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『5月12日 』
清芳3010)&馨(3009)&(登場しない)

 清芳は考え込んでいた。
「さて、今年は何をあげたものか」
 畳に正座して、案を練る。食事の準備で馨が台所に篭っている今のうちが、一人で脳内会議を行う絶好の機会だからだ。
「しかし此処に来て二度目の誕生日か‥‥早いものだな。もうそんなに経つんだな」
 そう、月日の経つのは早いもの。故に、数日後に控えている馨の誕生日に贈る品を早急に決定し、用意を完了させなければならない。しかし贈り物を何にするかというのは実に悩ましい議題であり、清芳としてもいくつか思いつきはしたのだが、そのどれもがいまいち決定打に欠けているような感じがして、なかなか決まらない。
 馨が喜びそうなものは何か。‥‥ほんの一瞬だけ「『自分』をあげれば喜ぶか?」という考えが脳裏をよぎったが、そんな事をしようものなら何をされるかわかったものではないので、即座に忘却の彼方へと押しやる。
 とりあえずその議題は横にのけておいて、彼女は次の議題へと移った。贈り物をする事と何を贈るかという事を、当日まで本人に隠すか隠さないか、である。これがまた決を採るのが難しいのだが、その理由は、彼女があまり上手に隠し事をできないという点にある。むしろそういった事は馨のほうが得意だろうし、そんな馨に隠し事をしたところで多分すぐにバレる。
 どうせバレてしまうなら、いっそ最初から隠さずに祝ったほうがいいのだろうか、とも思う。
 うんうん唸る清芳。贈り物というのは、贈る相手を深く想えば想うだけ難易度が上がる代物なのだ。
「清芳さん、お待たせしました。――どうかしたんですか?」
 襖が開いて、お膳を持ってきた馨が姿を見せる。深く考え込んでいた清芳は大仰に反応してしまい、馨に不思議そうな表情をさせる事となった。

 食事を済ませた後、清芳は街へと繰り出した。気分転換をする為だ。それに、うまくいけば贈り物にふさわしいものが見つかるかもしれない。
(‥‥やっぱり、当日にこそ喜ぶ顔が見たいな)
 最初からバレると思うからこそバレるのだ。バレないと信じて頑張れば、きっと隠し通せるはずだ。
 そんな論理で、議題の片方に結論が出た。気分転換の賜物である。
 ひとつ片付いたので足取りは幾分軽くなった。通りの左右に並ぶ店を眺めつつ歩く。馨が喜ぶもの――馨の好きなもの。はたと目についたのは、花屋だった。
「いらっしゃいませ。どうぞご覧になってください」
 エプロンをつけた店員から声をかけられたのもあって、店頭に並ぶ花々をじっくりと眺めてみる。綺麗だ。葉っぱもみずみずしさを保っている。
 そういえば、と清芳は思い出した。去年の夏、植物柄の水着を着ていたら馨はにまにまと気持ち悪いくらいに視線をぶつけてきた。こちらの世界に来てからは地術士という職業に就いている。植物という、自分に繋がるものと清芳が関わる事が嬉しいのだろう。ならば花を贈ったとしてもきっと喜ぶはずだ。
「誕生日に贈る花、とくれば、誕生花だな」
 誕生花は要するに誕生日にちなんだ花の事だが、諸説様々である。清芳が知っていた馨の誕生花はふたつ、ライラックとカンパニュラだ。
 ライラックは花というか木なのだが、小さめの花が数多く集まってひとつの大きな花のように見える。とてもいい香りのする花だ。
 カンパニュラも小さめの花を咲かせる。「小さい鐘」という名が示すとおりの形の花だ。
 紫のライラックと、青のカンパニュラ。店員に頼んで試しに作ってもらった花束を抱え、香りをかいで、清芳は頷いた。これを贈ろう、と決めた。誕生日当日に受け取りに来るからと改めて注文する。これで贈り物に関する悩みはすべて片付いた。
 ‥‥わけでもない。
 花を贈る場合、贈る側の気持ちとして花それ自体が持っている意味が込められる事がある。花言葉というが、これまた諸説あり、ひとつの花が複数の花言葉を持っていたり、花の色によって異なったりと結構ややこしい。そして今回の場合はどうか。
 ――ライラックの花言葉は「愛の訪れ」
 ――カンパニュラの花言葉は「思いを告げる」
 ひとつだけでも十分な破壊力なのに、ふたつ揃えば相乗効果で更なる破壊力を生む。清芳の知る限りではそういう花言葉を持つ花々だった。
 なんともこっぱずかしい。しかし、愛する人への贈り物としては良き言葉だろう。
(この花達の花言葉、馨さんが知らなければいいのだが‥‥)
 清芳が恥ずかしがると、すかさずそこを突いてくるような人なのだ、馨は。決して嫌だというわけではないけれど、恥ずかしすぎて撃沈してしまうのもそれはそれで困る。
(‥‥知らない。うん、きっと知らないな。そういう事にしておこう)
 ともあれ、当日作る料理の材料買い込みなどやらなければならない事はまだ残っているので、悩んでばかりもいられない。希望的観測で自らを後押ししてみる清芳だった。

 ◆

 そんなこんなで馨の誕生日当日。この数日間には、「誕生日」やら「プレゼント」やらのNGワードを回避するための、清芳の人知れぬ苦労があったが、ここでは多くは語るまい。
 ささやかながらもご馳走と呼べる料理を作り、花屋へ例の花束を受け取りに行き、ようやく‥‥本当にようやく、すべての準備が整った。

「馨さん。誕生日おめでとう」
 飾り付けをして料理を並べた室内に、本日の主賓を迎え入れる。
「有難うございます」
 祝いの言葉に、馨は微笑う。黙っていて正解だったと、清芳はひそかに拳を握り締めた。
 だが、そこまでだった。馨の純粋な微笑みは、清芳から贈り物の花束を手渡された瞬間から、違うものへと変化した。微笑みではあるが、僅かばかり、楽しげな笑みへと。
「愛を有難うございます。ですが、想いを告げて頂いてませんよ?」
(やっぱり花言葉知ってた‥‥っ!!)
 清芳の心中を探るような問いかけ――いや、確認か?――に、清芳は顔も耳も首まで真っ赤になった。
「う‥‥いや、それはっ」
「何ですか?」
「‥‥うぅぅぅ‥‥」
「告げて頂けないんですか?」
「そ、そんな事はない‥‥と、‥‥くっ」
 一瞬、馨が悲しそうに眉をひそめたせいで、つい了承の意を示しかける。すぐに元の微笑に戻ったところを見ると、引っ掛けようとしていたようだ。
 言ってほしいのだろう。他の誰でもない、清芳に。その気持ちは清芳にも理解できる。清芳とて、馨に言われたなら心が乱れるほどに嬉しいから。
「‥‥‥‥‥‥たっ、誕生日だしな!」
「ええ、年に一度の大事な日ですし」
 けれど、どうしても恥ずかしさが先に来てしまうのは、どうしたらよいのだろう。伝えたくないわけではない。唇を開いても、言葉が喉から出てこないのだ。
 赤くなって俯いていた自分を奮い立たせ、馨を見つめる。微笑んだまま、清芳の次の行動を待っている。彼が何を待っているのか、自分が何をすればいいのか、清芳にはわかっている。試しに言おうとしてみるが、息だけが漏れて、言葉を紡げない。
「まあ、どうしても無理だというのでしたら」
「言うっ!!」
 つい反論してしまってから、はっと我に返った。売り言葉に買い言葉。そういう言葉だけは言えるのかと、自分で自分が不甲斐ない。
 もう一度、馨を見る。大切な人。愛しい人。
 想いで胸が張り裂けそうになった。
「馨さん」
 張り裂けそうなほどの気持ちをばねに、清芳のほうから抱きしめた。適度に鍛えられた身体の感触。程よいぬくもり。胸元に顔をうずめれば、自然と心が安らいでいった。
 溶けそう。そう感じた時には、馨が彼女の髪を優しく何度も撫でていた。見上げれば、見下ろされ。伏せがちになった馨の目元に手を伸ばせば、意図が伝わったようで、両の瞼が閉じられた。伸ばした手を目元から頬へ移動させ、それから唇へ。
 何度も触れているはずなのに、心臓は落ち着く事を忘れたみたいに早鐘を鳴らしている。
 自分から求める事がこんなに切ない行為だったなんて。指先が少し、震えている。
 意を決して、動いた。柔らかい。熱い。
 ご褒美なのか、ようやく馨は清芳を強く抱きしめてくれた。
「‥‥大好き」
「嬉しいです。‥‥ですが私は愛していますよ?」
 乱れた吐息を何とか整えながら清芳は想いを伝えたのだが、馨にとってはまだまだ足りないらしい。微笑みを絶やす事なく、次を要求する。
「‥‥あ、‥‥あ、あ、あい‥‥」
「愛しています」
 お手本を囁かれて。自分がしたように指先で唇をなぞられて。
「あっ‥‥あ‥‥‥‥‥‥愛して、る‥‥」
「ええ、私も愛しています。貴女にそう言って頂けるのが、一番の贈り物ですよ」
 言わなければ心がもたない、そんなぎりぎりの線まで追い詰められてようやく、伝えられた想い。
 恥ずかしいのはどうやっても変わらないが、伝えられたという事実と、何よりも馨が喜んでくれた事が、清芳には嬉しくて仕方がなく、馨と抱き合ったままどこまでも蕩けていった。
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聖獣界ソーン
2007年05月11日

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