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『或る如月の出来事 』
梧・北斗5698



 来たれ! 4月1日限定の幻のイベント!
 駅前で配られていた、そう書かれたチラシを手に取った誰かが言った。
「ウソくせぇ」
 他の誰かが言った。
「だってエイプリルだよね? ね?」
 確かにごもっとも。
 チラシを配っていた山高帽の紳士は言う。彼の傍にはチラシを同じく配っている幼い少女の姿。
「なるほど。お客様の疑いももっともですな。嘘かもしれません。確かに嘘でございますとも。けれども嘘と思っても気になるのが人間の性でございましょう。騙されたと思っておいでください。なぁに、たいしたことはございません。なにせこれも『嘘』かもしれませんからなぁ」
 紳士はそう言って微笑む。
「おもしろいよー。ただ単にそんだけー」
 幼女はそう言ってウフフと笑った。
 どちらの笑顔も……かなりの嘘臭さだ。
 さて、あなたはどうする?

***

 駅前でチラシを受け取った梧北斗は首を傾げる。
「イベントって……どんなんだろ。面白そうなんだけどなぁ……」
 行くべきだろうか。けれど、一泊二日。いや、でも今は春休み。4月1日なら部活もないし……。
 うーんうーんと悩んでいると、見知った姿を見つけた。
 人の行き交う中を歩く、白い衣服の女は……。
「フレア!」
 声をかけると、彼女は反射的にこちらを振り向いた。赤い髪が揺れる。
 白い帽子を軽くさげ、こちらに歩いてくると「なんだ?」と短く呟いた。
「何か用か、梧」
「え? あ、いや……用ってことはないんだけど……。
 あ、フレアこそ、こんなところで何してるんだ?」
「…………アタシは、ちょっと病院に用があって」
 小さく応えたフレアの言葉に北斗が目を剥く。
「どこか悪いのかっ!?」
「え? あ、いや、ただ、見舞いに行っただけだから」
 慌ててそう答えた彼女は、苦いものを口に含んだかのように顔をしかめる。
 北斗はそれに気づかず、深く安堵の息を吐き出した。
「……なんだ……フレアが病気とかじゃねーのか……。よかった……」
 フレアは顔を伏せた。
「……いいヤツだな、おまえは。こんなアタシのことも気遣ってくれるなんて」
 瞬きする北斗は、それから首を左右に振って否定する。
「なに言ってんだよ! フレアだってそうだろ!?」
「…………そう思ってるのはおまえだけだと思うぞ」
 冷たくそう言う彼女は、北斗が手に持っているものを指差した。
「それ、どうした?」
「え? さっきここでもらったんだけど……。あ、良かったら俺と一緒に行かないか? なんか無料みたいだし、ちょっと怪しいけどフレアがいるなら百人力だしな!」
 にかっと笑顔を浮かべている北斗を眺め、フレアは軽く嘆息する。
「おまえさ……実は後輩の女子とかに人気ないか?」
「は? いやぁ? ないと思うけど」
「部活の後輩とかは?」
「さあ?」
「…………罪作りなヤツだな」
 フレアはもう一度、今度は深い溜息をついて「いいとも」と言った。北斗は怪訝そうにする。
「一緒に行ってもいい。だが……いいのか? それ、一泊二日と書かれているが……」
「は?」



「というか、これは嘘だ! 嘘であってくれ!」
 やって来た場所は森の中の洋館。中はホテルになっており、小奇麗だ。
 シングルの部屋を二つとろうとしたが、それが一杯になっていてできなかった。というわけで、ツインルーム、になってしまった。
 いいのかなあ。フレアって女の子じゃないのか。
 なんてことを思ったが、彼女は一切気にしていなかった。
 と、そこまでは良かった。異変に気づいたのはその直後だったのだ。
(なんだ? なんか変な感じが……)
 ――で、肉体が女になっていることに気づいた北斗は悲鳴をあげた。
「ひっ!」
 自分の身体を見下ろして、そしてぐるぐるとその場で回る。
(な、なんで女に!? 股がなんか涼しい……!)
 あるはずのものが、ない。なくなっている!
 胸にある膨らみに気づき、北斗は失神しそうになった。
(まさか俺が女になる日がくるとは……)
「ふ、フレア〜……お、俺、女…………ん?」
「みたいだな」
 さらりと応えたフレアの外見も声も、何かおかしい。
 ぱちぱちと瞬きをした北斗が、彼女を上から下まで眺める。女性らしい丸みが、ないような気がする。
 胸元を見ると、そこは平らだ。
「……フレア?」
 青ざめて尋ねると彼女は「ああ」と頷く。声が低い!
「アタシは男になっているみたいだな。ふむ。これは初体験だ。珍しい。トイレに行ってきてもいいだろうか?」
「なにフツーに言ってんだよ!」
 ていうか、トイレに何を確かめに行くんだ!?
「梧も可愛らしい女の子になっているじゃないか。身長は変わらないんだな。骨格が女のものだから若干体型が変わってるが……胸はあまりないな」
「……ほんとだ。フレアほどないな」
 自分で触ってみて顔を赤らめる。変な感じだ。
(それにフレアの時と感触が違うっていうか……。フレアより胸が小さいせいかな)
 彼女はもっと弾力があったというか。ううむ。
 思い返していたのだが、視線に気づいてハッとした。フレアが愉しそうに笑みを浮かべていたのだ。
「……なんで俺を見てるんだよフレア?」
「楽しそうに胸を揉んでるなぁと思って。いいじゃないか。男の時は経験できないことだし、触らせてくれるカノジョもいないんだろ? 色々いじって楽しむといいさ」
「な、なにヤラシーこと言ってんだ!」
 両手を下ろして北斗はそっぽを向く。だがすぐに眉を八の字にしてフレアを見遣った。
「……なぁ、これからどうしたらいいのかな……。ハッ、そういえば泊まりがけだっけか。うぎゃー! ど、どうしよう!」
「別に構わないだろ」
「え……で、でもぉ」
 もじもじする北斗をフレアが呆れたように見る。帽子をくいっと軽く下げた。
「アタシを意識する必要はない。空気……とまではいかないが、犬とでも思えばいいだろ」
「いぬ……」
「女の時ならまだしも、今は男だからな。あぁ……安心しろ。別に襲ったりしないから」
 フレアの言葉に北斗は顔を瞬時に真っ赤に染め上げる。そういえばそうだ。今は性別が逆……自分が女で、フレアは男なのだ。



 部屋に荷物を置く際、北斗はフレアを盗み見る。男になっても違和感のない格好をしているが、骨格が男性だけあって彼女は凛々しい。
「さて、夕食までは時間があるな。この館の中を見て回るか?」
「ええ〜?」
 眉をひそめると、フレアは「ふむ」と洩らす。
「おそらくはアタシと梧だけではないだろう、性別逆転は。この館の中にいる者は、その被害に遭っていると思っていい」
「え? そうなのか?」
「そもそもこの館が……いや、なんでもない。
 とにかく、そんなに恥じることではないと思う。自分だけではないと思えば、この境遇も納得できるんじゃないか?」
「そんなこと言われてもよ……。だ、だって俺、男なんだぜ?」
「……違和感があるってことか」
「フレアは違和感ないのか?」
 ええ?
 と、北斗はフレアを見遣る。
 男の自分でさえこの戸惑いなのに、なぜフレアはこんなに堂々としているのか……謎だ。

 館を探索した後、館の外の散歩に出た。
 春先の森は少し肌寒くはあるが、気持ちいい。
「……館の外に出ても変わらないんだな……」
 どんよりと落ち込む北斗の横を歩いていたフレアが小さく吹いた。
「そりゃ、強力な……おっと、これは言わないほうがいいか。まぁ別にいいだろ。
 おい、気をつけろよ」
 腕を引っ張られる。一歩先に石があった。どうやらフレアは北斗が転ばないように注意を払っていたようだ。
「あ……ありがと」
「気にするな」
 さっと腕を離したフレアが歩き出す。北斗もそれに続いた。
 なんというか……。
(フレアって……男のほうが似合ってるよなぁ、ほんとに)
 自分が女なら、こういう男のほうが好みだ。遠逆欠月の顔が脳裏によぎったが、すぐに手を振って追い払う。
(あんな男は御免だ……。女だったら身の危険を感じるっつーの)
 前を行くフレアは静かに歩き続けている。時々顔と帽子を軽くあげ、空を見上げている。帽子の陰から見えるフレアの表情は、どこか哀しそうだ。
 そんなフレアを見つめて北斗は心の中で溜息を吐いた。
(やっぱりフレアみたいなのが……いいだろうなぁ。俺が女でも安心っつーか……)
 ううむ。
(…………というか、フレアが男だったら、俺なんて全然敵わないよな……)



 夕食を終えて部屋に戻り……。
 窓際に置かれたイスに腰掛けたフレアを北斗が見る。足を組んでいる彼女は北斗から見てもかっこいい。様になる。
「あのさ、フレア」
「なんだ?」
 頬杖をついて窓の外を眺めていた彼女は、窓越しに答えた。
「いや……えっとぉ……」
 目を逸らす北斗の頬は赤い。フレアは怪訝そうにした。
「なんだ?
 あ。寝るのが問題か? 気にするな。アタシはここに座っているし、眠らなくても平気だから」
「え? おまえここで寝るの?」
 きょとんとする北斗のほうを向き、彼女は「ああ」と頷いた。
「だから安心しろ。ここから一歩も動かない。身の危険を感じる必要はないぞ」
「そ、そうじゃないって!」
「じゃあなんだ?」
 北斗は一呼吸おいて、ぼそりと呟く。フレアは目を細めた。
「なんだって? 声が小さくて聞こえなかった」
「風呂に入れねーんだよ!」
 大声で言うと、彼女はびっくりしたように硬直していた。真っ赤な北斗は荒い息を吐き出す。
「だ、だって今は女だし……! 俺……見たことねーし……」
「……そういう本もか?」
「…………」
 言いたくない、という態度をするとフレアは立ち上がった。
「いいだろう、黙秘権はある。女の裸に免疫がなくとも、自分のくらい平気じゃないのか?」
 北斗がぶんぶんと首を横に振ると、フレアは近づいて来た。目の前で止まり、腰に片手をあてる。
「入るのやめたらどうだ?」
「ええーっ!」
「冗談だ。ふっ。じゃあ目隠ししてやろう。アタシが脱がせて入らせてやる」
「…………」
「どうした。それでも嫌か?」
 ――結局、それで妥協することにした。とはいえ……風呂に入るまで二人でオセロをしていたのだが。
 窓際にあるテーブルの上に折り畳みのオセロを置き、勝負をしていた二人だったが、気づけばもう夜中近く……北斗は渋々風呂に行くことにした。
 目隠しをしてフレアに衣服を脱がせてもらい、肩を押されて風呂に入った。
「これがタオル。石けん。これシャワー」
 渡されたタオルで身体を洗う。その間フレアが傍に居たのがわかる。だが彼女は必要外のことは何も言わなかった。その時――。

 24時。次の日の0時きっかり。
 大広間の柱時計の音が鳴り響いた。

 身体に異変が起こったのに気づき、北斗は目元を隠していたタオルをとった。
「なあフレア! 俺、男に戻って……っ!」
 バスタブの縁に腰掛けていたフレアが「あぁ」と呟いた。
 ぎしり、と北斗の動きが止まる。
「んなっ……! ななななぁーっっ!」
 わけのわからない悲鳴をあげて北斗は立ち上がり、そのまま足を滑らせて転ぶ。後頭部を強打した。
 気絶した北斗を見下ろし、フレアは「ふむ」と洩らす。
「本当に免疫がないんだな、女の裸に。これだけ間近で見たんだ……ハダカの強烈な印象に、アタシの顔のほうはかき消されてるだろうな」
 長めの前髪を払いのけ、フレアはくすりと小さく笑った。

**

 洋館の前で見送りに出てきた紳士と幼い少女はうやうやしく頭をさげた。少女はスカートの端を摘んでいる。
「ご来館まことにありがとうございました。楽しんでいただけましたでしょうか? 楽しんでもらえたならこちらはそれで満足。裏があるのではと疑っておられた方もいらっしゃったでしょう。我々は何か企んでいたわけではありません。その証拠にあなたがたは無事でお帰りになられます。ではなぜこのような催し物をしたか? 疑問はもっともでございます。なに、我々は単に面白いこと、愉快なことが好きなだけでございます。今回このような企画をたてたのはひとえに皆様に楽しんでもらいたいがゆえ。ではでは一夜の夢はお開きでございます。また何か企画しましたならぜひともご参加ください」
 一気に喋る紳士は帽子をとって胸の前に置く。少女は笑顔で手を振って、訪ねて来た者たちを見送った。
 来訪者たちが完全に去った後……そこはただの森に戻った。洋館の姿は、どこにもない。まるで「嘘」のように、何も――――。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、梧様。ライターのともやいずみです。
 フレアと共に屋敷での一泊二日、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
エイプリルフール・愉快な物語2007 -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年04月24日

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