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『或る如月の出来事 』
十種・巴6494



 来たれ! 4月1日限定の幻のイベント!
 駅前で配られていた、そう書かれたチラシを手に取った誰かが言った。
「ウソくせぇ」
 他の誰かが言った。
「だってエイプリルだよね? ね?」
 確かにごもっとも。
 チラシを配っていた山高帽の紳士は言う。彼の傍にはチラシを同じく配っている幼い少女の姿。
「なるほど。お客様の疑いももっともですな。嘘かもしれません。確かに嘘でございますとも。けれども嘘と思っても気になるのが人間の性でございましょう。騙されたと思っておいでください。なぁに、たいしたことはございません。なにせこれも『嘘』かもしれませんからなぁ」
 紳士はそう言って微笑む。
「おもしろいよー。ただ単にそんだけー」
 幼女はそう言ってウフフと笑った。
 どちらの笑顔も……かなりの嘘臭さだ。
 さて、あなたはどうする?

***

「へぇ……イベントかぁ。どうしよ……。一泊二日……。陽狩さんと行きたいけど……」
 チラシを見つつ、そう呟く十種巴は……一泊二日、というところで顔を赤く染めて頬を緩める。
 いや、いやいやいや。そんなことはない。そんな色気のある展開になるはずない。無理無理。
(でも……私は、まぁ……うん、いいんだけどなぁ)
 実際そういう場面にならなければわからないが……逃げ出してしまうかもしれないし、恥ずかしがって嫌がるかもしれないが……でも、彼と一線を越える気持ちはある。
(……でも無理だよね。陽狩さんて口調は乱暴な感じするけど、物凄い真面目だもん)
 男女交際はこうあるべき、とまではいかないが、陽狩は巴と恋人になっても距離を保っている。彼は誠心誠意を込めて、巴を大事にしているだけなのだが。
「どうしようかな……。なんだか面白そうだけど……陽狩さんを誘っても大丈夫かな。こういうの嫌いだったらどうしよう?」
 チラシを四つ折りにし、カバンに入れる。とりあえず帰ったら陽狩に電話をしてみよう。携帯メールでもいい。



「場所が山だけに……格好がこんなのになっちゃったけど」
 いいかなあ、と巴は自身を見下ろす。
 長袖Tシャツとジーンズ。髪も一つに縛っている。
 どうせならもっと色気のある格好をしたかったが……大丈夫。気合いの入った衣服は鞄に詰め込んである。何かあったら着替えればいいのだ。
 ――で、着いた場所は山の中の洋館。そこそこ大きい建物だ。
「ここかぁ」
 ふうんと呟く陽狩は、本人の好みらしいラフな格好だ。巴の今の格好とさほど変わらないほど、飾り気がない。
「入るか」
「うん! あとでこのへんを散歩していい?」
「山の中歩いても何もないだろーけど、おまえがそう言うなら」
 にこっと微笑む陽狩の言葉に巴はぽーっと見惚れる。この人が私の彼氏……なんだ。
 洋館の中に踏み込むと、ロビーの部分には人がちらほらと見えた。こんなイベントに参加するなんて自分くらいだと思っていたが、そうでもなかったようだ。
「へぇ……結構綺麗だね、陽狩さ……。あれ?」
 声が低い。風邪だろうかと巴は怪訝そうにした。
 何度か咳をするものの、変化はない。そのうち、巴はハッとした。
(なんか変な感じ……)
 ぼんやりと考え込んでいて、気づいてしまった!
 巴は自分の身体を確かめようとしたが、やめた。こんな往来でそんなことができるものか!
(……でも、こういうの楽しいかも!)
 と思って少し頬が緩む。そういえば陽狩は?
 ちらりと横を見上げる。巴よりも10センチ以上身長が高い陽狩は微妙な表情だった。だが巴は気づいた。
 視線をさげて、愕然とした。
 胸だ。陽狩に胸がある。
 シャツが盛り上がっているのが巴の目からもはっきりとわかる。
(私より胸が大きい……! 女の時の私より美人!)
 長めの髪のせいで、陽狩は女性化しても違和感がない。体育会系の活発な少女、という出で立ちだ。
 ショックを受けている巴に、陽狩はおずおずと声をかけてくる。
「巴、なぜオレは女になってるんだ……? 巴は男になってるし……」
 ハッと我に返って巴はすぐに応じた。
「こ、これがたぶん……イベントってやつなんだよ」
「それはそうだろうが……」
 眉をひそめる陽狩の腕をとる。
「いいじゃない! こういうのってなかなかないよ! 楽しまないと!」
「えっ。あ……うん」



(陽狩さん……Bかな。Cかな。触ったら怒られるかな)
 顔をしかめて、用意された部屋まで歩く巴。
 いっそ自分が女のままだったら……。いや、よそう。もっと落ち込むに決まっている。
「あ。あそこかな」
 鍵につけられているナンバーを見てドアの前に立つ。ちょうど後ろを二人組の少女が通った。
「ああもう! あんまり触らないでくださいってば!」
「いいじゃん。うしし」
「なんですその笑い方!」
 ……なんだか騒がしい二人組だ。
 ドアを開けて部屋に踏み込む。
「うわあ! なんだか可愛らしい部屋だね!」
「……うーん。そうだな」
 ツインの部屋をとったのは、シングルの部屋が空いていなかったせいだ。それに対して陽狩は不満なのだ。
「……同じ部屋……か」
「……私と一緒じゃ、不満?」
 首を傾げてから「しまった」と思う。今は男の姿なのだ。女の時ならまだしも、男の状態で今の仕草はどうだろう? 変じゃないだろうか?
 しかし陽狩は目を伏せ「うーん」と唸った。
「不満ではないし……今の状態からするとやや安心、かな」
「安心?」
「こっちのこと。男は色々と考えるから」
 小さく言う陽狩の言葉は巴には聞こえない。
 荷物をおろした陽狩に巴が近づいていく。
「ねえねえ陽狩さん」
「んん? なんだ?」
「……あのさ、陽狩さんて肌スベスベだよね。触ってみても、い、いいかな……?」
「………………」
 巴の申し出に彼は無言になり、難しい表情をする。
「そりゃいいけど……。そんなに女のオレが珍しいか? ちょっと骨格が変わってるけど、基本は変わってないだろ?」
「女の陽狩さんに触るのって、今回が最初で最後かもしれないし……。だめ?」
「いいって言ったろ?」
 呆れたように言うと、陽狩はベッドに腰掛ける。どうぞとばかりに巴を見た。
 巴は正面に回って陽狩をまじまじと見る。睫毛も長いし、憂いを含んだような視線がなんとも色っぽい。
 頬に触れるとやはり手触りがいい。どういう手入れをしているのかと問いたくなるが、なんとなく聞きづらい。
 あちこち触っているうちに、巴はとうとう陽狩の胸に手を触れた。
「わ! ほんとに胸があるよ!」
「驚くのはオレのほうだ! どこ触ってんだよ!」
 頬を赤らめる陽狩だったが、むすっとして黙り込む。物珍しそうな巴の様子を見て、文句を言うのもどうかと考え直したらしい。
 手で触った感じだと、やはり巴の胸のサイズより大きい。おそらくB。それでも巴より大きい。
(なんか……私のと違う……感触? 弾力?)
 眉間に強く皺を寄せていた巴は、ハッとした。恥じらっている陽狩の表情が目に入ったのだ。
 彼はそっぽを向いていたが、巴の手が離れてホッとする。
「……女同士だとまた違うんだろうが……なんだか緊張するな。気をつけよう」
「そりゃ、まぁ……女の子同士だともっとこう……」
 途端、巴はボッと赤くなった。友達同士でも軽く胸を触ることは……まぁないとは言えない。けれどもその感覚で巴は陽狩に触っていたのだ。陽狩は「男」なのに。
「うっ、ごめんね陽狩さん!」
 慌てて離れてしまう巴に陽狩は微笑んだ。
「大丈夫だって。たいして気にしてねーし……。うん……少し勉強になった」
 何が? と突っ込みを入れたくなるが、巴はそれどころではない。なんという破廉恥なことをしたのだ自分は!
(ああ〜! 陽狩さんに、はしたない女だと思われた〜っ!)
 頭を抱えて陽狩に背を向け、うずくまる。
「おい巴?」
(どうしようどうしよう! せっかくお付き合いをし始めたのに! 彼氏彼女になったっていうのに! こんな女だって知って幻滅しちゃったりなんかしたら! ああ〜っ! 私のバカバカ!)
「巴! と・も・え!」
「ひゃあ!」
 耳元で大きく名前を呼ばれ、背筋をピンと正す。
「なっ、なになに?」
「なになに、じゃないだろ。とりあえずこの中を見て回るか。怪しげな空気はないから大丈夫だとは思うけど……」
「う、うんうん!」
 何度も激しく頭を上下に振るので陽狩が心配そうな表情をした。



(面白そうとか言ってる場合じゃな〜いっ!)
 巴はじたばたとしてしまう。無論、心の中でだが。
 格好はこれで正解だった。男になっても変ではないだろう。けれども、だ。
(トイレに行けない〜! いや、目を瞑れば……って、目を瞑ってて大丈夫なの私!?)
 わあ、男になるって面白〜い。
 とか言っていた数時間前を思い返し、その時の自分を憎たらしく思う。
(問題はお風呂……いや、身体を見なければ……。はっ、でも陽狩さんは……?)
 どうしよう!
(陽狩さんより貧相な身体の私が! もし、もしもよ? いざそういう場面になったら、私のこと見て失望とか落胆とかしたら……! なんだ女の時のオレより情けないカラダしてんなぁ〜とか言われたら……!)
「……巴、大丈夫か? 頭痛か?」
「早く元に戻りたい〜っ!」
 いやいやと頭を何度も振る巴に、陽狩はきょとんとするが頷いた。
「そうだな……。オレも落ち着かないんだ」
(陽狩さんとは違う心配してるの、私は〜!)
「大丈夫だ。きっと元に戻れる。戻れない時は、オレがなんとかしてみせる」
「……もし元に戻らなかったらどうしよう……。一生男だなんて無理だよぅ」
 泣きべそ顔の巴を見下ろし、陽狩は頬を赤らめ「こほん」と小さく咳をした。内心「可愛い」と思っていたのだが、巴にその心が伝わるわけもない。
「元に戻らなかったら、オレが面倒みてやるって」
「……ほんと?」
「男に二言はない。……あ、でも今は女か」

 そして夜も更け……。
 24時。次の日の0時きっかり。
 大広間の柱時計の音が鳴り響いた。
 だが早々にベッドに入った巴と陽狩はその音を聞くこともなく……。

 朝起き上がり、巴は感動した。
「あ……やった! やった! 元に戻ったぁ!」
 大声で喜ぶ巴はブラを外した下着姿で、上はタンクトップ一枚。隣のベッドの陽狩に近寄り、揺する。
「ねえ起きて陽狩さん! 元に戻ったよ!」
「ん……」
 もぞもぞと布団から起き上がった彼もすっかり男に戻ってはいたが……。
 巴の姿を見てぎょっとし、すぐさま頬を赤くしてそっぽを向く。巴はその態度に自分の格好を思い出し、盛大に悲鳴をあげた。

 チェックアウトする時間までの間、カバンに荷物を詰めていた巴はふと気になり陽狩を見遣る。
「……陽狩さん」
「うん?」
 彼はこちらを見た。
「女の子になった陽狩さんも綺麗だけど……。やっぱりいつもの陽狩さんのほうが私は好き」
「っ」
 カッと耳まで赤くして陽狩はぶっきらぼうに「おう」と低くもらす。
 その様子があまりにも可愛くて、胸に、きた。巴はふらふらと近づき、陽狩の衣服の裾を引っ張る。
「昨日はありがとう。凄く楽しかったし……それに嬉しかった」
 一緒に過ごせて。
 かかとを少しあげ、陽狩の頬に軽いキスをする。
 陽狩は目を見開いて、それからしばらくして「あぁ」と呟いた。
「ほんと、元に戻れてよかったぜ」

**

 洋館の前で見送りに出てきた紳士と幼い少女はうやうやしく頭をさげた。少女はスカートの端を摘んでいる。
「ご来館まことにありがとうございました。楽しんでいただけましたでしょうか? 楽しんでもらえたならこちらはそれで満足。裏があるのではと疑っておられた方もいらっしゃったでしょう。我々は何か企んでいたわけではありません。その証拠にあなたがたは無事でお帰りになられます。ではなぜこのような催し物をしたか? 疑問はもっともでございます。なに、我々は単に面白いこと、愉快なことが好きなだけでございます。今回このような企画をたてたのはひとえに皆様に楽しんでもらいたいがゆえ。ではでは一夜の夢はお開きでございます。また何か企画しましたならぜひともご参加ください」
 一気に喋る紳士は帽子をとって胸の前に置く。少女は笑顔で手を振って、訪ねて来た者たちを見送った。
 来訪者たちが完全に去った後……そこはただの森に戻った。洋館の姿は、どこにもない。まるで「嘘」のように、何も――――。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【6494/十種・巴(とぐさ・ともえ)/女/15/高校生・治癒術の術師】
【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、十種様。ライターのともやいずみです。
 陽狩との一泊二日、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
エイプリルフール・愉快な物語2007 -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年05月07日

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