『或る如月の出来事 』

シュライン・エマ（0086）

　来たれ！　４月１日限定の幻のイベント！
　駅前で配られていた、そう書かれたチラシを手に取った誰かが言った。
「ウソくせぇ」
　他の誰かが言った。
「だってエイプリルだよね？　ね？」
　確かにごもっとも。
　チラシを配っていた山高帽の紳士は言う。彼の傍にはチラシを同じく配っている幼い少女の姿。
「なるほど。お客様の疑いももっともですな。嘘かもしれません。確かに嘘でございますとも。けれども嘘と思っても気になるのが人間の性でございましょう。騙されたと思っておいでください。なぁに、たいしたことはございません。なにせこれも『嘘』かもしれませんからなぁ」
　紳士はそう言って微笑む。
「おもしろいよー。ただ単にそんだけー」
　幼女はそう言ってウフフと笑った。
　どちらの笑顔も……かなりの嘘臭さだ。
　さて、あなたはどうする？

＊＊＊

「面白そうね」
　チラシを手にシュライン・エマはそう呟く。
「――で。そんな怪しげなところに行くのか？」
　草間興信所に早速戻り、シュラインは草間武彦にチラシのことを説明した。無論、武彦は明らかに怪しんでいる。
「イベント内容はわからないけど、なんだか面白そうだもの」
　笑顔のシュラインを呆れたように見る武彦。
「面白そう、で大変な目に遭ってると思うんだがいつも」
「武彦さんも一緒に行く？」
「遠慮する」
　笑顔のシュラインから顔を背け、武彦はきっぱりと断った。
「でも無料なのよ、宿泊費は。勿体無いと思うし、少々の危険なんかへっちゃらだもの！」
「……俺はそんな怪しげなところには行かない。まぁ万が一がないとも限らないから、気をつけろよ」
「お土産、期待しててね！」
　上機嫌のシュラインを眺め、武彦はぽつりと呟く。
「変なことにならなきゃいいけどな……」

＊

　地図を確かめてシュラインは「まぁ」と声を洩らす。
　森の中に佇む洋館はなかなか趣味がいい。古いながらも手入れはきちんとされているようだ。
（ここに泊まるのね。あら、結構来てる人がいるみたい）
　シュラインは洋館の玄関ドアに向かった。
　中に入ってからぎく、としたように一瞬足を止める。
　いま……妙な感覚がしたのだが……。はて？
（心にくるものというわけではなく……肉体的な違和感というか）
　首を傾げていたが、まあいいかと歩き出す。……と、そこで再び足が止まった。
（……あら？　あらら？）
　足もと……足の付け根に違和感がある。自身を見下ろして「ん？」と凝視した。
「…………」
　胸元を触ってみる。ない。
（……これは、もしかして）
　男に、なっちゃった？
　鏡がないので今の自分がどういう状況なのかわからないが、とりあえず服装は変わっていない。髪型も変化なし。身長も、伸びたり縮んだりした様子はなかった。
（骨格は男性のものね。精神にも負担はないし……何かから攻撃されているわけでもない、と）
　冷静に分析しつつ歩き出した。おそらく、コレがイベントなるものだろう。
　ロビーでは「あれ？」という声がちょこちょこ聞こえているので、自分だけではない。この洋館に居るもの全てが……おそらく、皆こういう状態だろう。
　シングルの部屋をとり、シュラインは部屋に到着するなり荷物を置いた。
　洋館の大きさからすれば、それほど大規模な術というわけでもないだろう。それに害意もないし、本当にドアをくぐった途端に変化した。肉体や精神に負担をさせずに。
（身体の変化しかないから、放っておいてもいいわね）
　というか、この姿はかなり面白い。
　森の中ということもあって、それなりに動き易い衣服も持ってきていたのだ。それを着たら、あらまぁ不思議。どこからどう見ても男だ。
（せっかくだから写真でも撮っておこうかしら）
　うきうきしている自分を自覚する。だって……本当に愉快なのだ。
　化粧ポーチの中に入れていた鏡を出して、自身の顔を確かめる。
「…………なかなかいい男ね」
　自分で自分を褒めて、「ぷっ」と吹き出して笑う。この姿を武彦が見たら卒倒しそうだ。ああいや待て。ここに来たら武彦も女になるのだ。……ぶっ。その姿見てみたい。
　窓際にあるテーブルとイス。イスにはクッションがある。シュラインはそのクッションを持ってくると、自分の女性衣服を着せてみる。
　ベッドにクッションを置き、その横に自分が座る。
「デジカメデジカメ」
　荷物から出したデジカメを構え、自分に向けた。
　うむ。これ、いい記念になる。

　部屋を出て、洋館内を探索することにした。
（そういえば、あのチラシを配っていた二人組はここに居るのかしら？　やっぱり男女逆なのかしらね？）
　目印は……スーツと山高帽。もう一人はウサギのリュック。……ここにはいないかもしれない。
　のんびりと歩き、食堂の場所も確認した。食事は全てここでとるらしい。そこそこ客がいる。皆、穏やかにコーヒーなどを飲んでいるようだ。シュラインは軽く鼻をひくつかせた。
（あら、いい香り。いい豆を使ってるのね）
　後でコーヒーを飲みにこよう。
　廊下を軽やかに歩いている少年がいた。あ、ウサギのリュック。
「こんにちは」
　背後から声をかけると彼は振り向いた。本当にそのまま少年になっている……あの少女が。
「こんにちはー。おねーさーん」
　間延びした声を出してにっこり笑う。
「この洋館には、本を収めている場所はないかしら？　あと衣裳部屋とか。せっかくこんな姿だし、勿体無いかなと思って」
　気軽に話し掛けるシュラインをじぃっと見上げ、少年は再びニッコリ笑う。
「ないんだー。ごめんねー」
「あらそうなの。残念だわ」
「雑誌とかならロビーにあるよー」
　じゃあねー、と手を振って行ってしまう。シュラインも手を振ってそれを見送った。
　そうか……そんな部屋はないのか。残念だ。
（あー、せっかくだから色んな服を着てみたかったのに。蔵書があれば、この洋館についても何かわかるかなと期待していたのだけど）
　ちぇー。
　唇を軽く尖らせていたシュラインはふと気づいた。
（そうか。こういう場所って……なんとなくステラちゃんを連想しちゃうんだ）
　だからあまり警戒しないというか。
　もしかすると、居るかもしれない。誰がって？　そんなの、決まっている。
「ふえぇぇ〜！　なんですかこれは〜！」
　ほらみろ。
　聞こえてくる声に「ぶはっ」と吹き出して、笑いを堪える。
　ロビーで騒いでいる少年が「ぎええええ」と悲鳴をあげた。
「わあぁぁんっ！　やだあぁっ！」
「ステラちゃん！」
　わあわあと泣いているステラの姿を見て、シュラインは声をかけた。彼女はロビーの真ん中あたりでうずくまっていた。
　ステラはシュラインに気づいて顔をあげる。涙でぐしゃぐしゃだった。
（男の子になっても可愛い顔ねぇ）
　と、内心で思って。
「ぷっ」
　と、吹き出してしまった。そんなシュラインの様子にステラがガーンとショックを受けて青ざめる。
「え、エマさんに、フキダシ笑いを……！　フキダシ笑いをされてしまいました……！」
「あ、ごめんごめん」
　だって……笑うなっていうほうが無理だろう。あのくるくるの金髪頭がそのままなのだ。少女の姿ならともかく、今は少年の姿。微妙な感じだ。
「草間さんに聞いてここまで来たのにぃ〜！　ひどいですぅ。ひどすぎますぅ！」
「武彦さんから聞いた？」
「はいですぅ。エマさんがお一人でお出かけしたってことでしたし、なんだか変だし……。で、
『おまえじゃないだろうな』
　って睨まれまして、潔白を証明するためにここに来たわけですぅ！　で、でもこんな……こんな姿に……っ！」
　わなわなと体を震わせるステラ。シュラインは彼女の手を握って立たせる。
「こんなところに座ってたら迷惑よ」
「あうぅ〜。で、でもエマさん……平気なのですか？　こ、股間におぞましい物体ができています……」
　真っ青な顔で小さく呟くステラの言葉にシュラインは複雑そうな顔をした。
（おぞましい物体って……。すごい言い方ね）
「そのうち慣れるわよ。こういう経験ないし……。世の男性はほとんどあるものよ？」
「わたしは女ですぅ！　ふえええぇぇえぇぇぇぇ〜」
「あぁはいはい。一緒に行きましょう」
　手を引いて歩き出す。とりあえず自分の部屋まで連れて行くことにした。フロントで部屋の変更をお願いしてみる。ツインの部屋がまだ一つ空いていたのでそちらに移ることにした。
　自分の部屋から荷物を持って、新たな部屋まで移動する最中、ステラは延々と低く泣いていた。ステラは男になっても声変わりしていない。どれだけ幼いというのか。というか、それはサンタゆえ？
「エマさんは素敵な殿方ですけどぉ、わたしはちんちくりんですぅ。しょっぱいですぅ」
「しょっぱいのは涙のせいじゃないかしら？」
「うはぁ。なぜエマさんは動じてないのですかぁ……。男になっているのですよ？　股に理解不能な物体ができているのですよ？　胸は元々ないですから代わり映えしてないのですよ？」
「…………混乱してるのね、ステラちゃん」
　かわいそうに。
　いきなり男になったらどういう態度が正しいのかはわからないが、ステラの態度は……年頃の女の子としては正解かもしれない。ん？　でもステラちゃんて本当に１６歳なのかしら？
「元に戻らなかったらどうしましょうかー。うえぇ……いやですぅ。いきなり男の子になれなんて、無茶すぎですぅ。あああー」
　部屋に入って荷物を置く。ステラはまだめそめそと呟いていた。
　ベッドに彼女を座らせてから頭を撫でる。
「男の子の姿でその髪型はちょっと変かもね。髪、おろしていい？」
「はへ？」
「そうそうステラちゃんの道具で、衣服を好きに変えるものってないかしら？」
「はぅ？」

＊

　デジカメの前でポーズをとるシュラインは執事姿。その横にはどんよりとした顔の王子様スタイル……かぼちゃぱんつに白タイツのステラ。彼女の髪はどれほど梳いてもくるくるとウェーブがついたままだった。
「似合うわよ、ステラちゃんっ」
「こんなカッコ悪いのやだぁぁ……」
　びー、と泣くステラはそれでも鼻をすすりあげ、シュラインに微笑む。
「でもエマさんは男の人でもほんとに素敵ですぅ。草間さんなんかより、ずっとずーっと男前ですぅ」
「武彦さんが聞いたら怒りそうよね。でも、ありがとう」
「だってほんとのことですぅ。お似合いです、ヒツジの格好……」
「……ヒツジじゃなくて、シツジ、よ」
　見惚れるステラの言葉を直し、シュラインは次の衣服のリクエストをした。

　そして時は過ぎ……。
　２４時。次の日の０時きっかり。
　大広間の柱時計の音が鳴り響いた。

　次の日の朝、元に戻ったステラがベッドの上ではしゃいでいた。
「うわーい！　うわーいっ！　元に戻ったですぅ！　やったぁ！」
「うっ。ステラちゃん、嬉しいのはいいんだけど……私のベッドの上で飛び跳ねるのやめ……」
　でもまぁ。
（いっか。記念撮影、たくさんできたし）
　内心で「うふふ」と笑うシュラインのことなど、飛び跳ねるサンタ娘は気づいてもいない。
　たった一日の性別逆転。一日だけというのが勿体無いほど――とても面白かった。

＊＊

　洋館の前で見送りに出てきた紳士と幼い少女はうやうやしく頭をさげた。少女はスカートの端を摘んでいる。
「ご来館まことにありがとうございました。楽しんでいただけましたでしょうか？　楽しんでもらえたならこちらはそれで満足。裏があるのではと疑っておられた方もいらっしゃったでしょう。我々は何か企んでいたわけではありません。その証拠にあなたがたは無事でお帰りになられます。ではなぜこのような催し物をしたか？　疑問はもっともでございます。なに、我々は単に面白いこと、愉快なことが好きなだけでございます。今回このような企画をたてたのはひとえに皆様に楽しんでもらいたいがゆえ。ではでは一夜の夢はお開きでございます。また何か企画しましたならぜひともご参加ください」
　一気に喋る紳士は帽子をとって胸の前に置く。少女は笑顔で手を振って、訪ねて来た者たちを見送った。
　来訪者たちが完全に去った後……そこはただの森に戻った。洋館の姿は、どこにもない。まるで「嘘」のように、何も――――。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0086／シュライン・エマ（しゅらいん・えま）／女／26／翻訳家＆幽霊作家＋草間興信所事務員】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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　ご参加ありがとうございます、シュライン様。ライターのともやいずみです。
　ステラが見惚れるほど男前な執事だったと思われます！　いかがでしたでしょうか？
　少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

　今回は本当にありがとうございました！　書かせていただき、大感謝です！

エイプリルフール・愉快な物語２００７

ともやいずみ

東京怪談

2007年05月07日