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『瑠璃草の咲く夜 』
ヴィルア・ラグーン6777)&雪夜星・蝶鼓(6915)&(登場しない)

「私と一緒にデートして下さいませんか、蝶鼓サン」
 ヴィルア・ラグーンがそう言って、雪夜星 蝶鼓(ゆきよぼし・ちょこ)を誘ったのは、東京でも星が見えるような澄んだ夜のことだった。
 最近ヴィルアは『なんでも屋』に居候している蝶鼓と、一緒に話をしたりする仲である。だが、大抵回りに人がいてゆっくり二人きりで話が出来ないので、一度はデートに誘って二人きりになりたいとヴィルアは前々から思っていたのだ。
「デート、ですか?」
 薄明かりの下、スカートの影を翻した蝶鼓が柔らかく笑う。
「ええ。いつもなんでも屋のお掃除とかで大変そうですから、たまには休みをもらってショッピングにでも行きましょう。お出かけですよ」
 お出かけ。
 実は、蝶鼓はこの時代の人間ではない。遠い昔に村を焼かれ、追われながらも兄と慕っていた人を探し、彷徨っていたときに時空の歪みに落ちてこの「東京」にきた異邦人だ。
 今はなんでも屋に住み込み、事務などをやっているが、あまり遠くまで出歩いたことがないので、ヴィルアの誘いが嬉しい。
 しかし……。
「ヴィルア様と一緒にお出かけなんて、すごく楽しそうです。でも私と一緒でよろしいのでしょうか……」
 蝶鼓はヴィルアのことを「紳士的な男性」だと思っていて、しかも密かに憧れている。そんなヴィルアと一緒に出かけるなど、誘いを受けてもいいのだろうか……と、蝶鼓はなんだか戸惑ってしまう。
 そんな蝶鼓の右手を取り、ヴィルアは優雅に礼をしてふっと笑った。
「私と一緒は嫌ですか、蝶鼓サン」
「そ、そんな、とんでもありません」
「では、決まりですね」
 嫌だなどと言う訳がないのは分かっているが、蝶鼓が可愛らしく慌てるところが見たくて、少し意地悪なことを言ってしまった。少し顔を赤らめた蝶鼓の薄紫の髪が、晩春の風に揺れる。
「明日の昼頃迎えに来ますから、蝶鼓サンは午後からお休みをもらっておいて下さい。その時間なら掃除も終わっているでしょう?」
 本当は朝からでも良いのだが、それだと蝶鼓の方が疲れてしまうだろう。あまり遠出をしたこともないようだし、明日はゆっくりお茶を飲んだりしながら、ショッピングとディナーを楽しんでもらうつもりだ。
「はい、楽しみにしていますね」

 次の日。
 ヴィルアはいつものスーツとサングラスで、蝶鼓を迎えに来た。
「こんにちは、蝶鼓サン」
「ヴィルア様、こんにちは。今日はよろしくお願いいたします」
 少しはにかみながら外に出てきた蝶鼓は、浅黄色のワンピースにクリーム色のカーディガンを着ている。だが靴までは気が回らなかったのか、それとも別の靴を持っていないのか、少し汚れた水色の小さなスニーカーだ。
「では、行きましょうか」
 まず靴を買って、その後は服やアクセサリーなどを見ることにしよう。憧れの人と一緒で緊張している蝶鼓を歩道側に歩かせ、ヴィルアはデパートに向かうことにした。
「………」
 こういうとき、何を話せばいいのだろう。
 いつもは他にも人がいるので、ヴィルアとも何気なく話をしているのに、二人だと思うと言葉が出ない。
「あ、あの……」
「どうかしましたか?」
「今日は天気が良くて、よかったですね」
 ……変なことを言ってしまったような気がする。
 自分で言った言葉が恥ずかしくて、ますます緊張する蝶鼓にヴィルアは何の問題もないように頷いた。
「そうですね。天気が良いと私も心が弾みますよ。特に今頃の季節は風が気持ちいいですし」
 そんな他愛のない話をしているうちに蝶鼓の緊張もほぐれ、ヴィルアが目指していたデパートが見えてきた。
 本当なら自分が上客であり、黙っていても色々な物を持ってきてくれるような高級デパートでもいいのだが、今日は蝶鼓と一緒に服や物を見て選び、気兼ねなく楽しんでもらいたい。なのでショッピングの場所は普通のデパートだ。
「うわぁ、お店がたくさんですね」
 明るい店内。そして目移りしそうなほど売られている色々なもの。
 何だか嬉しくなって、蝶鼓はゆっくりと店を見て回る。その横をヴィルアは人ごみから守るように付いて歩く。
「蝶鼓サン、まず靴を見るのは如何ですか?ヒールの高いサンダルは、長く歩くと足が痛そうですが、最近はパンプスタイプのおしゃれなスニーカーもありますよ」
 まずは、蝶鼓が今履いている靴を新しい物にしよう。急にパンプスを履かせたりして、足にマメを作らせたくないし、手入れが大変な靴もダメだろう。普段履いていても歩きやすく、そして可愛い靴はたくさんある。
 その中からヴィルアは足の先がレースタイプになった、ブルーグレーの靴を指さした。その靴はちょこんとたくさんの靴の間にディスプレイされている。
「これなんか如何でしょう。そこに座って履いてみて下さい」
「可愛いですね。こんなにたくさん靴があるなんて、何だか不思議な気分です」
 スツールに座らせ蝶鼓に履かせると、その靴はディスプレイされていたときよりも、ぴったりとなじんだようだった。さっき履いていたスニーカーよりも服に合うし、なんと言っても可愛い。
「どうでしょう、ヴィルア様」
「よく似合いますよ。今履いている靴とここで取り替えてしまいましょう……これの支払いをお願いします。履いていきますので箱はいりませんよ」
 支払いと聞き、ハンドバッグを開けようとする蝶鼓をヴィルアは手で押さえ、小さく首を振る。
「今日は私が蝶鼓サンを誘ったのですから、プレゼントさせて下さい」
「でもこんな物を頂いて、お礼をどうしたら……」
「こういう時は、男性に払わせておくのが礼儀なんですよ。それにお礼でしたら、また今度ご一緒していただければ、それだけで光栄です」
 ヴィルアは、蝶鼓が自分のことを男性だと思いこんでいるのを知っていた。なので今日は男性に変化もしてきている。元々ハスキーボイスだし、女性だとばれることはないだろう。
 礼儀と言われ、蝶鼓は少し首をかしげる。
「礼儀、なのでしょうか?」
「そうですよ」
 まあ嘘は言っていない。素早く支払いを済ませ、次の場所へ。
「素敵な物がいっぱいあるのですね。ヴィルア様と一緒だと、見ているだけでも楽しいです」
 夏物のストールやカゴで出来たバッグ。チュニックやスキニータイプのデニムなど、蝶鼓が興味を示したり、似合いそうだと思った物を試着させ、ヴィルアはショッピングを続けた。
 いつもは髪色に合わせて薄い青系統の服が多いが、淡いピンクのスカートや、白いシャツなどもよく似合っている。アクセサリー売り場で、青いスワロフスキーのついたネックレスとイヤリングをつけている蝶鼓を見て、ヴィルアは満足そうに目を細めた。
「アクセサリーも服も、似合う人がつけるとその輝きが更に増しますね」
「ヴィルア様……」
 さらりと言われた言葉に、蝶鼓は頬を染めて両手で顔半分を隠す。こんな事を言っても様になってしまうのがヴィルアのすごいところだ。
「では、そのアクセサリーも買いましょう。これからの装いにぴったりですよ」

 合間にカフェでハーブティーを飲み、地下の食品売り場で「皆にお土産を買って帰りたいんです」と、蝶鼓は一つずつ包装されたチョコレートケーキを買った。その紙袋をヴィルアは横からそっと持つ。
「あ、ヴィルア様に荷物を持たせてしまってますので、私も何か持ちます」
「いいえ、荷物持ちは男性の役目と相場が決まっていますから」
「でも、重たくありませんか?」
 確かにあの後も服やアクセサリー、別の靴などを買ったりしたので荷物は色々あるが、ヴィルアにしてはこんな物は重いうちに入らない。それに買った物のいくつかは蝶鼓が身につけているので、それは自分で持っているということになる。
「大丈夫ですよ。蝶鼓サンを抱えて運べるぐらいには」
「力持ちなのですね」
「ええ、そうなんです」
 デパートから出ると、空は茜色だった。デパートからさほど歩かない場所にある、少し高級なレストランにヴィルアは蝶鼓を案内した。
 ここはヴィルアが顔なじみにしていて、今日のために貸しきりにしてある。
「乾杯しましょうか」
 食前酒はモエ・エ・シャンドンのシャンパンだ。二人で小さくグラスを合わせると、早速オードブルが運ばれてくる。すると蝶鼓がウエイターを見上げ、ちょっと困った顔をした。
「すいません、お箸を頂けますでしょうか……」
 ナイフやフォークがあるのだが、蝶鼓はテーブルマナーが分からない。ヴィルアは「誘った相手に合わせるのがマナー」と思っているので、蝶鼓が困らないようにすぐこう言った。
「私のぶんもお願いします」
「かしこまりました」
 この辺りは店の方も心得ていて、すぐさま二人の前に箸が差し出された。
「すみません、ナイフの使い方がよく分からなくて」
「いいんですよ、気にしなくても」
 次に運ばれてくる魚や肉料理も、箸で食べられるようにされて出てくるだろう。ヴィルアは仕事柄顔が広く、こうやって気の利く店もよく知っている。
 蝶鼓は一日一緒にいて安心したのか、シャンパンをこくこくと飲む。
「すごく美味しいです。これは何というお酒ですか?」
「シャンパンですよ。モエ・エ・シャンドンは世界最大のシャンパンメーカーで、スポーツの優勝時にも使われるものです」
 どうやらヴィルアが選んだシャンパンを、蝶鼓は気に入ったらしい。ならメインにはどっしりとした赤ではなく、スッキリと飲みやすい白ワインを頼んでおこう。
 チラ……とウエイターを見て、ヴィルアは小さな声で次にシャブリ・グラン・クリュを持ってくるように告げる。
「お料理も美味しいです。ヴィルア様は色々なものを知っているんですね」
 買い物に、お茶の場所に、そしてレストラン。
 今日は、蝶鼓にとっても新鮮な一日だ。服を選んでもらったり、たくさん褒めてもらったりと、何だかお姫様になった気分だった。
「まだまだ、東京にはたくさん面白いところがありますよ。また今度ご一緒していただけますか?」
「私なんかでよろしければ……でも、本当にお礼はそれでいいのですか?」
「ええ。可愛い女性とご一緒できるのですから、それ以上のお礼はありませんよ」
「なんだか恥ずかしいです……」
 こうして褒められるのは嬉しいけれど、恥ずかしい。箸を置いて俯く蝶鼓のグラスに、ウエイターがそっとシャンパンを注いだ。

「きょうは……とても楽しかったですー」
 一日楽しく買い物もしたし、ヴィルアが選んでくれたワインや料理も美味しかった。
 でも、少し飲み過ぎてしまったかも知れない。ふわふわとする足取りで蝶鼓が歩くと、何だか地面も揺れている気がする。
 そんなおぼつかない足取りの蝶鼓を、ヴィルアは苦笑しつつも後ろから優しく抱き留めた。
「大丈夫ですか?」
「うふふふ、大丈夫ですよ。ヴィルア様」
 少し赤い顔の蝶鼓は少しご機嫌だ。具合が悪い訳ではなさそうなことにほっとしつつ、ヴィルアは蝶鼓の手を取る。
「転んだら大変ですから、手を繋ぎましょうか」
「はいー」
 するとヴィルアの手に蝶鼓が両手でつかまった。手を繋ぐというより腕を組む感じだ。でもこの方が転ぶ心配はないだろう。いつもなら恥ずかしがるのに、ワインのせいで気が大きくなっているのかも知れない。
「蝶鼓サンに楽しんでいただけたようで良かったです。なんでも屋までお送りしますよ」
 何にしろ、楽しんでくれたのであればそれが一番だ。
 靴は足に合っているようだし、耳元で揺れるイヤリングも薄明かりに光っている。それを見ていると蝶鼓がヴィルアを見上げた。
「今日は空が瑠璃草の色のようです……綺麗」
「蝶鼓サンの髪の色のようですね」
 瑠璃草。それは『忘れな草』の和名。天にも地にも、それが淡く咲いている。笑うヴィルアに、蝶鼓も嬉しそうに頬笑む。
「空の方が綺麗ですよ。ヴィルア様の髪の色は、太陽の光のようですね」
「蝶鼓サンにそう言われると光栄です……少し散歩してから帰りましょうか」
 きっと蝶鼓を送り届けたら、なんでも屋には誰か彼かがいて賑やかに今日のことを聞いてくるのだろう。だったらもう少し二人で歩いて、ゆっくりとした時間を味わいたい。
「ヴィルア様、公園ですよ。一緒にゆりかごに乗りましょう……何だかちょっと暑いです」
「じゃあ、ゆりかごに乗って星を見ましょうか。こういうデートも楽しいですね」
 風が吹き、二人の髪が揺れる。
 空に広がる瑠璃色の中に金に輝く星が浮かぶのを、ヴィルアと蝶鼓は手を繋いだまま見上げていた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6777/ヴィルア・ラグーン/女性/28歳/運び屋
6915/雪夜星・蝶鼓/女性/27歳/神官 風雅楽士【ふうががくし】

◆ライター通信◆
ツインノベルの発注ありがとうございます、水月小織です。
二人で一緒にデートとのことで、このような話を書かせていただきました。ヴィルアさんは何度も書かせていただいてますが、蝶鼓さんは初めましてでしたので、掲示板などを見たイメージでしたが如何だったでしょう。
仲良く買い物をして、ご飯を食べてと、ほのぼので少しラブラブな所が出ているといいなと思っています。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたらよろしくお願いします。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年05月09日

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