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『いと小さき君のために 』
矢鏡・慶一郎6739)&阿部・ヒミコ(NPCA020)

「これは、厄介な仕事だな」
 防衛省情報本部のパソコンの前で、矢鏡 慶一郎(やきょう・けいいちろう)は溜息混じりに小さく呟いた。画面には字がたくさん詰まった報告書のテキスト文が踊り、煙草をくわえながら、もう一度溜息をつく。
 慶一郎の公式配属場所は「総務部」だ。だがそれは表向きの話であって、実際所属しているのは心霊テロやオカルト兵器等の情報収集を目的とした、対心霊テロリスト部隊だ。
 この国は、人や人じゃない者達にとって、かなり魅力的らしい。こうやって平穏に暮らせているように見えて、裏では霊や妖魔達が凄惨な事件を起こしていたりする。しかし、普通の警官や自衛官では対処できないので、慶一郎のように汚れ仕事を請け負う者が必要なのだ。
 カチッ。画面上のカーソルが動き、アイコンがクリックされる。画面に出たIDとパスワードを入力して、慶一郎は『重要データ』を開いた。そこに映し出されたのは、一人の少女の写真とプロフィール……。

 阿部 ヒミコ(あべ・ひみこ)。十六歳。女性。
 超常能力に目覚めたばかりの頃両親に殺されかけ、暴走させた能力で逆に両親を殺してしまった。
 危険な超常能力者として社会から一時的に隔離されていたが、施設から逃亡。
 「現実世界は自分の敵で、自分を殺そうとしている。だから先に世界を殺さなければならない」という妄想と狂気に囚われ、心霊テロを繰り返している。
 別次元に「誰もいない街」を持っているらしい。
 詳しくは調査中……。

「全く厄介な話だ」
 元々ヒミコの調査は慶一郎の仕事ではなかった。だが前任者が「いなくなった」ので、その調査を引き継ぐことになったのだ。心霊テロ関連の仕事ではよくあることだし、無論自分にもその覚悟はある。
 慶一郎はどちらかというと前線向きで、こういう調査などは苦手だ。だが、上から回された任務はこなさねばならない。特殊部隊であっても、自衛官であることには変わりないのだから。
「………」
 「詳しくは調査中」の文字を消し、慶一郎はキーボードを叩いた。多分上が期待しているのは、ヒミコの居場所を突き止め、捕獲し、もう一度目の届く場所に隔離することだろう。自分だけの世界を作り出し、その大きすぎる霊能力は世界すら破壊可能だ。だからこそ、こっちも躍起になって探すのであり、その力を利用しようと思っている者も多いだろう。
「十六歳、か……」
 自分の息子と一歳しか変わらない。
 この仕事に「もし」という言葉はあり得ないのだが、それでも子供を持つ者として、慶一郎はどうしても考えてしまう。
 もし、ヒミコの超常能力が目覚めなければ、普通に高校生活を楽しんでいるのだろうか。
 もし、息子に超常能力が目覚めたとき、自分はその力を受け止めてやれるのだろうか。
 答えなどないのは分かっている。
 ヒミコの両親はその能力に怯え、自分達の娘を殺そうとした。しかし、一概にそれを責めることはできない。もしかしたら力に怯えたのではなく、その大きすぎる力で人を殺してしまう前に、自分達で片を付けて後を追おうとしたとも考えられる。
 起こってしまった事実は残酷だ。
 結局ヒミコは逆に両親を殺し、隔離された。その時に誰か同じような力を持つ者や、ヒミコを受け止める者がいれば、彼女が「世界が自分を殺そうとしている」などと思いこまなかったかも知れない。
「贖罪をしろというのは恐ろしく簡単だが、一概に彼女を責めるのは間違いかもな……」
 灰皿の上に置いた煙草が、吸われないまま灰になっていく。

「ヒミコのことなら、あいつに聞くといいよ。多分知ってるはずだ」
 命令を出された慶一郎が、東京のことをよく知っているカフェのマスターに、その話をしたのは、一週間ほど前のことだった。
 ミルクたっぷりのカフェオレを飲みながら「最近探偵でもないのに、人物調査をしてますよ」と慶一郎が言ったことから、あっさりとヒミコに繋がる糸が出てきたのだ。
「何だかとんとん拍子に行くと、罠がある気がしますな」
「それは話してから確かめなよ。そもそも矢鏡さん罠にはめても、俺が一銭も儲からん」
 まあその通りだ。
 今は掴める情報であれば、微かなものでも手に入れたい。マスターに呼ばれた小柄な少女は、にこっと笑って慶一郎にお辞儀をした。それを見て、慶一郎もカフェオレのカップを置き、目を細める。
「こんにちは」
「こんにちは、お嬢さん。ヒミコさんについての事で知っていることがあれば、話せる範囲で教えていただきたいんですが」
「いいですけど、ヒミコさんを捕まえたりとかしないですよね?」
「私がするのは調査だけなので、ご安心を」
 捕まえるかどうかは上が決めることであり、慶一郎が決めることではない。それ以前にヒミコが「誰もいない街」に引きこもってしまったら、能力者が探さない限り捕まえようがないのだ。
 少女は慶一郎の言葉と表情に、少し安心したらしい。お盆を持って立ったまま、ゆっくりと 、しかし慶一郎を真っ直ぐ見ながらこう言う。
「ヒミコさんとは、お友達なんです。ヒミコさんは、私のこと、そう思ってないかも知れませんけど」
「友達?」
 少女は一度「誰もいない街」に連れ込まれたことがあるという。それを聞いた慶一郎は、思わず前のめりになって質問をした。
「それは、何か力を求められてとか、それとも無理矢理引きずり込まれてかな?」
 ふるふると、少女が首を横に振る。
「街に呼ばれたのはヒミコさんの力かも知れませんけど、別に何もなかったです。一緒にご飯食べて、その後元の世界に戻してくれましたし」
 聞いていた話と少し違う。カフェオレを飲む慶一郎に、少女は言葉を続けた。
「ヒミコさん、ずっと一人で怖くて、寂しいんだと思います。私はヒミコさんが何をしたのか、あまりよく知りませんけど、きっともう、世界を敵だと思ってませんから……」
 怖くて、寂しい。
 急に目覚めてしまった巨大な力、自分を殺そうとした両親、自分から世界を引き離した人々。
 世界が私を見放した。世界が私を殺そうとしている……。
 慶一郎は少しだけ考え、少女を安心させるように頬笑んだ。
「教えてくれてありがとう」

「……キケロ曰く『時間がやわらげてくれるような悲しみは一つもない』全く、それに関しては同意せざるを得ないな」
 画面には『一般人との接触ありとの情報、事実調査中』という文字が加わっていた。調査中……いや、もう彼女にあれ以上のことは聞けないだろう。本来であれば、誰と接触し、どのような様子だったかまで報告するべきなのだろうが、慶一郎はあえてそれを書かなかった。
『お友達なんです』
 彼女は慶一郎の正体を知らない。友達の話をし、心配した彼女に、ヒミコを売るような真似をさせたくない。
「私は、公務員失格かも知れないな」
 新しい煙草を出し、火を付けながら慶一郎はそんな事を思う。
 別に防衛省や、自衛隊の仕事に不満がある訳ではない。妖魔相手に知恵を使ったりするのも、それはそれで誰かがやらねばならないことだ。戦いには飽きているが、飽きたから辞めると言えるほど、世の中は簡単じゃない。
 多分自分は、少々ねじくれた大人なのだろう。
 飽きたと言いつつ命令が出れば戦いに赴き、証拠隠滅やもみ消しなどの仕事もする。時折面倒なこともあるが、生きていくというのはそういうことだ。
 ある程度の諦めと、寛容。それで折り合いを合わせて、ぼちぼちやっていく。
 だが……。
「お嬢さんは、今頃どこで何をしているのかな」
 ディスプレイの中に映っているヒミコの写真と、慶一郎の目が合った。隔離施設で撮られたような写真。そこに写っているヒミコの目は虚ろで、どこを見ているか分からない。以前写真集で見た、アウシュヴィッツ収容所で撮られた写真のようだ。
 何もなければ、人混みの中に潜みか細い声で世界に恨み言を吐くこともなく、カフェにいた少女や、自分の息子のように笑っていられたのに。
 世界との折り合いのつけかたを知る前に、ヒミコは大人にならなければならなかったのだろう。自分を守るため。
「………」
 コーヒーでも飲もう。そう思い、慶一郎が立ち上がったときだった。
 ぐら……と、一瞬世界が不自然に揺れた。先ほどまで窓から聞こえてきた自動車の音が消え、辺りに夕闇が訪れる。
「これはどうしたことかな」
 こういうときに慌ててしまうと相手の思う壺だ。少し肩をすくめながら、慶一郎が溜息をつく。すると突然鳥がさえずる音が聞こえた。
「こんにちは。それとも、初めましてと言うべきかしら」
 闇の中に立っていたのは、髪の長い小柄な少女だった。肩にはヒバリをとまらせている。薄明かりで見える表情は、写真の中の虚ろな表情とは違い、少しはにかんだようなぎこちない笑顔だ。
「おや、お嬢さん……いえ、ヒミコさん。私は矢鏡 慶一郎です、初めまして。コーヒーでも入れましょうか?あまり美味しくありませんが」
「気を使わなくてもいいわ。あなたが私のことを調べてるみたいだから、呼んであげたの。ここはいつも夜だから、暗いのは我慢してね」
「ご招待とは光栄です。小生は臆病なんでね、出来れば事を穏便に済ませたいのですが」
「私もよ。ここで戦うと死んじゃうかも知れないから、その方が良いわ」
 ここはどうやら「誰もいない街」のようだ。現実世界とうり二つの、違う世界。ここにいるのは自分とヒミコと、そしてヒミコが連れているヒバリだけだ。
 さて、どうしたものか。
 いきなり心霊テロのことを聞いても仕方ないし、かといって隔離していたことを謝るのは筋違いのような気がする。
 そんな事を思っているとヒミコが口を開いた。
「あの時のことを考えると、何だか夢の中だったような気がするの。今でも現実感がなくて、すごく昔の事みたいで。でも起こったことは、ちゃんと現実で」
 その告白は、能力に目覚め自分の両親を殺してしまった時のことなのか、隔離施設で狂気に蝕まれていた時のことなのか……それは正直分からないが、ゆっくりと部屋の中を歩きながら話すその言葉を、慶一郎は黙って聞いていた。
「私、もう一度隔離された方がいいのかしら。その為に調べているんでしょう?心霊テロ犯人だものね」
 慶一郎は、笑い泣きのような表情をしているヒミコに向かい、ゆっくりと首を横に振る。
「取りあえず、無理に笑うのはやめた方が良いですよ、お嬢さん」
「えっ……」
「小生でよろしければ、ヒミコさんが本当に言いたかったのに、誰にも言えなかった言葉ぐらい、聞きますよ。まあ、言葉のサンドバッグですがね」
 闇の中、ピィーとヒバリがさえずりながら部屋の中を飛んだ。その声にヒミコは天を仰ぎながら、何かを聞いているように小さく頷く。
「本当に、言ってもいいの?あなた、私のことを調べているんじゃないの?」
「小生は、何事も段階を踏むことにしているんです。仕事も友情も」
 二人の間の沈黙に、羽ばたきが重なった。
 やけに長い静寂の後、ヒミコが俯き、か細い声で呟く。
「……の。私、普通に暮らしたかった」
 ぽた、ぽた……と、しずくが床に落ちた。慶一郎はそれを黙って聞いている。
「ずっと一人で、皆私のこと怖がって……私だけが悪いの?他に悪い人はいなかったの?私だって……わ、私だって、怖かったのに……」
 やっぱりそうだったのか。
 怖くて、寂しくて、そして悲しくて。
 だからヒミコは狂気に落ちた。そうしなければ自分を保っていられなかった。それを誰が責められるというのだろう。
 確かにヒミコは心霊テロを起こした。世界から自分を守るために。自分を傷つける世界を壊すために。亡くなった人の遺族は、それを許さないかも知れない。だが、ヒミコを世界から切り離そうとしたのも、また自分達なのだ。
 ポケットから慶一郎はハンカチを出した。
「怖かったのに、一人で寂しかったんですね。では、お嬢さんに小生から、一つ格言をお贈りしましょう。『私は私。そのままを受け止めてくれるか、さもなければ放っといて』ロザリオ・モラレスの言葉です。何があっても、ヒミコさんであることは変わりませんし、小生は受け止めますよ。か細い腕ですがね」
「………」
 ヒミコは慶一郎からハンカチを受け取り、静かに泣いている。
「流せなかった涙のぶん、たくさん泣いていいですから。泣く代わりに自分を傷つけるよりは」
「ありが……と……う」
 また不意に世界が揺れる。
 窓から急に差し込んだ光に、慶一郎は目を細めた。現実の喧噪と、日常が戻ってきている。変わったのは、ポケットに入れていたハンカチがなくなっている事と、床に小さな水滴が落ちていることぐらいだ。
「帰ったのか……」
 スクリーンセーバーになっていたパソコン画面を元に戻し、慶一郎は机に肘をつきながら考える。今の出会いで「誰もいない街」がずっと夜だということや、ヒミコがヒバリを飼っている事などが分かった。
 だがそれを、自分が報告することはないだろう。
 涙を流し、普通に暮らしたかったと言ったヒミコ。泣けない代わりに世界や人を傷つけ、それと一緒に自分の心にも深い傷をつけたその姿。そこには世界を滅ぼそうとする、心霊テロの影は見えない。
「自分で自分を隔離しているなら、わざわざ土足で踏み込むことはないな」
 椅子に座り直し、キーボードを打つ。酸いも甘いも噛み分けてきたはずなのに、時折こうして自分の心の根にある正義感が邪魔をする。だが、それは決して悪いことではない。
「ま、小生の仕事は『レポート提出』であって、女性をいじめる事じゃあない」
 画面上に出来上がったレポートを見て、慶一郎は満足そうに伸びをした。

 阿部 ヒミコ(あべ・ひみこ)。十六歳。女性。
 超常能力に目覚めたばかりの頃両親に殺されかけ、暴走させた能力で逆に両親を殺してしまった。
 危険な超常能力者として社会から一時的に隔離されていたが、施設から逃亡。
 「現実世界は自分の敵で、自分を殺そうとしている。だから先に世界を殺さなければならない」という妄想と狂気に囚われ、心霊テロを繰り返している。現在彼女が犯人の事件は起こっておらず。
 別次元に「誰もいない街」を持っているらしい。
 一般人との接触ありとの情報(心霊テロとは無関係、事実調査中)
 狂気との関係について、隔離施設に問題のある可能性あり。厚生労働省、公安へ調査願い。
 心霊テロ関連は、調査に時間を要する。

fin

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
本職の「心霊テロ」関連の調査ということで、前任者の仕事からヒミコに関することを予想したり、息子さんなどに重ねたりと色々書かせていただきました。
慶一郎さんはヒミコに出会っても突き出すことをせずに、大人の余裕で相手をすると思いそうさせてます。レポートも上手くかわして、そのうち全部「虚無の境界」に押しつけそうですが。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年04月25日

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