和も悪役だ。そうでなければ、善と悪がタッグを組むという訳の分からない試合になってしまうし、格好が付かない。
 それに大和が悪役レスラーを嫌っていないというのは本当だ。実際大和がレスラーに入る切っ掛けになった丈治は悪役レスラーだし、なにより悪役になるのは、あくまで客を楽しませるためで、本気で悪人なわけではない。

「だがまぁ、ぶっつけ本番で悪役に回れって訳にもいかん。お前には、先輩として‥‥‥‥悪役超人の幹部として、お前に悪役レスラーに恥じぬ戦いをしてもらわなけりゃならん」

 丈治はそう言うと、大和の肩にポンッと手を置いた。

「後でまた来るからな。それまでには、覚悟を決めてろよ」

 丈治の手には、不思議と力が入っていた‥‥‥‥


 ☆


 丈治に悪役としての練習を付けて貰えると言っても、本番まで一週間を切っている現状を考えれば、練習の内容も自然と絞られてくるのだった。

「こら! 凶器を使うときには狙う箇所を考えろ!」
「はい!!」
「それと場外に出て良いのは20カウント! 凶器攻撃も5秒以上続ければ反則負けになるんだ。分かってるだろ!!」
「つまらんミスで早々に試合を終わらせてみろ、お前をボコボコにしてから客席に放り込んでやるからな!」
「はい!!」

 普段から騒々しいジム内に、それを押しのける怒声が響き渡る。
 ヨロヨロとリングに上がる大和は、悪役モードに入った丈治に殴り倒されて再びリング外に落とされた。

「さっさと上がれ! これぐらいでヨロヨロオタオタしてるんじゃない!!」

 丈治の“大和悪役化計画”の内容は、想像を超えてハードな物だった。
 凶器攻撃を教えると言い出せば、大和自身に凶器攻撃を繰り出して「どこを狙うべきかを考えろ!!」と、与えられるダメージを体で覚えさせられる。
 リングに上がって丈治の攻撃を仕掛ければ、「もっと派手にやらんか!」と、カウンターでドロップキックを入れられてしまう。しかも倒れた所にスタンピングの嵐を喰らい、さすがの大和も気絶一歩手前まで追い込まれる。
 だが丈治はそれを許さない。あらかじめ用意してあったバケツを持ち上げると、ダンクシュートの要領で大和の頭に被せてくる。

「あ〜、すっきりした。寝てるか大和? ‥‥仕方ないな。休憩だ、大和」
「‥‥‥‥‥‥」

 あまりの扱いにグロッキー状態に陥った大和を置いて、丈治はさっさとリングから下りていく。被っていたマスクを取り、用意していたタオルとペットボトルを手に取った。

「ほら、使え」
「あ、ども」

 丈治は、リングから降りようとしている大和にタオルを投げ渡す。やっとの思いで立ち上がっていた大和は、それを受け取ってから、再度倒れ伏した。
 その大和の顔を覗き込み、丈治は渋い顔をしている。

「悪い、そんなにきつかったか?」
「いえ‥‥」

 大和は息も絶え絶えといった状態だ。または虫の息。午後の部に入ってからの約四時間、休憩無しで一方的に痛めつけられていたのである。
 新人にしては十分なスタミナを誇る大和であっても、さすがに堪えていた。
 丈治はそんな大和を見据え、やれやれと顔を振る。

「初日から飛ばしすぎたか。すまんなぁ、リングの上では手加減しないようにしてるもんで」
「だ、大丈夫です。これぐらいなら、まだ‥‥」
「足がガクガク言ってるって。もう、今日は上がれ。当日にぶっ倒れられたら格好が付かん」

 丈治はそう言うと、大和に肩を貸し、ジムの壁際に設置してあるベンチまで歩いて大和を座らせる。丈治はその隣に座ると、タオルと一緒に取り出していたペットボトルを手渡してきた。

「飲んどけ」
「ありがとうございます」

 大和はペットボトルを受け取ると、グイッと一気飲みした。水の冷たさが喉から胃、そして体全体に行き渡ると、やっと大和は一息ついた。
 その頃合いを見計らって、丈治は話しかけた。

「それにしても、今日は良く耐えたな。やっぱりお前を選んで良かったよ」
「そうですか? ボコボコにされてましたけど」
「そんなの当たり前だろ。俺とお前じゃ、年期が違うんだからな」

 そう言ってガハハと笑う丈治。これが試合ならば、大和に花を持たせるために激戦にでもなっていたのだろうが、練習ならば大和相手に手心を加える必要もない。その実力差が、今の状態だ。

「他の奴らじゃ、最初の一時間で音を上げてる。見所はあるだろ」
「ありがとうございます」
「普通のレスラーとしてなら‥‥な」

 そう小声で付け足し、丈治は大和から視線を外した。
 丈治は練習の間、ずっと大和のことを観察していた。その中で、丈治は一つ、重大なことに気が付いたのだ。
 大和には、相手を壊そうとする殺気の類がない。これが練習だからと言うこともあるのだろうが、ああも痛めつけられれば、大抵の者は相手を憎み、食ってかかってくるものである。
 しかし大和の場合はそうではない。
 あくまでこちらを練習相手と見ているのか、それとも仲間と見ているのか‥‥今まではリング外から見ているだけだったがために気が付かなかったが、相手を痛めつけることに幾ばくかの躊躇が見えるのだ。

(分かってはいたが、このままだとどうにも‥‥)

 丈治は落ち着いてきた大和を観察しながら、今後の方針に迷う。
 大和を通常のプロレスラーとして育てるのなら、まず大成出来るかもしれない。少なくとも、大和ほどの若手でここまで出来る者は滅多にいない。
 だが悪役として使うとなれば話は別だ。悪役には徹底した派手さが必要である。
 派手に敵を倒し、圧倒する側でなければならない。大和はその役に入るには、少々甘い所がある。
 その甘さをなくそうとするならば、その方法はどうやるか‥‥

「ん。やっぱり本番だな」
「? 先輩?」
「気にするな。こっちの話だ」

 ニヤリと笑い、丈治は大和の肩を叩いた。

「よし。今日はここまでだ。俺は少し、チーフと相談事があるから」

 そう言い、丈治は「じゃあな」と付け足して席を立った。

「‥‥‥‥なんか、やな予感が‥‥」

 丈治の背中を見つめながら、大和がボソリと小さく呟いた。


☆☆

 ‥‥試合会場は、派手に飾られた県立のホールだった。
 今日の試合は、あちこちのマイナー団体から集められた悪役同士の大乱闘を目玉としている。その為か、既に客席の二席が粉砕され、数人の客が巻き添えを喰らって治療を受けている。
 それでも客席は盛り上がり、全員が怒声と歓声を巻き上げて選手達を応援している。
 だがその応援を受けている大和の表情は暗く、ゼエゼエと肩で息をし、倒れそうになる体を持ち堪えさせていた。

「シャキッとしろ! 客が見てるんだぞ」

 そんな大和に、覆面を着けて『ジ・イリミネーター』化している丈治が喝を入れる。
 大和もその声で何とか体を起こすが、客からの罵声に顔を曇らせる。
 もちろん『ジ・イリミネーター二号』となっている大和も覆面を着けていたが、大和の顔色を察した丈治は焦り始めた。

(あれだけやられればな‥‥)

 既に丈治と大和は、五連戦のうち二戦を終えている。
 二戦とも勝利を収めていたのだが、それは丈治の活躍だった。大和の活躍は、どう見ても芳しくなかったのだ。
互いに悪役選手ならば、当然ラフファイトの応酬になる。それに慣れていない大和は、春のような活躍を見せることが出来ず、むしろパワーダウンしているのが見て取れた。
人気のある丈治の相方なのだから、試合相手の見る目は厳しい。それだけに手加減もなにもないのだが、それが大和を追い詰めている。
 それが客にまで伝わってしまったのだろう。『ジ・イリミネーター』の相方をなじる声が、客からの歓声に混ざっている。

(だが、ここで折れるようなら‥‥)

 こんなリングにまで連れてきていない。
 丈治は大和の肩に手を回し、疲れ果てている大和に喝を入れる。

「大和、これぐらいでいちいち疲れるな。俺たちはラフファイトをしてるんだ。こんなダメージで音を上げてたら、客が満足するほどの盛り上がりにならんだろ」
「す、すいません」
「謝るな。代わりに結果を出して貰う。だいたい何だ? お前、試合を盛り上げるつもりがあるのか?」

 丈治の言葉は厳しい。大和は黙って、丈治の言葉を聞いている。

「良いか? お前は何か勘違いしてるみたいだが、客は別にお前の勝ちなんかに興味はない。て言うか、どっちが勝っても良いんだよ」
「え?」
「ここに来ている選手は悪役ばかり、そして客はその悪役を見に来ている変わり者ばかりなんだ。分かるか? 要するに、客は俺たちの暴れっぷりを見学に来ているだけなんだよ。客が不満がってるのは、お前が綺麗な戦い方をしているからだ。
‥‥良いか大和。お前は勝とうと必死で戦ってるんだろうが、勝とうとなんて考えるな。プロってのはな、客を楽しませてナンボなんだよ。ラフや反則はそのための一つの手段だ。いいか、プロレスラーとして『上』を目指すなら、ラフも反則も思い切ってやれ。お前の極悪ファイトで客を沸かせてみろ」

 バンッ!と、大和の背中が勢いよく叩かれた。そのショックで大和は背筋を伸ばして顔を上げた。

『続いての第三開戦! 優しいハートを一体どこに置いてきてしまったのか!! 身長185?p体重120?sのタッグ!! リアル猫太タッグの入場だーーー!!』

 ワァッーーッと会場中が盛り上がり、巨漢の二人組が叫びながらリングに飛び込んできた。一人は真っ青な全身タイツを着込み、もう一人は黄色い全身タイツと巨大なリボンを後頭部に付けていた。
 思わず怯む大和だったが、丈治はニヤリとしながら身を乗り出した。

「どうだ? 叩きのめすなら良い相手だろ。いや、マジで手加減なんてしたくもなくなるぜ」
「それは確かに‥‥」

 むしろ近付きたくもない。

「ほらっ! 変態どもをサッサとリングの外にでも放り出しちまおうぜ!!」
「変態どもだとう!? おのれ“イリミネーター“! 言いたい放題言いよって!! 今日はこてんぱんのけちょんけちょんにしてやるからなぁ! 覚悟を決おべぼ!!」
「ああ! 兄ちゃん!!」

 リアル猫太の口上を最後まで聞かずに、丈治は突然ハイキックを繰り出し、青タイツの顔面を吹っ飛ばした。蹴られた方は勢いよく飛んだ上、独楽のように回転しながらロープまで吹っ飛び、膝を付き、ヨロヨロと立ち上がった。

「ふっ、さすがに効いたぜ。イリミネーター。そうこなくっちゃあな」

 不敵な笑いを浮かべるリアル猫太。だがしかし、そのダメージの大半がキックによるものではなく、その後の余分な回転によって与えられた物であることはバレバレである!!

「大和はそっちのオカマ野郎をブッ倒せ! このど阿呆には、俺が教育してやる!!」

 丈治はそう言うと、慌てて試合開始を宣言するレフェリーを無視して青タイツに唐竹チョップを入れると、倒れた青タイツに盛大なフライングボディーアタックをかます。

「おのれ! このままで済ますと思うのか!?」
「おっと! お前の相手はこっちだろ!」

 大和は丈治に向かおうとする相手を背後からのドロップキックで強襲すると、リングに倒れ込もうとする相手の両足を掴み、無理矢理グルグルと振り回した。

「ぎゃっ!」
「なぁああ!!」

 同じリング上にいた丈治や青タイツを黄タイツで蹴散らし、大和は黄タイツをロープへと放り投げる。角度が悪かったのか、黄タイツはロープに当たって減速は出来たものの、勢い余って場外へと落ちていった。

「逃がすかっ!」
「お前が放り投げあべしっ!」

 追撃に入ろうとする大和の前に立ち塞がる青タイツ。しかしその青タイツは、横合いから丈治に攻撃され、さらにあくまで青タイツを無視して場外へと向かう大和に蹴り飛ばされて転がった。

「はああぁぁあああああ!!」

 大和は大声を上げながら場外へ一足で飛び出すと、既に立ち上がり、パイプ椅子を構えている黄タイツに突進した。

「くらえ! 愚羅鼻豚犯魔蛙(ぐらびとんはんまあ)!!」

 叫びながら勢いよくフルスイングされるパイプ椅子。だが大和は全く問題視せず、むしろそのスイングに飛び込むようにしてジャンプをすると、パイプ椅子にぶつかりながら、黄タイツを全体重を乗せて押し潰した。

「まだまだ!」

 大和は意識朦朧としている黄タイツの体を掴むと、「ふんっ!」と気合いを入れて勢いよく転がした。その勢いを殺さないようにこまめに蹴りを入れ、リングの周りでゴロゴロと回転させる。
 もちろんいい加減レフェリーが止めに入っても良い頃だったが、丈治が大和達とは反対方向でやりたい放題にやっていたため、レフェリーは大和達を見ていなかった。

(こ、こんな感じか?!)

 大和は相手を蹴り転がして一頻り楽しむと、20カウントが経過する前に急いでリングに戻った。反対方向で暴れていた丈治もカタが付いたのか、一仕事終えた職人のように満足げな空気を纏い、客に向かって思いっきり吠えたてる。

「良い出来だったぜ二号! さぁ、次に行ってみようか!!」
「あいよ!!」

 大和が大きな声を上げて丈治に答えると、ひときわ大きな歓声が上がった。
 その歓声が収まらないうちに、レフェリーは“リアル猫太タッグ”の戦闘不能を高らかに宣言し、次の対戦相手がリングに上がる。
 大和はその対戦相手を見ながら、グッと、手を握って力を込める。

(この感覚か‥‥!)

 対戦相手に対し、不必要なまでに攻撃し、ダウンした相手を引き起こす。レフェリーが見てないのを良いことに好き勝手な行動を取り、時には客席にわざと突っ込ませてみる。
 大和は、これまで丈治が行ってきた試合の数々を思い出しながら戦っていた。憧れの選手である丈治の試合は欠かさず見ていたし、思えば自分も、悪役レスラーに憧れを抱いていたのではなかったのか‥‥?
 『プロってのはな、客を楽しませてナンボなんだよ』
 丈治の言葉は嘘ではない。大和が反則を犯せば犯すほど、客席は騒然となりながらも白熱していく。そこには善も悪もなく、ただ客を魅了するための戦いがあった。

『さぁ! ついに本日の最終戦!! 『ジ・イリミネーター』の仇敵にして最強の極悪タッグ、“アベシーズ”だぁ!!』

「うおおおおおおお!!!!」
「せいやぁああああああ!!」

 実況が声を高らかに上げると、それを掻き消すかのように最終戦の対戦相手が現れた。
 それぞれプロテクターを装着して髪型をモヒカンにしている。だが先ほど戦った二人同様、色分けするのが流行っているのか、モヒカンの色が赤と青に塗り分けられていた。
 その二人は大和と丈治に倒された前対戦者の二人を担ぎ上げると、邪魔だとばかりにリングの外に放り出す。

「やれやれ。相変わらず容赦がねぇなぁ。大和、あの二人は‥‥」
「知ってます。俺が赤モヒカンを相手しますんで、よろしく!」

 大和は丈治の言葉を遮り、赤モヒカンと真っ正面から向き直った。

(実力差がありすぎるから、下がってろって言いたかったんだがなぁ)

 内心で呟きながら、それならと丈治も相手に迫る。
 丈治でもこの相手には勝ち目が五分五分だったが、大和とて瞬殺されるようなことはないだろう。
 何故なら、序盤では苦しそうだった大和の体は、純粋に戦いを楽しんでいるように見えたからだ。

「“ブレストタックル”!!」
「ぬお!!」

油断していた丈治の腹部に、猛烈なタックルがお見舞いされる。リングのほぼ中央に居た丈治はロープまで押され、両足で踏ん張った。

「悪いな。お前のことを忘れてたぜ!!」

丈治は青モヒカンの胴に手を回してガシッと掴むと、盛大にその体を持ち上げた。




 赤モヒカンに立ち向かった大和だったが、やはり実力は圧倒的だった。
 相手は丈治と同期のレスラーで、対戦成績はほぼ互角。対する大和は未だにプロレスの練習生の身分だ。どう足掻こうが、面白いようにコロコロと転がされてしまう。

「せい!」
「ぬぐっ!」

 放たれた水平チョップを喰らい、大和のからだが仰け反った。その隙を逃さず、赤モヒカンは大和の体を掴んでグルグルと振り回し、さらに放り出した。

「──!」

 大和の体はリングの上を飛び、ロープではなくリングサイドに激突する。大和の体は悲鳴を上げて崩れ落ちようとしたが、その前に追いついてきた赤モヒカンによって引き起こされ、往復ビンタを食らわせられた。

「まだまだだろ?」
「っ! 当然だ!!」

 赤モヒカンから掛けられた言葉に逆上するようにして返事をした大和は、その赤モヒカンの顔目掛けて頭突きを入れた。
 思わず大和から手を離した赤モヒカンの体を、大和はボディーブローの連発で追撃した。さらに赤モヒカンが立ち直るよりも早く、得意のドロップキックを入れて弾き飛ばす。
 大和はそこで一旦攻撃するのを止めると、自分の方からリングの外へと降りていった。

「おのれ、この程度で‥‥」

 立ち上がった赤モヒカンは、大和の姿を探してリング上を見回した。しかしそのときには、既に大和はリング外に降りており‥‥

「おっさん! そこを動くなよ!!」

 振り向いた赤モヒカンが見た光景は、コーナーの上に登って飛び降り、大きく“何か”を振りかぶっている大和の姿だった‥‥



☆☆☆

 湧き上がる会場内の中心、リング上では、丈治が雄叫びを上げていた。
 丈治よりも一足早く大和が赤モヒカンを失神KOし、残った青モヒカンを丈治と大和の連係攻撃で一方的にいたぶると、最後には青モヒカンを倒れている赤モヒカンに投げつけ、フライングボディプレスを仕掛けるというとんでもない決着を見せた。
 何もそこまでしなくても‥‥と、普段の大和ならば思ったかもしれないが、何しろその大和自身がしているのである。もしあったとしても、大和と丈治に送られる歓声によって、容易く吹き飛ばされていただろう。

『うらぁぁあ!! イリミネーターを舐めるなぁあ!!』
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
『五連戦がなんぼのもんじゃあ!! 次は十連戦で逝ってやるぜぇ!!』

 丈治の爆弾発言でさらに場内が湧き上がる。
大和は丈治のパフォーマンスを見ていただけだったが、歓声の中で高揚していた心が、丈治の発言によって一気に現実に引き戻される。

(ま、まさかその十連戦、俺も付き合わされるのか!?)

 答える者はおらず、大和はマスクに隠された顔を、苦笑いで塗り潰した。
 『ジ・イリミネーター二号』を称える声の混じった、歓声を聞きながら‥‥





☆☆参加キャラクタ☆☆
5123 和泉 大和
5638 山本 丈治

☆☆WT通信☆☆
 おくれてすいません!!
 のっけから謝罪してるダメライター、メビオス零です。
 GW挟んだというのに納期遅延‥‥かなりの勢いで自己嫌悪。最初の頃はこうじゃなかった気もするけどなぁ‥‥もう、とにかくすいません。
 プロレスは普段テレビでも見てないので、たぶん悪役レスラーとかの扱いが少し変だと思います。これからはビデオとか見て勉強しておきます。
 では、今回のご発注、真にありがとうございました。短い後書きで申し訳ありません(汗)
 また頑張らせていただきますのでこれからもよろしくお願いします(・_・)(._.)w
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
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東京怪談
2007年05月15日

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