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『或る如月の出来事 』
菊坂・静5566



 来たれ! 4月1日限定の幻のイベント!
 駅前で配られていた、そう書かれたチラシを手に取った誰かが言った。
「ウソくせぇ」
 他の誰かが言った。
「だってエイプリルだよね? ね?」
 確かにごもっとも。
 チラシを配っていた山高帽の紳士は言う。彼の傍にはチラシを同じく配っている幼い少女の姿。
「なるほど。お客様の疑いももっともですな。嘘かもしれません。確かに嘘でございますとも。けれども嘘と思っても気になるのが人間の性でございましょう。騙されたと思っておいでください。なぁに、たいしたことはございません。なにせこれも『嘘』かもしれませんからなぁ」
 紳士はそう言って微笑む。
「おもしろいよー。ただ単にそんだけー」
 幼女はそう言ってウフフと笑った。
 どちらの笑顔も……かなりの嘘臭さだ。
 さて、あなたはどうする?

***

「ご、ごめんなさい欠月さん! まさかこんな事になるなんて……!」
 青ざめた表情のまま俯いている菊坂静は、自身を見下ろしていた。強く握られた拳がやけに頼りない。
「いや、いいっていいって! これがイベントとかいうやつでしょ。うぅ〜ん、男が女になっちゃうわけか。女も男になるのかね」
 横に立って笑顔で言う女は、遠逆欠月。無論、彼は『男だった』。過去形である。
 駅前で配られていたチラシを見た静が欠月を誘ったのは数日前。一泊二日の小旅行ができると、それを目的に欠月に「行きませんか?」と言ったのを静は今でもはっきり憶えている。
 やって来たのは森の奥にある洋館。中はホテルになっている。
 で、中に入った途端に静と欠月の性別が、完全に逆転したのだ。
「面白いなぁ。どう? ボクは可愛い?」
「えっ」
 欠月に問われて静は彼を見遣る。
 灰色に近い髪はさらさらしているし、色違いの瞳は愛嬌がある。本当に紫という色は欠月に似合っていた。しかも彼はそもそも美形。女になってもそれは多大な影響を持つ。
(う、うわ……)
 顔を赤らめる静は欠月に見入っていた。
 はっきり言って可愛らしい。学校では何か部活をしていそうなほど、快活な印象がある。陸上部で短距離をしていると、とても似合いそうだ。
 静のように細身ではあるが、女性らしい丸みが備わり、胸もそこそこあった。静の貧乳と比べるのがおこがましいほど、見事なプロポーションだ。
(僕って女の子になっても魅力ないなぁ……)
 と、ぼんやり思うが、欠月の明るい笑顔に憧れを強く感じる。
「か、かわいい……です」
 小さな声で俯いてそう言うと、欠月は「うんうん」と満足そうに頷いた。
「だよね! 鏡で見たいもんだ!」
「す、すごい自信ですね……。僕なんて、こ、こんな……」
 おどおどして、ダメダメなのに。
 ぼそぼそと呟く静を眺め、その背中につつつ、と指を上から下へと走らせる。「ひゃあ!」と静が悲鳴をあげた。
「うぅ〜ん、感度良好! あぁ〜、いま男だったらなぁ!」
 じたばたする欠月を静は青ざめた顔で見遣った。何をする気なんだこの人……。
「か、欠月……さん?」
「勿体な〜い! あんなことやこんなことをするチャンスなのにぃ〜!」
 くねくねと動く欠月は突然しゃきんと背筋を正し、「うし!」と気合いの入った声を出す。
「じゃ、チェックインだ!」
「………………は?」
 欠月のノリに、ついていけていない静は呆然とそう呟くのが精一杯だった。



 何度か謝ったのだが欠月は「いいよいいよ」とさらりと応えた。
「おぉ……見たまえ! これは男が涎を垂らすに違いない!」
「わああああっっ!」
 悲鳴をあげて静が慌てて欠月に背を向ける。部屋の中には静と欠月しかいない。勿論ツインの部屋だ。
 顔を両手で覆った静が大声で言った。
「なにやってるんですかっ!」
「なにって、お披露目だよ、お披露目。女のボクはなかなかにいい女だ! どうだろう静君! 欲情するかい?」
「なんてこと訊くんですかぁ! っていうか、早く服を着てください〜っ!」
「やだね。答えてくれたら着てもいいよ」
「なに考えてんですかあなたは!」
 怒鳴ったところで欠月が反省するとは思えない。というか。
(見ちゃったよ! どうしよう!)
 静の頭の中は大混乱だった。
 意外に脱いだらすごかった。
「お願いですから何か着てくださいっ!」
「……はいはい。残念だ」
 渋々という感じで呟き、欠月は黙り込んでしまう。衣擦れの音が聞こえたので静はホッと安堵した。
(どうしてそう欠月さんて……。女の子になっても恥じらいもないし……。うーん……)
 けれども。
 欠月の性格で、今の姿ならさぞやさっぱりとした付き合いができるだろうなと静は思った。
「静君は女の子になっても華奢だよねぇ。ほそっこいというか、ガリガリとはいかないけど、ちょっと痩せすぎだぞ」
 耳元で甘く囁かれて静がぎくっとして距離をとった。いつの間にか距離を詰められていたらしい。
 欠月はきちんと衣服を着ていた。ので、静は深い息を吐き出して安心する。
「男の時はいいけど、女の子はふっくらしてるほうが好みだ、ボクは」
「……別に欠月さんの趣味は聞いてないんですけど」
「いや、違う! 感度だ! 感度が問題なのだ!」
 やけに芝居がかった仕草で言うので静は怪訝そうにした。ああそうか。
(欠月さん……わざとやってるな)
 気にするなということなのだ、結局は。静が気に病む必要はないと、わざとこういう態度でいるのだ。
「いやでも、感度は良さそうだよね静君は」
「わーっ! どこ触ってんですか!」
「触ってない! 揉んだだけだ!」
「余計に悪いですっ!」
 欠月は唇を尖らせる。男の時ならまだしも今は少女の姿。これがまた、かなり可愛かった。
「なんだよ静君のケチ。女の子同士なのにひどいよ」
「いや……あの、元々僕たち二人とも男ですから。男二人でこんなの変だし、あの、想像するとちょっと怖いですから」
 げっそりした様子で言うと「む。それもそうか」と欠月は頷いた。
 女の子同士のこういうやり取りはまだ可愛げがあるだろうが……実際は男同士。元の姿で今の状況を想像したら……さすがに……変だ。
 欠月は自身を抱きしめる。
「ああ……! 勿体無い! 静君が男の姿なら色々とサービスしてあげるのに!」
「しなくていいですし、何する気なんですかほんとに」
「そりゃもう! ご想像にお任せ!」
 ウィンクして言うものだから静は顔を真っ赤にした。
 これはもう、悪戯では済まされない。タチが悪すぎる。
 男の時は冗談で済んでいたが、女になったらこれほどタチが悪くなるとは!
(う……欠月さんて……女の子になっても違和感ないなぁ。しかもこの態度……。単純な男はすぐにのぼせちゃうよ)
 そういえば欠月が入院していた頃、彼は女性の看護師に人気だった。男になったら女に人気で、女になったら男を手玉にとる。
(……むちゃくちゃな人だな、本当に)
 はあ、と嘆息する静であった。
「ねえねえ探検しようよ。せっかくだから何か面白いものが見れるかもしれないしね」
「面白いものなんて、あるんでしょうか……。性別が変わるくらいじゃないですか、ここって」
「それを探しに行くんじゃないか」
 なに言ってるの、とばかりに言う欠月に静は「やれやれ」と思う。外に出てもたいしたことはないと思うのだが……。それに。
(……いないとは思うけど、知り合いがいて、この姿を見られたら……)
 そんなの嫌だ。
「食事は食堂でとるんでしょ? その場所を確かめに行くくらいでもいいじゃない。ね、行こうよ」
 さっさと腕をとっているので、止めても行くのが丸わかりだった。

 廊下に出てからは欠月に振り回されっぱなしだった。
 欠月は事あるごとに静を突付く。触る。
「ああもう! あんまり触らないでくださいってば!」
「いいじゃん。うしし」
「なんですその笑い方!」
 どうしてこの人って!
 そう思っていた矢先、欠月が表情を一瞬だけ変えた。冷えた氷のように鋭利な視線を肩越しに後ろに遣る。
 静たちが廊下ですれ違った二人組のほうを見たようだが、二人組はすぐに部屋に入っていってしまってあまり姿が見えなかった。
「? どうかしました?」
「……いや。なんでもない」
(なんでもないって顔してないよ、欠月さん)
 気に入らないという、不機嫌顔になった欠月。
「まぁいいや。さ、行こ行こ!」
「わっ、押さないでくださいよっ」
 背中をぐいぐいと押されて静はその場をあとにした。



 食事を終えて部屋に帰ってきた静は、緊張していた。
 浴室に一人。目の前には狭い浴槽と、シャワー。手前には洋式のトイレ。
「……………………」
 どうしよう。
 顔を赤らめ、静はごくりと喉を鳴らす。
(体……見れないし……)
 結局、目を瞑って入ることにしたのだがうまくいかない。自分がこれほど不器用とは思わなかった。
「いづっ!」
 浴槽に膝をぶつけたらしく、目元をタオルで覆った静は軽く声をあげた。痛い。かなり痛い。
「うわっ、たっ」
 つるんと足を滑らせて色々とぶつけた。
 ぼろぼろになって浴室から出てくると欠月がこちらに背を向けているのが見えた。欠月はベッドの上に座り、必死に笑いを我慢していたのだった。

 さて。
 早々にベッドに入って眠っていた静は、夜中頃に一度目を覚ましてしまう。寝惚けていたのだが、しっかりと目を覚ました。
(なんか気持ちいい…………って!)
 すやすやと眠っている欠月を抱きしめる形で、自分は寝ていたようだ!
 というか何故に欠月のベッドに潜り込んでいるんだ自分は! 疲れていたからか!?
「んん〜」
 うへへと小さく笑う欠月は、間近で見ても魅力的な少女だった。どうやら寝惚けているらしい。
 静はどきどきと胸を高鳴らせた。
(ど、どうし……。はれ? なんだこれ。胸になんか……)
 むにむにと柔らかいものを片手で触る。ん? と思ってから……ハッとした。
 そうだ。今の欠月は女で、自分も女で……!
(ひゃあああっっ!)
 心の中で絶叫をあげて静はぎくしゃくと欠月の体から手を離した。そろそろと音をたてないようにベッドから降りる。なるべく自然を装って、寝たふりをしつつ……だ。
 静も少女の姿だと充分に可愛らしく魅力的ではあるが、欠月とは対照的だ。
(せっかく女の子になるんだったら……欠月さんが驚くくらいの感じが良かったな……)
 胸が大きいとか、スタイルいいとか。こんな貧弱な体じゃあ、男は落胆するかもしれない。とはいえ、静は男だが、女性に対してそんな落胆はしたことがない。

 ちょうどその時――。
 24時。次の日の0時きっかり。
 大広間の柱時計の音が鳴り響いた。

「で、さ。ボクとしては『惜しい』って言いたいな」
 唐突に聞こえた欠月の声に静がぎくっとして硬直する。欠月は目を覚ましていたようだ。
「女の子に抱きつかれて眠るなんて気持ちよくてサイコーだったのに。それにキミって、かなり可愛いもんね」
 上半身を起き上がらせて欠月は静をまっすぐ見てにっこり笑う。
「こうして男に戻ったのが、ちょっと残念だ」
「…………」
 静はゆっくりと深呼吸し、それから言った。
「僕は男のほうが気楽でいいですよ」

**

 洋館の前で見送りに出てきた紳士と幼い少女はうやうやしく頭をさげた。少女はスカートの端を摘んでいる。
「ご来館まことにありがとうございました。楽しんでいただけましたでしょうか? 楽しんでもらえたならこちらはそれで満足。裏があるのではと疑っておられた方もいらっしゃったでしょう。我々は何か企んでいたわけではありません。その証拠にあなたがたは無事でお帰りになられます。ではなぜこのような催し物をしたか? 疑問はもっともでございます。なに、我々は単に面白いこと、愉快なことが好きなだけでございます。今回このような企画をたてたのはひとえに皆様に楽しんでもらいたいがゆえ。ではでは一夜の夢はお開きでございます。また何か企画しましたならぜひともご参加ください」
 一気に喋る紳士は帽子をとって胸の前に置く。少女は笑顔で手を振って、訪ねて来た者たちを見送った。
 来訪者たちが完全に去った後……そこはただの森に戻った。洋館の姿は、どこにもない。まるで「嘘」のように、何も――――。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【5566/菊坂・静(きっさか・しずか)/男/15/高校生・「気狂い屋」】
【6494/十種・巴(とぐさ・ともえ)/女/15/高校生・治癒術の術師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、菊坂様。ライターのともやいずみです。
 色々と欠月がちょっかいを出していましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
エイプリルフール・愉快な物語2007 -
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東京怪談
2007年05月07日

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