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『運命の種まき 』
ファム・ファム2791)&立花香里亜(NPC3919)

 仕事が休みの日に、天気が良いと気持ちがいい。
「今日はお掃除、洗濯日和〜」
 パンパンと音を立てて洗濯物を干しながら、立花 香里亜(たちばな・かりあ)は降り注ぐ日差しに目を細めた。
 前の日に天気予報を見て、降水確率が0%と分かっていたので、今日は少し早起きして掃除や洗濯を済ませた。普段は昼間仕事をしていて、なかなか洗濯物を日に当てられないのだが、こんなに爽やかな日は何だか嬉しくなる。棚の上の小物の埃を取ったり、植物に水をあげたり、ちょこちょこ歩いてはいるが何だかのどかだ。
「そろそろお昼か……昼ご飯どうしよう」
 今日みたいな日は、ちょっと外に出かけて食べに行くのもいいかも知れない。もしくは家にある野菜でさっとパスタでも。
「でも、たまにハンバーガー屋さんもいいかな」
 何はともあれ、家の中で一日が終わってしまうのは勿体ない。香里亜が少し伸びをして、大きく息をつく。すると突然、頭の上に何か軽い物が乗る感触がした。
「こんにちはですぅ。香里亜さんの頭の上に乗るのは久しぶりですね」
「ほえ?あ、ファムちゃん。こんにちは」
 香里亜の頭に乗ったのは、ファム・ファムだった。ファムは『地球人の運命を守る大事な仕事』をしていて、香里亜はその手伝いを何度もしたことがある。ファムは小さな羽をぱたぱたと動かしながら、ひょいと香里亜の目の高さに降りたった。
「今日も、お手伝いすることがあったら言って下さいね」
 香里亜がにこっと笑ってそう言うと、ファムは待ってましたというように、どこからともなく小さな光る種を香里亜に見せる。
「これを覚えてらっしゃるでしょうかぁ?」
「あ、もしかして、この前山手線で私が力を注いだ球ですか?」
 少し前に、香里亜はファムと一緒に山手線一周の小旅行をした。その時にファムから透明な球を渡され「一周する間、霊力を注ぎ続けて下さい」と言われたのだが、どうやら今差し出しているのは、形が少し変わっているが同じ物のようだ。
 前と同じ物だと気付いてもらえたのが嬉しかったのか、ファムは満面の微笑みを浮かべる。
「はい、その通りなのですぅ。今回は、香里亜さんに同行を頼みたくてやって来たのですぅ」
「同行ですか?」
「大事な大事な任務なのです」
 きゅっとファムの表情が真面目になった。それを見ていた香里亜も、ついつられて真剣な表情になってしまう。
「この光る種は、運命演算補助デバイス“大いなる木”通称『世界樹』と呼ばれる装置のコア……要するに、世界樹の種なのですぅ」
「へーぇ……ええーっ!」
 世界樹と言えば、色々な神話やゲームにも出てくる立派なものではないか。
 知らなかったとは言え、何気なく霊力を注いでいたのが何だか申し訳ない。素っ頓狂な声を上げ、固まっている香里亜に構わず、ファムは説明を続ける。
「地球には既に一本あるのですが、『世界樹』とは当時手伝った人が付けてくれた名で、私達もとても気に入ってるのですぅ」
 話が壮大すぎて、香里亜は何だか実感がない。何かのゲームで、誕生日の朝、急に「勇者として魔王を倒しに行きなさい」と言われるのがあったが、気分はそんな感じだ。
 流石にきょとんとしているのが気になったのか、ファムはくりんと首をかしげ香里亜の顔を見た。
「……説明を続けてもよろしいですか?」
「あ、はい。ちょっと遠くに行ってましたけど、大丈夫です。立ち話も何ですから取りあえず座りましょうか」
 運命を守るということは、それだけ大きな事なのだろう。
 ファムの話では、『世界樹』には、より精密に運命演算する為の補助の機能があるらしい。本来惑星一つにつき世界樹は一本なのだが、ファムが無理を言って、もう一本東京にたてられるよう申請を通したのだと言う。
「もう絶対に、運命を狂わせたくないのです」
 そう言ったファムの瞳には、しっかりとした決意がにじみ出ていた。
 香里亜がファムから聞いた『神の子事件』など、この地球にはひっそりと知られない運命の狂いがある。今までファムは、そんな狂いが起きないようにと怯えていたのだが、それだけでは、不十分だと思ったのだ。
 もう二度と、誰の運命も狂わせないために。
 世界樹の申請をしたのもその為だ。一つの惑星に二本の世界樹は前例がないということで、なかなか許可は下りなかったが、それでもファムの熱意が通り特別に許可が出たのだ。
「そうですね、どの運命も大事ですから。私が出来ることでしたら、お手伝いします」
 ファムがそう思っているのなら、手伝うのは当然だろう。座布団の上に正座をし、香里亜も真剣に話を聞く。
「私は、何をしたらいいんですか?同行って言ってましたよね」
「そうなのですぅ。取りあえず、一緒に『明治公園』までお出かけしましょー。今日はきっと風が気持ちいいですよ」

 明治公園は、東京オリンピックが行われたときに整備された神宮の森だ。
 国立競技場や神宮球場があり、都内のスポーツのメッカでもある。
「んー、気持ちいい。花も綺麗で、春爛漫ですね」
 今日の香里亜は短めの丈の黒いパンツに、薄いピンクのカットソー、そしてカーディガンだ。肩からは小さめの黒いバッグを提げている。
「もう少し緑が多い所まで行きましょー」
 ファムは香里亜の少し先をふわふわと飛びながら、どんどん目的地へ向かっている。そんなファムに、香里亜は辺りに人気がないことを確かめてから声を掛けた。
「あのー私も一緒に来てますけど、何要員なのでしょう?またベンチに座ったりとかですか?」
 くるっとファムが振り返り、首を横に振る。
「もっともっと大事な役目なのですぅ。これからあたしが世界樹の種を植えますから、香里亜さんには、その守護をお願いしたいのですぅ」
 ファムが向かっているのは、前に山手線で一周した場所の中心部分で、そこに世界樹の種を植えるという。香里亜はファムに追いつくように少し小走りになり、不思議そうにこう言う。
「守護って、木が育つまでですか?」
 桃栗三年柿八年というが、世界樹が大きくなるのは何年ぐらいかかるのだろう。確か、天と地を支えるほどの巨木のはずだ。
「その点はご安心を、世界樹は厳密に木ではありませんので、前に光の球で囲った地域の光エネルギーを一気に吸収して、あっという間に天を覆う巨木に育ちます」
「あ、それもそうですよね」
 何となく木と聞いているせいか、自分が知っている物で考えてしまう。だが、ファムはそれを言った後でじっと香里亜を見た。
「でも世界樹は、成長開始までの約十分間は全く無防備なのですぅ。光エネルギーを失った空間には負の存在が集まり、光の結晶の種を奪おうとするので、香里亜さんにはその間種を守り通して欲しいのです」
 やっと自分が呼ばれた訳が分かった。
 前にもファムから頼まれて、別次元の霊と戦った事があるのだが、今回も香里亜は戦闘要員のようだ。光の球には霊力を注ぎ込んだ事もあるので、そう思うと余計守りたいと思ってしまう。
「私が戦うのは、強い存在ですか?」
「いえ、敵は霊のカスと同じですごく弱いのですが、その代わり数がものすごーく多いのですぅ。なので大変かも知れません。またあたしが香里亜さんの力を上げますので、頑張って下さい」
 もしかしたら、弱いからこそ光に引き寄せられるのかもしれない。闇に迷った小舟が、岸辺の火を頼りにするように。
 だがただ引き寄せられるのではなく、種を奪われる訳にはいかない。心の中で香里亜がぐっと覚悟を決めていると、ファムはピコピコハンマーを取り出した。
「今回は、あたしもこれで戦うのですぅ」
「あはは、可愛いですね。でも無茶はしないで下さいね」
 種だけではなく、いざというときはファムも守らねば。しばらく歩いていると、緑の中にぽっかり空き地が出来ていた。木々があるのに、前からそこに何かが植えられるのを待っているかのような、そんな不思議な空間。人の気配も何故かない。
 その中心にファムはそっと近づいていく。
「じゃあ、植えるのですぅ」
「はい」
 ファムが光る種を地面に置くと、それがすっと地面に沈んでいった。
 香里亜の目の高さまでファムがふわっと浮く。
「そろそろ始まるのです。では準備を」
 香里亜の唇に、ファムの唇が触れる。キスした対象の能力を上げる「天使のキッス」で、ファムは特に羞恥心などないのだが、香里亜はこれになかなか慣れない。
「や、やっぱり何か恥ずかしい……」
 時間は三十秒ほどだったのだが、キスされていると思うと時間が長い。
 山手線の中にいる誰も、その瞬間に気が付かなかっただろう。だが、光エネルギーは静かに種に集まっている。日の光を遮る訳ではないのに、確実に。
「………?」
 突然香里亜は、莫大なエネルギーが種への収束していくのを感じた。ファムがそっと香里亜から離れると同時に、靄状の物が辺りに集まるのが分かる。
「行くのですぅ!」
 ピコピコハンマーを持ったファムが、ピコッという音と共に霞を叩いた。それと共に一部の霞がすぅっと消えていく。
 確かに人の形をしている訳でも、何かの意志がある訳でもない。種を目指して漂う澱だ。香里亜は構えを取り、その澱に向かい左手を差し出した。
「種は守ります!」
 弱い。ただ光を求めて集まるプランクトンのようだ。
 だがそれは全方向から一斉に、種だけを目指してやって来る。種を踏まないように気をつけながら、香里亜は辺りに気を巡らせた。前にいる群体を祓ったら、次は向きを変え別方向の物を祓う。
 何もしていなければ、どこからどう手を付ければいいか分からなかっただろう。でも今ならどこに集まっているかも、どこに神経を向ければいいのかも分かる。
「ファムちゃん、大丈夫ですか?」
 ピコピコと、ファムは一生懸命飛びながら霊を叩いていたようだが、数が増え始めてあわあわし始めている。まるでモグラ叩きで、モグラについていけないようだ。
「えいっ!えいえい!」
「ファムちゃん!危ない!」
 目の前の霊に必死で、背後から近寄る群体にファムは気付いていない。そこに香里亜が走り寄り、手の甲で霊達を横に祓った。
「深追いしないで下さい、私の後ろにいて下さいね」
「はいなのです。助かりましたぁ」
 飛べるぶん、どうしても前に出てしまうのだろう。ファムはどちらかというと、あまり戦い向きではないのかも知れない。
「どうしよう……」
 数が多い。祓っても祓っても、どんどん湧き出るようにそれらは近づいてくる。時計を見ていないので、あとどれぐらい時間が残っているのか分からない。
「ファムちゃん、絶対私から離れないで下さいね」
 敵がどこからやってくるかを予測し、それに向かっていく。ただ光を求める為にやって来る微かな思い。
 足を使い種に寄ってくる物を退けながら、香里亜はバッグにに入れていた塩を撒き聖句を唱える。

 心の貧しい人は幸いである。
 天の国はその人たちのものである。
 悲しむ人々は、幸いである。
 その人たちは慰められる。
 柔和な人々は幸いである。
 その人たちは地を受け継ぐ。

 新約聖書で有名な「山上での説教」の一部。
 ファムがいる前でそれを唱えるか、香里亜は一瞬躊躇ったが、この霊達も元々は人々の負の思いの一部なのかも知れない。そう思ったら、それを唱えずにいられなかったのだ。
 塩を撒いた所が光る。それに霊が照らされ消えていく。
「光は全てに降り注ぎます!」
 それでもまだ襲いかかってくる霊を右手で祓おうとしたときだった。
「香里亜さん、世界樹が育つのですぅ」
 地面も何も揺れない、静かな成長だった。
 辺りの木々をなぎ倒すことも、近くにいた香里亜を飲み込むこともなく、巨大な木が天までそびえ立つ。そして辺りにいた霊が一瞬にして消えた。
「うわぁ……」
 それは正に天を覆う程の、とても立派な大木だった。香里亜が天を仰いでもその木の先は全く見えない。なのに太陽の光は変わらず降り注いでいる。
 ファムはふわふわと香里亜に近づき、ぺこっとお辞儀をした。
「ありがとうございますぅ。世界樹は無事育ちましたので、もう安心なのです」
「吸収された光エネルギーは?」
「気が育てば回復するので、大丈夫なのです」
 だったら良かった。大きく息をつき、香里亜はその場にちょこんとしゃがむ。前に思い切りファムに能力を上げてもらったときは、一日筋肉痛で起きあがれなかったのだが、今日はキスの時間も長くなかったし、家に帰って眠れば大丈夫だろう。
「良かった……それにしても、本当に大きいんですね」
「はい、世界樹ですから。あ、これはあたしと同じで、他の人には見えないので、心配しなくても大丈夫ですよ」
 ファムの姿も、ファムが許可しない人には見えないのだが、世界樹も同じらしい。何となく香里亜は幹を触り、もう一度天を仰ぐ。
 そこにファムがふわっと降りてきた。
「香里亜さんには、いつもお世話になっているのですぅ。今回もとても助かりました。さて、今日こそお礼を……」
 するとピピッと何か可愛らしい音が鳴った。それに気付いたファムが空を見る。
「はいっ!分かりましたぁ。今すぐ戻るのですぅ」
「どうしました?」
 香里亜には何も聞こえなかったが、ファムには何かが聞こえているらしい。少ししょんぼりとした顔でファムは香里亜を見て、慌ててぺこっとお辞儀をする。
「申し訳ありませんー。お呼び出しがかかってしまいましたので、お礼はまた次の機会と言うことで。また次の機会にお会いしましょ〜」
「いつでもいいですよ。また、来てくださいね」
 慌ただしくファムが去っていくと、今まで側にあった木が見えなくなった。さっきまでは触ることも出来たのに、今はそこを歩くことも出来る。
「呼びだしって何なんだろ。……ま、いいか。それより運動したらおなかすいちゃった〜」
 そういえば、ファムが来る少し前まで、今日のお昼ご飯をどうしようか考えていたのだった。思い出すと急におなかがすく。
「よし。今日は美味しいベーグル屋さんで、ベーグルサンドとベーグル買って帰ろうっと。ご飯食べたらお風呂入って、あとはだらだらー」
 立ち上がって思い切り背筋を伸ばす。優しく吹く風が髪を揺らす。緑の中を歩きながら、香里亜はこんな事を思っていた。

 明日筋肉痛にならないように、今日は早めに寝ようっと。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
前回山手線一周で霊力を注いだ「世界樹の種」を植えに、一緒に明治公園まで行って木が育つまで守るということで、こんな話を書かせていただきました。
香里亜は演算システムなどと言われると、壮大で思わず遠くに行ったりしてますが、東京の地にそれがあるのも良いと思います。これで運命を守れるといいですね。山手線は完全な円ではないので、大体ということで明治公園にさせていただきました。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
水月小織 クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年04月23日

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