▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『或る如月の出来事 』
浅葱・漣5658



 来たれ! 4月1日限定の幻のイベント!
 駅前で配られていた、そう書かれたチラシを手に取った誰かが言った。
「ウソくせぇ」
 他の誰かが言った。
「だってエイプリルだよね? ね?」
 確かにごもっとも。
 チラシを配っていた山高帽の紳士は言う。彼の傍にはチラシを同じく配っている幼い少女の姿。
「なるほど。お客様の疑いももっともですな。嘘かもしれません。確かに嘘でございますとも。けれども嘘と思っても気になるのが人間の性でございましょう。騙されたと思っておいでください。なぁに、たいしたことはございません。なにせこれも『嘘』かもしれませんからなぁ」
 紳士はそう言って微笑む。
「おもしろいよー。ただ単にそんだけー」
 幼女はそう言ってウフフと笑った。
 どちらの笑顔も……かなりの嘘臭さだ。
 さて、あなたはどうする?

***

 4月1日にやって来たのは怪しげな洋館だ。でかい。
 見上げていた浅葱漣は中に入る。洋館の中はホテルになっていた。ロビーの部分には他にも客がいる。
 ……見たところ怪しいところは何もない。
 安堵する漣は隣の日無子に囁く。
「万が一と思ったんだが……無駄足だったみたいだな。すまないな日無子、いらぬ手間をとらせて…………あれ?」
 喉に手を遣り、漣は怪訝そうに首を軽く傾げた。
(おかしいな……声が……いつもと違うような……風邪か……?)
 あー、と小さく声をあげて喉の調子を確かめていると高飛車な笑い声が耳に響いた。
 むか、としてしまう。反射的な感情に漣は慌てた。見知らぬ女の笑い声とはいえ、こんなことで腹を立てていてはと思ったためだ。
 だが。
 背後を振り向いてぎょっとする。
「く、草薙! 何故貴様がここ、に…………」
 腰に両手を当てて立っている相手を凝視し、漣は青ざめた。なんだ? 俺の目はおかしくなったのか???
 ごしごしと瞼を擦ってみるが、変化はない。そこでやっと現実だと認識した。
「な、ななな何だその胸はっ!?」
 草薙秋水。漣の苦手な男である彼は、いや……今は女の姿だった。明らかに大きな胸を揺らし、秋水はニヤっと笑う。
「そういうおまえだって女だろ」
 指摘され、漣は頭の上に疑問符を浮かべる。女? 誰が?
 ゆっくりと見下ろして漣は瞬きをする。何もおかしなところは…………いや、なんだ? 股が妙だ。
(……ない。ないぞ)
 真っ青になった漣が混乱してきた思考を正常に戻そうとする。
(ば、馬鹿な……こんな馬鹿な事が……性別が逆転したっていうのか……? ちょっと待て……性別が逆転……俺が女に……って事は…………)
 日無子は?
 そっと隣を見遣ると、普段と変わらない日無子がそこに居る。彼女はずっと黙ったままだったのを思い出した。もしかしてここに入ってからすぐに気づいていたのだろうか?
 短いプリーツのスカートから覗く脚は、女性らしい丸みはない。そして彼女の程よい大きさで形のいい胸は……。
(……ない)
 すかすかのブラジャーが、漣の目線からだとよくわかる。あぁ、と漣は残念がった。
(勿体な……って、何考えてるんだ俺は〜っ!)
 漣は顔を引きつらせてから笑みを浮かべる。
「す、すまない草薙……俺は急用ができた! 一泊二日らしいが今すぐ帰らせてもらう! 日無子、さぁ今すぐ帰ろう!」
 呼びかけるが日無子はすぅ、と目を細めて漣の手を掴んだ。そしてニタリと笑う。その笑みに漣はゾッとした。
(な、なんだその目は……!)
「……日無子?」
「チェックインしに行こうか」
 低い日無子の声に漣がガーンとショックを受ける。男というよりは少年の声だろうが、普段の日無子の声に慣れているだけにショックは大きかった。
 彼女はそのままずるずると漣を引っ張ってカウンターに向かう。秋水たちのことなどお構いなしだ。
 漣の一泊二日は決定されてしまった――。



「やだなぁ、気づかなかったの? まぁ胸がぺったんこだからしょうがないけどさぁ。あ、でも胸の大きさより感度のほうが大事だと思うから、そのへんは気にしないほうがいいよ」
 すたすたと前を歩く日無子を恨めしげに見る漣は洋館の中を見学がてらに散歩中だ。日無子と衣服を交換するハメになってしまったのだが、その際に一悶着あった。
 まず、日無子の下着のサイズが漣には合わない。日無子のブラはCだが、漣には大きくてつけられなかったのだ。だから下着の交換は勘弁してもらった。
(は、恥ずかしい……!)
 好きな女の衣服を着るなんて! でも彼女の匂いはかなりいいのでそこは嬉しい。しかし。
(スカート短すぎるだろ、日無子!)
 身体の違和感に漣は不愉快そうな顔をしている。そんな彼を見て日無子は呆れた。
「こんな機会滅多にないんだから楽しめばいいじゃん。一緒にお風呂入ろうよ」
「嫌だ!」
「え〜。いいじゃん、女のあたしに見られて困るとこなんてないでしょ、今は」
 嫌だ……好きな女が男になっている姿を直視するなんて……! 色んな意味で立ち直れなくなったらどうするんだ!?
 顔をしかめる漣を見て日無子は前を向く。いつもは細い首が、男のものになっているので余計に漣はヘコんだ。
「じゃあ夜はどうすんの。やっぱ何もしないの?」
「するわけないだろっ! 今は……性別が違うんだから」
 ぴた、と日無子が足を止めた。自然に漣もそれに倣う。
「なんで?」
「なんでって……」
 振り向いた日無子が真っ直ぐ見てくる。
「やることは一緒だよ。性別が変わっただけじゃん。あたし、漣だったら別に女でもいいよ」
 恐ろしいことを事も無げに言ってのける日無子は、目が本気だった。漣がどんな姿でも一途に想ってくれる彼女の気持ちが嬉しくて、恥ずかしくなる。
「それに漣の気持ちを知る、またとないチャンスだし……」
「俺の気持ち?」
「うん。いっつも気持ちよさそうにしてるから、どれほどなのかって思ってさ」
 顔を引くつかせる漣は青くなった。そ、それはつまり……。
(俺は日無子の状態と気持ちを経験できる、ということか……?)
 それはそれで知ってみたいような気がするが……。はっきり言ってコワイ。なにより女性の日無子があれだけ巧いのだから、男になったら恐ろしいことになりそうだ。
「…………あの、さ……日無子は気持ちよくない、のか?」
 先ほどの言い方だとそう取れてしまう。漣は目を泳がせた後、そう尋ねた。なにをこんな廊下で話しているのだろう。
 彼女は瞬きをすると頬を赤く染め、少し睨むようにこちらを見てきた。
「どうしてそういうこと言うかな。漣に抱かれてる時のあたしを思い出せば、そんなこと思わないはずだけどね」
「う」
 漣が耳まで赤くなって俯いてしまう。
「い、いやっ、疑っているわけじゃなくて……あの、ごめんっ」
「疑ってるんでしょ?」
 はっきり言われてしまい、漣は渋々頷く。彼女は演技がうまいし、自分が喜ぶためならなんでもするところがある。そもそも日無子としか経験がない自分が彼女を満足させられているか不安にならないほうがおかしい。男としてのプライドがあるのだ。
 日無子は大きく溜息をつくと両手を腰に当てた。
「わかったわかった。じゃああたしがお手本見せてあげるよ。ようは、漣はテクニックに自信がないってことでしょ?」
「えっ! あ、いや…………う……」
「実技指導してあげるよ」
「…………実技って……まさか」
 青ざめる漣を、日無子は指差した。
「勿論、漣をあたしが抱くってこと」
「わあああっっ! やめろぉ〜!」
 悲鳴をあげた漣がその場にうずくまってしまったのは、仕方ないことと言えた――。



 食事は広い食堂でとった。漣は周囲をうかがう。ここに居る誰もが性別が逆転しているのだろう、おそらく。
 食事は美味しいが漣は不安でたまらない。素直に状況を楽しんでいる日無子とは違う。
「……なぁ日無子、本当にするのか? やめよう。な? いいことないって」
「いっそこのままでもいいかもね。漣は女の子のほうが可愛いし。あたしは男のほうが似合ってるよ」
 すぐさま青ざめる漣は首を激しく横に振った。
 性別が変わっても日無子は何も変わっていない。漣に対する態度も変わらない。そういうところは嬉しいが、怒らせると今は怖い。かなり怖い。やると言ったらやりかねない。女の自分がかなり頼りないせいもある。男の時は感じなかったが、女性の目線がなんとなくわかるような気がした。力でねじ伏せられたら恐ろしいなというのも、ひしひしと伝わってくる。
「ごちそうさま!」
 両手を合わせてそう言い放った日無子を眺め、漣は逃げられないことを悟った。どうなるのだろうか……自分は。未知の世界へ足を踏み入れようとしている……。

 情事の最中の日無子を思い出し、漣は憂鬱な気分でいる。自分もああいう感じになるのだろうか?
(大丈夫かなぁ……だって俺、男なのに……)
 のろのろと廊下を歩いて部屋に戻ってくる。どうしよう。どうすれば……。
(そもそも風呂に入るのも嫌なのに……。自分の女の身体を直視したら本気で立ち直れそうにない……)
「日無子!」
 部屋のドアを開ける日無子はこちらを見てくる。
「し、勝負!」
「……しょーぶ? 何が?」
「だ、だから……しりとりでいいから、負けたら……言うこときくよ」
「…………しりとり、ね」
 フフンと鼻で笑う日無子が「いいよ」と頷いた。
「なんでそんなに嫌がるの? 相手はあたしなんだよ?」
 からかうように言われたが漣は無言になる。言えるものか。男の彼女が自分よりも巧かったらどうしようかなんて。

 勝負は何回か続けられた。日無子は根気強く付き合ってくれたが、結果としては漣の惨敗だった。日無子は物知りで、様々な言葉を知っている。敵うわけがないのだ。
 諦めた漣は呟く。
「一回だけだからな」
「はいはい」
「言っておくけど、日無子じゃないならぜっっったいにやらないぞ、こんなこと!」
「ふふっ。はいはい」
 楽しそうに柔らかく微笑む日無子は、やはり女の子だと思わせる表情をしていた。なぜ今、女の姿ではないのか。残念だ。
 ベッドの上に膝を抱えて座る漣に日無子が近づく。漣は無意識に体を後退させた。逃げるつもりはなかったが、自然とそうなってしまったのだ。
「……なんで逃げるの?」
「そ、そんなつもりは……。あ! えっと、先に風呂に入ったほうが……」
「いいよ別に」
 低く笑う日無子が漣を押し倒した。漣はどきどきしてしまう。顔が強張った。
「あ、ひ、日無子……」
「はいはい。優しくするから安心してね」
 なぜ何も言っていないのにわかるのだろう。彼女は魔法使いか何かだろうか?

 24時。次の日の0時きっかり。
 大広間の柱時計の音が鳴り響いた。

「あ」
 漣と日無子は同時に呟く。観念した漣の上に四つん這いでいた日無子が、自身の身体を見下ろして唖然とした。見上げている漣も絶句だ。二人の姿は元の性別に戻っていた。
「ありゃあ。ザンネン」
 そう呟いた日無子は、それでも全然残念そうではなかった。照れたように微笑む日無子が可愛くて漣は思わず顔を引くつかせる。
「せっかく漣がその気になってくれたのに」
 軽く笑って日無子は上からどけた。そして漣の横に転がる。
「やっぱり漣はオトコノコのほうがいいなぁ」
 漣の頬を軽く撫でて微笑む。楽しそうに彼女は笑った。
「ほら、その目。女の子の時はできないもんね」
「俺、なんか変な目してた?」
「ふふっ。男の人の目をしてるだけだよ」
 かわいいねぇ、と日無子は漣に擦り寄る。
(可愛いってのは、男に対する褒め言葉じゃないよな……)
「うっ、イタタ」
 漣は起き上がって慌てて腰に手を伸ばした。スカートのホックを外す。男の身体では日無子のウェストはきついのだ。彼女のシャツもキツい。
「日無子、俺の服……」
 言いかける漣の横で、日無子が上半身を起き上がらせて衣服を脱ぐ。ハッとした時には遅かった。
「待っ、ここで脱ぐな!」
「え?」
「わーっ!」
 悲鳴をあげて漣がそっぽを向く。男になった時に彼女はブラを外していたはずだ。案の定、そのままだった。
 日無子は漣の頭にシャツを軽く投げ、それからズボンも乗せた。ベルトも投げてくる。
「早く着替えなよ。その格好のままでもあたしはいいけど。
 あ〜あ、写真でも撮っておけば良かった。女の子の漣って、ほんと可愛かったよ。男なら放っておかないと思うな」
「……もう二度と御免だ」
 くすくす笑う彼女に、漣は不機嫌そうにそう応えた。

**

 洋館の前で見送りに出てきた紳士と幼い少女はうやうやしく頭をさげた。少女はスカートの端を摘んでいる。
「ご来館まことにありがとうございました。楽しんでいただけましたでしょうか? 楽しんでもらえたならこちらはそれで満足。裏があるのではと疑っておられた方もいらっしゃったでしょう。我々は何か企んでいたわけではありません。その証拠にあなたがたは無事でお帰りになられます。ではなぜこのような催し物をしたか? 疑問はもっともでございます。なに、我々は単に面白いこと、愉快なことが好きなだけでございます。今回このような企画をたてたのはひとえに皆様に楽しんでもらいたいがゆえ。ではでは一夜の夢はお開きでございます。また何か企画しましたならぜひともご参加ください」
 一気に喋る紳士は帽子をとって胸の前に置く。少女は笑顔で手を振って、訪ねて来た者たちを見送った。
 来訪者たちが完全に去った後……そこはただの森に戻った。洋館の姿は、どこにもない。まるで「嘘」のように、何も――――。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【5658/浅葱・漣(あさぎ・れん)/男/17/高校生・守護術師】
【3576/草薙・秋水(くさなぎ・しゅうすい)/男/22/壊し屋】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

 ご参加ありがとうございます、浅葱様。ライターのともやいずみです。
 日無子と共に性別逆転。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
エイプリルフール・愉快な物語2007 -
ともやいずみ クリエイターズルームへ
東京怪談
2007年04月20日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.